No | 120915 | |
著者(漢字) | 石丸,径一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシマル,ケイイチロウ | |
標題(和) | レズビアン・ゲイ・バイセクシュアルと自尊感情 : 他者からの拒絶と受容の中をどのように生きているか | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120915 | |
報告番号 | 甲20915 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(教育学) | |
学位記番号 | 博教第116号 | |
研究科 | 教育学研究科 | |
専攻 | 総合教育科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 文化や時代を問わず,同性愛者や同性愛的な傾向を持つ人々は存在しているが,社会的マイノリティとしての同(両)性愛者を正面から捉えた心理学的研究は少ない。本研究は,日本におけるレズビアン(女性同性愛者)・ゲイ(男性同性愛者)・バイセクシュアル(男女の両性愛者)を取り巻く状況と生活の様子を描き出し,偏見の存在する社会の中で彼(女)らが経験する心理プロセスを明らかにすることを目的とした実証的研究である。 問題設定(第1部:第1章−第4章) 第1部では本研究に関連する概念や先行研究についてまとめ,本研究の問題設定を明確化した。第1章では「同性愛」という概念について明確化した。同性愛といっても,1)性反応の生理的指標に基づく立場,2)男女のどちらに性的魅力と性的欲求を感じるかに基づく立場,3)実際の性行動に基づく立場,4)自己ラベリング(自己認知)に基づく立場の4種類が考えられることを論じた。本研究では原則として2)の基準を採用するが,現実的な制約のため便宜的に4)の基準を用いて研究をおこなった。また研究対象について「レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル(以下ではLGBと略記する)」という表現を用いることがふさわしいことを論じた。 第2章では,精神医学と心理学の領域で,LGBがどのように扱われてきたかということについてまとめた。国内外の精神医学と心理学の両方において,70〜90年代にかけて同性愛は異常ではないという見解が出され,研究や実践は「どのように同性愛を治療するか」ではなく「どのようにLGBが適応的に生きていくことをサポートするか」ということに重点を移した。 第3章では,LGBのマイノリティとしての特徴を明らかにするために,早くから研究の蓄積がなされている民族的マイノリティとの比較検討をおこなった。その結果,LGBにはマイノリティ性がプライベートな領域に存在すること,家族からの理解とサポートを得にくいこと,外見から判別しにくいマイノリティであることという3つの特徴を有し,このすべてがソーシャルサポートの得にくさにつながっていることが論じられた。 第4章では,本研究の目的と構成を示した。本研究では,まず日本におけるLGBを取り巻く状況と生活体験を描き出し,その上で,彼(女)らがどのような心理プロセスを経験しているかということ関するメカニズムを明らかにすることを目的とした。 レズビアン・ゲイ・バイセクシュアルはどのような世界を生きているか(第2部:第5章,第6章) 第2部においては,LGBの生活体験について,外側と内側からその様子を描き出した。第5章では,一般の大学生382名に対する質問紙調査から,LGBを取り巻く異性愛者たちの態度について明らかにした。その結果,日本においても同性愛に対する偏見が存在することがわかった。同性愛に対する態度の寛容さと関連する変数を調べると,女性であり,性的マイノリティの知り合いがいて,固定的な性役割観にとらわれない考え方を持った人は,同性愛に対して受容的な傾向があることがわかった。また,一般的に,女性同性愛よりも男性同性愛の方が受け容れられにくかった。 第6章では,27名のLGBを対象としたダイアリー法調査によって,異性愛社会の中で生きるLGBの実際の生活体験を描き出した。ダイアリーに記述された内容の質的分析により,LGBは"あっちの世界(職場・学校・家庭などの異性愛が前提とされている世界)"と"こっちの世界(LGB同士で過ごす世界)"という2つの世界で,異なった自己呈示を使って生活し分けていることが描き出された。偏見の存在する異性愛社会の中でも,LGBは多くのポジティブな体験をしていたが,その一方で,異性愛者を装って,素直な感情を抑え込んで生活するというストレスにさらされていることが示唆された。LGBの生活においては,他者からの受容と拒絶というテーマが非常に重要であることが示された。 レズビアン・ゲイ・バイセクシュアルにとっての「他者からの受容」の意味(第3部:第7章−第10章) 第2部の結論から,LGBの生活においてカミングアウトや他者からの受容と拒絶といったテーマが重要であることがわかったので,第3部においては他者からの受容感とLGBの自尊感情との関係について,焦点を絞って検討がおこなわれた。 第7章では,214名のLGBに対する質問紙調査によって,他者からの受容感と自尊感情との関係が検討された。従来の研究においては,社会的マイノリティは,ネガティブな評価を偏見に帰属するなどの方略を使用して自尊感情を維持しているとの仮説が主張されていたが,本研究では他者からの受容感によって自尊感情が維持されていると考えた。本章におけるLGBのデータは,他者からの受容感が重要であるという本研究の仮説を支持した。 第8章では,218名の一般の専門学校生・大学生に対する質問紙調査による異性愛者のデータと第7章のLGBのデータとを比較した。他者からの受容感と自尊感情との関連は両者において見られたが,LGBの方がその関連が強かった。LGBの自尊感情を考える際に,特に他者からの受容感に着目する重要性が示された。 第9章では,27名のLGBに対するダイアリー法調査をおこない,日常生活場面での他者からの受容感と自尊感情との関係を量的に検討した。日常生活場面においても,他者からの受容感とその時点での状態自尊感情との間には正の関連が見られた。階層的線形モデリングを用い,その個人の特性自尊感情との関連も検討したが,特性自尊感情の効果は見られなかった。 ここまでに,他者からの受容感と自尊感情との関係が十分に検討されたので,第10章では,カミングアウトして受容された場合とカミングアウトしないで受容された場合とを比較した時,自尊感情に対する効果に差があるかどうかを,64名のLGBに対する質問紙実験によって検討した。受容される体験によって確かに両群とも自尊感情が上昇したが,カミングアウトの有無によっての差は見られなかった。カミングアウトをしなくても,一般的に受容されていれば自尊感情を十分に維持できる可能性があるという興味深い結果が得られた。 結論(第4部:第11章,第12章) 第4部では,得られた知見をまとめ,本研究の意義を確認し,今後の課題について論じた。第11章では,本研究で得られた結果を総合的に考察した。本研究では,質問紙法とダイアリー法,調査と実験,探索的な質的分析と仮説検証的な量的分析というモードの異なる方法を併用して多角的に妥当性の高い結論を導き出した。本研究では,LGBの生活にとって,他者からの受容と拒絶ということが重要なテーマになることが明らかになった。日本社会においても,未だLGBに対する偏見が存在する。そのような社会の中でLGBは拒絶されることを避け,受容を得るために,異性愛者たちの社会では異性愛者を装って生活し,LGB同士の人間関係の中では心を許し素直な感情を存分に表現するといった自己呈示の使い分けをして生活していることが示された。そして,LGBが自尊感情を維持するためには他者からの受容感が重要であるが,そのために必ずしもカミングアウトすべきであるわけではないことも示唆された。また本研究では,同性愛に対して受容的な異性愛者の特徴について明らかにし,LGBがカミングアウトすべきかどうかを意思決定する際の判断材料を提供した。 第12章では,本研究の限界と今後の課題について論じた。本研究の課題は,研究協力者の偏り,自尊感情のみに着目していること,カミングアウトの際の判断材料についての知見がまだ十分ではないという3つにまとめられた。特に大きな課題である研究協力者の偏りについては,克服が困難な部分もあるが,本研究では十分に検討することのできなかった30代以降の年齢層のLGBや,地方在住のLGBに研究に協力してもらい,本研究の知見が一般化できるかどうかを検討することが期待される。 | |
審査要旨 | 同性愛者は、社会的マイノリティであり、ある種のステレオタイプな見方をされている。かつては治療の対象とされていたが、現在では、彼らを理解し、サポートすることが社会的動向となってきている。ただし、他のマイノリティと比較した場合、同性愛者は、外見によって区別がつかないため、自ら求めなければソーシャルサポートを受けにくいという特徴がある。このような特徴を持つ同性愛者に関して日本の心理学は、ほとんど研究をしてこなかった。そうしたなかで本論文は、今後のソーシャルサポートに向けて、同性愛者がどのような世界を生きているのかを明らかにし、他者や社会からの拒絶と受容のなかで生きている彼らの心理メカニズムを分析することを目的としたものである。 論文は、4部12章から成る。第1部では、第1章で関連概念と先行研究を概観し、研究対象の同性愛者・両性愛者を「レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル」(以下LGB)と呼ぶことを提案し、その定義を示した。第2章では心理学・精神医学におけるLGBの扱われ方を歴史的観点から確認した。第3章では他のマイノリティと比較し、「ソーシャルサポートの得にくさ」というLGBの特徴を明確化し、第4章で論文の構成と目的を示した。 第2部では、第5章で異性愛者男女に質問紙調査を施行し、異性愛者がもつ同性愛のイメージを分析し、日本おいてもLGBへの偏見があることを明らかにした。第6章では、ダイアリー法によってLGB27名を調査し、質的分析によって「こっちの世界」と「あっちの世界」の間で疎外と受容の感覚を体験しているLGBの日常生活体験を描き出した。 第3部では、第7章でLBGにおける自尊感情の維持の心理メカニズムに関して、「社会的受容の感覚との関連」と、「ネガティブ評価の偏見への帰属との関連」を比較検討した。共分散構造分析の結果、偏見帰属よりも社会的受容感の影響が強いことを明らかにした。第8章では、質問紙調査を用いて「他者からの受容感」と「自尊感情」の関連性を検討し、同性愛者では、異性愛者よりも両者の関係が強いことを明らかにした。第9章では、ダイアリー法を用いて、第7章と第8章の結果の生態学的妥当性を確認した。さらに、第10章では実験法を用いてカミングアウトの効果を検討し、自尊感情を維持するためには、必ずしもカミングアウトをして受容される必要がないことを明らかにした。最後に第4部の第11章では研究で得られた知見をまとめ、第12章で今後の課題を示した。 このように本論文は、これまで日本では心理学的に研究されてこなかったLGBに関して文献調査、質問紙法、ダイアリー法、実験法など多様な方法でデータを収集し、それらを質的研究法と量的研究法で分析している。そして、その結果として、孤立しがちな状況において、他者からの受容感に支えられて自尊感情を維持しているLGBの心理メカニズムを明らかにし、今後のソーシャルサポートに向けての具体的指針を示した。このような点で、理論的にも実践的にも、また研究法の観点からも意義が認められる。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するに相応しいものと判断された。 | |
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