学位論文要旨



No 120945
著者(漢字) 新田,義倫
著者(英字)
著者(カナ) ニッタ,ヨシノリ
標題(和) DNA−ポルフィリン相互作用の定量的解析
標題(洋)
報告番号 120945
報告番号 甲20945
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第648号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 教授 友田,修司
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 陶山,明
 東京大学 助教授 栗栖,源嗣
内容要旨 要旨を表示する

遺伝情報が書かれているDNAは蛋白質や生理活性小分子と相互作用して多くの生命現象に関与する。このため、DNAと蛋白質や生理活性小分子(リガンドとする)との相互作用の解析は重要である。ポルフィリンは生体分子であり、対称性の高い比較的大きな芳香性縮合環で、単純な構造でありながら、中心金属の種類を変えたり、meso位の置換基を化学的に修飾でき、多様な立体構造にすることが出来る。このため、DNAとの相互作用の研究対象として優れている。また、ポルフィリンはDNAと様々な様式で相互作用するが、ポルフィリンの吸収帯(Soret帯)は近紫外領域にあるDNAの吸収帯と離れた位置に存在し、吸光度が強いので、スペクトルの解析が比較的容易という利点もある。これらのため、多くの研究が行われてきた。

DNAに1種類の結合様式で結合するリガンドに対しては、蛍光,紫外可視スペクトル等から結合定数、1分子が結合する塩基対数(サイトの塩基対数)を求める方法が確立されている。しかし、DNAに複数の結合様式で結合するリガンドの定量的な解析方法は確立されていない。

そこで、本研究では、複数の結合様式で結合するmanganese(III)-tetra (4-N-methylpyridyl) porphyrin (MnTMpyP)を対象とし、新たに開発した方法でMnTMpyP-DNA溶液のCDスペクトルを分解し、結合様式ごとにスペクトルの形と強度を定量的に解析した。さらに、それぞれの結合様式でのDNAの結合部位、サイトの塩基対数を解析した。その結果、ポルフィリン-DNA相互作用を初めて定量的に解析できた。MnTMpyPは軸配位子をもち、DNAの塩基対間にインターカレーションしないためDNAのコンフォメーションを大きく変えることがなく、解析が比較的容易と考えられる。分光法として、キラルなDNAに結合したアキラルなMnTMpyPに誘起される溶液中のCDスペクトルを用いた。DNAに結合していないMnTMpyPはCDを示さず、通常の吸収スペクトルとは異なり結合様式の違いがCDスペクトルに敏感に反映されるためである。

実験

薄いMnTMpyP溶液に、濃いpoly(dA-dT)2, poly(dG-dC)2, poly(dI-dC)2 あるいは子牛胸腺(以下CTとする)DNA溶液を加えて、多数のr値でCDスペクトルを測定した。ここで、DNA1塩基対に対するリガンドの濃度を、r = [Ligand]/[DNA]と定義する。

スペクトルの解析方法

r値が0から大きくなるにつれリガンドはより多くの結合様式でDNAに結合するようになる。そこで、r値が0から大きくなるにつれ現れる結合様式を、mode 1, mode 2, mode 3・・・と定義した。

CDスペクトルCD(λ)はCD(λ)=ΣIi・Bi(λ)で表すことが出来る。ここでIiはmode iの強度を表す係数で、Bi(λ)はmode iの基底スペクトルとする。スペクトルの分解には、まずBi(λ)を求める。Bi(λ)は、以下の様に求めた。

DNA濃度でスペクトルを規格化した。

r値によるCDスペクトルの変化から、r値が0から大きくなるにつれmode 1, mode 2, mode 3の順に飽和してゆく事を予想した。

線形最小二乗法を用い、飽和するmodeの順、等吸収点などを手掛かりに、Bi(λ)を求めた。

次に、線型最小二乗法によりすべての実測スペクトルをCD(λ) =ΣIi・Bi(λ)としてcurve fittingしIiを得た。すべての実測スペクトルについて、残差は無視できるほど小さくなり、実測スペクトルは基底スペクトルの線形結合で見事に再現できることが明らかになった。すなわち、結合様式毎に、基底スペクトルとスペクトル強度のr値による変化を定量的に明らかにした。

また、r値が大きくなるにつれ、遊離のMnTMpyP濃度が大きくなることを予測し、スペクトルの分解結果から、線形最小二乗法を用いて、それぞれのmodeについてサイトの塩基対数そして、MnTMpyP 1μM当たりのスペクトルを見積もった。

結果と考察

CDスペクトルのr値による変化

poly(dI-dC)2のmajor groove側はpoly(dG-dC)2と同様の構造をし、minor groove側はpoly(dA-dT)2と同様の構造をしている。MnTMpyP-poly(dA-dT)2, poly(dI-dC)2は共に3つのmodeで分解でき、基底スペクトルは同様のものとなり、r値に対してIiは同様の変化を示した。またMnTMpyP-poly(dG-dC)2では、MnTMpyP-poly(dA-dT)2, poly(dI-dC)2のmode 1, mode 3と同様の2つのmodeのスペクトルに分解できた。そこで、この2つのmodeをmode 1, mode 3とする。

MnTMpyP-poly(dG-dC)2では、mode 2のスペクトルは現れなかったが、mode 2でMnTMpyPはminor groove奥深くに結合し、グアニンのminor grooveにアミノ基があるために、MnTMpyPはminor groove奥深くに結合できず、そして、GC配列にはmode 2で結合できないことを示唆している。

複雑な塩基配列をしている天然のDNA, MnTMpyP-CT DNAでは、MnTMpyP-poly(dA-dT)2, poly(dI-dC)2と同様の分解結果が得られた。ただし、MnTMpyP-poly(dA-dT)2, poly(dI-dC)2と比べて、mode 3の現れ始めるr値は小さい値となり、mode 2の強度I2は比較的小さい値となった。GC配列にはmode 2で結合できない事により、CT DNAに存在するmode 2のサイトの数はmode 1, mode 3のサイトの数より少ないことが、I2は比較的小さい値となった大きな要因と考えられる。

CT DNAは複雑な塩基配列となっているにもかかわらず、MnTMpyP-CT DNAのスペクトルはたった3種類のmodeで精度良く分解出来たことは驚くべき事である。これは、サイトを構成する塩基配列が異なっても、MnTMpyPの結合できる結合様式は限られることを示唆している。また、本研究で開発した解析方法は、異なった塩基配列のDNAに対しても幅広く適用できることを示している。ただし、本研究の方法でスペクトルを分解するには、次の2つの条件が必要なである。(1) 2成分系あるいは3成分系である事。(2) mode 3のスペクトルに正と負のピークがある事。(3) mode 1, 2, 3が現れるr値に充分に差があり、かつ、飽和するr値も充分に差がある事。

一般的にリガンドが塩基対間に結合(インターカレート)した場合に負のCDを示し、grooveに結合した場合に正のCDを示す。また、リガンド-DNA複合体についてCDスペクトルの理論計算も試みられており、リガンドの配向や塩基配列などにより、CDスペクトルの形と強度は大きく変わり、現段階ではCDスペクトルからリガンド-DNA複合体の構造を定量的に解析できない事が示されている。

塩基対が異なれば、塩基対の遷移モーメントは異なる。また、同じmodeのスペクトルであれば、MnTMpyP 1μM当たりのスペクトル強度はDNAによって異なるが、スペクトルの形は良く似たものとなった。これは、塩基対の遷移モーメントは塩基対の平面上にあり、DNA塩基対及び遷移モーメントはDNAの二重螺旋の軸に対してほぼ垂直に配向していることがスペクトルの形を決める大きな要因で、遷移モーメントの種類がスペクトルの強度を決める要因となっている事が考えられる。

薬物阻害実験

major grooveに結合する事が知られているmethyl greenをMnTMpyP-poly(dA-dT)2溶液に加えたところ、methyl greenはMnTMpyPのmode 1での結合を阻害し、mode 1でMnTMpyPはmajor grooveに結合している事が明らかになった。また、minor grooveに結合する事が知られているberenilをMnTMpyP-poly(dA-dT)2, poly(dI-dC)2溶液に加えたところ、berenilはMnTMpyPのmode 2, mode 3での結合を阻害した。mode 2でMnTMpyPはminor grooveの奥深くに結合することから、mode 3はminor grooveの外側に結合する事を示唆している。

結合様式のまとめ

以上の結果よりMnTMpyPの結合様式について以下の事が明らかになった。mode 1ではMnTMpyPはmajor grooveで6塩基対に結合し、459nmに正のピークを持つCDスペクトルを示す。mode 2ではMnTMpyPがminor groove奥深くで6塩基対に結合し、454-456, 468nmに正のピーク、461-462nmに負のピークを持つCDスペクトルを示す。mode 3ではMnTMpyPはminor grooveの外側に結合し、455-459nmに弱い負のピーク、464-466nmに正のピークを持つCDスペクトルを示す。

さらに、これまで報告されている事を元に、MnTMpyP-DNA複合体の立体構造を考察した。

審査要旨 要旨を表示する

DNAは蛋白質や生理活性小分子と相互作用することで多くの生命現象に関与しているため、DNA-リガンド相互作用の解析は重要である。ポルフィリンのソーレ帯は近紫外領域にあるDNAの吸収帯と離れた位置に存在し、吸光度が強いので、スペクトルの解析が比較的容易という利点がある。このため、ポルフィリンはDNA-リガンド相互作用の研究対象として優れており、多くの研究が行われてきたが、ポルフィリンがDNAに複数の結合様式で結合するため、定性的研究に限られていた。

Manganese(III)-tetra(4-N-methylpyridyl) porphyrin (MnTMpyP)は複数の結合様式でDNAに結合するが、軸配位子をもちDNAの塩基対間にインターカレーションしないためDNAのコンフォメーションを大きく変えることがなく、解析が比較的容易と考えられる。また、MnTMpyPはアキラルで、キラルなDNAに結合したMnTMpyPのみがCDを示すために、CDスペクトルを用いた研究から、結合様式の違いを敏感に反映した結果が得られると期待される。

新田氏は、新たに開発した方法で、ソーレ帯の誘起CDを用いて、DNA -MnTMpyP相互作用を初めて定量的に解析した。解析の結果、CDスペクトルは極めて精度良く結合様式ごとに分解され、結合様式ごとのCDスペクトルの形と強度、1分子のMnTMpyPが結合する塩基対数等が明らかになった。また、majorあるいはminor grooveに結合することが知られている化合物を阻害剤としてDNA -MnTMpyP溶液に加え、CDスペクトル変化を調べた。それらの結果を総合して、それぞれの結合様式のDNA結合部位を明らかにし、立体構造を考察した。

第一章では、研究の背景、目的、概要を記した。研究の背景と目的として、DNA-リガンド相互作用、DNA-ポルフィリン相互作用に関する既存の研究、MnTMpyPや実験方法を選んだ理由等について記した。

第二章では、実験方法について記した。これまで報告されている論文の測定方法ではポルフィリンのセルへの吸着について注意が払われていなかったが、本論文では、吸着の影響がCDスペクトルに現れないように注意深く測定した。

第三章では、本論文で新たに開発したスペクトルの分解方法を記した。まず、DNA濃度でCDスペクトルを規格化した。r値(DNA1塩基対あたりのリガンド分子数)が0から大きくなるにつれポルフィリンはより多くの結合様式でDNAに結合するようになる。そこで、r値が0から大きくなるにつれ現れる結合様式(mode 1, mode 2, mode 3…と命名)が、この順に飽和してゆく事を、r値によるCDスペクトルの変化から予想して解析を進めた。

CDスペクトルCD(λ)はCD(λ)=ΣIi・Bi(λ)で表すことが出来る。ここでIiはmode iの強度を表す係数で、Bi(λ)はmode iの基底スペクトルである。スペクトルの分解には、まず、線形最小二乗法を用い、飽和するmodeの順、等吸収点などを手掛かりに、Bi(λ)を求めた。次に、線型最小二乗法によりすべての実測スペクトルをCD(λ) =ΣIi・Bi(λ)としてcurve fittingしIiを得た。

また、スペクトルの分解結果から、線形最小二乗法を用いて、それぞれのmodeについてサイトの塩基対数そして、MnTMpyP 1μM当たりのスペクトルを見積もった。

第四章では、実験結果及び、解析結果を記した。MnTMpyP -poly(dA-dT)2, poly(dI-dC)2, CT DNAは共に3つのmode、mode 1, 2, 3で分解でき、基底スペクトルおよび、r値に対するIiの変化は類似していた。MnTMpyP -poly(dG-dC)2には、mode 2がなく、前出のmode 1, mode 3に類似した2種類のスペクトルに分解できた。すべての実測スペクトルについて、残差は無視できるほど小さく、実測スペクトルは基底スペクトルの線形結合で見事に再現できることが明らかになった。すなわち、結合様式毎に、基底スペクトルとスペクトル強度のr値による変化を定量的に明らかにすることができた。

さらに、minor grooveに結合する事が知られているberenilをMnTMpyP -poly(dA-dT)2, poly(dI-dC)2溶液に加え、CDスペクトルの変化を調べた。また、major grooveに結合する事が知られているmethyl greenをMnTMpyP -poly(dA-dT)2溶液に加え、CDスペクトルの変化を調べた。

第五章では、実験結果から示唆される事等について考察した。全てのCDスペクトルは、3種類のmodeのスペクトルで、無視できる程度の残差で精度良く分解できた。これは、本研究で行ったCDスペクトルの解析方法の精度の高さ、そして汎用性の高さを示している。

MnTMpyPの結合様式について以下の事が明らかになった。mode 1ではMnTMpyPはmajor grooveで結合し、正のピークを持つCDスペクトルを示す。mode 2ではMnTMpyPがminor groove奥深くで結合し、2つの正のピークとその間の波長に1つの負のピークを持つCDスペクトルを示す。mode 3ではMnTMpyPはminor grooveの外側に結合し、短波長側に弱い負のピーク、長波長側に正のピークを持つCDスペクトルを示す。さらに、MnTMpyP -DNA複合体の立体構造を考察した。

以上本論文は、これまで定性的に行われてきたCDスペクトルによるDNA-ポルフィリン相互作用の研究に対して、初めて定量的な解析を行ったもので、DNA-ポルフィリン相互作用の研究に重要な貢献をなすと考えられる。

従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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