学位論文要旨



No 120934
著者(漢字) 小堀,修
著者(英字)
著者(カナ) コボリ,オサム
標題(和) 完全主義の認知モデル : 完全主義パーソナリティと心理的適応・不適応との関係
標題(洋) A cognitive Model of Perfectionism : The Relationship of Perfectionism Personality to Psychological Adaptation and Maladaptation
報告番号 120934
報告番号 甲20934
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第637号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 丹野,義彦
 東京大学 教授 長谷川,寿一
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 助教授 村上,郁也
 東京大学 講師 星野,崇宏
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

完全主義は(1)適応的な性質と(2)不適応的な性質をあわせ持つパーソナリティである。例えば完全主義は(1)生活満足感、自尊感情、Self-Control感、学業成績と結びついている。その一方で、(2)不安障害(強迫性障害、社会不安障害)、気分障害(大うつ病、双極性障害)、摂食障害、心身症(疼痛、慢性的疲労、頭痛、局所性ジストニア)とも結びついており、認知行動療法においては極めて重要なパーソナリティのひとつとされている。

しかしながら、完全主義の適応的な側面と不適応的な側面の関係は明らかにされていない。言いかえれば、完全主義がいつ、どのように適応的/不適応と結びつくのか、詳細なメカニズムはこれまで検討されてこなかった。

博士論文の目的

自己志向的完全主義(Self-Oriented Perfectionism:SOP)とは「自分自身に厳しい基準を設定し、自分の行動を厳しく評価する傾向」と定義されるパーソナリティであり(Hewitt&Flett、1991)、完全主義のなかで最も基本的で包括的な概念である。上記の問題を踏まえ博士論文では、(1)自己志向的完全主義の認知モデルを作成し、(2)自己志向的完全主義がどのように心理的適応と不適応と結びつくのか、そのメカニズムを明らかにした。さらに、(3)研究で得られた知見にもとづき、完全主義と結びつく様々な精神疾患に対する認知行動療法を考案した。

この認知モデルは、状況に応じて自己志向的完全主義から完全主義の認知(意識の中に生じてくる思考)が出現し、この完全主義の認知が適応・不適応と結びつくというものである。自己志向的完全主義のポジティブな認知過程、ネガティブな認知過程を図1に示した。

完全主義のポジティブな認知過程

この認知過程は、(1)接近目標(成功、他者の賞賛、秀逸などの「報酬」を追求する目標)のある状況では、(2)自己志向的完全主義から完全主義のポジティブな認知が生じ、(3)この認知が心理的適応と結びつくというものである。

完全主義のネガティブな認知過程

この認知過程は、(1)回避目標(失敗、拒絶、平凡などの「罰」を回避する目標)のある状況では、(2)自己志向的完全主義より完全主義のネガティブな認知が生じ、(3)この認知が心理的不適応と結びつくというものである。

博士論文研究の概要

以上の認知モデルに基づき博士論文研究では6つの実証研究を行った。各章の概要を表1に掲載した。

まず、先行研究をレビューし、乱立した完全主義の定義とアセスメントについて整理と分類を行った。次に、完全主義について未解決の問題を指摘し、特に完全主義の適応的・不適応的側面についての議論をとりあげた。最後に、完全主義パーソナリティがどのように適応・不適応を導くかを明らかにするという、本博士論文の目的を提示した。

第II章の目的は、完全主義パーソナリティが、もともと不適応的なパーソナリティであるのかを検討することであった。そのため、完全主義と既存のパーソナリティモデルとの関係を質問紙調査で検討した。

研究lでは、大学生428名を対象に質問紙調査を実施し、自己志向的完全主義とCloningerの気質理論を測定する尺度であるTemperament and Character Inventory(TCI short version;Cloningeretal.,1993)との関連を検討した。

その結果、自己志向的完全主義は、低・新規性追求と高・固執という気質パタンと結びつくが、さまざまな精神病理の脆弱性となる損害回避という気質とは結びつかなかった。つまり、完全主義はもともと不適応的なパーソナリティとは言えないことが示唆された。

第III章の目的は、自己志向的完全主義の認知モデルを作成すること、そして完全主義の認知を測定する尺度を開発することであった。まず先行研究の理論にもとづき、自己志向的完全主義の認知モデルを構成した。これが図1(p2)の認知モデルである。このモデルにおいて、完全主義パーソナリティが適応と不適応を導くメカニズムの仮説を生成した。

研究2では、大学生を対象にした調査研究を実施し、完全主義の認知を測定する質問紙を作成した。その結果、(1)高目標設置、(2)ミスへのとらわれ、(3)完全性追求の3つの下位尺度から構成される「多次元完全主義認知尺度」が完成した。

研究3では多次元完全主義尺度の構成概念妥当性を確認した。

第IV章では、自己志向的完全主義が適応と不適応を導くメカニズムを調査研究、実験研究により検討することを目的とした。

研究4では、自己志向的完全主義、完全主義の認知、ポジティブ感情とネガティブ感情との関係を検討するため、大学生358名を対象に調査研究を実施した。共分散構造分析の結果、自己志向的完全主義から(1)完全主義のポジティブな認知である高目標設置が生じ、この認知がポジティブ感情と結びつくこと、(2)完全主義のネガティブな認知であるミスへのとらわれが生じ、この認知がネガティブ感情と結びつくことが明らかとなった。

研究5では、自己志向的完全主義、接近目標と回避目標、完全主義の認知、ポジティブ感情とネガティブ感情との関係を検討するため、大学生60名を対象に修正ストループテストを課題に用いた実験研究を実施した。その結果、(1)接近目標があるとき、自己志向的完全主義から高目標設置の認知が生じ、この認知がポジティブ感情と結びつくことが明らかとなった。一方で、(2)自己志向的完全主義からミスへのとらわれが生じ、この認知がネガティブ感情と正の結びつき、ポジティブ感情と負の結びつきがあること、またこの関係は回避目標があるときに増強されることが明らかとなった。

さらに研究6では、強迫性障害に特徴的な行動である過度の情報収集と完全主義との関連を検討するため、大学生60名を対象に確率推論課題を行った。その結果、自己志向的完全主義から完全性追求の認知が生じ、この認知が過度の情報収集行動と結びつくことが明らかとなった。

第V章では、総合考察を行った。まず、各研究の知見を総合し、(1)接近目標がある場合のみ、完全主義パーソナリティからポジティブな完全主義の認知が生じ、この認知が適応と結びつくこと、また(2)完全主義パーソナリティからネガティブな完全主義の認知が生じ、この認知が不適応と結びつくこと、回避目標がある場合にネガティブな完全主義の認知が強くなることが明らかとなった。

次に、完全主義に関する既存のモデルと比較し、本博士論文の認知モデルの長所として、(1)数多くの完全主義のなかで、最も基本的で包括的な概念である「自己志向的完全主義」を使用したモデルであること、(2)完全主義の適応的側面と不適応的側面を包括的にとらえたモデルであること、(3)完全主義の個人差(特性)だけでなく、認知(状態)や状況をとりいれたモデルであること、(4)完全主義に対する介入方法との整合性が高いモデルであることなどが明らかとなった。

最後に、精神科患者の症例を提示しながら、完全主義と結びつく精神疾患に対する認知行動療法を考案した。

まとめ

本博士論文では、(1)自己志向的完全主義の認知モデルを作成・検証することにより、(2)完全主義パーソナリティがどのように心理的適応と不適応と結びつくのかを明らかにするとともに、(3)研究で得られた知見にもとづき、完全主義と結びつく様々な精神疾患に対する治療に寄与することができた。

図1 自己志向的完全主義の認知モデル

表1。各章の概要と出版状況

審査要旨 要旨を表示する

完全主義とは、何でも完ぺきにやりたいとか、自分に対して完璧を求める性格特性をさしている。完全主義は、高い学業成績や目標達成に結びつくといった適応的な性質をもつ一方で、小さなミスや失敗にこだわり自己批判する性質を併せ持ち、うつ病や不安障害などの不適応を導くことも知られている。こうした完全主義の二面性について実証的に調べた研究はほとんどない。本研究は、完全主義の認知モデルを作成し、それがどのように心理的適応と不適応と結びつくのか、そのメカニズムを検討したものである。心理療法の場面では、完全主義的パーソナリティを持つ人は多く見られ、完全主義について調べることは、臨床的に大きな意義がある。

本論文は5部から構成される。第1部では先行研究を精査して「完全主義の認知モデル」を作成し、第2部(研究1)では、完全主義とCloningerの気質モデルとの関係を調べた。第3部(研究2・研究3)では、新たな完全主義認知尺度を作成し、その妥当性を調べた。第4部(研究4〜6)では、前述の「完全主義の認知モデル」の妥当性について、質問紙法と実験法を用いて検討した。最後に、本研究から得られた知見について、治療的示唆を考察した。

第1部で提出された「完全主義の認知モデル」とは、完全主義パーソナリティが、一方では、接近目標がある場合にはポジティブな認知をもたらし、他方では、回避目標がある場合にはネガティブな認知をもたらすという仮説である。つまり、完全主義のポジティブな認知過程は、(1) 接近目標 (成功、他者の賞賛、秀逸などの「報酬」を追求する目標) のある状況では、 (2) 自己志向的完全主義から完全主義のポジティブな認知が生じ、 (3) この認知が心理的適応と結びつく。一方、完全主義のネガティブな認知過程は、 (1) 回避目標 (失敗、拒絶、平凡などの「罰」を回避する目標) のある状況では、 (2) 自己志向的完全主義より完全主義のネガティブな認知が生じ、 (3) この認知が心理的不適応と結びつくというものである。

研究1では、完全主義パーソナリティが、もともと不適応的なパーソナリティであるのかを検討することであった。そのため、完全主義と既存のパーソナリティモデルとの関係を質問紙調査で検討した。大学生428名を対象に、自己志向的完全主義とCloningerの気質理論を測定する尺度であるTemperament and Character Inventoryとの関連を質問紙調査で検討した。その結果、自己志向的完全主義は、低・新規性追求と高・固執という気質パタンと結びつくが、さまざまな精神病理の脆弱性となる損害回避という気質とは結びつかなかった。

研究2では、完全主義の認知を測定する尺度を開発した。大学生478名を対象にした調査研究を実施し、完全主義の認知を測定する質問紙を作成した。その結果、(1) 高目標設置、(2) ミスへのとらわれ、(3) 完全性追求の3つの下位尺度から構成される「多次元完全主義認知尺度」が完成した。

研究3では、大学生198名を対象にした調査を行い、多次元完全主義尺度の構成概念妥当性を確認した。

研究4では、自己志向的完全主義から完全主義の認知が生じ、この認知がポジティブ感情、ネガティブ感情と結びつく認知過程を検討した。大学生358名を対象とした調査を行い、共分散構造分析の結果、(1) 自己志向的完全主義から高目標設置の認知が生じ、この認知がポジティブ感情と結びつくことが明らかとなった。しかしながら、自己志向的完全主義とポジティブ感情の間に直接的な相関は見出されなかった。一方で、(2) 自己志向的完全主義はミスへのとらわれを経由してネガティブ感情と結びつくことが明らかとなった。

研究5では、自己志向的完全主義、接近目標と回避目標、完全主義の認知、ポジティブ感情とネガティブ感情との関係を検討した。大学生60名を対象に、達成課題を用いた実験を行った。その結果、(1) 接近目標があるとき、自己志向的完全主義から高目標設置の認知が生じ、この認知がポジティブ感情と結びつくことが明らかとなった。一方で、(2) 自己志向的完全主義はミスへのとらわれを経由してネガティブ感情を導いたりポジティブ感情を減じること、またこの関係は回避目標があるときに増強されることが明らかとなった。

研究6では、自己志向的完全主義からネガティブな完全主義の認知が生じ、この認知が過度の情報収集行動と結びつく認知過程を検討した。大学生60名を対象に確率推論課題を行った結果、自己志向的完全主義が完全性追求の認知を経由し、過度の情報収集行動と結びつくことが明らかとなった。

本研究においては、次の諸点が高く評価された。

数多くの完全主義の定義と概念を整理し、完全主義パーソナリティが心理的適応と不適応とどのように結びつくかを包括的説明する認知モデルを作成したこと。

完全主義について、包括的に測定できる尺度を作成し、その信頼性と妥当性を明確にするなど、質問紙データの信頼性を高めるために細心の注意を払い、多数の調査データを積み重ねて、実証的な議論を組み立てていること。

先行研究のような横断調査ではなく、縦断調査や実験法を取り入れることによって、因果関係に踏みこみ、先行研究の限界を越えようと試みたこと。これによって、完全主義の適応的側面と不適応的側面の二面性について、因果にふみこんで記述することができたこと。

こうした実証研究を積み上げることによって、完全主義と結びつく精神疾患に対する認知行動療法に役立つ確実な情報を提供したこと。

なお、以上の研究の実施にあたって、倫理的な配慮は十分になされていると確認された。

これらの成果により、本論文は博士 (学術) の学位に値するものであると、審査員全員が判定した。なお、研究1はPersonality and Individual Differences誌上に、研究2と研究3は日本パーソナリティ研究誌上に、研究4と研究5はCognitive Therapy and Research誌上に公表済みである。

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