学位論文要旨



No 120931
著者(漢字) 岡島,公司
著者(英字)
著者(カナ) オカジマ,コウジ
標題(和) シアノバクテリアにおけるBLUF型光受容体PxiDの解析
標題(洋) Analysis of cyanbacterial BLUF type photoreceptor PixD
報告番号 120931
報告番号 甲20931
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第634号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 和田,元
 東京大学 助教授 栗栖,源嗣
内容要旨 要旨を表示する

背景

生物にとって光の感知は重要であり、多様な光応答現象が報告されている。光応答にかかわる光受容体は光を吸収する発色団とアポタンパク質から構成される。光照射によって発色団の状態が変わり、アポタンパク質との相互作用が変化し、シグナルが下流に伝達される。これまでに多様な発色団を結合した光受容体が見つかっている。Rhodopsinはレチナール、Xanthopsinはクマル酸、Phytochromeは開環テトラピロールを結合している。これらの発色団は光照射により二重結合で構造異性化(E/Z異性化)をおこし、アポタンパク質との相互作用が変化する。

一方、フラビンを発色団として結合した光受容体では、フラビンのイソアロキサジン環が構造的にE/Z異性化は起きないため、特殊な光反応でアポタンパク質との相互作用の変化がおこる。CryptochromeのFADは光照射によって近傍のアミノ酸残基から電子が移動する(光によるフラビンの還元)と考えられる。PhototropinのFMNは光照射によってシステイン残基との間に共有結合(Cys-アダクト)を形成する。

近年、BLUFタンパク質が新規のフラビン結合光受容体としてみつかっている。BLUFタンパク質は青色光照射によってフラビン由来の吸収スペクトルが約10 nm長波長側にシフトする変化を示す。この変化は、Cryptochromeの光によるフラビンの還元やPhototropinの Cys-アダクトとは異なる新規の光受容機構であると考えられるが詳細は解っていない。ミドリムシEuglena gracilis のPACは光驚動反応に関わり、光合成細菌Rhodobacter sphaeroidesのAppAは青色光による光合成遺伝子の発現制御をしている。BLUFタンパク質をコードする遺伝子は一部の真核単細胞生物や多くのバクテリアに存在し、数種のシアノバクテリアにも見つかっている。(TePixD、Tll0078:Thermosynechococcus elongatus BP-1;SyPixD、Slr1694:Synechocystis sp. PCC 6803)

光合成を行うシアノバクテリアでは多くの光応答現象が報告されている。そのゲノム上には多くの異なる種類の光受容体の候補遺伝子が見つかっており、これらによる複雑な調節を介して光応答が起きていると考えられる。光環境の感知に特化したシアノバクテリアの光応答機構の解明は、生物の光環境応答の解明には重要である。それらの複雑な調節機構の解明には光受容体それぞれの性質を解析する必要がある。本研究ではシアノバクテリアのBLUFタンパク質PixDの光受容機構とその機能の解明を目指した。

結果と考察

PixDの生化学的性質の比較

TePixDとSyPixDの全長をそれぞれ大腸菌でHisタグ融合タンパク質として発現、精製した。ゲル濾過カラムの解析によりTePixDおよびSyPixDはそれぞれ約100 kDaで5~6量体、40 kDaで、2量体を形成していた。タンパク質に結合しているフラビンと遊離のフラビンの蛍光強度の違いを利用してタンパク質の熱安定性を検討した。好熱菌由来であるTePixDは90°C, 10 minの処理でも安定であるのに対し、SyPixDは60°C, 5 minの処理で変性した。TePixDとSyPixDは青色光照射によって吸収スペクトルが約10 nm長波長側にシフトし、その後暗所で数秒の半減期で元の状態に戻った。これらの光反応はBLUFドメインに特徴的な変化とほぼ同じであった。TePixDとSyPixDに結合しているフラビンのジチオナイトによる還元を測定したところ、メチルビオローゲンが共存したときのみ速やかに還元された。これはフラビンのイソアロキサジン環がタンパク質の疎水的環境に存在することを示す。以上の結果は、PixDが他のBLUFタンパク質と同様に青色光受容体として機能していることを示唆している。また、好熱性シアノバクテリア由来のTePixDは熱的に非常に安定であり、構造解析や生化学的解析に適していることを示している。

結晶構造に基づく部位特異的変異導入タンパク質の解析

<TePixDの結晶構造>

熱的に安定なTePixDを大腸菌でタグなしで発現、精製し、X線結晶構造解析により2.0Åの分解能で構造を共同研究により明らかにした。TePixDは環状の5量体が面と面で重なった10量体を形成していた。BLUFドメインは5本のシートとそれに平行な2本のヘリックスで構成されていた。C末端側のドメインは2本の平行なヘリックスからなり、シートに直交している。フラビンのイソアロキサジン環はBLUFドメインの2本のヘリックスの間に挟まり、保存されたアミノ酸残基で保持されていた。特に、イソアロキサジン環の反応性を左右するN5, O4, O2 はそれぞれGln50とAsn32、Asn31と水素結合で相互作用し、Gln50はTyr8とも相互作用していた。この構造はフラビン結合ドメインとして新規であるが、ヘリックスとシートの間隙に挿入されたイソアロキサジン環がO4やO2でAsn残基と水素結合をつくる基本構造はPhototropinとよく似ており、一種の収斂進化と考えられる。

<変異導入解析及び分光学的解析>

野生型(WT)の過渡吸収とFT-IR(フーリエ変換赤外分光)スペクトルの解析から、TePixDでは約10 nm長波長シフト状態が光励起後50 ns後には形成されていた。また、光照射時にフラビンのイソアロキサジン環のO4とアポタンパク質との間の水素結合が強くなっていることが示唆された。構造をもとに、フラビンと調節的な相互作用している可能性があるアミノ酸残基Tyr8, Gln50, Asn32, Asn31の変異導入タンパク質(Y8A, Y8F, Q50A, Q50N, N32A, N32Q, N31A N31Q)を作製し、その光反応の分光学的解析を行った。暗状態での吸収スペクトルはWTと比べY8A, Q50Aではあまり変わらず、N31AやN32Aでは変化が見られた。暗状態ではフラビンとの相互作用はGln50では弱く、Asn31やAsn32では強いと考えられる。Asn31とAsn32の変異導入タンパク質はWTと同様に光照射による吸収スペクトルの長波長シフトを示した。FT-IRの測定でもWTと同様のC4=Oの伸縮振動バンドの変化が見られた。Asn31とAsn32は光による長波長シフトにはかかわらないと考えられる。Q50Aでは光に対しての反応性が低下したことから、Gln50が光による長波長シフトに重要なアミノ酸残基であると考えられる。Y8A、Y8F、Q50Nは定常光照射により長波長シフトではなくフラビンのブリーチを示した。また、過渡吸収スペクトルでは、光照射後50 nsでフラビンの三重項励起状態の形成が見られ、WTとは初期過程から反応が全く異なった。以上の結果は、光照射によってGln50の側鎖とO4との水素結合が強くなること(水素結合の改変)を示唆している(図1)。BLUFドメインの光反応性は、Tyr8と強い相互作用をしているGln50とフラビンのイソアロキサジン環の反応性に深くかかわるO4、N5との間の水素結合(Tyr8-Gln50-O4/N5(flavin) ネットワーク)によって決定していると考えられる。

Synechocystis sp. PCC 6803における機能解析

<酵母ツーハイブリッドによる相互作用タンパク質の探索>

PixDはBLUFドメインとC末端側に40~50アミノ酸から成る2つのα-ヘリックスが付加している。この領域も含めて既知のアウトプットドメインはなく、タンパク質-タンパク質相互作用によって光シグナルを他へ伝えていると予想した。Synechocystisのゲノムの酵母ツーハイブリッドを行いSyPixDと相互作用する相手を探索した結果、Slr1693(SyPixE)との相互作用が認められた。また、青色光照射下で同様の酵母ツーハイブリッドを行うとこの相互作用は弱くなった。SyPixEはシアノバクテリアで見つかっているPatA型のレスポンスレギュレータであり、類似のPatA型タンパク質として走光性や線毛形成の調節に関わるPixGやPilGが知られている。

<プルダウンアッセーによる光依存的相互作用>

タグのないSyPixDとHisタグを融合したHis-SyPixEを別々の大腸菌で発現させ、両者を混ぜた破砕液の上清からニッケルアフィニティーカラムを用いてHis-SyPixEを単離した。暗所でクロマトグラフィーを行った場合His-SyPixEとともにSyPixDがおよそ1:2の割合で結合したものが単離されたが、青色光照射下で行った場合His-SyPixEしか単離されなかった。また、光照射した後、暗所に戻した上清から暗所で同様の作業を行うとSyPixDとHis-SyPixEの両方が単離された。これらの結果は、暗所では基底状態のSyPixDは、SyPixEと複合体を形成し、青色光照射下では励起状態のSyPixDがSyPixEから解離することを示しており、SyPixDが青色光依存的にSyPixEとの相互作用を調節していると考えられる。

<遺伝子破壊株の解析>

Synechocystisの野生株は寒天プレート上で赤色光に対して光源に向かって進む正の走光性を示す。この赤色光への走光性に対して方向性のない青色光照射を行うと正の走光性が抑制をされた。一方、pixD遺伝子破壊株は青色の有無に関わらず赤色光から逃げる負の走光性を示した。これらの結果は下記のモデルを考えると一応の説明ができる(図1)。Synechocystisの走光性は正と負の2つの制御系のバランスによって決まっていると考えられる。赤色光下では、青色光受容体SyPixDは基底状態でSyPixEと結合し、負の走光性を抑制しているため、野生株は正の走光性を示す。pixD破壊株ではこの抑制がないため総和として負の走光性を示す。青色光下ではSyPixDはSyPixEと結合できず、負の走光性を抑制できなくなり、正の走光性が弱くなる、または負の走光性が現れる。もし、このモデルが正しいとすれば、SyPixDは青色の有無で負の走光性を調節する光受容体と考えられる。

まとめ

本研究ではシアノバクテリアのBLUF型光受容体PixDの光受容機構とシグナル伝達機構、Synechocystisの遺伝子破壊株の解析を行った。BLUFドメインの光受容にはTyr8-Gln50-O4/N5(flavin) ネットワークが重要であり、水素結合の改変というフラビンにおける新規の光受容機構であることを明らかにした。SyPixDがSynechocystisにおいて走光性を調節する光受容体であることを明らかにし、新しい走光性の調節経路(SyPixD-SyPixE)をみいだした。

図1 Synechocystis sp. PCC 6803におけるSyPixDが調節する走光性のモデル

(1)フラビン近傍の変化: SyPixDは青色光によって水素結合の改変がおこリ、 Gln50とフラビンの04との間の水素結合が強くなる(励起状態). (2)タンパク質の構造変化: SyPixDは青色光がない基底状態ではSyPixEと2:1で複合体を形成している。SyPixDは青色光により励起状態になるとSyPixEから解離する。(3)走光性の調節:走光性は正と負の2つの制御系で調節される。 SyPixD-SyPixE複合体は負の走光性を抑制する。青色光によってこの抑制はなくなる。(4)表現型:赤色下ではSyPixDは基底状態であり、負の走光性を抑制するため、総和として正の走光性を示す。青色光がある場合、負の走光性の抑制がなくなるため、正の走光性が弱くなるか、または負の走光性を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文「Analysis of cyanobacterial BLUF type photoreceptor PixD」(シアノバクテリアにおけるBLUF型光受容体PixDの解析)は、3章構成で、第1章:PixDタンパク質の生化学的性質の比較解析、第2章:PixDタンパク質の部位特異変異導入による解析、第3章:PixDタンパク質のシグナル伝達となっている。

第1章では、好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus elongatus BP-1のTePixDと常温性シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803のSyPixDの全長をそれぞれ大腸菌でHisタグ融合タンパク質として発現、精製した。ゲル濾過カラムの解析によりTePixDおよびSyPixDはそれぞれ約100 kDaで5~6量体、40 kDaで、2量体を形成していた。タンパク質の熱安定性を検討したところ、好熱菌由来であるTePixDは90°C, 10 minの処理でも安定であるのに対し、SyPixDは60°C, 5 minの処理で変性した。TePixDとSyPixDは青色光照射によって吸収スペクトルが約10 nm長波長側にシフトし、その後暗所で数秒の半減期で元の状態に戻った。これらの光反応はBLUFドメインに特徴的な変化とほぼ同じであった。TePixDとSyPixDに結合しているフラビンのジチオナイトによる還元を測定したところ、メチルビオローゲンが共存したときのみ速やかに還元された。これはフラビンのイソアロキサジン環がタンパク質の疎水的環境に存在することを示す。以上の結果は、PixDが他のBLUFタンパク質と同様に青色光受容体として機能していることを示唆している。また、好熱性シアノバクテリア由来のTePixDは熱的に非常に安定であり、構造解析や生化学的解析に適していることを示している。

第2章では、共同研究によって決定したTePixDの結晶構造に基づく部位特異的変異導入の効果を解析した。2.0Åの分解能で決定したX線結晶構造解析によれば、TePixDは環状の5量体が面と面で重なった10量体を形成していた。BLUFドメインは5本のシートとそれに平行な2本のヘリックスで構成されていた。C末端側のドメインは2本の平行なヘリックスからなり、シートに直交していた。フラビンのイソアロキサジン環はBLUFドメインの2本のヘリックスの間に挟まり、保存されたアミノ酸残基で保持されていた。とくに、イソアロキサジン環の反応性を左右するN5, O4, O2 はそれぞれGln50とAsn32、Asn31と水素結合で相互作用し、Gln50はTyr8とも相互作用していた。この構造はフラビン結合ドメインとして新規であるが、ヘリックスとシートの間隙に挿入されたイソアロキサジン環がO4やO2でAsn残基と水素結合をつくる基本構造はPhototropinとよく似ており、一種の収斂進化と考えられる。

これらの構造に基づいて、Hisタグ融合タンパク質でアミノ酸変異を導入した。まず、野生型TePixDの時間分解吸収変化とフーリエ変換赤外分光解析から、光励起後50 ns後には約10 nmの長波長シフト状態が形成されており、フラビンのイソアロキサジン環のO4とアポタンパク質との間の水素結合が強くなっていることが示された。O4やO2と相互作用しているアミノ酸残基Asn32とAsn31に変異を導入したN32A、N32Q、N31A、N31Qではその光反応性にはほとんど影響が見られなかった。なお、Asn32がO4と水素結合していること、N32Qでは暗反転が非常に遅くなることが明らかになった。一方、O4とN5と相互作用しているGln50に変異を導入したQ50Aでは光応答性が低下した。これは、Gln50が光による長波長シフトに重要なアミノ酸残基であることを示している。またGln50と水素結合しているTyr8に変異を導入したY8AとY8FおよびGln50に変異を導入したQ50Nでは、は定常光照射により長波長シフトは起こらず、代わりにフラビンの退色を起こした。また、時間分解吸収変化では、光照射後50 nsでフラビンの三重項励起状態の形成が見られ、野生型とは全く異なっていた。以上の結果は、光照射によってGln50の側鎖とO4との水素結合が強くなること(水素結合の改変)、BLUFドメインとしての光反応性がTyr8と強い相互作用をしているGln50の側鎖とフラビンのイソアロキサジン環の反応性に深くかかわるO4、N5との間の水素結合(Tyr8-Gln50-O4/N5ネットワーク)によって決定していると考えられる。

第3章では、SyPixDの下流のシグナル伝達と生理機能を解析した。酵母ツーハイブリッド解析により、Synechocystisの全タンパク質ライブラリーをスクリーニングして、SyPixDと相互作用する相手として、Slr1693(SyPixE)を見いだした。この相互作用はツーハイブリッドの方向を逆にしても同様に得られた。また、青色光照射下ではこの相互作用が失われた。これを確認するために、クロマトグラフィーによるプルダウン実験を行った。タグのないSyPixDとHisタグを融合したHis-SyPixEを混合した大腸菌破砕上清からニッケルアフィニティーカラムを用いてHis-SyPixEを単離したところ、暗所ではHis-SyPixEとともにSyPixDがおよそ1:2の割合で一緒に単離されてきた。一方、青色光照射下ではHis-SyPixEしか単離されなかった。また、光照射の後、暗所に戻すと、再びSyPixDとHis-SyPixEの複合体が単離されてきた。これらの結果は、暗所では基底状態のSyPixDは、SyPixEと複合体を形成し、青色光照射下では励起状態のSyPixDがSyPixEから解離することを示しており、SyPixDが青色光依存的にSyPixEとの相互作用を調節していることを示している。

Synechocystisの野生株は寒天プレート上で赤色光に対して光源に向かって進む正の走光性を示すことが知られている。この赤色光への走光性に対して方向性のない青色光照射を行うと正の走光性が抑制をされた。一方、pixD遺伝子破壊株は青色の有無に関わらず赤色光から逃げる負の走光性を示した。Synechocystisの走光性は正と負の2つの制御系のバランスによって決まっていると考えられるので、赤色光下では青色光受容体SyPixDは基底状態にあり、SyPixEと結合し、結果として負の走光性を抑制もしくは正の走光性を促進している可能性が考えられる。また、青色照射条件で、SyPixDから解離したSyPixEが正の走光性を抑制する可能性も考えられる。どのモデルにおいても、SyPixDは青色の有無で走光性を調節する青色光受容体と考えられる。

以上の結果は、シアノバクテリアのBLUF型光受容体PixDが青色光受容体であること、その光受容機構にTyr8-Gln50-O4/N5ネットワークが重要であること、Synechocystisにおいては走光性を調節する青色光受容体としてSyPixEを介した新しい走光性の調節経路があることを示している。このような知見は、フラビン型光受容体の新規の光受容のしくみと生理作用を分子レベルで理解する上で大きな貢献をもたらした。

なお、本論文の第1章は、吉原静恵、福島佳優、耿暁星、片山光徳、東正一、渡辺正勝、佐藤修正、田畑哲之、柴田穣、伊藤繁、池内昌彦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、遂行を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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