学位論文要旨



No 120940
著者(漢字) 成川,礼
著者(英字)
著者(カナ) ナリカワ,レイ
標題(和) 糸状性シアノバクテリアAnabaena sp.PCC7120における新奇センサーPASドメインの解析
標題(洋) Analysis of novel sensory PAS domains in filamentous cyanobacterium Anabaena sp.PCC7120
報告番号 120940
報告番号 甲20940
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第643号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 助教授 増田,建
 東京大学 助教授 和田,元
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
内容要旨 要旨を表示する

シアノバクテリアは酸素発生型の光合成を行う原核生物であり、植物の葉緑体の祖先と考えられ、モデル生物として広く研究されている。シアノバクテリアは、光合成を効率よく行うために光感知システムを発達させ、光合成による酸化損傷から自分自身を保護するために酸化還元応答システムを発達させていると考えられる。さらに、糸状性シアノバクテリア Anabaena sp. PCC 7120 (Anabaena 7120) は、窒素固定を専門的に行うヘテロシストを分化させる複雑な生活環を持ち、より複雑な環境応答システムを構築している。実際、2001年に決定されたAnabaena 7120のゲノム配列には、情報伝達タンパク質が多く、中でもPASドメインが特に豊富に存在していた。PASドメインは、アミノ酸配列は多様だが立体構造は保存されている一群のドメインを包含するスーパーファミリーであり、光、酸化還元状態、酸素、電圧などのセンサー、二量化のリンカーなどの多様な機能を持つといわれている。私は先行研究において、Anabaena 7120から計140個のPASドメインを検出し、他の生物に比べて非常に多いことを明らかにした。しかし、これらのうち、機能既知サブファミリーに属するPASドメインは、3つの推定フラビン結合PASドメイン(flavin-PASドメイン)と1つの推定ヘム結合PASドメイン(heme-PASドメイン)のみで、他のPASドメインは機能未知であった。PASドメインは様々な刺激のセンサーとして機能することが知られているため、Anabaena 7120における多くの機能未知PASドメインの中に、新奇センサーPASドメインが存在することが期待された。本研究では、これらの機能未知PASドメインの中から新奇センサーPASドメインを見出すこと、また、このような機能未知ドメインの機能解析に対する普遍的な戦略の構築を目的とした (図1)。

インフォマティックな解析として、Anabaena 7120の近縁種Nostoc punctiforme ATCC 29133 (Nostoc punctiforme) のドラフト配列と併せて、PASドメインの網羅的比較解析を行い、推定センサーPASドメインを選別した。Anabaena 7120の140個のPASドメインから作製したHMM (Hidden Marcof Model) プロファイルにより、Anabaena 7120から143個、Nostoc punctiformeから180個のPASドメインを検出した。これらに関して、4段階のin silico解析によって、推定センサーPASドメインを抽出した。クラスタリング解析により、複数のPASドメインを含む計64種のサブクラスと35個のオーファンPASドメインに選別した。クラスタリングしたPASドメインとともに他のドメインの相同性を基に、両種間の36対のオルソログタンパク質を同定した(オルソログ解析)。このうちの22対はタンパク質の全長に渡って相同であったのに対し、残りの14対は片方、或いは両方において主にPASドメインの挿入・重複が見られた。Anabaena 7120やNostoc punctiformeの進化において、これらのドメインが挿入・重複を繰り返したことが推測される。進化において機能が保存されているとすれば、両種間で保存されているPASドメインが祖先の機能を受け継いでいると考えられる。この推測に基づき、61対の保存されたオルソロガスPASドメインをセンサーPASドメインの候補とした。これらのPASドメインが転写因子・推定ターゲットと遺伝子配置が保存されているものを、実験的検証の候補とした(シンテニー解析)。既知のセンサーPASドメインの立体構造において、リガンド結合に重要なヒスチジン・システイン残基が特定の領域に集中している。この領域に同様の残基が両種で保存されているオルソロガスPASドメインをリガンド結合センサーPASドメインの候補とした(マッピング解析)。以上の解析から、最終的に25対のPASドメインを実験的に検証するセンサー候補とした。

これら25対のPASドメインの中には、一次配列から機能予測できるPASドメインがいくつか存在した。1対の推定heme-PASドメインと2対の推定flavin-PASドメインである。従って、これらについてまず詳細機能解析を行い、それ以外の22対のPASドメインについて網羅的生化学的解析を進めた。本研究においては、生化学的解析の対象としてAnabaena 7120のタンパク質を用いた。

推定heme-PASドメインを持つオルソログ対Alr2428とNpun1874において、heme-PASドメインは唯一の保存されたセンサー様ドメインである。Alr2428タンパク質は、10個以上のドメインを持つ複雑な構成をしている。つまり、センサーとしてのheme-PASドメイン以外に、シグナル伝達のための二成分制御系ドメインを数多く持ち、さらに、転写因子として働くと考えられるDNA結合ドメインが存在していた。そこで、Alr2428がシグナル伝達のインプットとアウトプットの両方を担いうるかどうかを解析するために、Alr2428のheme-PASドメインとDNA結合ドメインを大腸菌でヒスタグ融合タンパク質として発現・精製した。このheme-PASドメインには、実際にヘムが結合していた。詳細解析の結果、ヘムは酸素との親和性は低く、酸化型還元型ともに6配位型として存在していることを確認し、酸化還元状態に応答しうることを明らかにした。また、このheme-PASドメインは、大腸菌のDOSタンパク質のheme-PASドメインとは異なるサブファミリーに属するにもかかわらず、その生化学的特徴は非常に似通っていた。進化的収斂によってこの生化学的相似がもたらされたことが推測される。DNA結合ドメインに関しては、仮想結合配列に対して特異的に結合することが示された。これらのことから、Alr2428とNpun1874が酸化還元に応答する転写因子である可能性が示唆された。以上の結果はオルソログ間で保存されたPASドメインがセンサーとして機能しうることを示唆している。

推定flavin-PASドメインを持つタンパク質はAnabaena 7120に3つ存在するが、うち二つはNostoc punctiformeとのオルソログに保存されているが、残り一つは、Nostoc punctiformeには保存されていない。これら3つについて、ヒスタグ融合タンパク質として大腸菌で発現・精製した。その結果、保存されたflavin-PASドメインは実際にフラビンを結合していたのに対し、保存されていないPASドメインは全くフラビンを結合していなかった。また、フラビンを結合している2つのPASドメインは、それぞれ青色光に応答してフォトトロピンと同様な光還元反応を示したが、その光応答性は大きく異なっていた。一方は完全に光還元され、暗反転も非常に遅いのに対し、もう一方はわずかにしか光還元されず、暗反転も非常に早かった。これらのことは、進化的に保存されているドメインであっても、異なる光受容体として働く可能性を示している。また、保存されているflavin-PASドメインはフラビンを結合し光応答性を示すのに対し、保存されていないPASドメインは全くフラビンを結合しないという結果は、「両種間で保存されているPASドメインが祖先の機能を受け継いでいる」という推測を支持する。

上述の結果を受けて、残りの22個の機能未知PASドメインについて、大腸菌でヒスタグ融合タンパク質として発現・精製した。その結果、Alr0428-PAS3のみ発現タンパク質の殆どが不溶性画分に回収されてしまい、可溶性画分からは精製出来なかったが、それ以外の21個のPASドメインに関しては、精製量に差はあるものの精製できた。これらの精製タンパク質に関して、吸収スペクトルの測定と金属定量を行った。その結果、大腸菌タンパク質由来と考えられるヘムの吸収は検出されたものの、それ以外の特異的な吸収ピークは検出されなかった。また、金属定量からも、測定した金属種に関しては、特異的に結合しているものは検出されなかった。続いて、システインを介した分子内あるいは分子間共有結合が形成されているかどうかを調べたところ、幾つかのPASドメインは共有結合を形成しており、酸化還元に応じて可逆的に応答することが分かった。これらの中でも特に、Nostoc punctiformeにおけるオルソロガスPASドメインにおいてもシステインが保存されているPASドメインは、細胞内における酸化還元状態を感知している可能性が考えられる。最後に、PASドメインは、二量体化に関わるドメインとしても知られているので、ゲル濾過カラムを用いて分子量を決定した。その結果、いくつかのPASドメインが特異的に二量化していることが明らかになった。

本研究により、Anabaena 7120に143個存在する機能未知PASドメインの中から、インフォマティックな手法を用いて、25個の推定センサーPASドメインを抽出した (表1)。これらのうち、配列相同性から機能が予測できた1つの推定ヘム結合PASドメインと2つの推定フラビン結合PASドメインの解析から、実際にそれぞれヘム・フラビンを結合するものの、その機能性に関しては、全く新たな知見を得ることに成功した。さらに、近縁種で保存されていない推定フラビン結合PASドメインに関しては、面白いことに全くフラビンが結合せず、本研究のインフォマティックな選別が有効であることが示唆された。また、配列相同性からは全く機能が予測できない22個のPASドメインに関しては、網羅的生化学解析により、幾つかについて、酸化還元応答性が検出された。また、今回精製できたPASドメインについて網羅的に構造解析などを今後行うことにより、さらに機能について同定されることが期待できる。今回構築した手法は今後生理学的解析を行うことにより、フィードバック的、包括的に解析を進めることも可能であり、また、異なるドメインの解析などにも適用可能な普遍的手法たりうるものである。

図1.本研究の戦略

表1.本研究のまとめ

審査要旨 要旨を表示する

本論文「Analysis of novel sensory PAS domains in filamentous cyanobacterium Anabaena sp. PCC 7120」(糸状性シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120における新奇センサーPASドメインの解析)は、6章から成っており、第1章:general introduction、第2章:バイオインフォマティクス解析、第3章:ヘム結合型PASドメインの解析、第4章:フラビン結合型PASドメインの解析、第5章:未知センサー型PASドメインの解析、第6章:general discussionとなっている。

本研究では、近年のゲノム解析で明らかになってきた遺伝子スーパーファミリの中で、シグナル伝達におけるセンサードメインとして注目されているPASドメインに注目した。PASドメインは、アミノ酸配列は多様だが立体構造は保存されている一群のドメインであり、光、酸化還元状態、酸素、電圧などのセンサー、二量化のリンカーなどの多様な機能をもつといわれている。このPASドメインが、糸状性シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120にとくに多く分布することを見いだした。まず第2章のバイオインフォマティクス解析では、近縁の糸状性シアノバクテリアNostoc punctiforme ATCC 29133のゲノム情報との網羅的比較解析を行い、推定センサーPASドメインを選別した。Anabaena 7120の140個のPASドメインからHidden Marcof Modelプロファイルを作成し、最終的にAnabaena 7120から143個、Nostoc punctiformeから180個のPASドメインを検出した。まず、クラスタリング解析により、複数のPASドメインを含む計64種のサブクラスと35個のオーファンPASドメインに選別した。次に、このクラスタリングとともに他のドメインの相同性を参考にして、両種間の36対のオルソログタンパク質を同定した(オルソログ解析)。このうちの22対はタンパク質の全長に渡って相同であったのに対し、残りの14対は片方、或いは両方において主にPASドメインの挿入・重複が見られた。Anabaena 7120やNostoc punctiformeの進化において、これらのドメインが挿入・重複を繰り返したことが推測された。進化において機能が保存されているとすれば、両種間で保存されているPASドメインが祖先の機能を受け継いでいると考えられる。これら36対のタンパク質に保存されている61対のオルソロガスPASドメインのうち、転写因子・推定ターゲットと遺伝子配置が保存されているものを、実験的検証の候補とした(シンテニー解析)。また、既知のセンサーPASドメインの立体構造において、リガンド結合に重要なヒスチジン・システイン残基が特定の領域に集中している。この領域に同様の残基が両種で保存されているオルソロガスPASドメインをリガンド結合センサーPASドメインの候補とした(マッピング解析)。以上の解析から、最終的に25対のPASドメインを実験的に検証するセンサー候補とした。

第3章では、この25対のうちで、唯一ヘム結合が推定されたPASドメイン(Alr2428 PAS3)を生化学的に解析した。このPASドメインをもつオルソログタンパク質(Alr2428とNpun1874)において、推定ヘム結合PASドメインは唯一の保存されたセンサー様ドメインである。Alr2428タンパク質は、10個以上のドメインをもち、センサーとしての推定ヘム結合PASドメイン以外に、シグナル伝達のための二成分制御系の多数のドメインとともに、推定転写因子としてのDNA結合ドメインを含んでいる。まず、Alr2428 PAS3を大腸菌でヒスタグ融合タンパク質として発現・精製した。この推定ヘム結合PASドメインには、実際にヘムが結合していた。詳細解析の結果、ヘムは酸素との親和性は低く、酸化型還元型ともに6配位型として存在していることを確認し、酸化還元状態に応答しうることを明らかにした。また、このヘム結合PASドメインは、大腸菌のDOSタンパク質のヘム結合PASドメインとは異なるサブファミリーに属するにもかかわらず、その生化学的特徴は非常に似通っていた。また、大腸菌で発現精製したDNA結合ドメインは、特定の塩基配列に対して特異的に結合することを示した。これらのことから、Alr2428とNpun1874が酸化還元に応答する転写因子である可能性が示唆された。以上の結果はオルソログ間で保存されたPASドメインがセンサーとして機能しうることを示唆している。

第4章では、Anabaenaの3つの推定フラビン結合PASドメインを大腸菌で発現精製して、解析した。このうち2つ(Alr3170 PAS2とAll2875 PAS2)はNostocとオルソログ関係にあるが、他方(Alr1229 PAS8)は、保存されていない。精製の結果、保存された2つのPASドメインは実際にフラビンを結合していたのに対し、保存されていないPASドメインは全くフラビンを結合しなかった。また、結合していたフラビンは、青色光に応答してフォトトロピンと同様な光還元反応を示したが、その光応答性は大きく異なっていた。Alr3170 PAS2は完全に光還元され、暗反転も非常に遅いのに対し、All2875 PAS2はわずかにしか光還元されず、暗反転も非常に早かった。これは、進化的に保存されているドメインであっても、異なる光受容体として進化している可能性を示している。また、近縁種間で保存されているPASドメインが祖先の機能を受け継いでいるという仮説を支持した。

第5章では、残りの22対の機能未知PASドメインのうちAnabaenaのものを、大腸菌でヒスタグ融合として発現・精製した。これらの精製タンパク質に関して、特異的な紫外・可視吸収は検出されなかった。金属分析に関しては、特異的に結合しているものは検出されなかった。システインを介した分子内あるいは分子間ジスルフィド結合について調べたところ、幾つかのPASドメインはジスルフィド結合を形成しており、酸化還元に応じて可逆的に応答することが示された。とくに、近縁種でもシステインが保存されているPASドメインは、細胞内における酸化還元状態を感知している可能性が考えられる。ゲル濾過カラムを用いて分子量を決定し、いくつかのPASドメインが特異的に二量化していることを示した。

以上の結果は、光合成生物における多数の機能未知PASドメインを分類し、より重要と思われるものを選別し、個別の機能解析に移していくパイロット実験という側面をもっている。具体的には、推定ヘム結合PASドメインと2つの推定フラビン結合PASドメインの役割を明らかにした。また、配列相同性からは全く機能が予測できない22個のPASドメインに関しては、網羅的生化学解析により、幾つかについて、酸化還元応答性が検出された。このような点で本研究は大きな貢献をするものと考えられる。

なお、本論文の第2章は、岡本忍、大森正之、池内昌彦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、遂行を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

UTokyo Repositoryリンク