学位論文要旨



No 120897
著者(漢字) 井上,朝雄
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,トモオ
標題(和) ビルディングスキンにおけるエンジニアリングのあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 120897
報告番号 甲20897
学位授与日 2006.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6174号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 腰原,幹雄
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

建築を考える上で、外壁の重要性は建物の印象を規定するだけでなく、内部環境をも決定づけるという意味でますます大きくなってきている。単純に外と内とを遮断するものとして発展してきた従来の外壁に対して、近年要請されつつある新しい外壁は内外を遮断しつつも空気や光に関しては外と内の間の適度なやりとりを可能にするものだといえる。この相反する2つの機能を同時に満たす高度な制御機構を有する新しい外壁こそ、これからの持続可能な建築の鍵を握ることは明らかだが、残念ながら一部の先進事例を除いてはその方向性が示されているとはいえない。そのため、今後、そのような新しい外壁を可能とする工学的手法、設計手法、および、それらに対応できるエンジニアリング組織にも大きな変化が予想される。内外の先行事例を通じて、それらの変容過程はある程度察知することはできるものの、より的確に把握する必要があるといえる。

本研究は、それらを見極め比較検討することによって、次代の外壁に対するエンジニアリングの方向性、つまり、それらを実現する工学的手法、組織のあり方を提案することを目的とする。

また、この研究の目的は、以下の二次目的に展開される。

外壁における部位概念とエンジニアリングの変化によるビルディングスキンという新たな部位概念の提唱

先進事例の事例分析に基づくエンジニアリングの明確化

ビルディングスキンにおけるエンジニアリングのあり方の提案

ビルディングスキン普及に向けての提言

ガラス建材の開発と建築への適用

日本のガラス業界は、常に海外の影響を強く受けており、この20年間で、1980年代はアメリカ、1990年代はヨーロッパからとその対象を移していった。その際にヨーロッパから持ち込まれた、「当光不透視」、「透明建築」というキーワードとともに、光は通すが視線を通さないガラスブロック、ガラスの存在感をなくすことを意図して使われることの多い高透過ガラス、支持部材の存在感をなくすことを意図して使われることの多い強化ガラスが、ガラス建材としてよく使われるようになってきている。これらのガラス建材はビルディングスキンに欠くことのできないものであり、ビルディングスキンの発展を促したガラス建材として位置付けることもできる。これらのガラス建材の素材としての開発経緯、建築への適用について、以下の特徴を明らかにした。

ガラスブロックは、ガラスレンガを2つ合わせることによってガラスの欠点とされていた断熱性、遮音性等の性能を向上させた建材である。その性能の高さは現在隆盛を極めるガラス建築の環境配慮とという方向性を早くから示唆していたと言える。また、鉄やコンクリートとの相性の良さから、近代以降、さまざまな建築家にその時代を特徴づけるガラス建築で使われてきており、ビルディングスキンにとって欠くことのできないガラス建材といえる。

強化ガラスは、ガラス自体で荷重を負担することができ、それにより、さまざまな構造的使用方法が試みられ、ビルディングスキンの登場を促す新たなガラス支持方法が開発されてきた。

高透過ガラスは、それまで見過ごされてきたガラスの持つわずかな色についても設計者に認識させることとなった。また、その透明感はガラス建築隆盛のシンボル的な建物に使用されたことにより実証され、セラミックプリントの登場とともに世界的に広まっていった。

ビルディングスキンという部位概念

部位概念の構成要素と部位概念の変化を及ぼす要因を明らかにすることによって、部位概念とエンジニアリングの関係が明らかになった。

部位概念の構成要素として、機能、性能、材料、構法、生産の5つを挙げられ、部位概念の変化には、促進要因としてこれらの5つの構成要素が密接に関係している。

部位概念とエンジニアリングの対象は一致しており、そのことが効率の良いエンジニアリングを可能にしてきたが、部位をまたがるようなエンジニアリングが要求されたときには、サブシステムの集積に慣れた設計者では対処が難しくなる。

現在の外壁は、機能、材料、構法が変容しているので、その部位概念も変容しつつある。また、それに伴い、エンジニアリングも変容している。

そのため、外壁という部位はちょうど部位概念の変容を促されている時期にあると言える。もちろん、従来の外壁という部位概念で捉えることも可能ではある。可能ではあるが、部位概念も変容しつつあり、それに伴いエンジニアリングも変容している現状を考慮すると、これらの部位は新しい部位概念で把捉した方が効率よくエンジニアリングが可能である。そこで、ビルディングスキンという、新たな部位概念を提案する。

先進事例におけるエンジニアリング

ビルディングスキンを有する事例はすでにいくつか建設されており、これからの持続可能な建築のあるべき姿を示している。それらの先進事例の分析を通して、ビルディングスキンにおけるエンジニアリングの実体が明らかになった。

エンジニアリングを担う組織としては、内部に意匠設計者、構造設計者、設備設計者、技術研究所、施工部門を有するゼネコンにおいては、その総合力を駆使してエンジニアリングを行うことによりビルディングスキンを実現することができる。

社内に適切な人材がいない場合でも、社外の優秀な人材とチームを編成することにより、ビルディングスキンを実現することができる。

ビルディングスキンのエンジニアリングでは、いくつもの専門領域にまたがった発想や見方重要になるので、エンジニアリングを担う個人のスキルとしては、複数の領域を専門とするエンジニアやそれらを統合することのできる設計者がビルディングスキンを実現することができる。

エンジニアリングのあり方

ビルディングスキンにおけるエンジニアリングにおいては、設計の初期段階から、コンピュータを用いた温熱環境解析、気流解析、光環境解析といったシミュレーションを用いた設計案の検討が行われるようになってきており、より早い段階からの協同が重要になってきている。

そのため、設計のチーム作りが特に重要であるが、優秀なエンジニアはゼネコンの技術研究所やサブコンに所属していることが多く、その所属の性格上、そのチームに参加するのが難しい場合が多い。しかし、今後の可能性としていくつかの方向性が見えており、それを以下にまとめる。

ゼネコンの総合力を活かした設計・施工一貫によるエンジニアリング

構造・設備・ビルディングスキンも担うことのできる総合エンジニアリング事務所によるエンジニアリング

サブコンの中には、空調設備やサッシの製作や取付まで行うことのできるものも出てきており、そのような総合力を活かしたエンジニアリングを行っている。これはビルディングスキンが1つのサブシステムとして成立しつつあることを示していると言える。また、このようなサブコンが次々と登場してくれば、ゼネコンの総合力を活かした設計・施工一貫によるエンジニアリングとは異なった、日本独自のエンジニアリング形態が形成されるだろう。

ビルディングスキン普及に向けての提言

ビルディングスキンの設計に対しては、その対価を正当に支払う必要がある。設計の初期段階から関わっているサブコンの場合で、設計に参加した報酬を工事費と一括にしている場合だと、施工が他のサブコンになった場合に設計の対する報酬が受け取れなくなる。たとえサブコンといえども、設計料に対して契約をきちんと締結すべきである。

正当な報酬が、ビルディングスキンが1つの業として成り立つ道筋を開いてくれるし、その報酬により人材も教育され、発展していくこととなる。

これまでの日本の技術力や、現代建築の発展に携わってきた人たちの能力を持ってすれば、ビルディングスキンは可能である。それには、場合に応じて、適切なチーム編成を組む必要があり、個人の所属が足枷にならないような組織が必要であり、施工部門から独立したエンジニアリング事務所が望ましい。

サブコンの中には、空調設備やサッシの製作や取付まで行うことのできるものも出てきており、そのような総合力を活かしたエンジニアリングを行っている。これはビルディングスキンが1つのサブシステムとして成立しつつあることを示していると言える。また、このようなサブコンが次々と登場してくれば、ゼネコンの総合力を活かした設計・施工一貫によるエンジニアリングとは異なった、日本独自のエンジニアリング形態が形成されるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「ビルディングスキンにおけるエンジニアリングのあり方に関する研究」は、内外を遮断しつつも空気や光に関しては外と内の間の適度なやりとりを可能にするような高度な制御機構を有する新しい外壁を実現する工学的手法、設計手法及びそれらに対応できるエンジニアリング組織のあり方を明らかにした論文であり、全6章からなっている。

第1章では、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果等を明らかにしている。その中で、建物の外と内とを遮断するものとして発展してきた従来の外壁に対して、近年は内外を遮断しつつも空気や光に関しては外と内の間の適度なやりとりを可能にすることが要請されていることを示し、この相反する2つの機能を同時に満たす高度な制御機構を有する新しい外壁を実現する工学的手法、設計手法及びそれらに対応できるエンジニアリング組織のあり方を明らかにすることを研究の目的として設定している。そして、より具体的な目標として、外壁における部位概念とエンジニアリングの変化に対応するビルディングスキンという新たな部位概念の提示、先進事例の分析に基づくエンジニアリング機能と対応組織の明確化、ビルディングスキンにおけるエンジニアリングのあり方の提案、ビルディングスキン普及に向けての提言の4項目を挙げている。

第2章「ガラス建材の開発と建築への適用」では、外壁に求められる高度な制御機能と強い関係を持つと考えられる建築材料として、ガラスブロック、高透過ガラス、強化ガラスの3つを取り上げ、それらの開発経緯、建築への適用方法を明らかにしている。具体的には、ガラスブロックが鉄やコンクリートとの相性の良さから、近代以降その時代を特徴付けるガラス建築の中で使われてきた歴史的な経緯、強化ガラスが新たなガラス支持方法の開発を促してきた歴史的な経緯、高透過ガラスがその透明感によって急速に普及した歴史的な経緯等を、広範な文献調査及び関係者への聞取り調査から詳細に明らかにしている。

第3章「ビルディングスキンという部位概念」では、建築の部位概念の構成要素と部位概念に変化を促進する要因を明らかにすることによって、部位概念とエンジニアリングの関係を明らかにしている。具体的には、部位概念の構成要素として、機能、性能、材料、構法、生産の5つが挙げられ、部位概念の変化にはこれらの構成要素が促進要因として密接に関係してきたこと、部位概念とエンジニアリングの対象の一致していることが効率の良いエンジニアリングを可能にしてきたが、従来の部位をまたがるようなエンジニアリングが要求された時には対処が難しくなること、機能、材料、構法の変容によって現在の部位概念が変容しつつあること等を、文献調査等から明らかにし、効率の良いエンジニアリングを可能にする新たな部位概念として「ビルディングスキン」を、その定義とともに提案している。

第4章「先進事例におけるエンジニアリング」では、ビルディングスキンという部位概念に相当するまとまりでエンジニアリングを実施した複数の先駆的な建築事例の分析を通して、ビルディングスキンにおけるエンジニアリングの実態を明らかにしている。具体的には、内部に意匠設計者、構造設計者、設備設計者、技術研究所、施工部門を擁する大規模ゼネコンにおいて、総合力を利用したエンジニアリングが行われたこと、 1企業内に適切な人材がいない場合には、企業の枠を超えたチーム編成によりエンジニアリングが行われたこと、共通して複数の専門領域にまたがるエンジニアを統合する設計者の能力が求められたことを、主要な点として指摘している。

第5章「エンジニアリングのあり方」では、前章の実態把握の結果を踏まえ、ビルディングスキンのエンジニアリングを効果的に実施する組織のあり方を見極めている。具体的には、ゼネコンの総合力を活かした設計・施工一貫体制による実施、構造・設備・ビルディングスキンも担うことのできる総合的なエンジニアリング事務所による実施、空調設備及びサッシ製作・取付けを行うことのできるサブコンによる実施の3種の実施体制を有望なものとして評価している。その上で、それらが健全に育つための要件として設計報酬の正当な扱いの必要性等を指摘している。

第6章「結論」では、前5章で新たに得られた知見を整理した上で、高度な制御機構を有する新しい外壁を可能とする工学的手法、設計手法、及びそれらに対応できるエンジニアリング組織のあり方を提案し、本論文の結論としている。

以上、本論文は、豊富な文献調査及び関係者への詳細な聞取り調査等を通じて、今日の建築外壁構法のあり様と今後の設計組織のあり方を具体的に明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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