学位論文要旨



No 120917
著者(漢字) 村山,航
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,コウ
標題(和) テスト形式が学習方略に与える影響とそのプロセスの解明
標題(洋)
報告番号 120917
報告番号 甲20917
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教第118号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 教授 渡部,洋
 東京大学 教授 秋田,喜代美
 東京大学 教授 矢野,眞和
内容要旨 要旨を表示する

テストとは,学習者の学力を診断・把握するためのツールである.そのため,テストには,客観的で正確に学習者の能力を測定することが求められる.従って,"客観的で正確な測定をするテスト"が"よいテスト"だといえるだろう.しかし,テストは,学力を測定するためのものさしとしてのみ存在するわけではない.テストは,教師と学習者との関係の中で,社会システムの1つとして実施される.このような社会的文脈の中で,テストは単なる"ものさし"を越えて,さまざまな意味に価値づけられ,多くの学習者に影響を与えると考えられる.テストが社会的文脈の中に置かれたとき,"よいテストのあり方"とは,テストの測定の客観性・正確さだけに依拠するのではない."テストがどのような影響を学習者に与えるのか"ということまでも含めて考えるべきであろう.

それでは,テストは学習者にどのような影響を与えるのだろうか.1章ではこの点に関して,これまでの心理学研究を概観した.その結果,"テストが学習者の動機づけに与える影響"に関しては,実証的知見も多く,理論的基盤も整備されていることが明らかになった.しかしテストは学習者の動機づけに影響を与えるだけではない. "空所補充問題が出題されるみたいだから,暗記を中心とした勉強方法をとる"のように,テストによって"学習の方向づけ"が生じることも考えられる.そこで2章では,テストによる学習の方向づけに関して,心理学研究の枠を超えて,幅広い分野の文献を概観した.その結果,テストが学習をどのように方向づけるのかに関しては,議論こそ昔から繰り返されてきたものの,系統的な実証研究に乏しいということが明らかになった.そこで本稿では特に"テスト形式の予期が学習方略に与える影響"を体系的に検討することを目的とした.ここでの"テスト形式"とは,空所補充型テストや記述式テストといった違いのことを意味する.

3章(研究1)では,そもそもテストが本当に学習方略に影響を与えているのかを検討するため,中学生・高校生1138人に対して調査を実施した.具体的には,"この学習方略はテストで点をとるために有効である"という認知(テスト有効性の認知)が,方略使用と関係を持っているかを検討した.その結果,"この方略は長期的に勉強をすることを考えると理想的である"という認知(長期的有効性の認知)や"この方略は使用するのが大変である"という認知(コスト感)を統制しても,テスト有効性の認知は方略使用と正の相関関係を持つことが明らかになった.すなわち,テストが学習方略の使用を規定する要因であることが示唆された.4章(研究2)では,個人内の共変関係に着目しても,研究1の結果が再現されるかを検討した.その際,研究1の問題点を克服するため,研究デザインにもいくつかの変更を加えた.高校生52人に対する調査の結果,研究1の知見が再現された.

研究1と研究2で得られたテストと方略使用との関係は相関関係に過ぎない.そこで5章(研究3)では,"テスト形式の予期が学習方略に影響を与える"という因果関係を検討するため,授業実験を行った.具体的には,中学2年生83人を,毎回の授業後に空所補充型テストを実施する群(空所補充群)と,記述式テストを実施する群(記述群)のどちらかに割り当て,歴史の授業を実施した.5回目の授業後,学習者の方略使用を測定したところ,空所補充群では,記述群に比べて,浅い処理の学習方略(暗記を中心とした学習方略)を多く使用し,深い処理の学習方略(意味理解を中心とした学習方略)をあまり使用しないことが明らかになった.すなわち,どういったテスト形式を予期するかによって,学習者の使用する方略に違いが生じることが,因果関係として明らかになった. 6章(研究4)では,研究3の問題点を修正した上で,追試を行った.その結果,やはりテスト形式の予期が学習方略の使用に影響を与えることが明らかになった.

ここまでの研究から,"テスト形式の予期が学習方略に影響を与える"ことが明らかになった.しかし一方で,テスト形式の予期が学習方略に影響を与えるとき,学習者にどのような"プロセス"が働いているかは不明確なままである.そのため,テスト形式の予期と方略使用との関係に関して,正確な予測をすることは難しくなっている.そこで7章(研究5)-12章(研究10)では,テスト形式が学習方略に影響を与える際に生じている"プロセス"を明らかにすることを目的とした.

7章(研究5)では,テスト形式の予期による方略変容を調整する要因を探索的に調べた.大学生27人を対象に,説明文読解の実験を行った.その結果,"先ほどのテストが困難だった"と認知している人(テスト困難度の認知が高い人)ほど,記述式テストに比べて,空所補充型テストで深い処理の方略使用が少ないことが示された.すなわち,テストの困難度の認知が,方略変容のプロセスに役割を果たしていることが示唆された.しかし,ここで得られた結果は相関関係であり,因果関係ではない.そこで8章(研究6)では,テスト困難度の認知を直接操作し,方略変容との因果関係を検討した.大学生48人を,統制群,難易度が低い空所補充型テストを予期する群(空所・易群),難易度が高い空所補充型テストを予期する群(空所・難群)の3群に割り当て,テストを実施したときに方略がどのように変容するかを調べた.結果,空所・難群のみ統制群に比べて浅い処理の方略使用が増大した.すなわち,テスト困難度の認知が,方略変容プロセスに大きな役割を果たしていることが因果関係として明らかになった.さらに,方略帰属(テストでうまくいかなかったのは,学習方略に原因があると考えること)も,このプロセスと関係を持っていることが明らかになった.

研究5と研究6より,"どのようなときに方略変容が生じるのか"は明らかになった.しかし,方略変容プロセスの中でも,"なぜ空所補充型テストは浅い処理の方略使用を増大させ,深い処理の方略使用を低下させるのか"は明らかになっていない.9章ではこの点に関して検討をした.具体的には,136人の大学生を,統制群,"浅い処理の方略が有効な空所補充型テスト"を実施する群(暗記空所群),"深い処理の方略使用が有効な空所補充型テスト"を実施する群(意味空所群)に割り当て,方略変容を比較した.その結果,暗記空所群だけでなく,意味空所群でも統制群より浅い処理の方略使用を増大させることが明らかになった.この結果は,学習者が必ずしも"テストの課題要求"(そのテストでどういった方略が有効であるか)に基づいて方略変容を行っていないことを示している.むしろ,学習者は"空所補充型テストには暗記が有効である"というテスト形式に関する知識(以後"テスト形式スキーマ")に基づいて方略を変容させている可能性が示唆された.

7章から9章までの研究結果を踏まえて,テスト形式の予期による方略変容プロセスのモデルを提唱した(図1).このモデルでは,学習者がテストに難しさを感じなかったり,テストに難しさを覚えたとしてもその原因を方略に帰属しなかったりした場合には,大きな方略変容は生じないとする.逆に,学習者がテストに難しさを覚え,その原因を方略に帰属したときに,方略の変容が生じると考える(研究5,研究6の結果より).しかし,方略変容が生じるとしても,それがどのような方向性で生じるのか(浅い処理の方略使用が増大するのか,深い処理の方略使用が増大するのか)については,この段階だけでは決まらない.どのような方向性で方略の使用が促進・抑制されるかに関しては,"テスト形式スキーマ"の調整プロセスが存在すると仮定する(研究7の結果より).

ただし,このモデルは仮説的なものである.特にテスト形式スキーマという考えの妥当性については,まだ疑問が残る.そこで10章から12章では,テスト形式スキーマ仮説の妥当性を検討した.10章(研究8)と11章(研究9)では,テスト形式スキーマを測定し,個人差の観点からこの仮説の検証を行った.具体的には,空所補充型テストを予期する群(空所補充群)と統制群との差が,このテスト形式スキーマ得点によって違ってくるのかを調べた.研究8は大学生73人,研究9は大学生32人を対象とした.その結果,テスト形式スキーマを直接測定した場合(研究8)も,間接的に測定した場合(研究9)も,"空所補充型テストには浅い処理の方略が有効である"というテスト形式スキーマ得点が高い人ほど,統制群に比べて空所補充群で浅い処理の方略を多く使用することが明らかになった.すなわち,テスト形式スキーマが方略変容に役割を果たしていることが示された.12章(研究10)では,教育的介入という観点から,テスト形式スキーマを検討した.具体的には,中学生55人をテスト形式スキーマに介入する群(実験群)と介入しない群(統制群)に割り当て,その比較を行った.実験群には授業時間終了後に,"空所補充型テストには必ずしも暗記が有効とは限らない"というメッセージを伝え,テスト形式スキーマの変容を目指した.その結果,実験群が統制群に比べて,空所補充型テストに直面したときに浅い処理の方略をあまり使わなくなることが明らかになった.以上3つの研究から,テスト形式スキーマ仮説の妥当性が検証され,図1のモデルの妥当性が示された.

13章では,これまでの研究のまとめを行い,本稿の示唆と限界について述べた.特に,近年の新しい教育評価(alternative assessment)への示唆について詳細に論じた.また,"インフォームドアセスメント"という概念を提唱し,教師と学習者との間で,評価の意図や目的を共有することの重要性について示唆を与えた.

図1:テスト形式の予期による方略変容のプロセスモデル

審査要旨 要旨を表示する

学力テストは、学力を測定し、評価する道具としてだけでなく、学習者の動機づけや学習行動に大きな影響を与える。1章、2章における先行研究の検討を踏まえて、本研究では、「空所補充型」や「記述式」といったテスト形式に関する予期が、学習方略に与える影響を実証的に検討することを目的としている。

3章では、中学生・高校生に対する質問紙調査から、「この学習方略はテストでよい成績をとるために有効である」という認知(テスト有効性の認知)が、方略使用と相関関係をもつことが明らかになった。4章では、個人内の共変関係に着目しても、この知見があてはまることを、高校生に対する調査で示した。5章では、中学生に歴史の実験授業を数日間行い、毎回の授業後に空所補充型テストを実施する群(空所補充群)では、記述式テストを実施する群(記述群)に比べて、暗記を中心とした浅い処理の学習方略が多く使用され、深い意味的処理の方略が使用されにくいことを示した。手続きを修正した6章でもその結果が再現され、テスト形式の予期が学習方略に与える影響が認められたとしている。

7章・8章の実験では、テスト困難度の認知が高いほど、空所補充型テストにおいて浅い処理の方略使用が増大することを、相関研究と課題操作によって示した。さらに、9章では、浅い処理の方略が有効な空所補充型テストを実施した群のみならず、深い処理の方略使用が有効となるような空所補充型テストを実施した群でも浅い処理の方略使用が増加することが明らかになった。すなわち、学習者は必ずしもテストの課題要求に適合した方略変容を行っているわけではなく、「テスト形式スキーマ」ともいうべき、テスト形式に依存した信念に基づいて方略を変容させている可能性が示唆された。

こうした研究結果を踏まえて、テスト形式の予期による方略変容プロセスの仮説的モデルを提唱した。このモデルでは、学習者があるテストを難しいと認知し、その原因を方略に帰属したときに方略の変容が生じるとするが、浅い処理と深い処理のどちらの方略を使用するかの判断には、テスト形式スキーマによる調整プロセスが存在すると仮定する。10章・11章では、「空所補充型テストには浅い処理の方略が有効である」という信念の得点が高い学習者ほど、空所補充群で浅い処理の方略を多く使用することを明らかにした。12章では、教示によってテスト形式スキーマに介入してその修正を図った群の学習者は、空所補充型テストで浅い処理の方略をあまり使わなくなることを示した。これらの実証的研究は、テスト形式スキーマ仮説を支持するものであると論じられた。

このように、本研究は、テスト形式が学習方略に及ぼす影響について、教育心理学的手法を用いて詳細に検討したもので、理論的に貢献するとともに、評価の役割について教育研究にも示唆を与えるものと考えられる。よって、博士(教育学)の学位を授与するにふさわしい論文であると評価された。

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