学位論文要旨



No 120978
著者(漢字) 大舘,暁
著者(英字)
著者(カナ) オオダテ,サトル
標題(和) マイケルソン干渉計を用いた2光子干渉と単一量子ビットの純粋化
標題(洋) Two-photon quantum interference in a Michelson interferometer and purification of Single-qubit
報告番号 120978
報告番号 甲20978
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4778号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鳥井,寿夫
 東京大学 助教授 酒井,広文
 東京大学 助教授 村尾,美緒
 東京大学 助教授 岡本,徹
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

光に情報をのせた情報通信システム、特に光の強度を符号とした通信システムの革新によってこの数年、通信技術はめざましい発展を遂げてきた。我々はこの技術革新によって、ネットワーク上で様々な情報伝達をするようになった。これらの技術は、光ファイバや、光増幅器、半導体レーザー、高量子効率のPINフォトダイオード、高周波回路技術、上位レイヤープロトコルの開発など様々な技術が一緒に絡み合って構築されたものである。このような情報社会の活用は今後ますます重要となっていくことが予想される。我々はネットワークやコンピュータに重要な情報を預け便利な生活を享受しているが、このような急速な情報技術の発展の中でこれらの情報に対する安全を保障する技術に対しても早急に対策をしておかなければならない。現在用いられている技術には、様々な技術的限界があり、良い意味においても悪い意味においてもその限界を打ち破る可能性のある技術の候補として1980年代後半から1990年代にかけて提案された量子情報技術が近年注目を集めている。この量子情報技術の研究が将来的にどのような効果や副産物をもたらすかは未だ定かではないが、過去の歴史を振り返ってみても新しい技術提案とその研究の後には何らかの発展がもたらされてきたことを考えれば、現在の量子情報技術の研究は今後の純粋科学や科学技術に大きな方向性を示す可能性がある。

この分野は現在の量子情報技術の研究を全て言い表している訳ではないが、大きく分けて量子計算機と量子情報通信の分野に分けられる。量子計算機の実現において必要とされる研究には幾つかの大きなブレークスルーが必要とされているが、量子情報通信の一部である量子暗号技術は現在の光通信の延長上の技術で既に幾つか伝送実験がなされ、製品化もされている。量子暗号技術を用いたサービスが今後市場から求められるかも不透明だが、光通信技術が過渡期にある現在、その研究結果から得られる新技術に対して大きな期待が寄せられている。

これらの量子通信技術や量子暗号技術は光の量子力学的性質に立脚したものであり、光の量子効果を積極的に扱おうとする。光の量子力学的性質にも様々なものが知られており、大きく分けると光強度の大きいコヒーレントな光の振幅を用いる方法と、光子レベルの方法がある。このどちらにも一長一短があり、互いに精力的に研究が進められている。ここではそれぞれ今後の技術革新が期待されることから長所短所は述べないが、現在実験室レベルで光子の量子力学的性質を観測する為の技術は十分得られている状況にある。量子情報技術に光子の量子力学的性質を積極的に用いるためこれまで様々な方法が提案されてきた。最も広く用いられている光子の量子力学的性質は、光子の偏光自由度もしくは空間的自由度、時間の自由度、角運動量の自由度である。光子をなんらかの方法で発生させたとすると、光子のある自由度は観測するまで分からない。この自由度に情報をのせたものを、古典情報のビットに対応させて量子ビットと呼んでいる。

光子を用いた量子情報技術は、基本的に干渉効果を用いる。これまで光子の干渉効果を用いて様々な提案と検証実験がなされてきた。それらは、基本的にノンコリニアーな光子対を用いた量子干渉の原理実験であった。今後、この干渉効果を複雑に作用させることを考えると、コリニアー光子対の量子干渉について十分調べておく必要がある。本研究では、コリニアーな光子の量子干渉に注目しこれについて詳細に調べた。最初に、コリニアーな光子対を用いた量子干渉実験について調べた。マッハツェンダー干渉計の空間的なモードを偏光モードに焼き直して、コリニアーな光子対で安定な干渉計が得られることを示した。また、互いに平行な直線偏光、もしくは互いに直交した直線偏光のコリニアー光子対に対してマイケルソン干渉計を用いて量子干渉させ、干渉計の光路差ゼロ付近からフォトンの可干渉距離以上のところまでに対して、量子干渉の振る舞いを詳しく測定し理論的に説明した。互いに平行な直線偏光、もしくは互いに直交した直線偏光のコリニアー光子対に対して等しい干渉フリンジが測定された。コリニアー光子対の任意の偏光状態は、互いに水平直線偏光、互いに垂直直線偏光、水平直線偏光と垂直直線偏光の3つの光子対の重ね合わせであるので、任意の偏光コリニアー光子対に対してこの干渉縞が得られる。この実験結果から、どの方向に偏光したコリニアー光子対を用いても、 HBSの2つの入力ポートにそれぞれ入射する状態のみを排他的に選択することが可能であることが示された。すなわち状態ベクトルを干渉計のアームの違いによるモードで分けたとき、〓の状態に対してポストセレクションできることが示される。また、互いに直交した偏光のコリニアー光子対に対してもHOM干渉と同様な現象が現れることを初めて示した。

光子の量子ビットを量子通信技術に将来応用することを考えたとき、外界の擾乱が量子ビットに対して作用し情報を乱すことが問題となる。続いて本研究では、光子の偏光自由度がこのような外界の擾乱に打ち勝つ方法を提案し、実験的に検証した。時間的タイミングの異なった光子対を用いて、伝送路で受けたデコヒーレンスを回復させる方法を提案し、実験的に検証した。理論的に予測された純粋度とほぼ等しい回復を示したことから、理論的な正しさが確認された。本研究で得られた結果を更に拡張して、多光子を用いて更に純粋化を繰り返す方法を幾つか提案した。多数回純粋化を繰り返すことによって、限りなく純粋状態に近づけることが出来る。この研究によって、原理的に量子ビットの誤りを限りなくゼロにすることが可能となる。本研究は情報論的に考えると、送りたい単一量子ビットを多数用意して検出の段階でこれらの情報を犠牲にすることで、単一量子ビットの情報量を増やす技術であると言える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は序論であり、研究の背景と本論文の構成が述べられている。第2章では、マイケルソン干渉計を用いた2光子干渉実験の結果およびその理論解析の結果が述べられている。第3章では、2光子干渉効果を用いた単一量子ビットの純粋化のアイデアおよびその実験的検証、さらに多光子への拡張について述べられている。最後の第4章では、本論文のまとめと今後の展望が述べられている。

第2章で述べられている2光子干渉実験の特徴は、これまで多くの2光子干渉実験に用いられてきたノンコリニアー(非平行)な光子対ではなく、コリニアー(平行)な光子対による2光子干渉効果を初めて包括的に検証した点にある。具体的には、3パターンの実験を行った。まず、2002年にEdamatsuらによってノンコリニアーな光子対を用いて観測されたphotonic de Broglie波長(光子の半波長)の周期を持つ干渉フリンジを、偏光状態の異なる(HV偏光の)コリニアーな光子対の偏光モード間の干渉を用いて観測した。この実験は、光子の空間モード間の干渉を用いたEdamatsuらの実験に比べ、極めて安定な干渉計を構築しているという点で優れている。次に、偏光状態が同じ(HH偏光)コリニアーな光子対をマイケルソン干渉計に入射し、出力における2光子同時計数レートを干渉計の光路差の関数として観測した。光路差がゼロ付近では、干渉フリンジの周期は1光子に対応する波長となり、かつバンチングが観測された。それに対して、光路差が可干渉距離よりも長い領域では、干渉フリンジの周期が2光子に対応する波長、つまりphotonic de Broglie波長となることが観測された。このように、干渉フリンジの周期が1光子の波長からphotonic de Broglie波長へと遷移する過程を連続的に捉えた実験はこれまでになく、この実験結果はPhys. Rev. A誌に既に公表されている。最後に、偏光状態が直交する(HV偏光)光子対についても同様の測定を行い、偏光状態が同じ場合(HH偏光)と等しい干渉フリンジパターンが得られるという興味深い結果を実験的かつ理論的に初めて示した。

第3章で提案され、かつ実験的に検証された単一量子ビットの純粋化のアイデアは、第2章において詳細に研究されたコリニアーな光子対の2光子干渉効果を巧みに用いるものである。このアイデアでは、光子の偏光状態を量子ビットとしたコリニアーな光子対を同じ偏光状態(量子状態)に用意する。この光子対が伝送路からデコヒーレンスを受けると、もとの偏光状態と直交する状態を含む密度行列成分が付け加わるが、マイケルソン干渉計を用いて2光子同時計数、つまりバンチングが起きたときの状態を選び出すと(ポストセレクション)、デコヒーレンスを受けていない状態の観測確率が結果的に上がり、偏光状態を純粋化することができる。実際の実験でも純粋度、忠実度ともにポストセレクションによって上昇していることが確認された。このアイデアは、形式的には2光子間の(不完全ではあるが)CNOT(controlled NOT)演算を利用しているという点で、Zeilingerのグループによって2001年に提案され2003年に実験的に検証されたentanglement distillationのアイデアに類似している。しかし、本論文のアイデアは、CNOTゲート演算を2光子干渉効果(同じ偏光状態にある2光子のバンチング)とポストセレクションによって実現しているという点にオリジナリティーがある。また、このアイデアを3光子以上の光子対、または1光子と2光子の光子対に拡張するための具体的な実験スキームも提示された。この研究成果はPhys. Rev. Lett.誌に投稿予定である。

なお、本論文の第2章および第3章は、Hai-bo Wang氏、小林考嘉氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および理論的考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の研究成果により、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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