学位論文要旨



No 120930
著者(漢字) 大間,陽子
著者(英字)
著者(カナ) オオマ,ヨウコ
標題(和) タンパク質中のホモポリアミノ酸領域の細胞毒性
標題(洋)
報告番号 120930
報告番号 甲20930
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第633号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 久保田,俊一郎
 東京大学 教授 村田,昌之
 東京大学 助教授 豊島,陽子
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]

様々なタンパク質において、同一アミノ酸の連続した「ホモポリアミノ酸」領域は数多く存在する。単なるスペーサーとして存在するホモポリアミノ酸領域もある一方、ドメインとして重要な機能を担っているという報告のあるものもある。それらのタンパク質の中で、そのホモポリアミノ酸領域の伸長による疾患が報告されているものがある。原因タンパク質中のポリグルタミン領域、ポリアラニン領域が伸長して発症するポリグルタミン病、ポリアラニン病である。

一連のポリグルタミン病は、原因タンパク質に関してポリグルタミン領域以外に相同性が見られず、また、ポリグルタミン領域のみを発現させた動物モデルで症状が再現されることなどから、伸長したポリグルタミン領域が持つ機能獲得による異常が病態の原因であると考えられている。また、患者において、中枢神経系において神経変性が見られること、その変性する脳内部位の細胞には原因タンパク質から成る凝集体が形成されること、などの共通性がある。

ポリアラニン病の多くも優性の遺伝性疾患であるが、原因タンパク質の点変異によっても同じような症状を呈する疾患となるものもあるため、ポリグルタミン病のような異常機能獲得説ではなく、ハプロ不全による機能欠損説が提唱されているものも多い。しかし、ポリアラニン病の中には、他の変異よりもポリアラニン伸長の変異の方が症状が重いものもあること、ポリアラニン伸長による疾患の一つである眼咽頭筋ジストロフィーの患者の筋細胞において、原因タンパク質を含む細胞内凝集体が観察されること、また、C末端にポリアラニンを付加したGFPで細胞毒性が見られたことなどから、ポリグルタミンの毒性と共通した機構が示唆され、注目を集めている。

これまで、ホモポリアミノ酸は、ヒトにおいて疾患が報告されているポリグルタミン、ポリアラニンに関して、凝集体形成や細胞毒性機構の解明などの研究が行われてきた。しかし、他の18種類のホモポリアミノ酸領域に関しては、多くのタンパク質に存在するのにも関わらず、その領域自体に注目した研究は皆無であった。以上の背景を踏まえ、本研究は、20種類のホモポリアミノ酸の性質や細胞毒性の比較解析を行った。

[結果と考察]

20種類のホモポリアミノ酸の細胞内局在の観察

20種類すべてのアミノ酸について30残基連続したホモポリマーを作製し、動物細胞で発現させた。その結果、それぞれ特徴的な細胞内局在を示し(図1)、多様なホモポリアミノ酸の性質の多様さが示唆された。ポリアスパラギン酸、ポリアスパラギン、ポリグルタミン、ポリグルタミン酸、ポリグリシン、ポリプロリン、ポリセリン、という7種は、いずれもYFPのみのコントロールの場合と変化が見られなかった。ポリシステイン、ポリチロシンは核に比較的強く局在し、どちらも凝集体を持たないものの方が多かったものの、ポリシステインは細胞質に、ポリチロシンは細胞質や核に凝集体を持つという特徴が見られた。塩基性アミノ酸であるポリアルギニン、ポリリシンはともに、細胞質に局在すると同時に2〜3個の核内凝集体を形成した。ポリアラニン、ポリスレオニン、ポリヒスチジン、ポリトリプトファン、ポリメチオニン、ポリバリン、ポリイソロイシン、ポリフェニルアラニン、ポリロイシンの9種は、いずれも核外のみに局在したが、このうち、ポリアラニンとポリスレオニンは凝集体を形成しなかったが、その他の7種はいずれも凝集体を形成した。特に、ポリロイシン、ポリフェニルアラニン、ポリイソロイシン、ポリバリンの4種は、核周辺部に大きな凝集体が観察された。また、それらのホモポリアミノ酸は、ウエスタンブロットによる免疫染色においても、予想分子量よりも高度に高分子量化した染色パターンが得られ、疎水性の高いホモポリアミノ酸ほど、細胞内で高度に凝集することが明らかとなった。

20種類のホモポリアミノ酸の細胞毒性の比較解析

次に、私はそれら20種類のホモポリアミノ酸を細胞内で発現させた際の細胞毒性を測定するために、トリパンブルー染色法による生存率測定や、アポトーシスの指標であるカスパーゼ3の蛍光基質(Ac-DEVD-MCA)の切断による活性測定を行った。これらの実験の結果、ポリイソロイシン発現時の生存率が一番低く、ポリシステイン、ポリバリン、ポリフェニルアラニンの順となった。

また、カスパーゼアッセイでは、ポリロイシン、ポリバリン、ポリイソロイシン、ポリシステインの順に、高いカスパーゼ3活性が認められた。これらのホモポリアミノ酸は、いずれも細胞内で凝集体を形成し、また免疫染色においても高分子量化が見られていたホモポリアミノ酸である。アミノ酸の疎水度と、それがポリマーとなったホモポリアミノ酸の細胞毒性をプロットしてみると正の相関が見られ、疎水性の高いホモポリアミノ酸ほど高い細胞毒性を有することが明らかとなった(図2)。原因タンパク質の凝集、沈着による疾患は、ポリグルタミン病だけではなく、様々な神経変性疾患において報告されている。タンパク質の凝集とその毒性の関係は、これらの多くの神経変性疾患の発症機構解明において注目されている問題である。本研究は20種のホモポリアミノ酸を発現させ、その疎水性の違いによる凝集体形成とそれに伴う細胞毒性の違いを明らかにしたものであり、以上の問題を初めて統一された系で明確に示したものである。また、ホモポリアミノ酸領域は様々なタンパク質中に存在するが、アミノ酸の種類によってその存在頻度が異なる。ヒトのタンパク質をデータベース検索してみると、本研究において高い細胞毒性を示したホモポリアミノ酸の数が少ない。この希少さの要因の一つが、ホモポリマーとなった時の細胞毒性であるという可能性が本研究によって示唆された。

20種類のホモポリアミノ酸領域同士の相互作用

ホモポリアミノ酸領域の機能・性質をより明らかにするために、私は酵母2ハイブリッドシステムを用いて、約30残基の長さにおける20種類のホモポリアミノ酸領域同士の相互作用を解析した。その結果、ポリイソロイシン、ポリロイシン、ポリフェニルアラニンなど、培養細胞内で凝集体を形成する種類のホモポリアミノ酸同士において強い相互作用が見られ、ホモポリアミノ酸領域同士の自己凝集が凝集体形成の核となっている可能性が示された。また、ポリイソロイシンとポリロイシン、ポリロイシンとポリバリンなど、凝集を起こしやすい幾つかの異種の疎水性ホモポリアミノ酸の間においても相互作用が見られたことから、凝集体の形成には疎水性相互作用自体も大きく関与していることが明らかとなった。

意外なことに、ポリアスパラギン酸やポリグルタミン酸のような負の電荷を持つものと、ポリアルギニンやポリリシンといった正の電荷を持つものの間において、相互作用は検出されなかった。このことは、電荷による引力より疎水性相互作用の方がより大きくタンパク間の相互作用に寄与している可能性を示唆していた。

また、ポリアラニン(29残基)同士においての比較的強い相互作用が見られたので、さらにいくつかの長さ(6、18、29残基)で試してみたところ、ポリアラニンの長さ依存的な相互作用が見られた。18残基同士では相互作用は見られなかった一方で、29残基と18残基の間では相互作用が見られたことから、一定の長さを超えた(生理的に存在しない長さの)ポリアラニン鎖がそれ以下の(生理的に存在する)長さのポリアラニン鎖と異常な相互作用を引き起こす可能性が示唆された。このことは、いくつかのポリアラニン伸長疾患で見られるドミナントネガティブの効果が、長いアラニン鎖が正常長のポリアラニンに対して作用している結果であることを示唆している可能性がある。

図1 COS-7細胞で発現させた黄色蛍光タンパク質融合各種ホモポリアミン酸

図2 各アミノ酸の疎水度との相関

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、20種類のホモポリアミノ酸領域を、細胞内局在・細胞毒性・相互作用という3つの観点から網羅的に比較解析したものである。これまで、タンパク質中のホモポリアミノ酸領域に関しては、それらの伸長による疾患が知られているポリグルタミン・ポリアラニンに関しての研究が多く、20種類すべてのホモポリアミノ酸を同一の系で解析した研究は、皆無であったため、数多くの新規的で興味深い知見が得られた。

まず、細胞内局在は、各ホモポリアミノ酸領域(約30残基)をYFPの融合タンパク質として培養細胞で発現させた。その結果、それぞれ特徴的な細胞内局在を示し、多様なホモポリアミノ酸の性質の多様さが示唆された。塩基性アミノ酸であるポリアルギニン、ポリリシンはともに、細胞質に局在すると同時に2〜3個の核内凝集体を形成した。ポリシステイン、ポリチロシンは核に比較的強く局在し、どちらも凝集体を持たないものの方が多かったものの、ポリシステインは細胞質に、ポリチロシンは細胞質や核に凝集体を持つという特徴が見られた。ポリアラニン、ポリスレオニン、ポリヒスチジン、ポリトリプトファン、ポリメチオニン、ポリバリン、ポリイソロイシン、ポリフェニルアラニン、ポリロイシンの9種は、いずれも核外のみに局在したが、このうち、ポリアラニンとポリスレオニンは凝集体を形成しなかったが、その他の7種はいずれも凝集体を形成した。特に、ポリロイシン、ポリフェニルアラニン、ポリイソロイシン、ポリバリンの4種は、核周辺部に大きな凝集体が観察された。また、それらのホモポリアミノ酸は、ウエスタンブロットによる免疫染色においても、予想分子量よりも高度に高分子量化した染色パターンが得られ、疎水性の高いホモポリアミノ酸ほど、細胞内で高度に凝集することが明らかとなった。

次に、それら20種類のホモポリアミノ酸を細胞内で発現させた際の細胞毒性を、トリパンブルー染色法による生存率測定や、アポトーシスの指標であるカスパーゼ3の蛍光基質(Ac-DEVD-MCA)の切断による活性測定によって行った。その結果、生存率測定においては、ポリイソロイシン発現時の生存率が一番低く、ポリシステイン、ポリバリン、ポリフェニルアラニンの順となった。また、カスパーゼアッセイでは、ポリロイシン、ポリバリン、ポリイソロイシン、ポリシステインの順に、高いカスパーゼ3活性が認められた。これらのホモポリアミノ酸は、いずれも細胞内で凝集体を形成し、また免疫染色においても高分子量化が見られていたホモポリアミノ酸である。アミノ酸の疎水度と、それがポリマーとなったホモポリアミノ酸の細胞毒性をプロットしてみると正の相関が見られ、疎水性の高いホモポリアミノ酸ほど高い細胞毒性を有することが明らかとなった。原因タンパク質の凝集、沈着による疾患は、ポリグルタミン病だけではなく、様々な神経変性疾患において報告されている。タンパク質の凝集とその毒性の関係は、これらの多くの神経変性疾患の発症機構解明において注目されている問題である。本研究は20種のホモポリアミノ酸を発現させ、その疎水性の違いによる凝集体形成とそれに伴う細胞毒性の違いを明らかにしたものであり、以上の問題を初めて統一された系で明確に示したものである。また、ホモポリアミノ酸領域は様々なタンパク質中に存在するが、アミノ酸の種類によってその存在頻度が異なる。ヒトのタンパク質をデータベース検索してみると、本研究において高い細胞毒性を示したホモポリアミノ酸の数が少ない。この希少さの要因の一つが、ホモポリマーとなった時の細胞毒性であるという可能性が本研究によって示唆された。

最後に、約30残基の各ホモポリアミノ酸領域(約30残基)同士の相互作用を酵母2ハイブリッド法によって解析した。その結果、ポリイソロイシン、ポリロイシン、ポリフェニルアラニンなど、培養細胞内で凝集体を形成する種類のホモポリアミノ酸同士において強い相互作用が見られ、ホモポリアミノ酸領域同士の自己凝集が凝集体形成の核となっている可能性が示された。また、ポリイソロイシンとポリロイシン、ポリロイシンとポリバリンなど、凝集を起こしやすい幾つかの異種の疎水性ホモポリアミノ酸の間においても相互作用が見られたことから、凝集体の形成には疎水性相互作用自体も大きく関与していることが明らかとなった。また、ポリアラニン(29残基)同士においての比較的強い相互作用が見られたので、さらにいくつかの長さ(6、18、29残基)で試してみたところ、ポリアラニンの長さ依存的な相互作用が見られた。18残基同士では相互作用は見られなかった一方で、29残基と18残基の間では相互作用が見られたことから、一定の長さを超えた(生理的に存在しない長さの)ポリアラニン鎖がそれ以下の(生理的に存在する)長さのポリアラニン鎖と異常な相互作用を引き起こす可能性が示唆された。また、ネイティブPAGEの結果より、ポリアラニン30残基は、23残基以下のポリアラニンと比較して異なる立体構造をとっている可能性が示唆された。

本論文は、20種類それぞれのホモポリアミノ酸領域がもつ特徴的な性質を明らかにするだけではなく、ホモポリアミノ酸の細胞毒性がタンパク質の進化に影響を与えた可能性や、既に報告のあるポリグルタミンやポリアラニンに関しても新たな洞察を生むものとして、大変意義のあるものである。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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