学位論文要旨



No 120944
著者(漢字)
著者(英字) WESLEY DEAN CHARLES HAY
著者(カナ) ウェスリー ディーン チャールズ ヘイ
標題(和) 両側および片側のダイナミックな脚伸展運動における力学的・神経生理学的不均衡に関する研究
標題(洋) Aspects of Biomechanical and Neurophysiological Asymmetry During Bilateral and Unilateral Dynamic Leg Movements
報告番号 120944
報告番号 甲20944
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第647号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 教授 小林,寛道
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 助教授 金久,博昭
 理化学研究所 基礎科学特別研究員 長野,明紀
内容要旨 要旨を表示する

身体運動における両側性機能低下や左右不均衡は、パフォーマンスに大きく影響すると考えられている。しかし、この現象に関する先行研究の多くは、単関節運動のような自由度の少ない条件での運動が用いられており、多関節で複雑な運動を対象に、両側性機能低下、左右不均衡、パフォーマンスそして運動能率(総仕事量あたりのパフォーマンス)の関係を質的に明らかにしようとした研究はほとんどみられない。さらに、身体を均衡にしようとするトレーニングが、両側性機能低下、左右不均衡、パフォーマンスそして運動能率に与える影響を詳細に研究したものはない。本研究では、ダイナミックな脚伸展運動を対象に、次の3つの実験を通してバイオメカニクスおよび神経生理学的の観点から、片側および両側の不均衡の特性に関して検討することを目的とした。

【研究I】

実験1においては、ダイナミックな片側および両側の脚伸展運動における多関節の調節と両側性機能低下について、様々な負荷条件下で、運動学的、運動力学的手法および筋電図を用いて検討した。また、力発揮に関する両側性機能低下と左右不均衡の相互作用についても検討した。5名の被験者に対して、水平にスライドするレッグプレスマシーンを用い、体重の1倍と2倍の負荷で、片側、両側それぞれについて、最大努力の脚伸展運動を課した。マシーンの足部固定部に、垂直に設置されたフォースプレイトを用いて運動中の反力を測定し、同時に側方から高速度ビデオ撮影を行った。これらのデータを基に、2次元逆ダイナミクスを用いて、下肢3関節のトルク、角速度、パワー、仕事を算出した。また、下肢3関節伸展の主働筋6筋(大臀筋、大腿二頭筋、大腿直筋、内側広筋、腓服筋、ヒラメ筋)から筋放電量を測定した。その結果、反力ベクトルのピーク値には有意な両側性機能低下が認められた。下肢3関節それぞれでみた両側性機能低下は、膝や足関節よりも、股関節での最大パワーと仕事において顕著であった。下肢3関節伸展の主働筋6筋においても、両側性機能低下が有意に認められた。また、左右の反力ベクトルのピーク値にも有意差が認められたが、左右不均衡と両側性機能低下、左右不均衡とパフォーマンス(力積)との間に有意な相関関係は認められなかった。これらの結果から、ダイナミックな脚伸展運動中に両側性機能低下が生じるが、それは個々の筋活動レヴェルや関節の運動力学的変数の左右不均衡については相関関係がないことが示された。

【研究II】

実験2では、左右不均衡なスポーツ(剣道、フェンシングなど)を定常的に行っている女子競技選手17名を対象に、立位姿勢での片側および両側のダイナミックな脚伸展運動において、パフォーマンスや運動能率に対する左右不均衡について検討した。具体的には、モーションキャプチャシステムとフォースプレイトからの位置および力データを基に、3次元逆ダイナミクスを用いて、下肢3関節のトルク、角速度、パワー、仕事を算出した。同時に、筋電図を測定した。これらのデータから不均衡係数を計算し、左右不均衡や両側性機能低下の程度を比較した。研究IIのパフォーマンスは、垂直跳の跳躍高と連続スクワットにおけるバーの単位時間あたりの鉛直変位と定義した。その結果、床反力、関節トルク、最大パワー、総正仕事量において、有意な左右差が観察された。しかし、左右不均衡とパフォーマンス、左右不均衡と運動能率の間には有意な相関関係はみられなかった。以上より、大きな左右不均衡は、垂直跳やスクワット運動のパフォーマンスに対して負の影響を与えることはないことが示された。

【研究III】

実験3では、左右不均衡を補正するバイオフィードバックトレーニングについて検討した。本研究は、バイオフィードバックトレーニングが、左右不均衡、パフォーマンス、そして運動能率に及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。計12名の被験者を3群、つまり、4名のコントロール群と、4名ずつの2群のトレーニング群(視覚フィードバック群と非フィードバック群)に分け、トレーニング群には7週間のプライオメトリックトレーニングを課した。トレーニングの運動は、ゆっくりしたスクワット、スクワットジャンプ、バーベルをもった繰り返しスクワットであった。トレーニング群の1つであるフィードバック群は、すべてのトレーニングにおいて、左右不均等を補正するように、床反力を視覚的にフィードバックしながら運動を行った。もう1つのトレーニング群である非フィードバック群は、フィードバック群と同様のトレーニング内容を、視覚フィードバックを用いずに行った。トレーニング実施中は床反力の左右不均衡係数を測定した。トレーニング前後で、モーションキャプチャシステムとフォースプレイトからの位置および力データを基に、3次元逆ダイナミクスを用いて、下肢3関節のトルク、角速度、パワー、仕事を算出した。そして、トレーニング前後で、垂直跳と連続スクワットのパフォーマンスと運動能率などを統計的に比較した。その結果、フィードバック群は、非フィードバック群に比べて、両側の均衡性は改善したが、パフォーマンスの改善には至らなかった。また、不均衡係数とパフォーマンスと運動能率の間に有意な相関関係はみられなかった。

本研究の結果は、次の3つにまとめることができる。1:ダイナミックな脚伸展運動中に両側性機能低下が生じるが、それは個々の筋活動レヴェルや関節の運動力学的変数の左右不均衡には影響しなかった。2:左右不均衡の存在が、パフォーマンスと運動能率にマイナスに影響することはなかった。3:視覚フィードバックトレーニングは、両側の均衡性を改善するが、パフォーマンスには影響がみられなかった。これらの実験から得られたデータは、ダイナミックな多要素の運動とパフォーマンスの複雑な相互関係、特に左右不均衡の特性をとらえる第一歩として重要な研究であるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

身体運動における両側性機能低下や左右不均衡は、パフォーマンスに大きく影響すると考えられている。しかし、この現象に関する先行研究の多くは、単関節運動のような自由度の少ない条件での運動が用いられており、多関節で複雑な運動を対象に、両側性機能低下、左右不均衡、パフォーマンスそして運動能率(総仕事量あたりのパフォーマンス)の関係を質的に明らかにしようとした研究はほとんどみられない。さらに、身体を均衡にしようとするトレーニングが、両側性機能低下、左右不均衡、パフォーマンスそして運動能率に与える影響を詳細に研究したものはない。本研究では、ダイナミックな脚伸展運動を対象に、次の3つの実験を通してバイオメカニクスおよび神経生理学的の観点から、片側および両側の不均衡の特性に関して検討しており、その内容は、以下のようにまとめられる。

【研究I】

実験1においては、ダイナミックな片側および両側の脚伸展運動における多関節の調節と両側性機能低下について、様々な負荷条件下で、運動学的、運動力学的手法および筋電図を用いて検討した。また、力発揮に関する両側性機能低下と左右不均衡の相互作用についても検討した。5名の被験者に対して、水平にスライドするレッグプレスマシーンを用い、体重の1倍と2倍の負荷で、片側、両側それぞれについて、最大努力の脚伸展運動を課した。マシーンの足部固定部に、垂直に設置されたフォースプレイトを用いて運動中の反力を測定し、同時に側方から高速度ビデオ撮影を行った。これらのデータを基に、2次元逆ダイナミクスを用いて、下肢3関節のトルク、角速度、パワー、仕事を算出した。また、下肢3関節伸展の主働筋6筋(大臀筋、大腿二頭筋、大腿直筋、内側広筋、腓服筋、ヒラメ筋)から筋放電量を測定した。その結果、反力ベクトルのピーク値には有意な両側性機能低下が認められた。下肢3関節それぞれでみた両側性機能低下は、膝や足関節よりも、股関節での最大パワーと仕事において顕著であった。下肢3関節伸展の主働筋6筋においても、両側性機能低下が有意に認められた。また、左右の反力ベクトルのピーク値にも有意差が認められたが、左右不均衡と両側性機能低下、左右不均衡とパフォーマンス(力積)との間に有意な相関関係は認められなかった。これらの結果から、ダイナミックな脚伸展運動中に両側性機能低下が生じるが、それは個々の筋活動レヴェルや関節の運動力学的変数の左右不均衡については相関関係がないことが示された。

【研究II】

実験2では、左右不均衡なスポーツ(剣道、フェンシングなど)を定常的に行っている女子競技選手17名を対象に、立位姿勢での片側および両側のダイナミックな脚伸展運動において、パフォーマンスや運動能率に対する左右不均衡について検討した。具体的には、モーションキャプチャシステムとフォースプレイトからの位置および力データを基に、3次元逆ダイナミクスを用いて、下肢3関節のトルク、角速度、パワー、仕事を算出した。同時に、筋電図を測定した。これらのデータから不均衡係数を計算し、左右不均衡や両側性機能低下の程度を比較した。研究IIのパフォーマンスは、垂直跳の跳躍高と連続スクワットにおけるバーの単位時間あたりの鉛直変位と定義した。その結果、床反力、関節トルク、最大パワー、総正仕事量において、有意な左右差が観察された。しかし、左右不均衡とパフォーマンス、左右不均衡と運動能率の間には有意な相関関係はみられなかった。以上より、大きな左右不均衡は、垂直跳やスクワット運動のパフォーマンスに対して負の影響を与えることはないことが示された。

【研究III】

実験3では、左右不均衡を補正するバイオフィードバックトレーニングについて検討した。本研究は、バイオフィードバックトレーニングが、左右不均衡、パフォーマンス、そして運動能率に及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。計12名の被験者を3群、つまり、4名のコントロール群と、4名ずつの2群のトレーニング群(視覚フィードバック群と非フィードバック群)に分け、トレーニング群には7週間のプライオメトリックトレーニングを課した。トレーニングの運動は、ゆっくりしたスクワット、スクワットジャンプ、バーベルをもった繰り返しスクワットであった。トレーニング群の1つであるフィードバック群は、すべてのトレーニングにおいて、左右不均等を補正するように、床反力を視覚的にフィードバックしながら運動を行った。もう1つのトレーニング群である非フィードバック群は、フィードバック群と同様のトレーニング内容を、視覚フィードバックを用いずに行った。トレーニング実施中は床反力の左右不均衡係数を測定した。トレーニング前後で、モーションキャプチャシステムとフォースプレイトからの位置および力データを基に、3次元逆ダイナミクスを用いて、下肢3関節のトルク、角速度、パワー、仕事を算出した。そして、トレーニング前後で、垂直跳と連続スクワットのパフォーマンスと運動能率などを統計的に比較した。その結果、フィードバック群は、非フィードバック群に比べて、両側の均衡性は改善したが、パフォーマンスの改善には至らなかった。また、不均衡係数とパフォーマンスと運動能率の間に有意な相関関係はみられなかった。

Wesley Dean Charles Hay君の論文は、次の3つにまとめることができる。1:ダイナミックな脚伸展運動中に両側性機能低下が生じるが、それは個々の筋活動レヴェルや関節の運動力学的変数の左右不均衡には影響しなかった。2:左右不均衡の存在が、パフォーマンスと運動能率にマイナスに影響することはなかった。3:視覚フィードバックトレーニングは、両側の均衡性を改善するが、パフォーマンスには影響がみられなかった。これらの実験から得られたデータは、ダイナミックな多要素の運動とパフォーマンスの複雑な相互関係、特に左右不均衡の特性をとらえる第一歩として重要な研究であり、身体運動科学の分野における意義は非常に大きい。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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