No | 120871 | |
著者(漢字) | 住吉,京子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スミヨシ,キョウコ | |
標題(和) | 成体脳の実質内に存在する神経前駆細胞の再生能に関する研究 | |
標題(洋) | Regeneration potential of parenchymal neural progenitors in the adult brain | |
報告番号 | 120871 | |
報告番号 | 甲20871 | |
学位授与日 | 2006.03.08 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2593号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (研究目的) 我が国の三大死亡疾患のひとつである脳梗塞を始めとして、多くの疾患が成人の脳内に神経細胞死をもたらす。しかしながら皮膚などの他の組織とは異なり、中枢神経細胞は出生後は新しく作られることはないと考えられてきた。そのため、これらの疾患に対する治療は主にさらなる神経細胞死の予防を目的としたものであり、いったん起こった神経細胞死により喪失した機能を回復させることは困難であると考えられている。近年、人を含めた哺乳類の脳内に継続的に神経を産生する神経前駆細胞が存在する事が明らかになった。この発見により、成体の脳内に神経細胞を新生し、喪失した機能を回復させる治療の開発が期待された。しかし、これらの神経前駆細胞の存在部位は側脳室壁と海馬の歯状回の2カ所に限られており、その他の部位には存在しないと考えられている。近年、上記の神経前駆細胞存在部位以外の脳実質内にも培養条件下で神経を産生しうる細胞が存在することが明らかになってきた。これらの細胞が生体内でも神経細胞を産生することが可能であれば、神経細胞死に伴い喪失した機能を回復させる治療に役立つことが期待される。このように脳実質内の神経前駆細胞の存在およびその性質を解明することは神経系疾患に対して新たな治療法を提供する可能性のある重要な研究課題である。本論文は、脳実質内の神経前駆細胞の同定、それらの細胞が脳実質内に新生神経細胞を供給しうるか、さらに新生した神経細胞が領域特異的な性質をもち周囲組織のネットワークに組み込まれるかを解明することを目的とした。 [研究結果と考察] まず、成体ラット脳実質内で新生した細胞を標識しそれらの細胞が最終的にどのような細胞に分化するかを観察することによって、脳実質内に神経に分化しうる細胞(神経前駆細胞)が存在することを明らかにした。本研究では緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するレトロウイルスを用いて新生細胞を標識した。レトロウイルスは核分裂中の細胞のみに感染することが知られているため、標識細胞はレトロウイルス注入時に脳実質内で新生したものである。その結果、脳実質内の新生細胞の一部は神経およびグリアに分化し、さらに分化した細胞は長期生存可能であることが示された。次にシナプス前終末に発現する蛋白synaptophysinに対する抗体を用い、新生神経細胞が周囲組織からのシナプス入力を受けていることを示した。さらに、逆行性神経トレーサーのフルオロゴールドを線条体の神経の主な投射先である淡蒼球に注入した結果、線条体実質内の新生神経細胞が逆行性標識され、新生神経細胞軸索が適切な部位に投射していることが確認された。これらの2点より、新生神経細胞が既存の神経回路に正しく組み込まれていることが明らかにされた。 次に、観察された2カ所の実質(線条体、大脳皮質)に存在する神経前駆細胞の性質の違いをin vivo、 in vitro環境下において解析した。in vivoで線条体実質内の新生神経細胞はDARPP-32,GABAなどの線条体神経特異的な蛋白の発現を示したのに対し、大脳皮質実質内の新生神経細胞ではglutamate,GluR2/3など周囲の既存大脳皮質神経と同様な神経伝達物質、および受容体の発現が検出された。さらに、これらの性質の違いが周囲の既存組織との関係が切り離されたin vitroの環境下においても存在するかについて2カ所の実質および側脳室壁由来神経前駆細胞の培養系を用いて解析した。その結果、各部位由来の神経前駆細胞は増殖速度、分化、発現蛋白などの点において明らかに異なることが示された。 最後に、中大脳動脈遠位部閉塞モデルラットを用いて、脳虚血病態下で、これらの脳実質内神経前駆細胞が病変部に新生神経を供給しうるかどうかについて解析した。その結果、虚血による刺激のみでは脳実質内神経前駆細胞は神経を産生しなかったが、これに実質への局所的な外傷を加えると神経に分化した。この結果は実質への局所的な外傷が脳実質内神経前駆細胞が神経に分化するために必須であったことを示唆している。このような脳実質内神経前駆細胞の神経分化を促進する機序の解明は今後の課題である。 [結語] 本論文は脳実質内に神経前駆細胞が存在することを明らかにした。またこれらの神経前駆細胞は存在部位によって異なる性質を持つことを示した。さらに病態下においてこれらの神経前駆細胞は病変部への新生神経細胞を供給することが可能であることが示された。これらの結果は神経疾患により喪失した神経細胞を補い、脳機能を回復させる治療の開発に役立つことが期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は成体哺乳類脳実質内における神経前駆細胞の存在、その分化能を明らかにするため、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するレトロウイルスを用いて成体ラット脳内の新生細胞を標識し、これらの標識細胞のfateを観察した。これらの実験により以下の結果が得られた。 成体ラット線条体・大脳皮質実質内に存在する神経前駆細胞が同定された。これらは既知の側脳室周囲subventricular zone(SVZ)に存在する神経前駆細胞とは異なる性質をもつものであった。 実質内神経前駆細胞は、損傷に応答し、生体内で神経細胞に分化した。 実質内神経前駆細胞は、培養条件下で、自己複製能・多分化能を示し、神経幹細胞の定義を満たすものであった。 実質内神経前駆細胞は、神経栄養因子投与、神経分化誘導因子Neurogenin2の遺伝子導入、虚血脳損傷に対し、異なる応答性を示した。 以上、本論文では今まで知られていなかった部位、成体脳の線条体・大脳皮質実質内にも神経細胞に分化しうる神経前駆細胞が存在することを明らかにした。本研究の結果は、一般的に治療が必要な脳室より遠く離れた実質内においても神経細胞を新生しうる可能性が残されていることを示唆するものであり、将来的に再生医療の適応の拡大につながることが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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