学位論文要旨



No 120866
著者(漢字) 髙須,ゆう子
著者(英字)
著者(カナ) タカス,ユウコ
標題(和) セラミックスを用いた高性能パルス高電圧用容量性分圧器の研究開発
標題(洋) Research and Development of the High-Perfoemance Capacitive Voltage Divider Using Ceramics for Pulsed High Voltage Applications
報告番号 120866
報告番号 甲20866
学位授与日 2006.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4762号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,典雄
 東京大学 助教授 川本,辰男
 東京大学 教授 山本,明
 東京大学 教授 横谷,馨
 東京大学 教授 駒宮,幸男
内容要旨 要旨を表示する

粒子加速器は昨今の先端科学における精密測定の担い手として重要な役割を果たしてきた。殊に円形加速器によって得られるビームエネルギーが限界に達しつつある現在、より高特性のビーム生成が見込まれる線形加速器は物理学のみならず科学全般に及ぶ利用が期待され、その重要性が指摘されている。

粒子加速器の応用は主に加速されたビームの直接利用とビームから放射される放射光の利用とがある。前者の例には粒子線治療への利用や原子核・素粒子物理学等における精密物理実験などがある。現在、標準模型の最も重要なメカニズムであるヒッグス粒子の発見・測定を目的とした重心系エネルギー1 TeV程度の大規模な電子陽電子リニアコライダーの建設が検討され、建設実現に向けた開発が推し進められている。

放射光においてはその利用がさらに多岐にわたる。現在一般利用できる放射光施設には8GeVの円形加速器とアンジュレーターを用いたSPring-8をはじめとするシンクロトロン放射光施設などがあり、SPring-8については高輝度かつX線領域の波長が得られるゆえに構造解析にも多く利用されている。しかしこれらの放射光はコヒーレント性に乏しく、最近の生物学におけるゲノム解析や構造生物学などからは、高い輝度と高いコヒーレンス性を併せ持つ放射光への要望があった。この実現のため電子リニアックとアンジュレーターを組み合わせたX線自由電子レーザーの開発が各国で行われている。中でも理化学研究所におけるSCSSプロジェクトではその建設がすでに始まっており、最終的には波長0.1nmの高輝度レーザーの発振を目指している。

これら粒子加速器では、粒子源や加速用高周波源など様々な箇所においてパルス高電圧を用いるデバイスを多数使用する。そのため加速器の運転は元よりこれらデバイスの開発・改良や保守においてもパルス高電圧の測定・観測が必要である。通常数kV以上の電圧は電圧分圧器により測定可能なレベルに分圧した電圧を測定するが、加速器で使用するデバイスの多くは絶縁油の中で数百kVという高い電位差と数μs程度の幅をもつパルスを用いるため、このパルス高電圧の測定には絶縁油中で使用するよう特別に設計された容量性分圧器を用いている。現在一般的に使用されている容量性分圧器は、1960年代にクライストロンのカソード電圧を測定する目的で開発された分圧器の概念を受け継いだもので、パルス電源の中に満たされた絶縁油が高電圧コンデンサーの誘電体となるような機構を有する。その構造は開発当時のものとしては電気的安定性や安全性について最適化されており、現在に及ぶ長年の実績をあげている。しかしながら絶縁油の温度変化や変質、周囲の電界などの影響を受けやすいことから、測定には度重なる較正を必要としていた。

大規模な電子陽電子リニアコライダーやX線自由電子レーザーなどで必要となる安定した高特性の電子ビームの生成には、電子源や大電力クライストロンの性能向上を目指した開発と安定出力を目指した運転が必要不可欠である。これら装置の開発や運転にはその印加電圧の測定が重要な鍵となる。例えば、高効率の大電力クライストロンの開発ではクライストロンの陰極に印加するパルスの電圧値および電流値が効率測定において重要なパラメーターであり、それらの信頼性の高い測定が必須である。また、加速高周波の安定供給のためにはクライストロン印加電圧の制御が必須であり、そのためにはクライストロンの印加電圧を終始安定して測定する必要がある。しかし既存の容量性分圧器では使用状態等によって測定値の精度にばらつきが生ることから上記のような信頼性の高い電圧値の測定が困難であり、数百kV級のパルス高電圧を高精度で安定測定するための容量性分圧器を開発する必要があった。

本論文は、数百kV級のパルス高電圧を測定するためのセラミックス製容量性分圧器の研究開発について記述されている。開発目標はCバンドクライストロンの陰極電圧である-360kV、4.5μsのパルス電圧の測定とした。また高電圧試験時の際に、現在使用している容量性分圧器と入れ替えて出力を比較するため、開発した分圧器の分圧比を既存のものと同じ1/5000に設定し、その基本的な電気回路も同じものとした。

温度や経年変化、周囲環境等に依存しない安定した容量性分圧器の実現は、同条件を有する高電圧コンデンサーの開発・設計に帰着する。しかし容量性分圧器の使用環境である絶縁油を高電圧コンデンサーの誘電体として使用する限り、その実現は困難である。そこで、開発にあたり高電圧コンデンサー部の構造およびコンデンサーを形成する誘電体材料の根本的見直しを行った。既存の容量性分圧器の問題を払拭するためには、高電圧コンデンサーを形成する誘電体が高い絶縁耐圧、高誘電率、低い温度依存性を有することが最低条件であり、さらに経年変化が少なく比較的安価で安定供給が見込める必要がある。本研究では、これらの条件を満たす材料として2種類の高緻密性アルミナセラミックスを採用した。ただし、高緻密性アルミナセラミックスによる数百kV仕様のコンデンサーは他に例がなく、360kVの電位差でも絶縁破壊を生じないコンデンサーの設計が重要課題となる。そこで高電圧コンデンサーの設計に先立ち、脱気した絶縁油中にて材料の絶縁耐圧を測定できる装置を独自に設計・製作し、これを用いて測定したセラミックスの絶縁耐圧を基に、コンデンサーの設計を行った。

本論文では、材料の調査および絶縁耐圧試験を経て高電容量性分圧器全体の設計を行い、製造した試作品の高電圧試験について述べている。また、材料の絶縁耐圧を測定した試験装置の設計および絶縁耐圧試験についても述べている。

高電圧コンデンサーは、使用するセラミックスの誘電率と絶縁耐圧からコンデンサー部分の厚さを20mm、その電気容量を2pFから5pF程度とし、放電防止策とセラミックス焼結の簡便性を加味して全体形状の設計を行った。設計時には電極の端部の位置やそこに関係するセラミックスの形状について電界計算を行い、その結果によって得られた電界強度を押さえた形状および寸法に最適化することで、内部放電に対する危険性の軽減を図った。またセラミックスコンデンサーの低電圧側電極の周りに接地面を設けることで万一放電した場合の安全策と外部の高電界による影響の軽減を図った。その結果、円盤状とコップ状、計2種類の形状をもつセラミックスを設計・製作した。また、電極形成法としてメタライズ技術を利用した場合と金属塊から滑らかに削り出した電極を接着剤で固定した場合の2種類を製作し、最終的には計4種類の高電圧コンデンサーについて性能試験を行った。

製作した容量性分圧器の出力は高インピーダンス出力であり、その回路の性質上、出力信号を送る伝送線の容量や接続する機器の入力インピーダンス等の影響を受ける。そのため、各高電圧コンデンサーは、それぞれの容量と分圧比から高電圧試験で使用する伝送線の総電気容量を含めた分圧容量を決定し、必要な分圧コンデンサーを取り付けることで容量性分圧器の試作品として完成させた。また、高電圧試験において制御や記録用の各機器およびそれらへ繋ぐ付加的な伝送線による分圧比や測定パルス形状への影響を防ぐため、容量性分圧器の出力とインターロック等制御機器の入力とのインピーダンス整合のためのバッファー増幅器を本研究において開発した容量性分圧器の仕様に合わせて新たに設計・製作し、それを高電圧試験で使用した。図2は開発した容量性分圧器およびバッファー増幅器の全回路図である。

すべての試作品の性能評価は、Cバンドクライストロンを含む高周波実験ユニットにて行った。印加した電圧は最大電位差約370kV、幅4.5μsのパルス電圧であり、その繰り返しは10ppsである。評価試験の結果、すべての試作品において、非常に良いパルス再現性が確認された。メタライズによる電極形成を試みた試作器は放電による絶縁破壊を生じたが、接着剤で電極を固定した試作器は実験ユニットの最高電源である367kVのパルスの観測に成功し、試験終了まで放電することはなかった。

本研究で開発した容量性分圧器はセラミックスを用いたことで使用する環境状態の影響を受け難く分圧器本体が化学的・物理的にも安定していることから、使用電圧によっては絶縁油中に限らず様々な環境下での使用が可能である。また、分圧比の決定後はその測定精度が保持できることも利点であり、今後はクライストロンの陰極電圧測定の他、加速器分野内外に関わらず幅広い応用も期待できる。

図1.製作した試作品(一部)の写真

図2.容量性分圧器およびバッファー増幅器の回路図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、リニアコライダーやX線自由電子レーザーなどの次世代線形加速器の加速管用電源(大電力クライストロン)で使用されるパルス高電圧を高精度かつ安定に測定するセラミックスを用いた高性能容量性分圧器の開発研究についてまとめたものである。線形加速器は、蓄積リングなどの円形加速器と異なり位相安定性などのビームによる安定化のメカニズムがなく、電源を含む加速器機器の精度や安定性が直接反映されやすい。次世代線形加速器では、既存の線形加速器では達成できない高品質の電子ビームと高い安定性が求められるために、加速電圧とその位相の精度や安定性への要件が一段と厳しいものになる。また、リニアコライダーなど多数の加速管を必要とする場合、運転前の電源の校正やビームを用いた電源の調整は膨大なものとなる。結果として、個々の加速管電源の出力に当初から高い精度と安定性が要求されるが、そのためには電源出力を駆動・制御するパルス高電圧を高精度で安定に供給かつ測定することが重要になる。しかし、絶縁油を誘電体とする高電圧コンデンサーを含む既存の分圧器は、温度の変化や周囲の環境に敏感で長期運転による絶縁油の変質などの問題もあり、次世代線形加速器のパルス高電圧用モニタとして精度や安定性の点で不十分であった。そのために、新しい高性能分圧器を開発する必要があった。

論文提出者は、まず高電圧コンデンサー用誘電体材料の根本的見直しを行い、いくつかの誘電体材料の特性(誘電率、熱膨張率、絶縁耐圧等)を比較検討して、高緻密性アルミナセラミックスを誘電体として選択した。アルミナは、絶縁油と比べて誘電率が高く温度特性にも優れているとともに、経年変化が少なく比較的安価で安定供給が見込めるためである。このアルミナを用いた高電圧コンデンサーの設計では、絶縁耐圧から要求される厚み、適正な電気容量、セラミックス焼結の簡便性等を加味して全体形状を最適化した。また、電場計算によって電極の配置やセラミックスの形状を最適化して放電に対する危険性の軽減を図った。その結果、円盤状とコップ状の2種類の形状を持った高電圧コンデンサーを設計・製作した。また、製作された高電圧コンデンサーを含む分圧器の仕様に合わせて、分圧器出力とインターロック等の制御機器入力とのインピーダンス整合のためにバッファ増幅器を新たに設計・製作した。

論文提出者は次に、高周波実験ユニットを用いてこの2種類の容量性分圧器の高電圧試験を行った。製作した高電圧コンデンサーの電極は、メタライズ技術を利用してセラミックス上に付けられた金属薄膜であるが、電極端部の局所的な電場によると思われる放電と絶縁破壊が観測された。コロナリングを電極端部に付け加えた場合にも、やはり同様な放電と絶縁破壊が2種類の分圧器で観測された。そこで、論文提出者はメタライズ電極の代わりに金属塊からなめらかな形状に削り出した電極とセラミックスを接着剤で接着させる方法によって新たなコップ型の高電圧コンデンサーを含む分圧器を製作し、高電圧試験を行った。その結果、この容量性分圧器は電源の最大印加電圧である約370kV, 幅4.5msのパルス高電圧(繰り返し10pps)を放電することなく正確に測定することに成功した。

本論文は全8章からなる。第1章は本研究の動機及び線形加速器の概要、第2章は容量性分圧器の概要と既存の容量性分圧器の問題点、第3章は新しい容量性分圧器が満たすべき要件とセラミックスを用いた容量性分圧器の設計の詳細、第4章は分圧器の製作、第5章は分圧器の高電圧試験、第6章は第5章の試験結果に基づいて改良された分圧器とその高電圧試験、第7章は考察と今後の展開、第8章は本論文の結論が示されている。また、高電圧試験に使用したCバンド加速システム(加速周波数5712MHz)及びセラミックスの絶縁破壊試験装置とその試験結果の詳細が付録に記されている。

以上のように、本論文は、次世代線形加速器の加速管電源のパルス高電圧を高精度かつ高安定に測定する容量性分圧器とその実用化に大きな進展を与えるものであり、結果として次世代線形加速器のビーム安定化や高品質化につながるものである。また、加速管電源のみならず、電子銃やその他のパルス高電圧機器の信号測定にも幅広く応用できる研究である。論文提出者は、物理的な考察を重ねながら高性能容量性分圧器の設計、製作、試験を行い、研究開発を成功に導いた。さらに、周辺回路や試験装置の製作にも大きな貢献をしている。この論文は他2名との共同研究であるが、論文提出者が中心となって設計・製作及び各種試験を行っており、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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