No | 120869 | |
著者(漢字) | 石原,聡 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシハラ,サトル | |
標題(和) | 出芽酵母の胞子壁形成過程におけるグルカン合成酵素に関する研究 | |
標題(洋) | Study of glucan synthase involved in the formation of the spore wall in Saccharomyces cevevisiae | |
報告番号 | 120869 | |
報告番号 | 甲20869 | |
学位授与日 | 2006.03.06 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4765号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 配偶子形成は有性生殖を行う真核生物に共通する生命現象である。単細胞真核生物である出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の倍数体は、栄養が枯渇した際に減数分裂を行って配偶子を形成し、次世代ゲノムを保護するために胞子壁と呼ばれる堅牢な構造体を構築する。減数分裂後に形成される胞子壁には配偶子を外的環境変化から保護する機能があると考えられている。これまでの研究から、出芽酵母の胞子壁形成に必須なタンパク質として、胞子壁形成の出発点となる中心体に局在するタンパク質(Knop and Strasser, 2000; Tachikawa et al. 2001; Cwoluccio et al. 2004)、輸送に関わるタンパク質(Neiman, 1998; Felder et al. 2002)、キチンやジチロシンなどの多糖類の合成酵素(Valdivieso et al. 1991; Briza et al. 1988)などが必須であると報告されてきた。しかし、グルコースのポリマーである1,3-b-グルカン(以下、グルカン)については胞子壁の主要な構成成分であるにも関わらず、胞子壁形成における重要性を表す知見はほとんどなかった。出芽酵母のグルカン合成酵素に関する研究は、従来は体細胞分裂時の細胞を用いて行われており、細胞膜に局在する触媒サブユニットFks1p、Fks2pが酵素活性を担うことが明らかになっている(Inoue et al. 1995; Mazur et al. 1995)。私は博士課程において、グルカンの胞子壁形成時の局在を調べることから研究を始め、出芽酵母のグルカン合成酵素触媒サブユニットをコードする遺伝子FKS1及びFKS2、さらにFKS1とFKS2に相同性がある機能未知遺伝子FKS3に着目し、それぞれの遺伝子が胞子壁形成時に果たす役割について解析を行った。 結果と考察 胞子形成過程におけるグルカンの局在 胞子壁は体細胞分裂時の細胞壁と類似の成分で構成される内側の二層と胞子壁特異的な成分で構成される外側二層から成り、生化学的な解析からグルカンは主に内側の層を構成して胞子壁乾重量の約55%を占めることが報告されている(Briza et al. 1988)。抗グルカン抗体による免疫電顕で胞子壁形成時におけるグルカンの局在を調べたところ、前胞子膜にはグルカンは存在せず(図1 A)、胞子壁の成熟に従って胞子壁の内側に存在するようになり(図1 B)、さらに胞子壁が厚くなると胞子壁全体にグルカンのシグナルが観察された(図1 C-E)。 グルカン合成酵素の触媒サブユニットの発現と遺伝子破壊株の表現型 出芽酵母のグルカン合成酵素の触媒サブユニットをコードする遺伝子には2つの遺伝子(FKS1、FKS2)が知られており、それに加えて機能未知な相同遺伝子(FKS3)がゲノム上に存在している(Mazur et al. 1995)。これらの遺伝子の発現をノーザンブロットにより解析した。FKS1の転写量は減数分裂の進行とともに減少し、FKS2の転写量は胞子形成培地に移すと徐々に上昇した。一方、FKS3の転写は体細胞分裂時では観察されないが胞子形成培地に移すと転写が上昇した(図2)。このことから、減数分裂時にはFKS2とFKS3の転写が上昇して、FKS1の転写は抑制されることが明らかになった。 次に、それぞれの遺伝子破壊変異をホモで持つ二倍体で作成した。いずれの株も染色体分配、前胞子膜形成までは正常に進行していたが、胞子を電子顕微鏡で観察したところ、fks2株とfks3株で表現型が観察された。fks2株の胞子では外周部にチューブ状の構造体が見られ、胞子壁が不均一であることがわかった(図3 A , B)。fks3株の胞子では胞子内の一部が胞子壁に貫入したり、壁が部分的には肥大化したり薄くなるなどの異常な胞子壁が観察された(図3 C, D)。胞子は体細胞分裂時の細胞と比較してエーテルなどに耐性になることが報告されている(Dawes and Hardie, 1974)。そこで胞子形成後の細胞をストレス条件下におき生存率を測定した。fks2株、fks3株が生成する胞子はヒートショックやエーテルなどのストレスに感受性を示し、これらの刺激後に胞子を発芽させると、野生型の胞子と比べて胞子の生存率が著しく低下した(図4)。一方、fks1株が生成する胞子はこれらのストレスに対して野生型と同様の生存率を示した(図4)。以上の結果から、栄養増殖において主に機能しているFKS1は胞子形成時に機能していないのに対して、FKS2、FKS3は減数分裂時に発現して胞子壁形成に重要な機能があることが示唆された。 FKS2の胞子壁形成に関わる機能 FKS2の胞子壁形成に関わる役割を遺伝学的な相互作用から調べた。fks2株にFKS1、FKS2、FKS3の3種類の遺伝子を持つハイコピープラスミドを導入したところ、fks2変異はFKS2の過剰発現だけでなく、FKS1を過剰発現することによって部分的に抑圧された。この結果から、FKS1とFKS2の遺伝子産物の間には重複する機能があると考えた。FKS2のプロモーターの下流にFKS1のORF部分をつなぎ、このキメラ遺伝子を持つ株の胞子の表現型を調べた。キメラ遺伝子を持つプラスミドをゲノム上のFKS1とFKS2を欠損した株に形質転換して、胞子形成後のストレス感受性を調べたところ、FKS2プロモーターにFKS1を持つ株の胞子は、ストレスに対して野生型とほぼ同じ生存率を示した。一方、FKS1プロモーターにFKS2遺伝子を持つ株の胞子はストレスに感受性を示し生存率が低下した。以上の結果から、正常な胞子壁形成にはFKS2プロモーターによるグルカン合成酵素をコードする遺伝子の転写が重要であることが明らかになった。 FKS3の胞子壁形成に関わる機能 fks3遺伝子破壊株が胞子壁形成時に表現型を示したことから、さらに詳しく解析した。fks3株にFKS3の過剰発現した胞子でのみ生存率の回復が見られ、FKS1、FKS2の過剰発現では感受性を示した。このことからFks3pはFks1pやFks2pとは異なる機能を持つと予想した。栄養増殖時にFks3pが発現するようにプロモーターをFKS1に置換したキメラ遺伝子(pFKS1-FKS3)を作成し、Fks3pの機能を検証した。グルカン合成酵素の温度感受性株(fks1-1154 Δfks2)にpFKS1-FKS3を過剰発現したところ制限温度において致死性を回復した(図5 A)。これまで、fks1-1154 Δfks2変異株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子として7つのグルカン合成酵素の上流で働く因子をコードする遺伝子が報告されている (Sekiya-Kawasaki et al. 2002)。そこで、pFKS1-FKS3がFKS1やその上流の因子に正に働く機能があると考えて、細胞あたりのグルカン量とグルカン合成酵素活性を検討した。制限温度でfks1-1154 Δfks2株では芽の先端にグルカンが局在できないが、pFKS1-FKS3の発現により相補されてグルカンの局在が観察できた(図5 B)。さらに、グルカン特異的な染色試薬で細胞全体のグルカン量を計ったところ、グルカン量が低下するfks1-1154 Δfks2株と比べて、pFKS1-FKS3を発現した株ではグルカン量が野生型程度にまで回復していた(図5 C)。しかし、in vitroのグルカン合成酵素活性はfks1-1154 Δfks2株と同程度で、グルカン合成酵素活性へ直接の影響はなかった。最後に、グルカン合成酵素の制御サブユニットであるRho1p (Qadota et al. 1996)との関係を調べた。活性化型のRho1pを発現しても、pFKS1-FKS3を発現しても同様にグルカン量は増加したが、両者を同時に発現したところ相乗的な効果がなく、それぞれを単独で発現した場合と同程度であった。以上の結果から、Fks3pにグルカン合成酵素活性はないが、Rho1pの活性化を介してFks1pにポジティブに働く機能があると予想している。 まとめ 胞子壁合成過程において直鎖状の構成成分である1,3-b-グルカンは前胞子膜の内側から出現して最終的に全体に分布する。 FKS2、FKS3は減数分裂時に転写量が上昇し、それぞれの遺伝子破壊株はストレスに感受性を示すことから、正常な胞子壁形成に両者は重要であることが明らかになった。 胞子壁形成時にFKS2が持つ機能は1,3-b-グルカンの合成であり、FKS1を減数分裂開始以降発現させることによって補うことができる。 FKS3を発現する細胞ではグルカン合成活性が検出できないことから、FKS3は、FKS1やFKS2とは異なる機能が胞子形成時にある。 図1 胞子壁のグルカンは成熟にともなって全体に局在する抗グルカン抗体による免疫電顕観察により、胞子壁におけるグルカンの局在を観察した。A; 薄い膜状の前胞子膜ではグルカンが観察できない。B, C, D; 胞子壁が厚くなることに従ってグルカンが内側から合成され壁全体に局在した。E;胞子形成後の細胞全体を示す 図2 減数分裂時のFKS1、FKS2、FKS3の転写酵母野生型株であるSK1株を用いて同調した減数分裂を行った。細胞を胞子形成培地に移した後に経時的にサンプリングしてmRNAを抽出して、各遺伝子のDNAプローブを用いてノーザンブロットを行った。減数分裂の進行に従ってFKS1は転写が抑制されるのに対して、FKS2とFKS3は転写が上昇した。 図3 fks2株とfks3株の形成する胞子壁の電子顕微鏡観察A, B; fks2株の胞子壁。胞子壁の外周部にチューブ状の構造体が観察できる(矢印)。野生型の胞子壁(図1 E)と比較して不均一な構造になっていた。C, D; fks3株の胞子壁。胞子内の一部が胞子壁に貫入したり(矢印)や部分的には薄くなるなどの異常な形態の胞子壁が観察された。 図4 ヒートショック後に発芽させた胞子の生存率胞子形成後のそれぞれの株の細胞を55℃でインキュベートし、一定時間ごとにサンプリングし、YPDプレート上で発芽したコロニーをカウントして生存率を調べた。WTと比較して、fks2株、fks3株では大きく生存率が低下しているが、fks1株はほぼ野生型と同じ生存率を示した。また、fks2fks3株、fks1fks3株はfks3株とほぼ同じ生存率を示し、相乗的な効果はなかった。 図5 fks1-1154株にpFKS1-FKS3を発現させた表現型(A) FKS1、pFKS1-FKS3、ROM2の各遺伝子をハイコピープラスミドを発現させたfks1-1154.fks2株の生育をYPDプレートで調べた。pFKS1-FKS3の発現によって温度感受性が抑圧された。(B) それぞれの細胞を制限温度で培養して、グルカン特異的な蛍光試薬アニリンブルーで染色後、蛍光顕微鏡で観察した。fks1-1154.fks2株で見られる芽の先端にグルカンが局在できない表現型は、pFKS1-FKS3の発現により相補されてグルカンが観察できた。(C) それぞの株を25℃で培養して、アルカリ処理後にアニリンブルーで染色し、細胞全体のグルカン量を計った。fks1-1154.fks2株のグルカン量は低下していたが、pFKS1-FKS3の発現によりグルカン量が野生型程度に回復していた。 | |
審査要旨 | 本論文は、四章からなる。その内容については以下のとおりである。 配偶子形成は有性生殖を行う真核生物に共通する生命現象である。単細胞真核生物である出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の倍数体は、栄養が枯渇した際に減数分裂を行って配偶子を形成し、次世代ゲノムを保護するために胞子壁と呼ばれる堅牢な構造体を構築する。減数分裂時に形成される胞子壁には配偶子を外的環境変化から保護する機能があると考えられて来ている。これまでの研究から、出芽酵母の胞子壁形成に必須なタンパク質として、胞子壁形成の出発点となる中心体に局在するタンパク質、輸送に関わるタンパク質、キチンやジチロシンなどの多糖類の合成酵素などが必須であると報告されてきた(Valdivieso et al. 1991; Neiman, 1998; Briza et al. 1988; Knop and Strasser, 2000; Tachikawa et al. 2001; Felder et al. 2002; Coluccio et al. 2004)。しかし、グルコースのポリマーである1,3-β-グルカン(以下、グルカン)については胞子壁の主要な構成成分であるにも関わらず胞子壁形成における重要性を表す知見はほとんどなかった。出芽酵母のグルカン合成酵素に関する研究は、従来は体細胞分裂時の細胞を用いて行われており、細胞膜に局在する触媒サブユニットFks1p、Fks2p (Inoue et al. 1995; Mazur et al. 1995) が酵素活性を担うことが明らかになっている。申請者は博士課程において、グルカンの胞子壁形成時の局在を調べることから研究を始め、胞子壁形成時のグルカン合成に関わる研究を行った。出芽酵母のグルカン合成酵素触媒サブユニットをコードする遺伝子FKS1及びFKS2、そしてFKS1とFKS2に相同性がある機能未知遺伝子FKS3に着目し、それぞれの遺伝子が胞子壁形成時に果たす役割について解析を行った。 胞子形成過程におけるグルカンの局在 胞子壁は体細胞分裂時の細胞壁と類似の成分で構成される内側の二層と胞子壁特異的な成分で構成される外側二層から成り、生化学的な解析からグルカンは主に内側の層を構成して胞子壁乾重量の約55%を占めることが報告されている(Briza et al. 1988)。この結果からグルカンは胞子壁の機能を果たす上で重要な成分であろうと予想し、抗グルカン抗体による免疫電顕で胞子壁形成時におけるグルカンの局在を調べた。その結果、前胞子膜にはグルカンは存在せず、胞子壁の成熟に従って胞子壁の内側に存在するようになり、さらに胞子壁が厚くなると胞子壁全体にグルカンのシグナルが観察された。 グルカン合成酵素の触媒サブユニットの発現と遺伝子破壊株の表現型 出芽酵母のグルカン合成酵素の触媒サブユニットをコードする遺伝子には2つの遺伝子(FKS1、FKS2)が知られており(Mazur et al. 1995)、それに加えて機能未知な相同遺伝子(FKS3)がゲノム上に存在している。これらの遺伝子の発現を、酵母野生型株であるSK1株を用い、減数分裂を同調した細胞からmRNAを抽出してノーザンブロットにより解析した。FKS1の転写量は減数分裂の進行とともに減少することがわかった。FKS2の転写量は胞子形成培地に移すと徐々に上昇していた。一方、FKS3の転写は体細胞分裂時では観察できないが胞子形成培地に移すと転写が上昇した。このことから、減数分裂時にはFKS2とFKS3の転写が上昇して、FKS1の転写は抑制されることが明らかになった。 次に、それぞれの遺伝子破壊変異をホモで持つ二倍体で作成し、減数分裂および胞子壁形成過程の表現型について調べた。いずれの株も染色体分配、前胞子膜形成までは正常に進行していたが、胞子の形態を電子顕微鏡で観察したところ、fks2株とfks3株で特徴的な表現型が観察された。野生型株の胞子では胞子壁が均一な厚さの壁が形成されるのに対して、fks2株の胞子では外周部にチューブ状の構造体が見られ、胞子壁が不均一であることがわかった。fks3株の胞子では胞子内の一部が胞子壁に貫入したり、壁が部分的には肥大化したり薄くなるなどの異常な胞子壁が観察された。それに対してfks1株の胞子では野生型と同様の胞子壁を示していた。胞子は体細胞分裂時の細胞と比較してエーテルなどのストレスに耐性になることが報告されている(Dawes and Hardie, 1974)。そこで胞子形成後の細胞をストレス条件下におき、時間経過ごとにプレートに撒きストレスに対する感受性を測定した。fks2株、fks3株が生成する胞子はヒートショック、エタノール、エーテルなどのストレスに感受性を示し、これらの刺激を与えた後に胞子を発芽させると、野生型の胞子と比べて胞子の生存率が著しく低下した。一方、fks1株が生成する胞子はこれらのストレスに対して野生型と同様の生存率を示した。また、fks1fks3、fks2fks3二重破壊株ではfks3株と同程度の生存率で、二重破壊による相乗的な効果はなかった。以上の結果から、体細胞分裂時の栄養増殖において主に機能しているFKS1は胞子形成時にはあまり機能していないのに対して、FKS2、FKS3は減数分裂時に発現して胞子壁の形成には重要な機能があることが示唆された。 FKS2の胞子壁形成に関わる機能 FKS2の胞子壁形成に関わる役割を遺伝学的な相互作用から調べた。fks2株にFKS1、FKS2、FKS3の3種類の遺伝子を持つハイコピープラスミドを導入して、胞子形成後の細胞がストレス感受性を相補できるかどうかを調べた。すると、fks2変異はFKS2の過剰発現によって相補されるだけでなく、FKS1を過剰発現することによって部分的に抑圧された。この結果から、FKS1とFKS2の遺伝子産物の間には重複する機能があると考え、FKS2の減数分裂における機能はFKS1が体細胞分裂時に果たしている機能、すなわちグルカン合成と同一ではないかと考えた。そこで、減数分裂で発現するFKS2のプロモーターの下流にFKS1のORF部分をつなぎ、このキメラ遺伝子が果たしてfks2変異を抑圧するかどうかを調べることにした。キメラ遺伝子を持つプラスミドをゲノム上のFKS1とFKS2を欠損した株に形質転換して、胞子形成後のストレス感受性を調べたところ、FKS2プロモーターにFKS1を持つ株の胞子は、ストレスに対して野生型とほぼ同じ生存率を示した。一方、FKS1プロモーターにFKS2遺伝子を持つ株の胞子はストレスに感受性を示し生存率が低下した。以上の結果から、発現するタンパク質がFks1pでもFks2pでも生存率に大きな差はなく、正常な胞子壁形成にはFKS2プロモーターによるグルカン合成酵素をコードする遺伝子の転写が重要であることが明らかになった。 FKS3の胞子壁形成に関わる機能 FKS3はグルカン合成酵素の触媒サブユニットをコードする遺伝子のホモログであるが、これまでFKS3が持つ機能については明らかではなかった。しかし、fks3遺伝子破壊株が胞子壁形成時に表現型を示したことから、さらに詳しく解析することにした。まず、減数分裂時のFks3pの局在を間接蛍光抗体法で調べた。Fks3pにHAタグを融合した遺伝子を発現して、抗HA抗体を用いて局在を調べたところ、減数分裂の進行に伴い胞子壁付近に局在していた。次に、遺伝学的な関係を調べたが、fks3株にFKS3の過剰発現した胞子でのみ生存率の回復が見られ、FKS1、FKS2の過剰発現では感受性を示した。このことからFks3pはFks1pやFks2pとは異なる機能を持つと予想した。これまでの研究から、触媒サブユニットFks1p、Fks2pはin vitroでグルカン合成活性酵素活性が報告されている(Inoue et al. 1995)が、Fks3pが果たしてグルカン合成活性酵素活性を持つかどうかに関する知見はなかった。そこで、栄養増殖時にFks3pが発現するようにプロモーターをFKS1に置換したキメラ遺伝子(pFKS1-FKS3)を作成し、Fks3pのグルカン合成機能を検証した。pFKS1-FKS3を導入した細胞から膜画分を単離し、in vitroのグルカン合成を指標にしたプロダクトエントラップメントでグルカン合成酵素活性を検討したが、活性は見られなかった。しかし、グルカン合成酵素の温度感受性株(fks1-1154 Δfks2)にpFKS1-FKS3を過剰発現したところ制限温度において致死性を回復した。これまで、fks1-1154 Δfks2変異株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子として7つのグルカン合成酵素の上流で働く因子をコードする遺伝子が報告されている (Sekiya-Kawasaki et al. 2002)。そこで、pFKS1-FKS3がFKS1やその上流の因子に正に働く機能があるかもしれないと考えて、細胞あたりのグルカン量とグルカン合成酵素活性を検討した。制限温度でfks1-1154 Δfks2株を観察すると芽の先端にグルカンが局在できないが、pFKS1-FKS3の発現により相補されてグルカンの局在が観察できた。さらに、グルカン特異的な染色試薬で細胞全体のグルカン量を計ったところ、グルカン量が低下するfks1-1154 Δfks2株と比べて、pFKS1-FKS3を発現した株ではグルカン量が野生型程度にまで回復していた。しかし、in vitroのグルカン合成酵素活性はfks1-1154 Δfks2株と同程度で、グルカン合成酵素活性へ直接の影響はなかった。最後に、グルカン合成酵素の制御サブユニットであるRho1p (Qadota et al. 1996)との関係を調べた。活性化型のRho1pを発現しても、pFKS1-FKS3を発現しても同様にグルカン量は増加したが、両者を同時に発現したところ相乗的な効果がなく、それぞれを単独で発現した場合と同程度であった。以上の結果から、Fks3pにグルカン合成酵素活性はないが、Rho1pの活性化を介してFks1pにポジティブに働く機能があると予想した。 なお、本論文は石原聡、浅川昌代、平田愛子、野上識、大矢禎一の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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