学位論文要旨



No 120870
著者(漢字) 上山,勉
著者(英字)
著者(カナ) カミヤマ,ツトム
標題(和) In vivo 皮質脊髄路の形成過程におけるシナプス除去
標題(洋) Synapse elimination during development of corticospinal tract in vivo
報告番号 120870
報告番号 甲20870
学位授与日 2006.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2592号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋,智幸
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

皮質脊髄路(CST)の発生と変性・再生を考える上でCSTシナプスの形成過程を知ることは必須であるが、それらについての研究は少ない。我々の研究室では新生ラットの感覚運動皮質と脊髄のスライスを共培養して、CSTをin vitroで再構築することに成功している。この系では皮質錐体細胞軸索を電気刺激して、CSTシナプスの活動をfield EPSPs(fEPSPs)として観察することでシナプス形成を定量的に評価できる(Takuma,Sakurai,Kanazawa,Neuro science109,2002)。またその評価法を用いてどのようにシナプスの形成やその分布が時間的・空間的な変化を遂げるかが研究されている(Ohno,Maeda,Sakurai,JNeurosci.,JNeurosci 132,2004)。その研究では7 days in vitro(DIV)でシナプスが脊髄スライスの灰白質に彌慢性に存在するが、9DIVで腹側より消退が始まり12DIVで背側に限局することが見出されている。更にこのシナプスの消退がNMDA受容体の競合的阻害薬やテトロドトキシンによって阻害されること、それらがNMDA受容体を介した活動依存的であること、そしてこれに臨界期が存在することが示されている。

In vitroで観察される可塑性はメカニズムの解明には優れた面があるが、この可塑性が実際の生体でどのように観察されるかは不明であり、これらの可塑性やその結果としての脊髄内のシナプスの再編が個体レベルでどのような意味を持つかを明らかにするにはin vivoの実験系で調べなければならない。そこで本研究では先ずin vivoで幼若期から成熟期までの各段階においてratの脊髄からCSTシナプスのfEPSPsを記録する系を確立し、その脊髄内の空間的分布を観察した。また順行性標識でCST神経終末の分布の変化の観察も行った。CSTシナプスの再編がin vitroと同様に生じていることが明かとなった。すなわち生後7日目までにCSTシナプスが脊髄全体に広がり、8日目で腹側からシナプスが除去され始め、10日目には背側に限局したのである。生後これらの現象はinvitroの結果と合致しており、in vivoでもNMDA受容体を介した活動依存的な現象であることが推察された。

実験系の確立

生後7〜11(P7〜11)日のラットを用いたが、これらは成体ラットより更に一層小型で脆く、このようなinvivoの幼若ラットの脊髄で電気生理学的測定を行った報告はなく、その実験系の確立のためには幾多の新たな実験手技上の工夫を要した。ペントバルビタール40mg/kgの腹腔内注射で呼吸器を使用せずに試みたが、呼吸運動が記録のartifactとなるため80mg/kgを腹腔内に注射し、弱くなった呼吸を人工呼吸器で補助して実験を行うことで呼吸運動の記録に対する影響を抑制できた。頭蓋の固定についてP7ラットは外耳孔の形成が不完全であり、かつ頭蓋骨が柔らかいため強い圧迫は避けなければならず、従来の脳脊髄定位固定装置での固定は難しかったが、外耳孔を固定するイヤーバーの先端を細くすることで固定が可能となった。また幼若ラットの脊椎棘突起は柔らかくこれも従来の脊椎の固定法では難しかったが、尾の付け根を脊髄固定用の器具で挟んで尾側方向に適度な張力を加えることで、脊髄から細胞外記録を行うに足る安定性を得ることに成功した。体温は保温パッドを使用して直腸温を32〜35℃程度とした。通常の温度より低めであるが、これは心拍数を少し低下させ(約300回/分)、記録に心電図が混入を最小限にするための工夫である。

後頭骨を穿頭して背側から刺激電極を刺入し一度延髄腹側を突き抜けて後頭骨に電極を当てそこから数百μm背側に戻して延髄錐体に到達させた。このため電極先端を強固にする必要があり、テフロンコートした白金線を27Gステンレス針の中に通して同心白金電極を作成し、白金線先端がステンレス針先端より出ないようにした。刺激強度は500μAで固定したが、この強度でどの日令でも最大上の反応を得ることができる。

記録は椎弓切除術をC3からTh1まで行い、硬膜を切開して脊髄を露出させ、3M NaClを満たしたガラス管微小電極で下部頚髄(C7)の横断面上でおよそ200μmの格子状に行った。非NMDA型グルタミン酸受容体阻害薬の薬物の局所注入にはガラス管多連電極を作成し、記録を行いながら同部位に圧注入によって投与した。実際の記録では刺激を2-3Hzで行って100回の加算平均を行い一つの結果とした。反応は数十μVと微小なため心電図が重ならないように刺激・記録のタイミングを2-3回の心拍に1回になるようにQRS complexに同期させ、更に刺激がT波とP波の間の平坦な部分で行われるように調整した。しかしT波の後も背景に心電図による小さいゆっくりした変化が加わるため刺激なしのコントロールの波形を刺激・記録した波形から差し引くことでベースラインはほぼ0になった。延髄錐体に刺入した刺激電極の位置を確認するために直流通電(200μA 10秒)を行って焼杓し、脳幹を取り出してホルマリンで固定後、切片を作成してニッスル染色を行い、焼杓された部位が延髄錐体内であることを確認した。

延髄錐体刺激でCSTシナプスの細胞外電位を記録

延髄錐体のCST刺激で下部頚髄C7より主として陰性波が記録された。典型的な反応は最初の小さな陽性波に続いて大きな陰性波が現れ、次に緩徐な陽性波が続く三相波である。典型的な反応が記録できる部位でCNQX・APV混合液の局所注入を行うと大きな陰性波は減弱した。コバルト溶液の局所注入では可逆的な減弱を観察した。本研究でははっきりしたfiber volleyが認め難かったが、幼若ラットでは成熟ラットに比べCST線維が小径で髄鞘化が未熟であるから活動の同期が不十分で検出しづらいためと考えられる。従ってCSTの伝導速度を推定するために最初の陽性波のピークの潜時を用い、0.85-1.21m/sとなった。もともとCSTの伝導速度は9-20m/sと他の伝導路に比して遅く、さらに幼若期髄鞘化が未熟であることから、推定値は合理的な値と考える。また2-3Hzの刺激を加えたとき、1つ1つの刺激に対しての反応の潜時と振幅と波形が安定して出現しており、多シナプス性の反応とは考えにくい。以上の結果から陰性波はCSTシナプスの活動によるグルタミン酸作動性の単シナプス性のfEPSPsと考えられる。

CSTシナプスのfEPSPsは生後7日目で一時的に灰白質全体に彌慢性に認めるが生後10日目には背内側に限局される

P7で記録部位により振幅に差はあるものの脊髄灰白質全体に陰性のfEPSPsが認められた。ところがP8では最腹側の陰性の電位の極性が陽性に逆転し、これ以降この逆転がさらに背側におよび、P10ではfEPSPsは背内側に限局して、陽性の電位が腹外側を占める分布となった。背内側の陰性のfEPSPsが腹外側に向かうにつれて陽性へと位相が逆転する様子や、この陽性電位のpeak潜時と陰性のfEPSPsと一致することから陰性電位が電流の「流れ込み」(sink)であるのに対してこの陽性電位は電流の「湧き出し」(source)であると考えられる。電流の「流れ込み」はシナプス部位に相当すること考えられることからP7ではシナプスが脊髄灰白質全体に彌慢性に存在しており、P8で最腹側からシナプスの除去が始まり、P10でシナプスは背内側に限局する分布をなることが示唆された。

CST終末の順行性標識で生後8日目から終末の消退が生じる

Biotin Dextranをラットの感覚運動皮質に注入してCSTの神経終末を順行性標識し、終末の脊髄内の分布の変化を発達早期で観察した。幼若ラットの上肢に投射する領域、特にC7に投射する感覚運動皮質の領域は不明であったため、できる限り多くの投射細胞を標識してC7に投射する細胞が含まれるようにした。そのために通常より濃い濃度で比較的多い量を複数個所に注入した。評価の方法としてはシナプスが除去されることが予想される腹外側と通常のCSTの投射領域である背内側に線を想定してそこを横切る終末の数を数えた。P7では

比較的脊髄全体に終末が分布しているが、P8から腹外側の線維が減少し始め、P10で最低となった。一方背内側の線維は大きく変化しなかった。P7で腹外側の線維にシナプスが存在していることを確認するために、神経終末と前シナプスの構造物であるsynapthophysinの免疫二重染色をおこなったところ腹外側にある線維上にシナプスが存在することが示された。従って形態学的にも腹外側からCSTシナプスが除去されることが示唆され、fEPSPsで得られた結果を支持するものとなった。

本研究で電気生理学的にも形態学的にもin vivoにおいて一時的にCSTシナプスが形成され、それが腹側あるいは腹外側から除去されることが示された。さらにin vitroでシナプスが彌漫性に形成されてからシナプスが背側に限局し腹側から除去される時間経過も合致している。従ってin vitroと同じメカニズムでシナプス除去が生じていると仮定することは不合理なことではなく、invivoでもCSTのシナプス除去がNMDA受容体を介した活動依存的現象であり、生後1-2週のある時期に臨界期の存在することが推測される。これは今後の課題である。

CSTの脊髄内終末の分布についてはラットやネコで形態学的研究が行われている。ラット(Curfs MHJM et al,Brain Res Dev Brain Res 78,1994)ではP10まで脊髄内に広がり、その後腹側や外側から消退していき、P14には背内側に限局することが示されているが、これらのCST終末が実際に脊髄細胞とシナプスを形成しているかどうかは不明であった。CST終末の分布と本研究の結果は合致しているが、生体において機能的なCSTシナプス分布の発達を研究し、育髄灰白質全体に広がる一時的なシナプス形成とその後の除去を示したのは本研究が初めてである。

今後我々は発達期ラットにNMDA受容体阻害薬を慢性的に投与してシナプス除去が阻害されるかどうかを観察し、薬物の投与時期・期間を変化させて可塑性の臨界期を定めることを予定している。また遺伝子改変マウスも用いながら皮質脊髄路シナプスの変化が個体レベルでどのような意味を持つかを研究、検討する。本研究で随意運動系でも視覚系など他の系と同様にシナプスの一時的な形成とその後の除去が生じていることが認められたことは我々のin vitroの実験結果と合わせて、皮質脊髄路の形成過程が活動依存的であることを想像させる。それら発達過程のメカニズムを更に研究することにより、皮質脊髄路を障害するあらゆる疾患の機能性予後を改善する治療の開発等への寄与も期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は皮質脊髄路(CST)シナプスの形成過程を明らかにすることを目的にinvivoの条件下で電気生理学的・形態学的手法を用いて正常発達早期の形成過程を明らかにしたのもで、結果は下記の通りである。

CSTシナプスの細胞外電位の同定

過去にCSTシナプスの細胞外電位(fEPSPs)について明確に論じた報告はない。本研究ではラット延髄錐体でCSTを刺激し、下部頚髄C7より反応の記録を行った。主として小さな陽性波に続く大きな陰性波と次に緩徐な陽性波が続く三相波が記録され、記録部位に対するCNQX・APV混合液、コバルト溶液の局所注入で大きな陰性波は減弱したことからシナプス電位であると考えられた。また2-3Hzの刺激に対する一つ一つの反応の潜時・振幅・波形は安定していて単シナプス性の反応であることが示唆された。推定された伝導速度は既に知られている成熟ラットのもと比べて遅いが、幼若期の線維が小径で髄鞘が未熟であることを考慮すれば合理的なものであり、以上から陰性波はCSTシナプスの活動によるグルタミン酸作動性の単シナプス性のfEPSPsと結論した。

CSTシナプスのfEPSPsの脊髄内分布の発達早期の変化

生後7日令(P7)でC7の脊髄灰白質全体に陰性のfEPSPsが認められたが、P8では最腹側の電位が陰性から陽性に極性が逆転し、P9以降この逆転が背側方向に拡大して陰性のfEPSPsはP10で背内側に限局した。腹側の陽性電位はpeakの潜時が陰性のfEPSPsとほぼ一致しており、背内側から腹外側方向に従って位相が逆転していく様子から陰性電位が電流の「流れ込み」(sink)であるのに対してこの陽性電位は電流の「湧き出し」(source)であると考えた。従って一時的にシナプスが脊髄全体に分布したあと腹外側からのシナプスが除去されることが示唆された。

CST神経終末の分布の発達早期の変化

Biotin Dextranを用いてCST終末を順行性標識した。P7では脊髄全体に終末が分布しているが、P8で腹外側から除去されていてP10で最も減少した。背側の終末は発達早期では大きく変化はしなかった。神経終末と前シナプスに存在するsynaptophysinの免疫二重染色ではP7の腹外側の終末にもシナプスが存在ることが示された。以上からCSTシナプスのfEPSPsの検討から示唆された腹外側のシナプスの除去が形態学的に支持された。

P7ではCSTシナプスが脊髄灰白質全体に彌慢性に分布しているが、P8から脊髄腹側よりシナプス除去が始まり、P10で背内側に限局した成熟した分布パターンとなることが示された。新生ラットの感覚運動皮質と脊髄のスライスを共培養系で、CSTをin vitroで再構築する先行する研究では7 days in vitro (DIV)でシナプスが脊髄スライスの灰白質に彌慢性に存在するが、9DIVで腹側より消退が始まり12DIVで背側に限局することが見出されている。本研究でin vivoでも時間的・空間的に同様な経過であること示されたことは重要なことであり、今後のCSTの発達の研究、さらにはその再生の研究の基礎となるもので学位の授与に値するものと考えられる。

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