学位論文要旨



No 120966
著者(漢字) 佐藤,悟朗
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ゴロウ
標題(和) Swift衛星を用いたガンマ線バーストにおける相対論的ジェットの観測的研究
標題(洋) Gamma-ray and X-ray Study of Relativistic Jets in Gamma-ray Burst Sources detected with Swift
報告番号 120966
報告番号 甲20966
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4766号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,正樹
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 教授 相原,博昭
 東京大学 教授 鈴木,洋一郎
 東京大学 教授 蓑輪,眞
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

ガンマ線バースト(GRB)は、宇宙の一点から突然大量のガンマ線が放射される現象である。1967年の発見以来、その正体は大きな謎に包まれてきたが、1990年代以降の観測的・理論的進展により、宇宙論的な距離における宇宙で最大の爆発現象であることが明らかとなった。その放射は、ローレンツ因子にして100以上(活動銀河核ジェットよりも1桁上)というアウトフローによる衝撃波がひきおこすものと考えられているが、この超相対論的アウトフロー(GRBジェット)が作られる原因そのものについては、ほとんど分かっていない。1997年に、ガンマ線放射(プロンプトエミッション)に引き続く残光成分が発見され、X線や可視光、電波といった多波長での爆発後の追観測が可能となり、GRBの位置、GRBジェットの構造、そしてガンマ線バーストのエネルギー収支にいたるまでの幅広い情報が提供されるようになった。しかし、これまでの観測では、残光成分をガンマ線放射の直後から観測することが難しく、限られた情報の中での研究にとどまっていた。

Swift衛星は、このような状況を打破するため、ガンマ線バーストの監視だけでなく、自動追尾まで行なう初めてのGRB探査衛星として開発された。Swift衛星は、広視野のガンマ線イメージャを用いて軌道上でバースト源を探知し、すぐさま衛星を回頭させてX線望遠鏡や可視光望遠鏡で観測を行うことができる。3年間という極めて短い期間で開発されたSwift衛星において、我々は、その鍵を握るガンマ線イメージャー、BAT(Burst Alert Telescope)検出器の開発に当初より携わり、特にBAT検出器のエネルギースペクトルを決めるために必要な応答関数の構築を行った。

GRBに付随する残光は、相対論的な物質流が星間物質と衝突し、衝撃波を形成、粒子加速、放射冷却を起こして減速していく様子を反映し、時間と共に減光する。これに加えて、GRB発生後の或る時期に急速に減光率が増加することが指摘されてきた。これはジェットブレイク(Fig.1)と呼ばれ、GRBの中心エンジンから放出されたジェットが、放出時の開き角を越えて急速に膨張することが原因と考えられている。観測からジェットの元の開き角を求め、立体角の補正をすることでGRBの真の放射エネルギーを計算することができる。

GRBにおいてプロンプトエミッションのスペクトルの形状やその時間変動は、GRB現象の発生機構を探ると共に、GRBの真の放射エネルギーを求めるために必要であり、これを正確に与える事は、Swiftミッションにおいて極めて重要である。本論文では、第一にSwift衛星を用いたGRB解析の礎となるBAT検出器によるGRBスペクトルの導出を行い、それにもとづく初期観測の結果をまとめる。第二にSwiftによって新しく観測されたGRBサンプルを用い、多波長追観測のデータを応用して、ジェットの幾何学形状に由来するジェットブレイク現象の探査を行う。

Swift衛星搭載BAT検出器の応答関数の構築

GRBは、宇宙のランダムな方向で発生するため、効率よく検出するためには広い視野が要求される。一方で、一緒に搭載されているX線と紫外可視光の望遠鏡をバースト発生源に向けることを考えると、高い空間分解能が必要となる。BAT検出器では、比較的新しい半導体素子であるCdZnTe検出器を約3万個敷き詰め(全体で5200cm2の面積)、鉛でできた符号化マスク(コーデッドマスク)と組み合わせることで、90°×120°の広視野と、1-4分角の角度分解能を両立させる。

BAT検出器のもう一つの役割は、プロンプトエミッションそのもののスペクトルと時間変動を高い精度で追うことにより、GRBの放射を探ることでもある。しかしながら、BAT検出器に使われているCdZnTe半導体はエネルギー応答が非常に複雑で、かつ約3万個の素子の応答にバラツキが存在するため、一つ一つの精緻な特性評価が必須となる。

CdZnTe検出器の応答が複雑なのは、電荷の移動度が低く、寿命が短いために、素子内で発生した電子・正孔対を集めきることが難しく、テイルと呼ばれる構造がスペクトルに現れるからである。光子が検出器と相互作用する深さはエネルギーに依存するため、テイル構造もエネルギー依存性を持つ。我々は、異なったバイアス電圧で取得したスペクトルを組み合わせて素子を評価する新しい手法を提唱、開発し、実際にキャリブレーションに適用した。これによって、3万個ものCdZnTe素子の応答関数が決まり、GRBスペクトルを正確に求めることが可能となった。ざらに、BATの広い視野を考えると、大角度から入ってくるガンマ線に対する応答の変化や、検出器表面近くで相互作用した場合の蛍光X線が検出器から逃げ出す(エスケープ)効果など、スペクトル構造を複雑にする現象を包括的に取り入れるため、モンテカルロ法を用いることで、その複雑なエネルギー応答を構築することに成功した。ここで開発した応答関数は、BATの解析ソフトウェアの中に取り込まれ、全世界に公開されている。

Swift衛星によるGRB観測

Swift衛星は、2004年11月に打ち上げを迎え、2005年9月時点で77個のGRBを検出することに成功している。我々は、これらのガンマ線観測データの系統的な解析を行い、GRBの継続時間の分布や、スペクトルの形状との関連を調査した。過去の観測で得られた継続時間の分布では、いわゆるロングバーストと呼ばれる比較的継続時間の長いGRBと、ショートバーストと呼ばれる、1秒以下というような継続時間の短いGRBとの間で二極構造が見られたのに対し、 Swift衛星で捉えたGRBでは、これまでのところ明確な違いは見られていない。また、ショートバーストではより高エネルギー側へスペクトルが伸びていると言われていたが、ロングバーストとの差異は見られなかった。ただし、ショートバーストの絶対的な検出数がまだ少ないため、結論は今後の観測に委ねられる。

また、これらの観測のうち46例ではGRBの検出から50-350秒後という早期の追観測を実現している。SwiftチームによるX線観測結果の報告では、多くの場合で、光度曲線の最初に急激な減光成分(時間のべき<-3)があり、その後、比較的緩やかな減光成分(時間のべき-0.5程度)が続く。ざらにこれが少し折れ曲がって、時間のべき-1.2程度で減衰する。この最後のべきの折れ曲がりは、これまでの標準的なシンクロトロン衝撃波モデルでは説明できず、その折れ曲がりの時刻まで中心エンジンからのエネルギー注入が続いているためとする説がある。このうち、初期の急激な減光成分は、GRB本体を放出する放射源がシェル状に薄くなっていると想定した場合、観測者の方向を基準として高緯度の領域から放射される成分と考えて、矛盾が無い。また、一部のGRBでは、フレア形状のX線放射を伴うことが発見された。これは、中心エンジンが長期に渡り活動しているためという説が有力となっている。我々は、GRBO50319と、GRBO50713aという二つのGRBのX線データを解析し、早期減光成分と、X線フレアの特徴を確認している。

ジェットの幾何学形状に由来するジェットブレイク現象の探査

GRBにおいて、ジェット状に絞られたアウトフローは、星間物質を掃き集めるに従って減速を受ける。アウトフローの塊は、その共動系では光速に近い速度で膨張しているが、ローレンツ因子の大きなうちは相対論的な時間の遅れのため、静止系から見ると膨張は進まず、ジェットの開き角はほぼ一定のまま進む。ところが、ローレンツ因子が小さくなると、膨張が効き始め開き角が大きくなる。すると、ますます星間物質を掃き集めて急激に減速が進むことになる。これが、さきに述べたジェットブレイクと呼ばれる現象の理解である。ジェットブレイクの時刻まで、残光はほぼt-1に比例して暗くなるのに対し、ジェットブレイク以降はt-2〜2.5に比例して急速に暗くなることが導かれている。また、ジェットブレイクは、これまで主に可視光で調べられてきたが、Swift衛星による観測では、おそらく検出可能なGRBが暗くなったために可視光残光が比較的暗く、X線での観測が重要となっている。ジェットブレイクは、流体力学的な運動学で決まる現象であり、様々な波長で同時に観測されるはずである。

プロンプトエミッションの放射エネルギーは、通常、等方的な放射を仮定して求められるが(Eis。)、ジェットブレイクが観測されると、ジェットの開き角を計算し、その補正を加えた真のジェットの放射エネルギー(Eγ=(1-cosθj)Eiso)を求めることができる。補正したエネルギーとスペクトルのピークエネルギー(〓)との間には正の相関が見つかっており、Ghirlandaの関係(〓)と呼ばれている。この相関が非常に強いことから、この関係を用いて〓から導かれるGRBの光度を指標とすることで、初期宇宙を探ったり、宇宙論パラメタに制限をつける試みがなされている。 Swift衛星の観測により、赤方偏移が6を超える高赤方偏移のGRBが検出されはじめており、こうした宇宙論に係る研究を推進する上でも、Ghirlandaの関係の確かさを確認することが不可欠となっている。

ところが、Swift衛星による観測では、ほとんどの場合でジェットブレイクの証拠が見つかっていない。そこで、我々は、過去の観測から得られたGhirlandaの関係を逆に利用することで、ジェットブレイクの時刻を予想し、実際に観測されたX線残光の光度曲線と比較するという着想を得た。この手法を適用するには、赤方偏移の決定、プロンプトエミッションのピークエネルギー、放射エネルギーの総量、およびX線バンドでの高精度な観測が必要である。我々は、先に述べた系統的な解析を元に、2005年7月まででこれらの条件を満たす3つのGRB(GRB 050401, XRF O50416a, GRB O50525a)を選び出し、これらのガンマ線・X線データを解析した。

その結果、まず、等方的な放射を仮定したエネルギーと、スペクトルのピークエネルギーとの間には、これまでにAmatiらによって発見された相関(Amatiの関係(〓)を満たすことが確認された。これは、プロンプトエミッションについて、シンクロトロン衝撃波モデルという従来の放射メカニズムを支持するものである。

しかしながら、X線光度曲線を調べると、先程述べた手法により予想した時間帯には折れ曲がりは見つからず、むしろ直線的に伸びていることが判明した。Fig.2に、GRB O50525aの場合を示す。BATのトリガー時刻から10600±3300秒後に、t-1.18±0.02からt-1.51±0.06への折れ曲がりがあるが、折れ曲がり後の時間変化が依然として緩やかなため、ジェットブレイクの特徴とは一致しない。一方で、Ghirlandaの関係から求めたジェットブレイクの予想時刻は、縦線で囲まれた時間帯となるが、そこにべきの折れ曲がりは見られない。この時間帯に折れ曲がりが無いならば、予想されるよりも、より早い時間帯か、またはより遅い時間帯にジェットブレイクが起きていると考えられる。早い時間帯には、先程述べた折れ曲がりが存在する。仮にこれをジェットブレイクと見なせば、開き角を計算して、Ghirlandaらと同じように補正したエネルギー(Eγ)を計算することができるが、Ghirlandaの関係からは外れる。一方、遅い時間帯にジェットブレイクが存在するケースは、残光が最後に検出された時刻から下限値を求めることができるが、この場合もGhirlandaの関係からは外れることになった。

Fig.3に、3つのGRBに対して計算した結果を示すが、いずれも同様の結果を得た。図中、左側の3点がX線で早い時期に見えた折れ曲がりをジェットブレイクと見なした場合で、右側の3点は、最後の観測時刻を元に計算した下限値である。つまり、過去のジェットブレイク観測と比較して、十分に長い時間を観測しているにも関わらず、ジェットブレイクが見つからないということが明らかとなったのである。本研究で解析を行った3つのGRBは、Amatiの関係は満たし、かつ観測条件が良いものを選んだだけであるので、我々が特異なGRBだけを解析したとは考えづらい。従って、Ghirlandaの関係を全てのGRBに適用するには注意が必要である。今回の研究結果は、Ghirlandaの関係が成り立つとしても、これまで考えられてきたよりもはるかに分散が大きいということを示唆している。さもなければ、ジェットブレイクが起きているにも関わらず、X線と可視光とで異なる振る舞いをする事を要求することになろう。

Figure 1:ジェットブレイクの概念図。シェル状の放出物は、最初は一定の開き角θjを保ったまま進むが、バルク運動のローレンツ因子が1/θj程度になると、進行方向に対して垂直な方向に広がり始め、急速に減速する。この現象は、残光の光度曲線のべきの折れ曲がりとして観測されることが期待される。

Figure 2: GRB 050525aに伴うX線残光の光度曲線。Ghirlandaの関係を利用すると、縦線で囲まれた時間帯にジェットブレイクが起こることが予想されるが、実際の光度曲線にその兆候は見られない。

Figure 3:ジェットの開き角の効果を補正したジェットの放射エネルギーと、スペクトル中のピークエネルギーとの関係。過去に観測されたもの(グレー)は、強い相関関係を示し、2本の直線で囲まれる領域に入る(Ghirlandaet al. 2004)。それに対し、Swiftで捉えた3つのバーストは、アウトライアーとなる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり、第1章は研究内容の概説であり、第2章ではこの論文の主題であるガンマ線バースト現象について概括し、第3章は本論文で用いた観測データを取得したSwift衛星について述べ、第4章では論文提出者が中心になって行ったSwift衛星のBAT検出器の較正と応答および観測データへの適用について述べ、第5章では本論文に用いたガンマ線バーストの事例とその解析について述べ、第6章では観測された事例の光度変化曲線の折れ曲がりを相対論的ジェットにおけるシンクロトロン衝撃波モデルにより解釈する場合の問題点について述べ、第7章では以上で議論したガンマ線バースト現象についてのまとめを行っている。また、付録ではSwift衛星で観測されたガンマ線バーストの光度曲線の一覧と、スペクトル解析の高エネルギー側への延長法について記している。

ガンマ線バーストは、数ミリ秒から数十秒の間に多数のガンマ線が天球上の特定位置から飛来する現象であり、1967年に核爆発監視衛星により偶然発見されて以来その正体は不明で、長い間宇宙物理学の謎として大きな関心が払われてきた。巨大な爆発のエネルギーからは遠方の天体とは考えにくかったが、到来方向の分布は天球上で一様に分布し、銀河系内起源とも矛盾していた。1997年になって、BeppoSAX衛星がX線観測でガンマ線バーストの残光現象を発見し、天体の位置が正確に決まるようになってからは多波長の観測が進み、母銀河の距離が赤方偏移から測られるようになって宇宙論的な距離にあることが示された。巨大すぎるエネルギーの問題は、爆発が相対論的ジェット状に集中しているとして理解されるようになった。しかし、現象が天球上でランダムに発生するため、発生位置を迅速に決定して多波長で残光を測定できた例数は少なかった。Swift衛星は、広視野ガンマ線バースト検出器と、迅速に方向を変えられる残光観測用X線望遠鏡・紫外線望遠鏡を搭載し、このような事例を一気に増やすことを狙って2004年に打ち上げられた。本論文はこのSwift衛星による最初の10ヶ月のガンマ線バースト観測データに基づいている。

論文提出者は、第4章に述べられているようにSwift衛星BAT検出器の応答関数の構築を行い、観測装置の較正を通じて衛星ミッション全体に大きく貢献しているが、本論文の主眼は第5章と第6章で述べられているガンマ線バーストおよびその残光現象の解析とその解釈に置かれている。

第5章では、Swiftで観測されたガンマ線バーストの光度曲線やエネルギースペクトルについて系統的な解析を行い、また、Swiftにより早期X線残光が観測された2例の現象について調べ、早期減光成分と、X線フレアの特徴を確認したことについて述べている。

第6章では、ガンマ線バースト発生後のある時期に急速に減光率が増加するジェットブレーク現象について調べ、赤方偏移が測定されかつ観測データの良く揃った3例を詳しく解析し、等方放射を仮定したエネルギーとスペクトルのピークエネルギーの相関関係はこれまで知られたAmatiの関係を満たすが、シンクロトロン衝撃波モデルを用いてジェットの開き角による補正を加えた場合に見られていたGhirlandaの関係を仮定して予想される時間帯には、いずれもジェットブレークが観測されていないことを見出した。これは、Ghirlandaの関係を利用してガンマ線バーストから初期宇宙を探る試みに制限を与える重要な結果であり、いっそうのデータの集積が待望される。

なお、本論文第4章の主要部分はAnn Parsons、Derek Hullinger、鈴木雅也、高橋忠幸、田代信、中澤知洋、岡田祐、高橋弘充、渡辺伸、Scott Barthelmy、Jay Cummings、Neil Gehrels、Hans Krimm、Craig Markwardt、Jack Tueller, Ed Fenimore、David Palmerとの共同研究であり、第6章は山崎了、井岡邦仁高橋忠幸、中澤知洋、中村卓史、当真賢二、Derek Hullinger、坂本貴紀、田代信、Ann Parsons、Hans Krimm、Scott Barthelmy、Neil Gehrelsとの共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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