学位論文要旨



No 120873
著者(漢字) 澄田,有紀
著者(英字)
著者(カナ) スミタ,ユキ
標題(和) 電子カルテシステムの機能参照モデルに関する研究
標題(洋) A study on the Reference Functional Model for EHR systems
報告番号 120873
報告番号 甲20873
学位授与日 2006.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2595号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 小山,博史
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 講師 増谷,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

[はじめに]

医療機関のニーズ、予算、利用可能な技術により制約を受け、多種多様な電子カルテシステムが開発されている。これらのシステムは、共通の基盤に基づいて開発されていないため、医療機関を越えて情報を共有し、活用することが困難な状況にある。そこで、著者は共通の基盤の一つである機能の面に着目し、電子カルテシステムの機能参照モデル(以下、RFM)の構築に取り組んでいる。このモデルは電子カルテシステムの(1)機能、(2)機能の記述要素(以下、FDE)、(3)電子カルテに与えられている目的(これらは、1つ以上の機能の実装により実現される。(4)前述の(1)〜(3)間の関係を表現するものである。本論文では、RFMを構成するモデルであるメタ機能モデル、機能モデルの構築を行い、電子カルテシステムの機能に関する新しい記述方法を提案することを目的とする。

[方法]

現在ペーパレス電子カルテシステムを稼動している国内5病院、海外1病院を選定し、電子カルテシステム内に実装されている機能を収集するためにアンケート調査、インタビュー調査、および実機操作を行った。本調査は2004年1月〜3月に実施した。調査票には、想定される電子カルテシステムの機能の具体例として、293項目を用意した。本調査の目的は、RFMの構築に必要な情報(電子カルテシステムの機能および業務での役割)をより多く収集することであり、各病院の電子カルテシステムを比較するためのものではない。

次に上述の調査結果をもとに、機能参照リスト(以下、RFL)を作成した。RFLにおいて、1つの機能を複数のFDEに分割し、各機能を階層的に記述した。今回、著者はFDEを以下の13種類(1.Subject,2.Temporal constraints (user action),3.Temporal constraints (informational constraints),4.Temporal constraints states of system),5.Location,6.Object(person&system),7.Direct object (information & functions),8.Indirect object (information),9.Purpose (clinical),10.Purpose(non-clinical),11.Instrument(physical),12.Instrument(non-physical),13.Verb)に設定した。

最後に、RFMの構成要素である、メタ機能モデルと機能モデルを構築した。メタ機能モデルは、機能モデルを表現する言語を定義するモデルである。また機能モデルは、(1)機能、(2)機能間の静的関係、(3)FDE、(4)FDE間の静的関係、(5)機能とFDE間の静的関係を表現するモデルである。ここで言う、静的関係とは、関係が時間に依存せず、ある条件のもとで不変であるということを意味している。モデル化にあたり、まずRFLを分析し、存在している機能間の関係のパターンを抽出した。そのパターンに基づき、それらの関係を全て表現できるメタ機能モデルを作成した。更にメタ機能モデルで定義された記述形式に従って、機能モデルを作成した。これらのモデルは、UML(the Unified Modeling Language)のクラス図を用いて記述している。今回、機能モデルの作成においては、「抽出された全てのパターンの代表的な事例を1つ以上モデル化すること」、および「全ての動詞について代表的な事例を1つ以上モデル化すること」を目標としている。

[結果]

調査票で想定した293項目の機能の具体例のうち、270項目が1つ以上の病院で存在した。オーダリングに関する機能を除く、医師の利用する機能に限定し、調査票から83項目の具体例を抽出し、抽出された機能すべてをRFLにおいて385項目の機能として表現することができた。この項目数の変化は、RFLで機能を記述する際に動詞を11種類に限定することにより、一つの具体例を表現するのに複数の動詞で表現する必要があったため、また調査票のコメント欄に記載された機能および実機調査により発見された機能を追加したためである。

また、作成されたRFLを分析することにより、機能間の関係において6種類のパターンが見つかった。これらは、「パターン1:機能AのFDEである"Direct/Indirect object(information)"と機能Bの"Direct/Indirect object(information)が部分全体関係にある。「パターン2:機能AのあるFDEと機能Bの同じタイプのFDEが、汎化・特化関係にある。「パターン3:機能Aと機能Bの間に順序の制約がある」、「パターン4:機能Aが実行されるとき、ある条件を満たすと機能Bも実行される」、「パターン5:機能Aが実行されるとき常に機能Bも実行される。」、「パターン6:機能Aが実行されると機能Bは禁止される。」であった。パターン1、2は汎化・特化関係、パターン3は前提として必要関係、パターン4は条件付き拡張関係、パターン5は条件なし拡張関係、パターン6はUMLにおける制約の記述方法を用いてモデル上に表現することができた。さらに、RFLにおける13種類のFDEを分析し、それらの統合、除外を行うことにより、RFMでは、9種類のFDEを用いて機能を表現することができた。図1は作成したメタ機能モデルである。このモデルは機能が9種のFDEを持ち、これらのFDEと機能が10種の関係で結ばれ、さらに機能間の関係には、UMLクラス図で用意されている関係にあらたに前提として必要関係、拡張関係を加えることによって表現できることを示している。図2に機能モデルの一例を示す。機能モデル作成において設定された目標は達成され、RFLの機能項目の12.2%のモデル化を完了した。

[考察]

本論文では電子カルテシステムの機能の新たな記述方法であるメタ機能モデルを提案した。RFMは現在ドラフトが公開されている電子カルテシステムの機能モデルであるHL7 EHR-S functional modelに比べ、機能を多軸に分類できる点、FDEの単純比較、FDE内での階層関係を用いた比較により、機能の類似点や相違点を明示できる点、機能の構造や関係を視覚化できる点で優れている。しかし、医療機関の特性に応じ、必要な機能を提示するといった点に関しては、今後対応が必要である。また、現在RFMの応用例として、機能仕様書半自動生成ツールを開発中である。このようなツールが開発されれば、仕様書作成作業の簡略化、必要な機能の見落とし防止、記述ミス防止などにRFMを応用できるであろうRFMを構築することは電子カルテシステムに必要な機能の明示化につながり、電子カルテシステムの標準化に貢献するだけではなく、電子カルテシステム設計時に開発者が、医療従事者の持つ要求を正確に把握することを促進するだろう。そのために、今後の作業として、電子カルテシステムの目的と機能の関係や医療機関の特性ごとの機能の必要性のレベルをモデルに反映する必要があると考えている。

図1メタ機能モデル

図2機能モデル例(パターン1)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は電子カルテシステムに必要な機能、機能間の静的な関係、機能の記述要素(Functional DescriptiveElement、以下FDEとする)、FDE間の静的な関係、機能とFDE間の静的な関係を表現する記述形式を提案するものである。病院情報システムの精度向上にむけた機能モデル開発という研究課題を、長期間にわたり電子カルテシステムが導入されている複数の病院で詳細な調査を行い、電子カルテシステム設計に必須となる抽象化した機能モデルとその記述形式を提案している。以下に結果を示す。

電子カルテシステムの機能が今回提案した9種のFDEを用いて表現でき、機能とFDE間の関係が10種の関係を用いて表現できることを示した。

電子カルテシステムの機能間の関係として6種のパターンを抽出し、各パターンは、UMLのクラス図で既に用意されいる関係および制約記述に加え、新たに2つの関係(「前提として必要関係」、「拡張関係」)を用い表現できることを示した。

上記1、2を表現するメタ機能モデルをUML (Unified Modeling Language)クラス図を用い、機能の新たな記述形式として提案した。

本研究で開発した機能の記述形式は、既に報告されている電子カルテシステムの機能の記述形式に比べ、(1)機能を多軸に分類できる点、(2)FDEの単純比較やFDE内での階層関係を用いた比較により機能の類似点や相違点を明示できる点、(3)機能の構造や関係を視覚化できる点で優れていることを示した。

以上より、本研究は社会医学の進展に寄与するものであり、学位の授与に値するものであると考えられる。

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