学位論文要旨



No 120874
著者(漢字) 荒木,靖人
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,ヤスト
標題(和) 単一細胞からの遺伝情報に基づくT細胞抗原受容体の機能再構築の研究
標題(洋)
報告番号 120874
報告番号 甲20874
学位授与日 2006.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2596号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 岩本,愛吉
内容要旨 要旨を表示する

抗原特異的に免疫を制御する方法として、これまでに抗原特異的なT細胞を移入する方法が開発されてきた。マウスの腫 モデルにおいては、腫 抗原特異的なCD8陽性T細胞を移入することにより、腫 の排除にも成功した。これは、腫癌抗原特異的なCD8陽性T細胞が、腫癌細胞に対して細胞傷害活性を示した結果である。このような抗原特異的なT細胞の移入による治療法は、ウイルスに対する治療にも用いることが可能である。ウイルス抗原特異的な細胞傷害性T細胞を再構築する事が出来れば、そのT細胞をウイルスに感染したマウスに移入する事により、感染ウイルスが排除できる事が期待されるからである。

本研究では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)を用いて、ウイルス抗原特異的な細胞傷害性T細胞を試験管内において機能的に再構築する事を目指した。以前にHIVエンベロープ蛋白gp160特異的細胞傷害性T細胞の誘導が、マウスにおいて報告され、そのエピトープペプチドとしてP18IIIB(RIQRGPGRAFVTIGK)が同定された。そこでHIVgp160もしくはP18IIIB抗原により刺激を行い、HIV抗原特異的細胞傷害性T細胞を誘導した。その中から増殖しているクローンを、単一細胞分離法とRT-PCR/SSCP法の手法を用いて選び出し、T細胞抗原受容体(TCR)の塩基配列を同定した。同定したT細胞抗原受容体を、レトロウイルスを用いてマウスの牌臓細胞に発現させ、その再構築したT細胞がHIV特異的に細胞傷害活性を有する事を証明し

単一細胞分離法と、増殖しているクローンを解析する事ができるRT-PCR/SSCP法の両者を組み合わせるという新たな手法を用いる事により、抗原特異的T細胞のTCRのクローニングを行うことができた。また、今回レトロウイルスによりマウス牌臓細胞を用いてT細胞の再構築に成功したが、この手法を用いればヒトにおいても自己の脾臓細胞を取り出し、治療に用いるTCRを発現させ自分に戻すという細胞移入治療にも応用可能である。このような試験管内における抗原特異的T細胞の再構築は、ウイルス、腫癌、自己免疫疾患などの分野において、T細胞移入による抗原特異的な治療につながると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は抗原刺激により増殖していると考えられるT細胞クローンを単一細胞遊離法とRT-PCR/SSCP法により同定する事を目的としており、クローニングしたT細胞抗原受容体をレトロウイルスによりマウスの牌臓細胞に発現させ抗原特異的に機能するかを解析し、下記の結果を得ている。

HIVエピトープペプチドP18IIIBでパルスした樹状細胞で免疫したBALB/cマウスの牌臓細胞をHIV抗原にて刺激培養した。この細胞はHIV抗原を発現している細胞に対して高い細胞傷害活性を示した。P18IIIBでパルスした樹状細胞をマウスに免疫することにより、HIV抗原特異的細胞傷害性T細胞が誘導されることが示された。

HIV抗原で刺激培養した細胞において、RT-PCR/SSCPの解析により明らかなT細胞のクローンの集積が認められた。刺激培養細胞の中でクローンが増殖している事が判明した。さらに刺激培養細胞のT細胞抗原受容体のレパトアを調べた。刺激培養細胞では全体的にVβの陽性の割合が高くなるが、HIV抗原刺激を続けて得られた細胞株では、Vβ7とVβ8.1+8.2の割合が高かった。刺激培養細胞中でSSCPによりクローンの集積が明瞭に認められたはVβ7であり、この中にHIV抗原特異的T細胞が存在すると考えられた。

刺激培養細胞のCD8陽性分画よりVβ7+/Vα2+細胞を単一細胞遊離法により単離した。単一細胞のRNAよりcDNAを合成し、T細胞抗原受容体のα鎖、β鎖の遺伝子をそれぞれ増幅した。SSCPにて単離する前の刺激培養細胞中で増殖していたクローンを選出し、塩基配列を同定した。

クローニングしたT細胞抗原受容体の遺伝子をレトロウイルスベクターPMXを用いてTG40細胞に感染させた所、約35%の発現をみた。IL-2、IL-12、concanavalin Aにて刺激したBALB/cマウスの牌臓CD8陽性T細胞に同様に感染させた所、約20%のVβ7+/Vα2+の発現を認めた。クローニングしたT細胞抗原受容体を発現させたマウスの牌臓CD8陽性T細胞は、HIV抗原を発現している細胞に対して高い細胞傷害活性を認めた。再構築したCD8陽性T細胞が、抗原特異的に細胞傷害性T細胞として機能する事が示された。

以上、本論文は新たな手法による抗原特異的なT細胞抗原受容体のクローニングであり、これまで知られている手法の中でも最も簡便に抗原特異的T細胞を同定できるものである。本研究は、抗原特異的なT細胞を移入する治療につながるものであり、抗原特異的に免疫を制御する事に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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