学位論文要旨



No 120946
著者(漢字) 石黒,周
著者(英字)
著者(カナ) イシグロ,シュウ
標題(和) 長期的研究推進のためのNPO型分散研究システムの研究
標題(洋)
報告番号 120946
報告番号 甲20946
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第649号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 助教授 植田,一博
 東京大学 助教授 藤垣,裕子
 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 教授 野城,智也
内容要旨 要旨を表示する

日本は、欧米が先導する産業のキャッチアップから、欧米と肩を並べ、自ら新たな産業を創出していかなくてはならないフロントランナーとしての体制に切り替わってきている。そのために国際的な競争力の拡大をねらいとして基礎研究に対する投資を、欧米並に増額してきている。今後、この投資をさらに増大し、欧米諸国並の対GDP比1%を目指していると言われている。このように国として大きな投資を行う基礎研究に対して、単に真理の追究をはじめとする科学者の知的関心を充足するためだけの研究ではなく、経済的な豊かさや地球環境、社会全般にわたる課題に対して、その成果を大きく貢献させることが求められるようになってきている。以上のような、今後ますますその重要性を増していくと考えられる、科学的な価値を持ち、かつ社会的にも経済的にも重要な課題解決に貢献しうる研究テーマ群は、学問領域を超え、非専門家とも協働しながら長い時間をかけてその目標を達成していくことが多い。このような長期を要する研究の推進に適した仕組みや方法論が必要とされるようになってきている。

以上のような背景のもと、本研究の目的は、日本の従来の長期的研究システムの問題点を抑制する新たな長期的研究推進のための仕組みを提示し、その有効性を実証することである。

序論に続く第2章では、日本の従来の長期的研究システムとして、企業の中央研究所、COE(センターオブエクセレンス)、国家研究プロジェクトを取り上げ、その問題点を明らかにした。その問題点と国家研究プロジェクトの中間・終了評価項目から、長期的研究推進に対する8つの評価項目を設定した。それらは、長期的研究推進に特に重要な(1)研究資源、(2)異質性・開放性、(3)指向性、(4)適応性、(5)社会貢献、(6)産業化、と一般的な研究推進の評価項目である(7)研究成果の創出、(8)効率性である。

第3章では、筆者が1999年初頭から6年半以上にわたり、その運営に携わってきているRoboCupという、西暦2050年にゴールを持つ長期的研究プロジェクトを推進する仕組みを取り上げ、その組織的特徴の分析を行った。RoboCupは、ビジョンドリブン組織、NPO組織(特定非営利活動法人)、ゆるやかな階層制組織、科学者共同体という4つの特徴を持ち、それぞれの組織特性を合わせ持つことを明らかにした。つまり、RoboCupは、ビジョンドリブン組織が持つ「ビジョンドリブン性」と、NPO組織が持つ「競争と淘汰性」、「オープン性」、「協働性」、「低制約性」と、ゆるやかな階層制組織が持つ「自律分散性」と、科学者共同体が持つ「サムシングニューイズム」、「非専門家に対する閉鎖性」の8つの組織特性を持つ。この組織特性により、RoboCupが、日本の従来の長期的研究システムの問題点を抑制しうることを示し、同時に、その組織特性が各問題点に対応する長期的研究推進の評価項目にポジティブに影響を与えることを示した。RoboCupは、このように従来の長期的研究システムの問題点を抑制可能で、かつNPO組織がその研究推進を行うことから、企業や国の研究システムに対して相互補完的な関係となることができる。RoboCupが、企業の基礎的研究や長期的研究の推進を補完する役割を果たすことを事例と共に示し、また、国家研究プロジェクトを受託し、国家研究プロジェクトの持つ欠点を補完する役割を果たすことも事例と共に示した。

第4章では、RoboCupで推進されている主要な活動をとりあげ、その活動実績を第2章で設定した長期的研究推進のための評価項目に対応して分析した。活動実績に関するデータは、研究成果として公表されている実績に加え、1999年3月から2005年9月までの6年半にわたるRoboCup世界大会、企業や自治体との協働事業などの活動の参加型観察と関係者に対するインタビュー調査により得た。8つの長期的研究推進の各評価項目に対応してRoboCupの活動実績を評価した結果、その研究推進がすべての評価項目を満たしていることが明らかになった。

第5章では、筆者がRoboCupの事務局の責任者となった1999年以降に、RoboCupにおける研究推進のマネジメントのさまざまな試行錯誤の中から考案した4つのマネジメント施策についてその有効性を評価した。4つのマネジメント施策は、(1)オープンテクノロジープラットフォーム(研究に参加する研究者が誰でも共通で利用可能な研究・開発環境や研究・開発ツール)の設定、(2)有力な研究者・研究機関・企業との戦略的連携構築、(3)外部組織に対する協働事業提案機能と人材の設置、(4)青少年の教育事業の実施、である。これらの施策を実際にRoboCupにおいて実施し、参加型観察とインタビュー調査を行うことにより、各マネジメント施策が有効にはたらく長期的研究推進の評価項目を明らかにした。

第6章では、第3章から第5章にかけて、長期的研究推進の仕組みとして有効であることを明らかにしたRoboCupと同じ組織的特徴、組織特性、マネジメント施策を持つ長期的研究推進のための仕組みをNPO型分散研究システムと名付けた。NPO型分散研究システムが他にも適用可能であることを示すために、その組織的特徴、組織特性、マネジメント施策を持つ別の新たな2つの研究システムとして立ち上げた、国際レスキューシステム研究機構とシステムバイオロジー研究機構の具体的な内容について示した。

第7章では、NPO型分散研究システムの国際レスキューシステム研究機構とシステムバイオロジー研究機構における活動実績を長期的研究推進の各評価項目に対して評価し、両者が、その研究の推進に成功していることを明らかにした。また、NPO型分散研究システムのマネジメント施策をそれぞれの研究システムの中で実施することにより、その有効性を明らかにした。NPO型分散研究システムは、従来の長期的研究システムに対し、相互補完的な役割を果たすことができる。従来の研究システムでは対象とすることが困難な、非常に長期を要する研究テーマ、未知の研究テーマ、国際的な連携が重要な研究テーマ、広範な研究領域の連携が必要な研究テーマ、市民を含む幅広い参加者による貢献が必要な研究テーマなどがNPO型分散研究システムの適用可能な研究テーマである。

第8章では、本研究で得られた成果を総括するとともに、本研究の意義について述べ、最後に、今後の研究課題について述べた。

本研究の意義は、日本の従来の長期的研究システムの問題点を抑制する新たな長期的研究推進のための仕組みを提示し、その組織構成と組織特性に加え、研究推進に有効なマネジメント施策を明らかにし、その仕組みが他にも適用可能な仕組みであることを実証した点にある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、日本の従来の長期的研究システムの問題点を抑制する新たな長期的研究推進のための仕組みを提示し、その有効性を実証したものである。科学技術計画論において、我が国の長期的研究システムに関する研究の多くは、既存の産、学、官の3つのセクターのいかなるパターンの連携を組むべきかが主要な論点であった。これに対し、本論文は、別の新たな選択肢を提示し、その有効性を実証しており、その意義は高く評価される。

本論文は8章からなる。第1章は序論であり、研究の背景と目的が述べられている。第2章では、日本の従来の長期的研究システムである、企業の中央研究所、大学等のCOE、国家研究プロジェクトの問題点を明らかにしている。又、種々の先行研究に基づいて、長期的研究推進に対する評価項目を設定している。

第3章では、RoboCupという西暦2050年にゴールを持つ長期的研究プロジェクトを分析し、ビジョンドリブン組織、NPO組織、ゆるやかな階層制組織、科学者共同体という4つの組織構成上の特徴を持つこと、および、組織の運用上の特性としてビジョンドリブン性、競争と淘汰性、オープン性、協働性、低制約性、自律分散性、サムシングニューイズム、非専門家に対する閉鎖性を持つことを明らかにしている。さらに、その組織特性により、RoboCupが日本の従来の長期的研究システムの問題点を抑制、補完し得る仕組みであることを示している。

第4章では、RoboCupの主要な活動を第2章で設定した評価項目で分析し、RoboCupが全ての評価項目を満たし研究推進に成功していることを明らかにし、さらに、第5章では、論文提出者が考案した4つのマネジメント施策を実施しその有効性を実証している。

第6章では、RoboCupと同じ組織上の特性とマネジメント施策を持つ長期的研究推進のための仕組みを「NPO型分散研究システム」と名付け、この仕組みを持つ別の新たな2つの研究システムとして、国際レスキューシステム研究機構とシステムバイオロジー研究機構を立ち上げその運用がなされた実績が述べられている。

第7章では、これらの2つのNPO型分散研究システムの活動実績を長期的研究推進の各評価項目に対して参与観察とインタビュー調査に基づいて評価し、両者が、その研究の推進に成功していることを明らかにしている。

第8章は結論であり、本研究で得られた結果が要約されている。

以上のように本論文は、日本の従来の長期的研究システムの問題点を抑制、補完しうる新たな仕組み「NPO型分散研究システム」を提示し、その組織の構成上と運用上の特性と有効なマネジメント施策を実証的に明らかにした。さらに、これに基づいて新たに2つの実研究システムを構築・運営することで、他にも適用可能な仕組みであることを明らかにしたものであり、科学技術計画論分野の研究成果として高く評価できる。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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