学位論文要旨



No 120936
著者(漢字) 杉本,薫
著者(英字)
著者(カナ) スギモト,カオル
標題(和) 細胞周期調節因子XBtg2のツメガエル初期発生における解析
標題(洋) Identification and characterization of the cell cycle regulator, XBtg2, during early Xenopus development
報告番号 120936
報告番号 甲20936
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第639号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 跡見,順子
 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 上村,慎治
内容要旨 要旨を表示する

本論文の背景と目的

多細胞生物の初期発生において、細胞の分裂や分化、細胞死など様々な生命現象は密接に結びついており、その調節が適切に行われることは正常な発生に不可欠である。細胞分裂調節因子の初期発生における役割を個体レベルで検証することで、細胞の増殖と分化に関する新たな知見を得ることが期待される。

Btg2 (B cell translocation gene2)/PC3/TIS21は、培養細胞における研究から神経細胞の増殖抑制や細胞分化に関与する機能をもつことが示唆されているが、ノックアウトマウスではこれらの機能に関する影響は見られず初期発生における役割はいまだ明らかにされていない。その分子機構については、いくつかの分子と相互作用して、相手分子の機能を修飾するアダプター分子として機能していることが示唆されている。

私は分化過程の脊索で発現する新規遺伝子の探索によりXenopus laevisにおけるBtg2ホモログ(XBtg2)を単離しその胚内における機能を解析した。本研究では、XBtg2の翻訳を特異的に阻害するXBtg2 MO (Morpholino antisence oligonucleotide)を用いて、脊索(1章)と神経(2章)におけるXBtg2の機能阻害実験を行い、胚発生におけるXBtg2の役割を明らかにすることを目的とした。

【XBtg2の単離及び脊索における解析】

脊索は、脊椎動物の初期発生において最も早くに分化する組織の一つであり、その形成過程では大規模な細胞の再配列、細胞の形状や分裂の変化が観察されている。本研究では試験管内で脊索組織を単一に誘導する実験系を用いて分化過程の脊索に発現する遺伝子の探索を行い、XBtg2 を単離した。XBtg2 の発現様式を解析した結果、XBtg2は脊索、神経、体節など分化過程のさまざまな組織に発現しており、特に尾芽胚期の脊索における発現が前後軸に沿って変化していた。脊索は前後軸に沿って分化することから、XBtg2 は脊索のある特定の分化段階に発現し機能していることが期待された。

脊索の細胞は初期尾芽胚期 (stage 23) 以降、前方から徐々に空胞化し形態的に大きな変化を遂げていくことが知られている。脊索の空胞化を制御する分子機構は未解明であり、関与する遺伝子の報告例も少ない。XBtg2 MOを用いて脊索領域におけるXBtg2の翻訳阻害を行ったところ、XBtg2 MO注入領域の脊索細胞は、初期尾芽胚期 (stage 23) から細胞塊を形成し、その後発生段階が進んでも (stage 45) 空胞化しないことがわかった。XBtg2 翻訳阻害により形成された細胞塊の分化程度を調べるために、細胞塊における脊索分化マーカーの発現様式を検討した。その結果、初期の脊索に発現する遺伝子群(転写因子Xnot、分泌因子chordin,細胞外マトリックス因子collagen type II)は MO注入領域においても、対照としているMO非注入領域と同様の発現様式を示した。一方、後期の脊索に発現する細胞外マトリックス因子(Tor70, 5-D-4の抗原タンパク)はMO注入領域においては発現が認められなかった。以上より、XBtg2は、脊索細胞の分化運命決定には関与しないが、空胞化を含む脊索細胞の後期分化に必須の因子であることがわかった。

【XBtg2の神経における解析】

分化過程の神経組織では、神経細胞のニューロンへの分化と活発な細胞分裂、細胞死が同時に観察されている。近年発生過程の神経領域の細胞分裂や分化に関する基礎的研究が多数報告されているが、これらの現象を結びつける分子機構についての詳細は未だ明らかにされていない。Btg2はこれまでに神経細胞の分裂や分化の制御に関与していることが示唆されている。そこでXBtg2の初期発生における役割をより詳細に解析するために、神経領域におけるXBtg2の解析を行った。

XBtg2 の神経領域における発現は、中期神経胚期 (stage 15)より前方神経外胚葉の縁と神経冠領域に認められた。前方神経領域において、MOによるXBtg2 翻訳阻害を行ったところ、目の形成が阻害された。次に、XBtg2の翻訳阻害が発生過程の神経領域に影響を及ぼす時期と部域を特定するために、XBtg2 MO注入胚における神経遺伝子の発現様式を検討した。その結果、XBtg2翻訳阻害により、初期神経遺伝子zic3、soxDの発現の変化が中期神経胚期以降観察された。また、中期神経胚期において、前方神経遺伝子Otx2、En2、Rx1の発現の抑制が観察され、一方、神経冠遺伝子snail、slug、表皮遺伝子XK81の発現には変化が認められなかった。これらのことから、XBtg2は神経の誘導及びその領域の決定には関与しないが、中期神経胚期以降の前方神経外胚葉の分化に必要な因子であることがわかった。次にXBtg2 MO注入胚における細胞分裂とアポトーシスの検出を行ったところ、中期神経胚期の前方神経外胚葉において細胞分裂、アポトーシスの増加が観察された。そこで、XBtg2翻訳阻害による神経遺伝子の発現変化が細胞分裂やアポトーシスを介してもたらされたものか、それともこれらの現象とは独立にXBtg2 が神経遺伝子の発現制御に関与しているのかを検討した。XBtg2 翻訳阻害に加えて分裂阻害剤 (Hydroxyurea & aphidicolin) 処理、または、アポトーシス抑制因子(hbcl2 mRNA)の共注入を行い、遺伝子発現の変化が回復するかを調べた。その結果、いずれの場合も遺伝子発現の変化は回復しなかった。以上よりXBtg2は、細胞分裂、アポトーシス抑制とは独立に神経遺伝子発現制御に関与し、前方神経発生に必須の機能を担っていることが示唆された。

本研究の総括

原腸陥入後に形成される脊索組織では細胞分裂が急激に停止し、その後脊索の細胞は形状を大きく変化して分化していくことが知られている。しかしながら、脊索組織における細胞分裂と分化の制御機構はこれまでほとんど明らかにされていない。本研究により、Btg2が脊索の後期分化に関与すること、神経発生において細胞分裂や細胞の生存、神経遺伝子発現制御に関与することがわかった。このことより、XBtg2のさらなる解析によって、脊索の細胞分裂と分化を協調的に制御する機構の解明が進むことが期待される。

Btg2は培養細胞における研究から神経細胞の分化、分裂及び細胞の生存に関与していることが示唆されてきた。しかし、ノックアウトマウスを用いた研究ではこれらに関する機能を検証することはできなかった。本研究のツメガエル胚におけるXBtg2の機能阻害実験より、in vitroで示唆されてきたBtg2の神経発生における機能を初期胚において検証できたことは大変意義のあることである。

本研究により、XBtg2は初期の神経領域の分化制御に細胞分裂やアポトーシスとは独立に関与していることが示唆された。XBtg2 がどのようにして神経遺伝子発現制御機構に関与しているのか、その分子機構についてさらに検討を行うことで神経発生における新たな知見が得られるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

杉本氏はツメガエルの初期発生の中で、形づくりのセンターとなる脊索形成に関与する遺伝子の探索の中で、細胞周期調節因子XBtg2をクローニングし、その解析を多角的に行った。Btg2 (B cell translocation gene2)/PC3/TIS21は、培養細胞における研究から神経細胞の増殖抑制や細胞分化に関与する機能をもつことが示唆されているが、ノックアウトマウスではこれらの機能に関する影響は見られず初期発生における役割はいまだ明らかにされていない。

まず、杉本氏は第一章でXBtg2の単離及び脊索における解析を行っている。そのために、胞胚期の未分化細胞であるアニマルキャップをアクチビン処理することによって、試験管内で脊索組織を単一に誘導する実験系を用いた。この系を用いて、分化過程の脊索に発現する遺伝子の探索を行い、XBtg2 を単離した。XBtg2 の発現様式を解析した結果、XBtg2は脊索、神経、体節など分化過程のさまざまな組織に発現しており、特に尾芽胚期の脊索における発現が前後軸に沿って変化していることを明らかにした。次に、このXBtg2遺伝子の翻訳を特異的に阻害するXBtg2 MO (Morpholino antisence oligonucleotide)を用いて、脊索領域におけるXBtg2の翻訳阻害を行ったところ、XBtg2 MO注入領域の脊索細胞は、初期尾芽胚期 (stage 23) から細胞塊を形成し、その後発生段階が進んでも (stage 45) 空胞化しないことを明らかにした。XBtg2 翻訳阻害により形成された細胞塊の分化程度を調べるために、細胞塊における脊索分化マーカーの発現様式を検討した。その結果、初期の脊索に発現する遺伝子群(転写因子Xnot、分泌因子chordin,細胞外マトリックス因子collagen type II)は MO注入領域においても、対照としているMO非注入領域と同様の発現様式を示した。一方、後期の脊索に発現する細胞外マトリックス因子(Tor70, 5-D-4の抗原タンパク)はMO注入領域においては発現が認められなかった。このようなことから、XBtg2は、脊索細胞の分化運命決定には関与しないが、空胞化を含む脊索細胞の後期分化に必須の因子であることを明らかにした。

次に第二章では、XBtg2の神経における解析を行った。XBtg2 の神経領域における発現は、中期神経胚期 (stage 15)より前方神経外胚葉の縁と神経堤領域に認められた。前方神経領域において、MOによるXBtg2 翻訳阻害を行ったところ、目の形成が阻害された。次に、XBtg2の翻訳阻害が発生過程の神経領域に影響を及ぼす時期と部域を特定するために、XBtg2 MO注入胚における神経遺伝子の発現様式を調べ、XBtg2翻訳阻害により、初期神経遺伝子zic3、soxDの発現の変化が中期神経胚期以降観察された。また、中期神経胚期において、前方神経遺伝子Otx2、En2、Rx1の発現の抑制が観察され、一方、神経堤遺伝子snail、slug、表皮遺伝子XK81の発現には変化が認められなかった。これらのことから、XBtg2は神経の誘導及びその領域の決定には関与しないが、中期神経胚期以降の前方神経外胚葉の分化に必要な因子であることを明らかにした。更にXBtg2注入胚における細胞分裂とアポトーシスの検出を行ったところ、中期神経胚期の前方神経外胚葉において細胞分裂、アポトーシスの増加することを明らかにした。

以上のように、杉本氏はXBtg2遺伝子の全長クローニングを行って、脊索形成との関わり合いを明らかにし、又、神経形成にもこの遺伝子が深く関与していることを示した。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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