学位論文要旨



No 120886
著者(漢字) 蔡,英欣
著者(英字)
著者(カナ) サイ,エイキン
標題(和) 種類株式間の利害調整
標題(洋)
報告番号 120886
報告番号 甲20886
学位授与日 2006.03.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第193号
研究科 法学政治学研究科
専攻 民刑事法専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,友信
 東京大学 教授 江頭,憲治郎
 東京大学 教授 田端,博邦
 東京大学 教授 太田,勝造
 東京大学 教授 松下,淳一
内容要旨 要旨を表示する

本稿は、種類株式間の利害調整の観点から種類株式制度の法規整のあり方を考察することを目的とする。

明治三二年商法において初めて「優先株」なる概念が明文化されて(明治三二年商法二一一条)から、現行商法における種類株式に関する規定に至るまで、種類株式制度は、株主平等原則の例外として位置付けられている。このような位置付けは、種類株式制度に関する法規整に反映されている。かつて商法は、種類株式の発行についての定款自治を認めず、多くの制約を課していた。近時、商法は、会社の機動的な資金調達のため一部の制約を緩和したにもかかわらず、今なお多くの法的制約が残っている。しかし、これらの法的制約は、必ずしも合理的な根拠に基づいてなされたものとは限らない。よって、これらの法的制約の合理性を再検討する必要があると思われる。

また、現行商法は、普通株式のみを発行している会社における各当事者間の利害調整を念頭においたルールを設けており、種類株式を発行している会社のために独自の利害調整のルールを十分に設けていない。すべての利害対立の問題及びその対応方法を事前に定款に記載することが不可能である以上、種類株式の株主間に利害対立の問題が生ずる場合には、現行商法の対応では限界がある。たしかに、商法は、種類株式の株主の権利保護のため法定種類株主総会制度を設けている(商法三四五条、三四六条)が、この制度の適用範囲は限られている。したがって、種類株式の株主間の利害対立の問題に着目して、独自の法規整を構築する必要がある。

種類株式制度の法規整の考察にあたって、本稿では、アメリカ法を参照する。アメリカにおいては、種類株式は、公開会社から閉鎖会社まで、会社の資金調達や当事者間の利害調整の手段として、長年、利用されてきており、多くの発行事例が蓄積されてきた。このような発行実態の背景には、アメリカの州会社法が種類株式について定款自治を認め、法的制約が限られているということがある。このようなアメリカにおける種類株式に関する法規整及び議論を見ることによって、日本における種類株式制度に関する法規整を検討するための有益な示唆が得られるものと思われる。

本稿は、次の各章からなっている。

第一章では、種類株式制度について、三つの論点を取り上げる。

まず第一点は、種類株式制度に関する立法沿革を紹介した上で、その法規整について次の二つの特徴を見出すことを目的とする。

第一に、種類株式制度に関する法規整は、その初期にはドイツ法の影響を受け、その後徐々にアメリカ法の影響を受けたものである。初期の法規整を見る限り、これらの規定は、ドイツ法と同様に専ら強行法規性のものであった。しかし、その後の数回の商法改正において主にアメリカ法をモデルとして新たな制度を導入したこととの関係で、種類株式制度に関する法規整はアメリカ法の影響を受け、定款自治の範囲を大幅に認めるものになった。

第二に、種類株式制度にかかわる数回の商法改正は、実務界からの要望に応える形で「需要牽引型」の改正である。とりわけ、一九九〇年代以降の商法改正の方向が、強行法規性から任意法規化へと転換されてきたのは、実務を意識した結果である。また、「需要牽引型」の改正という特徴があるからこそ、今日に至っても種類株式制度に関する法規整は必ずしも完備なものとは言い難いのである。もっともその原因は、種類株式制度を導入した当時、これに関する法理論を抜本的に検討しなかったことにある。

第二点は、種類株式の「種類」とは一体どのような内容にすべきかということである。

種類株式制度に関する立法沿革から見たように、種類株式の「種類」の内容は変化し続けてきた。しかし、どのような内容が種類株式の「種類」とするのに適切であるかということにつき、立法趣旨にせよ学説にせよ、詳細な説明は見当たらない。

アメリカの州会社法においては、会社が一もしくは二以上の種類(class)株式またはいずれかの種類株式内での一もしくは二以上の組(series)株式を発行することが認められる。各種類株式あるいは組株式の権利内容の形成について、州会社法は会社にかなりの自由を与えている。これに対して、日本の商法においては、「種類」に関する規定が強行法規であるため、会社は限られた種類の株式だけしか発行できない。会社の機動的な資金調達の観点から、アメリカ法の規制方法をとる価値があるが、日本における種類株式の発行実態に鑑みると、「種類」に関する態様は依然として強行法規としつつ、その態様に関する法的制約をより緩和したほうが日本の実務の現状に相応する。

一方、「種類」の内容となる権利は、必ず自益権あるいは共益権にかかわるものであるが、反対に、すべての自益権あるいは共益権が必ず「種類」の内容になるとは限らない。「種類」とするのが適切ではないものとしては、強行法規性を有する株式買取請求権及び株主の経済的利益を実現するために不可欠の補助的な権利である株券発行請求権・名義書換請求権、株主の権利行使のための予防措置である議決権を除く総会に関する共益権、株主の権利保護のための救済措置である取締役等の行為を監督是正する共益権が挙げられる。

第三点は、種類株式の発行に関して、現行法のような権限配分につき改善される余地があるかという点である。

現行法のもとでは、種類株式の発行権限は、原則として株主総会に分配され、取締役会に分配されるのは僅かな一部のみである。むろん、既存株主の権利保護の観点からはこのような権限配分は十分なものであろう。しかしその一方、このような権限配分により会社の機動的な資金調達が妨げられかねない。

アメリカ法においては、日本の商法と同様に種類株式が発行される場合にその内容を定款に記載することが求められる一方、その内容の決定を取締役会に授権する旨を定款に定めることも認められ、いわゆる白地株式制度(blank stocks)が採用されている。日本においても、実務界の要請や種類株式の内容に関する定款記載の困難さ、利益処分の権限所在と社債に関する権限配分といった観点から、アメリカの白地株式制度の採用は不可能ではない。なお、アメリカ法のように白地株式制度が敵対的企業買収の防衛策として利用される問題については、現行法のもとでは、種類株式の発行時点での新株有利発行規制や新株発行の差止め請求権といった救済措置がある以上、既存株主の権利は保護されると思われる。

第二章では、新たな類型の種類株式であるトラッキング・ストックを例として、種類株式間の利害調整に関する法規整について論ずる。

トラッキング・ストックとは、その利益配当又は残余財産分配請求権が発行会社の特定の事業部門又は完全子会社の価値に連動するよう設計された株式である。普通株式又は優先株式が会社の全体利益と資産に対し水平的に取り合うのに対して、トラッキング・ストックは会社の全体の利益ではなく会社の一部の利益に対し垂直的に取り合うのである。この特徴から、トラッキング・ストック株主とその他の株主との間に、しばしば富の移転について利害対立の問題が生ずる。

この問題について、発行会社の取締役に適正な経営を行う義務を課すことがトラッキング・ストックの株主の権利保護には有益である。しかし、現行商法における取締役の忠実義務(商法二五四条ノ三)に関して、取締役はすべての普通株主に対して忠実義務を負わなければならないと同時に、種類株主がいる場合に取締役が特定の種類株主に対してのみ忠実義務を負うことは許されないと解されている。学説上、取締役の忠実義務には、種類株式間の利害対立が生じうるような経営決定を行う場合に取締役が利益相反に対処するための適切な手続を履践する義務が含まれるべきであると主張されている。このような議論の方向性と結論は、アメリカの学説が主張するものと同様に、トラッキング・ストックの株主の権利保護には妥当であるが、その損害賠償責任に関する法律構成には疑問がある。この点について、英米の信託法における公平義務の概念を借用して、取締役の忠実義務には、トラッキング・ストックの株主がその富を不当にその他の普通株主へ移転されないように異なる種類株主間を公平に扱うという義務も含まれるとするべきものと思われる。

第三章では、議決権の分配に関する法規整について論ずる。

現行商法は、一株一議決権原則を株主平等原則の現われであると理解し、当該原則を強行法規とする。しかし、法政策として、商法は一株一議決権原則を任意法規とすることが考えられる。もっとも、今回の会社法制の現代化に関する要綱案においては、公開会社でない会社においてはどのような態様の議決権配分の株式も認められるようになった。

この点について、アメリカの州会社法は、公開会社か閉鎖会社かを区別せず、一株一議決権原則を任意法規としてどのような態様の議決権配分の株式をも認める。一方、ニューヨーク証券取引所の規則では、デュアル・クラス資本構成の弊害に鑑み、既存株主の議決権が損われないようなデュアル・クラス資本構成の利用には法的制約を課さないが、既存株主の議決権が損われるようなデュアル・クラス資本再構成の利用は原則として禁止する。なお、学説の多くもデュアル・クラス資本再構成について一定の制約を課すべきであるという見解を示している。

商法が同様の法規整を採用することは可能であるか。まず、一株一議決権原則の強行法規性を基礎付けようとした場合、「株主平等原則」のアプローチ及び「情報の非対称性」のアプローチでは、その実質的な根拠を見出すことは難しい。よって、商法上公開会社の場合でも一株一議決権原則を任意法規とすることは不可能ではない。一方、アメリカ法にみられるように、公開会社の既存株主が資本再構成により自らの株式を無議決権化される際に、既存株主は取締役が提案した定款変更の内容をよく理解しないままにこれを決議し、これによりその権利が損われることが考えられる。この場合には、公正かつ専門の第三者が既存株主の経済的利益の観点からかかる資本再構成の合理性をチェックした証明文書を提出することを発行会社に義務づけるという解決方法を提案する。また、かかる制約は、証券取引所の上場規則に委ねたほうがベターであると思われる。なぜなら、商法は議決権の分配に関する定款自治について法的制約を課すよりも、むしろ無議決権の株主の権利保護のため事後的な救済措置を提供する役割を果たすべきであるのに対して、証券取引所の上場規則は、大衆投資家の権利保護の観点から公開会社の行動を監督する機能を果たすものであるからである。

第四章では、法定種類株主総会制度に関する法規整について論ずる。

現行商法は、種類株主の権利を保護するため、法定種類株主総会制度を設けている(商法三四五条、三四六条)。しかし、任意種類株主総会制度(商法二二二条九項)の導入に伴って、法が認める範囲内で種類株主間の利害調整を定款自治に任せることが可能になったことに鑑み、法定種類株主総会制度の存在意義及びその規制範囲を再検討する必要がある。また、会社法制の現代化に関する要綱案においては、定款の定めにより商法三四六条の適用を排除することを認めるとされている(「要綱案」第二部・第四・4(4))。この改正とほかの法定種類株主総会に関する規制に整合性があるかという問題もあわせて考える必要がある。

本来、任意種類株主総会制度は、主に閉鎖会社の場合を想定したものであり、公開会社における利用は予定されていない。また、任意種類株主総会決議を欠いた場合の会社行為の効力は、法定種類株主総会制度と異なって、対象となる決議事項ごとに個別にその効力を考えることを要すると解される。これらのことから、任意種類株主総会制度は、法定種類株主総会制度の代替的なものではないということが分かる。

ところで、法定種類株主総会制度が種類株主に手続上の保障を与えるものにすぎないため、種類株主の権利の保護には限界がある。とりわけ、種類株主が被った不利益が著しく不公正である場合に種類株主総会の決議があっても、裁判所の介入がないと種類株主の権利は不当に損われかねない。この点について、アメリカの学説においても日本の学説においても、一定の判断基準が示されている。一方、法定種類株主総会制度による種類株主の保護には限界があるとしても、その重要性は否定できず、当該制度を強行法規とする必要がある。アメリカのデラウエア会社法でみられるように、合併についての種類株主総会の決議を法定していない場合には、種類株主が様々な定款規定を根拠として自衛しようとする試みがなされていたが、定款規定の解釈をめぐる争いがしばしば起こってきた。よって、商法三四六条を任意法規とする「要綱案」の提案内容の当否は再考する余地があると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「種類株式間の利害調整」を論ずるものである。すなわち、株式会社は、一定の事項につき権利内容の異なる株式(種類株式)を発行することができるが、第一に、種類株式は、株主平等の原則の例外であることから、株主間の利害対立の要素を含んでいる。また第二に、種類株式の中には、その権利内容の特性から、とくに株主間の利害調整が問題となるもの、たとえば、トラッキング・ストックのように取締役・支配株主等の利益相反行為による当該株式の株主の利益の侵害が懸念されるもの、あるいは、議決権に関する種類株式のように会社支配の公正が懸念されるもの等がある。第三に、種類株式については、定款変更等によりその権利内容が変更されることがありうるところから、その場合における利害調整の必要が生ずる。

本論文の著者は、日本法は、種類株式の発行につき定款自治を制約し多くの法律上の制限を課してきた方針を最近転換し、制限を緩和する方向に進んでいるが、残された制約が合理的な根拠に基づくものか否か等に関する抜本的な理論的検討を経ていないきらいがあり、この点の再検討の必要があること、および、現行法は、基本的に普通株式のみを発行する会社を念頭においた関係当事者間の利害調整ルールを設けており、種類株式をめぐる利害調整に十分な配慮を払っていないので、この点の法規整を構築する必要があることを指摘し、本論文の目的とする。

本論文は、第一章「総説」、第二章「新たな類型の種類株式から見た法的問題―トラッキング・ストックを例として」、第三章「議決権の分配に関する法規整」、第四章「法定種類株主総会制度による種類株主間の利害調整」、の四つの章および結語からなる。

第一章「総説」の第一節「本稿の目的」において、著者は、前記の本論文の目的を述べた後、第二節「種類株式に関する立法沿革」において、明治23年旧商法の下で種類株式について明文の規定を欠いていたため優先株式の発行の可否につき争いがあった当時から、平成17年の「会社法制の現代化に関する要綱案」に至るまでの種類株式制度の沿革を述べる。そして、制度の初期には、ドイツ法と同様に、種類株式に関する規制は強行法規的色彩が強いものであったのが、何回かの改正を通じてアメリカ法をモデルとして新たな制度を導入することにより定款自治の範囲を拡げてきたことについて、当該改正は、いずれも会社の資金調達の容易化という実務界の要望に応える形で行われた「需要牽引型」のものであり、議決権を種類株式の「種類」とできるか、それとも議決権の差異は種類株式を設けた場合の「属性」とできるにとどまるかといった「種類」と「属性」との基準が何度も変動したことに現れているように、法理論を抜本的に検討しないで行われてきた改正であることを指摘する。

第三節「種類株式の『種類』」においては、著者は、アメリカでは、株式の基本的な内容を形成する「種類」は定款で定め、種類の下位概念である「組」は必ずしも定款で定める必要がないこと、現在では「種類」・「組」の内容につき法的制約はほとんどないことを指摘した上で、日本法上、「種類」とできる事項を限定する必要があるか否かを検討する。結論として、日本では株主平等の原則から「種類」とできる事項が制限されてきたが、基本的にはそれを制約すべき理由は乏しいとしつつ、アメリカのように制約なしとするのも時期尚早であるとして、自益権のなかの株式買取請求権は少数株主の利益保護のため、株券発行請求権および名義書換請求権は権利移転・行使の必要のため、「種類」とすることを認めるべきでなく、共益権のなかの議決権を除く総会関連の共益権(株主提案権等)および取締役等の行為に対する監督是正権も、「種類」とすることを認めるべきでないとする。

第四節「種類株式の発行に関する権限配分」においては、アメリカの場合、種類株式の内容の決定を取締役会に授権する(白地株式)ことが認められており、この制度が敵対的企業買収に対する対抗策としても利用されていることを紹介した上で、原則として内容を定款に記載すべきものとする日本法の規制を緩和する余地があるかを検討し、社債型優先株式についてのみ規制を緩和する方法は、「社債型」と「普通株式型」との区別が困難であることから取りえないとした後、利益配当を含む財産権の内容の決定権限および議決権の内容の決定権限について、後者には前者ほど定款記載の困難さがないから両者を区別する余地はあるとしつつ、結論的には、後者についても権限濫用への救済措置が存在するから取締役会に委ねる余地はある(したがって、定款規定には、おおまかな枠を設定する役割以上を期待すべきではない)とする。

第一章の第三節・第四節が種類株式制度全体に関わる問題を取り扱うものであるのに対し、第二章「新たな類型の種類株式から見た法的問題―トラッキング・ストックを例として」および第三章「議決権の分配に関する法規整」は、特定の種類株式を取り扱うものである。

第二章で取り扱う「トラッキング・ストック」とは、当該株式の利益配当または残余財産分配請求権が発行会社の特定の事業部門または子会社の価値に連動するように設計された種類株式である。アメリカにおいて、主にコングロマリット企業の有する各事業の潜在価値が投資家に認識されない結果として株価が割安になる状態(コングロマリット・ディスカウント)を解消する目的で1980年代に開発されたものであるが、発行会社には、トラッキング・ストックを上場してもその事業部門または子会社に対する支配権を維持することができる、社債契約の条項違反の発生を回避できる、課税を回避できる等のメリットがある。しかし、連動対象となる事業部門・子会社と他の部分との利益衝突を経営者がいかに調整すべきかという問題が生ずる。著者は、GMが発行したトラッキング・ストックをめぐり取締役の信認義務違反の有無が争われた1999年の二件の訴訟、およびアメリカの学説を紹介し、トラッキング・ストック発行企業の各事業部門等に対し異なる重大な影響を与える行為については当該行為のプロセス等に関し一定の「公正性」を要求する見解、および、行為の性質に応じて複数の基準を使い分ける「取引類型別アプローチ」をとる見解があるとする。そして、日本法上の問題として、商品設計上の問題を論じた後、トラッキング・ストック発行後の各事業部門等間の利益衝突の解決方法として、連動対象となる事業部門等に関する情報開示に関し、アメリカの場合に比べて日本では各事業部門等間における共通費の配布基準など利益衝突に関する情報の開示が不十分であり改善の必要があること、および、取締役の忠実義務に関しては、取締役は、一つの信託に複数の受益者がいる場合に受託者が負う公平義務と同様の義務(適切な手続をとる義務)を負担すべきことを主張する。

第三章で取り扱う「議決権の分配に関する法規整」は、日本法が種類株式として議決権制限株式および種類ごとに取締役等を選任できる株式の発行を認めながら、複数議決権株式の発行を認めていないことの当否を取り扱う。著者は、アメリカにおける議決権に関する種類株式の沿革、1980年代のアメリカにおいて敵対的企業買収に対する対抗策として会社が複数議決権株式を導入しようとした際に提起された訴訟、1987年にニューヨーク証券取引所がそれまで禁じていた複数議決権株式発行会社の株式の上場を解禁しようとしたことに端を発したSEC規則19C-4および学説につき述べた後、アメリカにおいては、会社が複数議決権株式を発行することに好意的な見解でも無制限な利用を許容するわけではなく、他方、その利用に懐疑的な見解でもその完全な禁止を主張するわけではないと指摘する。そして、日本法上の問題として、複数議決権株式を導入するための定款変更の際に、既存株主が議決権低下の重要性を見落とさないための一定の手続的制約(その経済的合理性を証明する公正な第三者の証明を要求する等)を課すことを条件とすれば、公開会社についても一株一議決権を強行法規とすべき必然性はないとし、その制約は、法的制約として課すよりも、証券取引所の上場規則に委ねることがよいとする。

第四章「法定種類株主総会制度による種類株主間の利害調整」においては、定款変更、企業組織再編行為(合併等)などにより種類株式の権利内容に変更が生ずる場合の法的取扱いが検討される。この問題につき、アメリカでは、州ごとに、種類株主総会決議を要するための要件(権利変更により不利益を被ることが要件か否か)、反対株主の株式買取請求権の有無等が異なることのほか、判例法上、「公正のテスト」(fairness test)または「ビジネス目的のテスト」(business purpose test)という基準により種類株式の権利内容の変更につき限界を設ける例があることを指摘し、とくに「ビジネス目的」の要件を満たす権利内容の変更とは、他に選択肢がない場合をいうか、もっとも望ましい選択肢であることを意味するか、可能な選択肢の一つに過ぎないことでも足りるか、という異なる解釈がありうるが、判例がどれを採用しているのかは必ずしも明らかではないとする。日本法については、権利内容の変更により不利益を受ける株主の種類株主総会を強行規定として要求する現行法の規制を緩和する(株式買取請求権による代替を認める)立法論につき、株式買取請求権がつねに有効な救済手段となるわけではない(株主としてとどまる利益を保護できない)として、当該立法論に対し疑問を呈するとともに、不当な内容の種類株主総会に対する裁判所の介入が必要となる場合もあるとする。

「結語」においては、本論文の内容を要約するとともに、本論文で論ずることができなかった種類株式制度の問題点として、種類株式制度は株主平等の原則の「例外」であるという考え方の再検討の必要性(その再検討により、定款自治を促進することの根拠が強化されるとする)等をあげる。

次に本論文の評価を述べる。本論文の長所として、次の諸点をあげることができる。

第一に、本論文は、これまでわが国で書かれた種類株式に関する論文の中で、もっとも広範かつ包括的な内容のものである。わが国には、種類株式のうちの議決権制限株式を取り扱った論文は相当数存在するが、それ以外の種類株式を取り扱うものはきわめて少ない。その理由は、定款自治を広く認め多様な種類株式を作り出すことを許容するアメリカ法と、限られた種類のものしか認めない大陸法との差異が大きいため、比較法的な研究対象としにくいこと、および、アメリカ法も弁護士実務(コンサルティング)の世界で発展し、判例・論文等の数は多くないことにあったと思われる。本論文は、種類株式の「種類」とできる事項(権利内容)とできない事項(種類株式に付随する「属性」にしかできない事項)との区別、定款で定めるべき事項と取締役会の決定に委ねうる事項との区別、および種類株式の権利内容を変更する場合の法的取扱いといったすべての種類株式に共通する問題(いわば総論)、ならびに、トラッキング・ストックおよび複数議決権株式という二つに限ってであるが、特定の種類株式の問題点(いわば各論)の双方について、包括的な分析を加える形で、種類株式制度全体を論じた唯一のものといえる。なお本論文は、新会社法制定前の商法の規定を対象とする形で書かれているものの、取り上げられている問題点はすべて新会社法の下でも存在するものであり、したがって新会社法の成立は、本論文の価値を失わせるものではない。

第二に、本論文は、アメリカ法との比較において日本法を分析するという手法により、双方の法制度につき詳細な分析を加えている。この分野のアメリカ法は、前述のように調査が必ずしも容易ではないが、本論文は、可能な限りで丹念に資料を収集し、白地株式のような古典的問題からトラッキング・ストックのような最近の問題まで、アメリカの制度・実態の詳細を相当程度明らかにしている。

第三に、本論文は、種類株式に関する日本の法制は、多くの制限を課してきた方針を最近にわかに転換したため、抜本的な理論的検討も細かい利益衡量も乏しいことから、定款自治を前提とした長年の経験を有するアメリカ法を参考に日本法の解釈論・立法論を構築しようという、明確な目的意識をもって書かれている。そして、個々の問題に対する著者の見解は、極力定款自治に対する制約(事前規制)を撤廃し、しかし一方、手続の公正性、権利変更の内容的合理性等について、裁判所または証券取引所が取締役会、種類株主総会等に対し細かい規制を課すべきであるとする点で一貫したものであり、かつ、それは、アメリカの判例・学説および日本の学説を踏まえた、着実なものであって、相当の説得力がある。

もちろん、本論文にも短所がないわけではない。

第一に、種類株式に関する広範かつ包括的な論文であることの裏側として当然のことともいえるが、いくつかの各論を並べた論文であるという印象がないではない。長所の第一において述べたいわば総論の三つのテーマはともかく、各論的な二つについては、その二つが取り上げられるべき必然性は乏しいともいえる。

第二に、論文の全体を貫く理論、視角が何なのかという点がわかりにくい。長所の第三として述べた、個々の問題の解決に関する本論文の一貫した考え方も、全体を読むと浮かび上がってくるものに過ぎず、論文のどこかで明示的に述べられているわけではない。また、個々の論点に対する著者の結論は、アメリカにおいても議論がわかれている問題に対する一つの立場に過ぎないものが多く、誰もが納得するというレベルのものはかならずしも多くない。

第三に、文章は平易でわかりやすいものの、客観的な事実の記述と著者の意見とが混在して書かれている部分もあり、なお書き方に改善すべき余地がある。

しかし、以上のような短所は、本論文の価値を大きく損なうものではない。本論文は、その課題を十分達成しており、日米の種類株式制度を包括的かつ綿密に分析した労作である点は疑いない。本論文は、自立した研究者としての著者の高度の研究能力を示すものであることはもとより、日本の種類株式制度に関し多くの新たな知見および制度改善のための提言を提供するものである点で、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であると認められる。したがって、本論文は博士(法学)の学位を授与するに相応しいものと評価する。

(以上)

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