No | 120868 | |
著者(漢字) | 荒木,智之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アラキ,トモユキ | |
標題(和) | 酵母を用いた局部麻酔剤テトラカインの作用機構に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the mechanism of action of the local anesthetic tetracaine in yeast | |
報告番号 | 120868 | |
報告番号 | 甲20868 | |
学位授与日 | 2006.03.06 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4764号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 エステル型局部麻酔剤テトラカイン(tetracaine)は1930年にその有効性が確認されて以来、今日でも表面麻酔薬、脊椎麻酔薬として利用されている。その麻酔効果は小胞体からのCa2+の放出を阻害することによる神経興奮の抑制によるものであると考えられているが、同時にネクローシスや神経の発達異常を引き起こすなどの負の側面があることも報告されている。そのため、麻酔剤の作用に対する細胞生物学的理解の発展が期待されている。また、麻酔剤は神経系を有する高等動物のみならず、神経系を持たない植物、酵母においてもその毒性が確認されていることから、遺伝学的、生化学的研究において多くの利点をもつ出芽酵母を用いた研究の蓄積は、麻酔剤に対する理解とその応用に大きく寄与できるものと期待される。 出芽酵母LAS遺伝子はテトラカインに感受性を示す突然変異体(Local Anesthetic Sensitive)の原因遺伝子として単離された。LASグループの一つ、Las24pは今日、免疫抑制剤ラパマイシンの標的タンパク質Torに結合する因子Kog1pとして同定されており、その機能はkog1破壊株を用いた研究からTor機能の活性化因子であることが示唆されているが、TOR経路におけるその役割は十分明らかとなっていない。Torを含むタンパク質複合体TORC(TOR Complex)は、Las24pを含むTORC1と、Las24pを含まないTORC2として真核生物間で高度に、且つ広く保存され、その機能は窒素源応答や増殖因子に対する応答など細胞内外の環境変化に対応するための反応経路の中核を担っている。Torタンパク質によって制御されるTOR経路は、ラパマイシンによってその機能が阻害されるラパマイシン感受性TOR経路(rapamycin sensitive TOR pathway)の研究は精力的に行われている一方、温度感受性変異株を用いたラパマイシン非依存的なTOR経路の知見は十分得られていない。そこで本研究では、Las24pがTORC1のみに含まれる因子の中で唯一、生育に必須のタンパク質であることから、las24変異株を用いて(I)Las24p/Kog1pの機能を介したTORC1機能の解明と、(II)テトラカインの作用機構を明らかにすることを目的とした。 結果と考察 las24-1変異株を用いたTor複合体の機能の解析 las24-1変異株の特徴付け las24-1変異株は野生型酵母に比べ極めて高いテトラカイン感受性を示すと同時に、温度感受性を示す突然変異として単離された。発見当初、機能未知であったこの遺伝子の特徴付けを行うため、las24-1株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子の探索を行った。得られた遺伝子の機能から、las24-1株の温度感受性はタンパク質脱リン酸化酵素(PPase)の制御因子(Tap42p)の活性化、あるいはRAS/cAMP経路の抑制により回復することが明らかとなった。これらはTor経路の下流に位置する経路であることがラパマイシンを用いた遺伝学的解析から示唆されている。これらのことから、las24-1変異は制限温度においてTORC機能に欠損を起こすことが示唆された。 las24-1株におけるTORC1経路下流の反応 タンパク質キナーゼNpr1pとGATA-type転写因子Gln3pは酵母栄養増殖期において、Tor機能依存的にリン酸化状態にあることが知られている。また、Torは翻訳を開始の段階で制御していることが明らかとなっている。このことから、las24-1変異が両制御系に与える影響について調べた。las24-1株中ではNpr1p、Gln3pは共に許容温度においてはリン酸化状態にあるが、制限温度においてはラパマイシンによってTor機能を不活性化した場合と同様、脱リン酸化状態へ移行することが確認された。また翻訳においても、las24-1株では許容温度においては野生型株と同様に行われていたが、制限温度においてはTor機能を不活性化した場合と同様、翻訳の開始の段階での欠損が認められた。このことから、las24-1変異はTORC1経路の不活性化を引き起こしていることが明らかとなった。 Las24pのTORC2経路(アクチン骨格系)に与える影響 アクチン骨格が正常な極性を持つためにはTORC2の機能が必要であり、TORC1の機能はこれに関与していないことがラパマイシンを用いた遺伝学的解析から示唆されている。しかし、ラパマイシン非存在下でのTORC1のアクチン骨格への関与についてはまだ知見が得られていない。しかし、las24-1株を用いることでTORC1機能がアクチンの正常な極性維持に関与していないかどうかを明らかにすることができると考え、解析を行った。las24-1株のアクチン骨格は許容温度においては野生型株と同様、正常な極性を持っていたが、制限温度においてはそれが失われた。このことから、Las24pはアクチン骨格の形成と維持に必須のタンパク質であることが明らかとなり、TORCモデルに新しい経路を示すことができた。 Las24pの局在 TORCメンバーの局在についてはTor1/2p(液胞膜、あるいは細胞膜、あるいはその両方)、Lst8p(ゴルジ体あるいはエンドソーム)の報告がある。そこで、Las24pはTORC1メンバーとして、これらのタンパク質と局在が同じであるかどうかを調べた。Las24pは細胞内に少量しか存在しないタンパク質であることから、GFPを用いたLas24pの局在の観察は困難であった。しかし、Las24pのC末端にGFPを8つタンデムに融合することによりGFP蛍光を飛躍的に増大させ、Las24pの局在を明らかにすることができた。GPFの蛍光は液胞膜、細胞膜に観察されると共に、細胞質中にドット状の蛍光も観察された。このことからLas24pはTor、Lst8pと同じ細胞小器官に局在していることが明らかとなった。 テトラカインの作用機序 テトラカインのTor経路への関与 las24-1変異株はテトラカイン感受性を示すことから、テトラカインのTor経路への関与が示唆される。そのため、テトラカインがTor経路に与える影響について調べることにより、テトラカインの作用機序を明らかにしようと試みた。テトラカインはラパマイシンの場合と同様、濃度依存的に翻訳の開始を停止させると共にアクチンの極性を失わせた。またその効果は、las24-1株においてその程度は野生型株に比べ、より顕著であった。しかしその一方、Npr1p、Gln3pのリン酸化には影響を与えなかった。またテトラカインは、Tor及びRAS/cAMP経路依存的に局在が調節されることが知られているストレス応答性転写活性化因子Msn2pの核移行も引き起こした。これらのことは、テトラカインの標的がTORCではないことを示唆する一方、Tor経路の下流の因子の幾つかを制御する未知の因子が存在することを示唆している。また、これらのことはテトラカインの毒性を指摘するとともに、この薬剤が麻酔剤としてのみならず、未知の反応経路を解明し、理解するための新たな分子ツール(道具)としても利用できる可能性があることを指摘している。 翻訳調節因子あるいはmRNA分解因子が関与するテトラカイン耐性について テトラカインが持つ翻訳開始阻害剤としての性質を調べた。テトラカインは既知の翻訳開始阻害剤(ラパマイシンなど)に比べ、非常に強く翻訳開始を阻害することが明らかとなった。出芽酵母において翻訳開始の阻害因子、あるいはmRNA分解関連因子の破壊株は、翻訳の開始を停止させるストレスに対して耐性となることが明らかとなっている。これら既知のシステムがテトラカインの耐性についても関与するかどうかを調べた。出芽酵母は翻訳開始の阻害因子を破壊することにより、テトラカインによる翻訳開始の阻害効果を軽減できた。また、mRNAの分解酵素を破壊することによっても同様の結果が得られた。また、これらの破壊株は、野生型株が増殖できない高濃度のテトラカイン存在下でも増殖することができた。これらの結果は、テトラカインの細胞増殖阻害効果は翻訳開始の停止がその主な原因であることを示唆した。 まとめ TORC1メンバーとして同定されているLas24pは、TORC1の制御因子であるのみでなくTORC2のみによって媒介されると考えられていたアクチンの正常な極性維持にも関与していた。またその局在はすでに報告のあるTORC1メンバーと同じであった。 局部麻酔剤テトラカインはTORCが媒介する反応の一部を阻害する効果があった。また、翻訳開始の阻害作用は既知の阻害剤に比べ極めて高いものだった。また、テトラカインによる酵母の増殖阻害効果は、主に翻訳開始の停止あるいはmRNA分解の促進効果によるものであることが明らかとなった。 las24-1株のテトラカイン感受性は、las24-1変異によるTORC1経路の弱化に、テトラカインが相乗的に働いた結果であることが予想された。 また、テトラカインは翻訳の開始や、mRNA分解のメカニズムの解明、新たな薬剤応答機構を解明する新たな分子ツールと成りえることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本論文は2章からなるが、第1章の前にイントロダクションがあり、そこでは本研究の背景となる麻酔剤の作用機作の研究の歴史とモデル生物を用いた麻酔剤の作用機構に関する知見がまとめられていると共に本研究の目的が示されている。 第1章では局部麻酔剤テトラカインに超感受性を示す突然変異体の一つlas24変異体の性格付けを行っている。この変異体はテトラカイン超感受性を示すと同時に温度感受性増殖を示す。温度感受性を指標にして原因遺伝子をクローニングした。その塩基配列からLAS24はKOG1と同一遺伝子であることが後に分かった。Kog1蛋白質はラパマイシンの標的であるTOR複合体の構成因子として同定されたので、以後las24変異体を用いてTOR機能を解析した。TORは2種類の複合体TORC1とTORC2からなり、Las24は前者に特異的な蛋白質であり、これに特異的な変異は現在のところlas24変異しか知られていない。las24変異を用いた実験からTORC1特異的な制御を調べることができた。例えば、las24変異株を用いることでTORC1機能がアクチンの正常な極性維持に関与していないかどうかを明らかにすることができると考え、解析を行った。las24株のアクチン骨格は許容温度においては野生型と同様、正常な極性を持っていたが、制限温度においてはそれが失われた。このことから、Las24はアクチン骨格の形成と維持に必須の蛋白質であることが明らかとなり、TORモデルに新しい経路を示すことができた。 第2章では、テトラカインがTOR経路に与える影響について調べることにより、テトラカインの作用機序を明らかにしようと試みた。テトラカインはラパマイシンの場合と同様、濃度依存的に翻訳の開始を停止させると共にアクチンの極性を失わせた。またその効果は、las24株において、その程度は野生型に比べ、より顕著であった。しかしその一方、TORの下流の因子として知られるNpr1p、Gln3pのリン酸化には影響を与えなかった。またテトラカインは、TOR及びRas/cAMP経路依存的に局剤が調節されることが知られているストレス応答性転写活性化因子Msn2の核移行も引き起こした。これらのことは、テトラカインの標的がTORではないことを示唆する一方、TOR経路の下流の幾つかを制御する未知の因子が存在することを示唆している。また、これらのことはテトラカインの毒性を指摘するとともに、この薬剤が麻酔剤としてのみならず、未知の反応経路を解明し、理解するための新たな分子ツールとしても利用できる可能性があることを指摘している。 さらに、テトラカインが持つ翻訳開始阻害剤としての性質を調べた。テトラカインは既知の翻訳開始阻害剤(ラパマインなど)に比べ、非常に強く翻訳開始を阻害することを明らかにした。出芽酵母において翻訳開始の阻害因子、あるいはmRNA分解関連因子の破壊株は、翻訳の開始を停止させるストレスに対して耐性となることが明らかになっている。これら既知のシステムがテトラカインの耐性についても関与するかどうかを調べた。出芽酵母は翻訳開始の阻害因子を破壊することにより、テトラカインによる翻訳開始の阻害効果を軽減できた。また、mRNAの分解酵素を破壊することによっても同様の効果が得られた。また、これらの破壊株は、野生型が増殖できない高濃度のテトラカイン存在下でも増殖できた。これらの結果は、テトラカインの細胞増殖阻害効果は翻訳開始停止がその主な原因であることを示唆した。 なお、本論文の第1章は上園幸史、小口智子、および東江昭夫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行われたもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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