学位論文要旨



No 120933
著者(漢字) 栗原,志夫
著者(英字)
著者(カナ) クリハラ,ユキオ
標題(和) 植物のmicroRNA生合成経路の解析
標題(洋) Analysis of plant microRNA biogenesis.
報告番号 120933
報告番号 甲20933
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第636号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 和田,元
 東京大学 教授 佐藤,直樹
内容要旨 要旨を表示する

本研究の背景

MicroRNA (miRNA) は内在性の18-25 nt長のRNAであり、広く動物と植物両方の真核生物に存在する。miRNAは、その配列に相補的な配列を持つ標的mRNAを分解もしくは標的mRNAからの翻訳を阻害することによって、器官の発生や分化の調節に重要な役割を果たすと考えられている。

動物のmiRNA生合成はかなり明らかになってきている。まず、ステムループ構造をもつmiRNA一次転写産物(pri-miRNA)は核内においてRNase III 様酵素Droshaによって切断された後、二次前駆体(pre-miRNA)として核外に輸送される。 pre-miRNAは細胞質において別のRNase III 様酵素Dicer によってmiRNA/miRNA* duplexへ切断され、成熟型のmiRNAが産出される。成熟型miRNAは、エンドヌクレアーゼ複合体RISC (RNA-induced silencing complex) に取り込まれ、標的mRNAを負に制御する。一方、植物ではDicer-like1 (DCL1)、HYPONASTIC LEAVES 1 (HYL1)、HUA ENHANCER 1 (HEN1) がmiRNA生合成に関与することがわかっている。しかしながら、その詳細は前駆体の検出が困難であることから、未知の部分が多かった。

多くの植物ウイルスは、宿主側の防御機構であるRNAサイレンシングから逃れるために、サプレッサーをコードしていることがわかっている。近年、いくつかのウイルス感染植物およびRNAサイレンシングサプレッサーの形質転換植物においてmiRNAの蓄積異常と形態異常が報告されている。これは、miRNA経路とRNAサイレンシング経路は一部を共有しているためと考えられる。

本研究の目的

タバコモザイクウイルス(TMV)に感染したモデル植物シロイヌナズナはさまざまな形態異常を示す。いくつかのmiRNAの蓄積をTMVが感染した植物と健全植物とで比較した。その結果、ほとんどのmiRNAの蓄積はTMVの感染に伴い増加することがわかった。このメカニズムを調べるためには、現象に関与するTMV側と植物側の因子の同定および植物におけるmiRNA生合成経路の解明が必要である。そこで、植物のmiRNA生合成経路の解明およびTMV感染植物におけるmiRNA蓄積異常のメカニズムの解明を本研究の目的とした。

miR163生合成の解析

植物のpre-miRNAは70-350 nt 長であると予測される。シロイヌナズナにおいてmiR163自体は検出が容易であるので、前駆体も検出可能と予想された。陰イオン交換クロマトグラフィーを用いて、抽出したRNAからおよそ1,000 nt以下のRNA (LMW RNA+) を分画し、miR163前駆体の検出を試みた。ノーザン解析および前駆体のクローニングの結果から、miR163生合成はpri-miR163 → long pre-miR163 → short pre-miR163 → remnant, miR163 の三段階の経路であることがわかった。

これまでに、核タンパク質であるDCL1がmiRNA生合成に関与することがわかっていた。しかし、DCL1がmiRNA生合成経路のどの切断に関与しているのかは不明であった。そこで、変異体dcl1-7 でのmiR163生合成を野生型と比較した。ノーザン解析の結果、pri-miR163の蓄積の増加が見られた一方で、short pre-miR163、 miR163の蓄積は減少していた。また、もうひとつの変異体dcl1-9において各前駆体をクローニングし、切断部位の同定を行ったところ、第一、第二切断部位が間違った位置にずれていることがわかった。以上の解析から、miR163生合成における前駆体の第一、第二切断は、DCL1によって行われることが示唆された。miR163生合成は三段階の切断によるが、miR163以外のmiRNAの生合成は二段階の切断によると考えられる。このことをふまえると、一般的にmiRNA生合成におけるすべての切断過程をDCL1が行っていると考えられた。

DCL1とHYL1の相互作用

DCL1以外にmiRNA生合成に関与すると考えられる因子として二本鎖RNA(dsRNA)結合モチーフを持つHYL1が知られている。hyl1-2変異植物におけるmiR163生合成を調べたところ、ノーザン解析においてpri-miR163の蓄積の増加や新たなバンドが検出された。この新たなバンドの正体は、pri-miR163上の第一切断部位が、間違った位置にずれてしまった前駆体であることがわかった。この差異はdcl1-9 変異体で検出された第一切断部位と類似していた。さらにNicotiana benthamianaの葉での一過的発現系による免疫沈降法を用いた実験から、DCL1とHYL1 が複合体を形成することが明らかとなった。しかし、HYL1とカルボキシル末端のdsRNA結合ドメインを欠いたdcl1-9 変異タンパク質は相互作用できないことがわかった。これらの結果から、HYL1 とDCL1が相互作用することによってpri-miR163 上の正確な切断部位が決定され、効率的に切断が起こることが示唆された。

さらに、miR163以外のmiRNA生合成へのHYL1の関与を調べた。前駆体が検出可能なmiR164bとmiR166aのふたつのmiRNA生合成に注目した。ノーザン解析から野生型植物と比較してhyl1-2およびdcl1-9変異体においてpri-miR164b、pri-miR166aの蓄積増加とpre-miR164b、pre-miR166aの蓄積減少が検出された。この結果から、一般的にHYL1は、DCL1によるpri-miRNAの効率的な切断のために必要であることがわかった。また、miR163以外のmiRNA生合成においてもDCL1がpri-miRNA → pre-miRNAの切断を行っていることが示せた。

トバモウイルス複製酵素がmiRNA生合成に与える影響

ほとんどのmiRNAの蓄積はトバモウイルスTMVの感染に伴い増加することがわかった。TMVがコードするタンパク質のなかで、126K複製酵素がRNAサイレンシングサプレッサー活性をもつことが報告されていたので、複製酵素がmiRNA経路への影響を及ぼすことが予測された。そこで、複製酵素がmiRNA生合成経路およびmiRNAの機能に及ぼす影響を調べるためにN. benthamianaの葉での一過的発現系による解析手法を用いた。まず、複製酵素とpri-miRNAを共発現したところ、pri-miRNAのみを発現させたントロールと比較してpri-miRNA、pre-miRNA、miRNAの蓄積には差はみられなかった。しかし、生合成経路のときmiRNAとともに切り出され、すぐに分解されてしまうはずのmiRNA*の蓄積が異常に増加していた。さらに、標的mRNAとpri-miRNAを共発現すると、標的mRNAはmiRNAによって抑制されたが、複製酵素を共発現させることによって、miRNAの抑制機能は解除された。以上の結果から、複製酵素はmiRNA/miRNA* duplexを安定化し、miRNAがRISC複合体に取り込まれ機能を果たすのを抑えていることが示唆された。

本研究の総括

動物のmiRNA生合成において第一切断はDicerではなくDroshaによって行われる。本研究において、植物における第一切断はDicerホモログであるDCL1によって行われることがわかった。この発見はmiRNA生合成について研究する上で、大変意義のあることである。

これまでにRNase III様酵素と複合体を形成するdsRNA結合タンパク質が報告されてきた。本研究では、dsRNA結合タンパク質であるHYL1がDCL1と相互作用することでpri-miRNA 上の正確な切断部位が決定され、効率的に切断が起こることを明らかにした。この知見は、RNase III様酵素とdsRNA結合タンパク質の相互作用の役割の解明に向けて植物のみならず重要なものと考えられる。

TMVがコードするRNAサイレンシングサプレッサーである複製酵素は、miRNA前駆体のプロセシングには影響を与えないが、miRNA/miRNA* duplexを安定化しmiRNAがRISCに取り込まれ機能を果たすのを抑制すると考えられた。しかしながら、miRNA/miRNA* duplexから成熟型miRNAのRISCへの取り込み過程には、未知の部分が多く、複製酵素の作用の解明にはさらなる研究が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

MicroRNA (miRNA) は内在性の18-25 nt長のRNAであり、広く動物と植物に存在する。miRNAは、その配列に相補的な配列を持つ標的mRNAを分解もしくはそこからの翻訳を阻害することによって、器官の発生や分化の調節に重要な役割を果たすものとして注目を集めている。動物のmiRNA生合成はかなり明らかになってきている。まず、ステムループ構造をもつmiRNA一次転写産物(pri-miRNA)は核内においてRNase III 様酵素Droshaによって切断された後、二次前駆体(pre-miRNA)として核外に輸送される。 pre-miRNAは細胞質において別のRNase III 様酵素Dicer によってmiRNA/miRNA* duplexへ切断され、成熟型のmiRNAが産出される。いくつかのmiRNAの蓄積をTMVが感染した植物と健全植物とで比較すると、ほとんどのmiRNAの蓄積はTMVの感染に伴い増加することがわかった。このメカニズムを調べるためには、現象に関与するTMV側と植物側の因子の同定および植物におけるmiRNA生合成経路の解明が必要である。そこで、植物のmiRNA生合成経路の解明およびTMV感染植物におけるmiRNA蓄積異常のメカニズムの解明を本研究の目的とした。

シロイヌナズナにおいてmiR163自体は検出が容易であるので、前駆体も検出可能と予想された。陰イオン交換クロマトグラフィーを用いて、抽出したRNAからおよそ1,000 nt以下のRNA (LMW RNA+) を分画し、miR163前駆体の検出を試みた。ノーザン解析および前駆体のクローニングの結果から、miR163生合成はpri-miR163 → long pre-miR163 → short pre-miR163 → remnant, miR163 の三段階の経路であることを明らかとした。

植物ではDicer-like1 (DCL1)、HYPONASTIC LEAVES 1 (HYL1)、HUA ENHANCER 1 (HEN1) がmiRNA生合成に関与することがわかっていた。しかしながら、その詳細は前駆体の検出が困難であることから、未知の部分が多かった。DCL1がmiRNA生合成経路のどの切断に関与しているのかは不明であった。そこで、変異体dcl1-7 でのmiR163生合成を野生型と比較した。ノーザン解析の結果、pri-miR163の蓄積の増加が見られた一方で、short pre-miR163、 miR163の蓄積は減少していた。また、もうひとつの変異体dcl1-9において各前駆体をクローニングし、切断部位の同定を行ったところ、第一、第二切断部位が間違った位置にずれていることがわかった。また、miR163以外のmiRNA生合成においてもDCL1がpri-miRNA → pre-miRNAの切断を行っていることを示した。このことをふまえると、一般的にmiRNA生合成におけるすべての切断過程をDCL1が行っていると考えられた。

つぎにhyl1-2変異植物におけるmiR163生合成を調べたところ、pri-miR163上の第一切断部位が、間違った位置にずれてしまうことがわかった。この差異はdcl1-9 変異体で検出された事実と類似していた。そこでDCL1とHYL1の相互作用の可能性を考えた。Nicotiana benthamianaの葉での一過的発現系による免疫沈降法を用いた実験から、DCL1とHYL1 が複合体を形成することが明らかとなった。しかし、HYL1とカルボキシル末端のdsRNA結合ドメインを欠いたdcl1-9 変異タンパク質は相互作用できない。これらの結果は、HYL1 とDCL1が相互作用することによってpri-miR163 上の正確な切断部位が決定され、効率的に切断が起こると考えるとつじつまが合う。

さらに、miR163以外のmiRNA生合成へのHYL1の関与を調べ、一般的にHYL1は、DCL1によるpri-miRNAの効率的な切断のために必要であることを明らかとした。

タバコモザイクウイルス(TMV)に感染したモデル植物シロイヌナズナはさまざまな形態異常を示す。またmiRNAの蓄積がトバモウイルスTMVの感染に伴い増加する事実の原因を知るための解析を行った。TMVがコードする126K複製酵素がRNAサイレンシングサプレッサー活性をもつ。この複製酵素がmiRNA経路に影響を及ぼすことが予測された。そこで、N. benthamianaの葉での一過的発現系による解析手法を用いて複製酵素とpri-miRNAを共発現しても、pri-miRNAのみを発現させたコントロールと比較してpri-miRNA、pre-miRNA、miRNAの蓄積には差はみられなかった。しかし、生合成経路のときmiRNAとともに切り出され、すぐに分解されてしまうはずのmiRNA*の蓄積が異常に増加していることを見いだした。miRNA前駆体のプロセシングには影響を与えないが、複製酵素はmiRNA/miRNA* duplexを安定化し、miRNAがRISC複合体に取り込まれ機能を果たすのを抑えていることが示唆された。

以上のように、本研究は、植物のmiRNA生合成において、DCL1によって切断が行われること、さらにHYL1の機能が必要であることを明らかとした。さらに、DCL1-HYL1複合体が形成されることが切断の効率と正確さを規定する上で重要であることが世界ではじめて明らかとなった。また植物ウイルスの感染によって、形態異常を引き起こすことと関連があるとされるmiRNAの蓄積異常は、ウイルスの複製酵素によるmiRNA/miRNA* duplexの安定性増大が関係することが、さらに明らかとなった。このように、RNAサイレンシング機構の詳細を解明する中で、世界に先駆けて得られた結果を得ている。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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