学位論文要旨



No 120904
著者(漢字) 鈴木,智史
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,サトシ
標題(和) メソ構造シリカ複合体のイオン導電機能
標題(洋)
報告番号 120904
報告番号 甲20904
学位授与日 2006.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6181号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 助教授 河野,正規
 東京大学 助教授 小倉,賢
内容要旨 要旨を表示する

2 nmから50 nmの細孔直径を持つ細孔はメソ細孔とよばれ、メソ細孔を有する多孔体はメソ多孔体と呼ばれる。メソ細孔内部の液体は小さな細孔径に起因する毛管凝縮により強く保持される。このため、液体の担持材料や吸着材料として期待できる。メソ多孔体の合成法として自己組織化法や相分離法がある。自己組織化法は界面活性剤が溶液中で凝集し、条件に応じて特定の構造を持ったミセルを形成する現象を利用する方法であり無機前駆体との複合後、有機物の除去により無機物多孔体を得る手法である。相分離法は均一な状態にある溶液が2相に分離する際に連続した構造をとって分離し、成長、粗大化することで連続した構造を持つ個体を得る手法である。自己組織化法、相分離法のどちらも得られる多孔体の比表面積、細孔容積が大きく、細孔径や細孔構造を制御できるという特徴がある。

メソ多孔体に対し表面修飾などにより機能性を付与する報告は多数あるが、電池用電解質を念頭に置きメソ多孔体にイオン伝導性を付与した報告例は少ない。本研究ではメソ多孔体に対し、イオン伝導性を付与することでイオン伝導複合体としての機能化を図った。自己組織化法では細孔構造を制御できることから、得られるイオン伝導複合体のイオン伝導方向などの性質を制御できると考えられる。

メソ多孔シリカ薄膜の細孔内にリチウム電解液を導入し、複合化させることでリチウムイオン伝導性を付与し、電解液の漏出がなく、高いイオン伝導性を持つ固液複合イオン伝導体が得られると考えられる。この場合では、リチウムイオン伝導性を導入された電解液が担い、メソ多孔体は担持材料と内部短絡を防止するセパレータとして機能することが期待できる。

リン・ケイ酸塩や多孔性シリカはプロトン伝導体としての研究が行われ燃料電池などへの応用が期待されている。メソ多孔シリカ自体も大きな比表面積を持つことから、表面プロトン伝導性を有することが知られている。大きな比表面積を持つメソ多孔シリカにリンを導入することで、メソ多孔シリカの持つ水の保持能力とリン酸基によるプロトン供与により、優れたプロトン伝導機能が得られることが期待される。本研究ではメソ多孔シリカ表面へのリンの導入とシリカ骨格内へのリンの導入を試みた。以上を本研究の背景と目的として第1章にまとめた。

自己組織化法により合成される基板上の薄膜にリチウム電解液を含浸により複合化させることで固液リチウムイオン伝導複合薄膜を作製し、その電気物性についての評価を行い第2章にまとめた。リチウムイオン伝導性を基板に対して垂直方向に発現させるため、用いるメソ多孔薄膜の構造は基板に対して垂直方向に細孔が貫通した構造である必要がある。しかし、スピンコート法によりメソ多孔シリカ薄膜を作成した場合、多くの場合では薄膜のメソ構造が配向し、2次元的な細孔構造を持つメソ多孔体の場合は基板に対し垂直方向への貫通細孔が得られない。このため、薄膜の配向方向にかかわらず基板に対し垂直方向に細孔が得られ、イオン伝導経路が確保できる立方晶構造を持つメソ多孔薄膜を合成した。また、細孔径が異なる薄膜を作製し、電解液を複合化させた後に導電率を評価することで、よりイオン伝導性が高い薄膜の細孔径についての知見を得ることを目的とした。

スピンコート法により溶液から基板上にメソ多孔シリカ薄膜を作製し、減圧含浸により電解液の導入を行い、交流2端子法によりインピーダンスを測定し、導電率を評価した。シリカ源にオルトケイ酸テトラエチル(TEOS)を用い、界面活性剤として塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(C16TAC)、塩化ドデシルトリメチルアンモニウム(C12TAC)、Pluronic F127を用いて基板上にスピンコートし、焼成して薄膜を得た。小角X線回折および透過型電子顕微鏡により薄膜の構造が立方晶構造であることを確認し、細孔径を窒素吸着測定により測定した。含浸後の試料はイオン伝導性を示すインピーダンスプロット形状を示した。焼成により界面活性剤を除去した薄膜同士の比較では細孔径の大きな試料がより高い導電率を示し、Pluronic F127を用いて作製した薄膜では2.0×10-3 S/cmの導電率を示した。細孔径が同程度であるが界面活性剤を除去していない試料は界面活性剤を除去した試料に比べて導電率が低く、細孔内に残存する界面活性剤がイオンの移動を阻害していることがわかった。以上の結果より、細孔径が大きな試料のほうが電解液含浸後の導電率が高く、細孔内の界面活性剤などのイオンの移動を阻害する要因は導電率を低下させることが分かった。また、電池用電解質としての実用化に必要とされる導電率10-3 S/cmを越えることができ、電池としての実用化が可能であることが示された。現在実用化されている液体電解質よりも導電率は低いが、薄膜化が可能であり電池の内部抵抗を低減できること、漏出の危険性が無いこと、基板へ良好な密着性等から実用化が期待できる。

より大孔径のメソ多孔シリカへの電解液複合化によるイオン伝導性の向上と、メソ多孔シリカによる固液複合電解質がリチウムイオン二次電池に適用可能であることを示すために、電気泳動(EPD)法によるシリカ粉体の膜化をリチウムイオン電池の負極材料である炭素上で試みた。この実験では、自己組織化―スピンコート法よりも大きな細孔のメソ多孔体粉体が得られる相分離法を用いた。

相分離法により多孔質シリカ粉体を作製し、電気泳動法により基板上に堆積させ膜化した。作製した膜に対し減圧含浸により電解液を導入し導電率を評価した。シリカ粉体の細孔は窒素吸着測定により直径4 nmと40 nmの細孔が共存していることを確認した。含浸終了直後の試料は9.0×10-3 S/cmの高い導電率を示した。炭素基板上に膜を作製できることを確認できたことから、リチウムイオン電池に用いられる炭素電極上への電気泳動による固液複合電解質膜の作製が可能であることが示された。電池用炭素電極にシリカ膜を作製し、正極と組み合わせて擬全固体電池を作製し、充放電測定を行ったところ用いた電極活物質の理論容量の約60 %の充放電が確認され、多孔質シリカ膜が電解質として機能していることが確認された。

以上の結果より、自己組織化法によるメソ多孔体を用いた固液複合リチウムイオン伝導体がリチウムイオン二次電池用電解質として応用可能であることを実証した。

第3章ではメソ多孔シリカに対しリンを複合化させ、そのプロトン伝導性を評価した。車載用燃料電池などに現在用いられているパーフルオロスルホン酸系電解質を代替しうる、100℃以上の温度領域で高いプロトン伝導性を持った無機プロトン導電性材料の開発を目的とした。

メソ多孔シリカ粉体を合成し、リン酸と混合し熱処理することで複合化し、プロトン供与性をシリカメソ多孔粉体に付与することを試みた。TEOSとC16TABをアルカリ性条件下で撹拌し粉体を合成し、焼成してメソ多孔シリカ粉体を得た。試料粉体をリン酸と混合し、一軸加圧成型によりペレットを作製し、インピーダンスの飽和水蒸気圧下での温度依存性と150 ℃での水蒸気分圧依存性を測定した。

リン酸処理を行った試料はリン酸処理を行っていない試料と比べて1回目の測定では高い導電率を示したが、熱処理を行わない試料は2回目の測定では導電率が大幅に低下した。熱処理を行わなかったためにリン酸が流出したためと考えられる。150℃で熱処理を行った試料の導電率は熱処理を行わない試料より大きく、1回目、2回目の差もわずかであった。以上の結果から適切な熱処理によりリンの固定が可能であり、高温、飽和水蒸気下での耐久性を向上させることが確認できた。

メソ多孔シリカ粉体を合成する際にリンの前駆体としてリン酸トリメチル(TMOP)を加えることでメソ多孔シリカ粉体のシリカ骨格内にリンを導入し、リン酸混合試料より耐久性の良好なプロトン伝導体の作製を試みた。ICP分光分析によりメソ多孔シリカ粉体中にリンが導入されたことを確認した。TMOPの添加量が増えるにつれて比表面積は減少したが、出発物質のTMOS/TEOSモル比が0.1の試料ではリンの導入と大比表面積の維持に成功した。この試料の導電率はリンを含まない試料の導電率より高く、TMOS/TEOS比0.5の試料と違い測定中の導電率の低下を示さないことからリンの保持と大比表面積による水の吸着ができ、高いプロトン伝導性と耐久性が確認できた。

以上の結果より、自己組織化法によるメソ多孔シリカへのリンの複合化が確認され、プロトン伝導性が確認された。耐久性を得るためにはシリカ骨格内へのリンの導入が有効であることが示された。

以上を総括し、第4章にまとめた。

自己組織化法によるメソ多孔シリカにイオン伝導性を付与し、イオン伝導複合材料を得ることができることを示した。

メソ多孔体の細孔内に電解液を含浸させることにより複合体としてイオン伝導性を発現させ、充放電試験によりセルに組み込んだ状態でのイオン伝導を確認できた。

メソ多孔シリカにリンを複合化させることでプロトン伝導性の向上を確認できた。適切なリン添加量を選ぶことにより、リン導入とメソ構造に起因する大比表面積の維持に成功し、良好なプロトン伝導性が確認され燃料電池への応用が可能であることが示された。以上の結果より、メソ多孔シリカの大比表面積、細孔容積を活かしたイオン伝導体の作製が示され、リチウム電池、燃料電池などへの応用が可能であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

界面活性剤ミセルを鋳型として自己組織化法により形成されるメソ構造シリカは、2〜50 nmの細孔が規則的に配列した構造を持つ。この規則的細孔構造と高比表面積から、孔内への電解質溶液の充填や細孔内壁の表面修飾などの複合化により、優れたイオン伝導性の発現が期待される。しかし、これまでにメソ構造シリカを基とする複合体のイオン導電機能に関する研究は行われていない。本論文は、メソ構造シリカ複合体のイオン導電機能の開拓と構造−物性相関の解明を目的として、電解質溶液を充填したメソ構造シリカやリン酸基を構造内に含むメソ構造シリカを形成し、そのリチウムイオン導電性とプロトン導電性の評価と制御を行った結果をまとめたものであり、全4章からなる。

第1章は序論であり、研究背景と目的、本研究の意義について述べている。

第2章では、電解液複合メソ構造シリカのリチウムイオン導電性について述べている。現在リチウムイオン二次電池では電解質溶液やそれを含む高分子ゲルが用いられ、導電率は高いが電解液の漏出による特性劣化や損傷が問題となっている。電解質溶液を充填したメソ構造シリカでは、充填電解質溶液による高導電率の発現および細孔内での毛管凝縮により電解液漏出が防げることが期待される。そこで、自己組織化法により導電性基板上に形成したメソ構造シリカ薄膜にリチウム電解液を含浸させて固液複合薄膜を作製し、そのリチウムイオン導電率の構造依存性を調べている。導電率は、全細孔容積よりも細孔径に大きく依存しており、最も大きな3.3nmの細孔直径をもつ試料が、電池用電解質に求められる値を超える2x10-3 S/cmの高導電率を示すことを見出している。また細孔径と溶媒和したリチウムイオンのサイズの比較、細孔内壁での電気二重層厚さから導電率の細孔径依存性を説明している。

さらに、このメソ構造シリカ複合体がリチウムイオン二次電池に適用可能であることを示すために、負極炭素上にメソ構造シリカ厚膜を電気泳動法により形成し、コバルト酸リチウム正極と組み合わせた電池の充放電特性を調べている。適切な充放電電位と理論容量の約60%の充放電容量が確認され、リチウムイオン二次電池用電解質として応用可能であることを明らかにしている。

第3章では、メソ構造シリカにリン酸基を複合化し、そのプロトン伝導性を調べた結果を述べている。多孔質シリカは表面プロトン伝導性を示すことが知られているが、メソ構造シリカの持つ高比表面積と保水能力およびリン酸基によるプロトン供与性により、高導電率で耐乾燥性をもつプロトン伝導性が期待される。車載用燃料電池などに現在用いられているポリマー電解質を代替し得る無機プロトン導電性材料としての応用が考えられるため、150℃までの中温度領域および飽和水蒸気分圧までの広い水蒸気分圧でのプロトン伝導性を評価している。

メソ構造シリカ粉体に対してリン酸の混合と熱処理を行った試料では、無処理のメソ構造シリカに比べてプロトン導電率の向上は認められたが、安定で高い導電率は達成されなかった。一方、出発物質にリン酸トリメチルを加えて合成したメソ構造シリカでは、構造中へのリン酸基の導入が確認でき、高い導電率を示すことを明らかにしている。このメソ構造シリカでは、リン酸基の導入量の増大に伴い比表面積が減少するが、P/Si原子比が0.1の試料では大きな比表面積を保ち、飽和水蒸気分圧下100〜120℃において10-2 S/cmを越える高プロトン導電率を示すことを見出している。また、P/Si原子比が0.25の試料では150℃において広い水蒸気分圧下で比較的高いプロトン導電率を維持し、耐乾燥性に優れていることを見出している。これらの結果より、高濃度のリン酸基を含みかつ比表面積が大きなメソ構造多孔体の形成が高プロトン導電率と耐乾燥性の発現に必要であるという指針を明らかにしている。

第4章は総括であり、本研究で得られた成果を要約し結論を述べている。

以上、本論文は、電解質溶液を充填したメソ構造シリカのリチウムイオン伝導性とリン酸基を含むメソ構造シリカのプロトン伝導性を調べ、メソ構造と複合化がイオン伝導性に及ぼす効果を解明するとともに固体電解質材料としての応用の可能性を明らかにしたものである。この成果は、メソ構造体の基礎科学および応用のための重要な知見を与えるものであり、無機化学、材料化学の分野での今後の進展に大きく貢献するものと認められる。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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