学位論文要旨



No 120980
著者(漢字) 風間,北斗
著者(英字)
著者(カナ) カザマ,ホクト
標題(和) シナプス形成過程における神経‐標的間相互作用の分子機構
標題(洋) Molecular mechanisms of interaction between a neuron and its target cell during synaptogenesis
報告番号 120980
報告番号 甲20980
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4780号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 助教授 北尾,彰朗
 東京大学 助教授 常行,真司
内容要旨 要旨を表示する

As an initial step to comprehend the function of a complex nervous system, I took a reductionistic approach and examined the development of synapses, the sites of cell-cell communication, at the molecular and cellular levels. Although synapses are considered to emerge through interaction between a synaptic pair, reports on retrograde signaling transmitted from post-to presynaptic cell in vivo are relatively scarce. I have thus examined the active role of target cells during synapse formation at Drosophila neuromuscular junction. Specifically, by using fly genetics, I have manipulated the calcium/calmodulin-dependent protein kinase II(CaMKII) signaling pathway within the postsynaptic cells and examined its effect on synapse formation. Electrophysiological recording showed that synaptic transmission was strengthened by postsynaptic activation of CaMKII. Morphological analyses demonstrated that increase in the presynaptic area and the number of neurotransmitter release sites were the underlying mechanisms of functional enhancement. Since the modulation occurred across the synaptic cleft, it suggested the existence of retrograde signaling. I have further revealed that the major constituents of synapses, namely a cell adhesion molecule Fasciclin II and a scaffolding protein Discs Large, are necessary for the signaling. These results provide a novel view that pivotal synaptic constituents must be coordinately regulated to transfer retrograde messages.

Besides, I have examined the dynamics of Ca2+,a prime second messenger and the activator of CaMKII, within the postsynaptic muscle cell during synaptogenesis.In the course of Ca2+ imaging,I have found spontaneous and transient rises of green autofluorescence in muscles. The fluorescence originated in flavoproteins, and was dependent on the presence of extracellular Ca2+. Since the fluorescent signals were stronger near synaptic sites and their rate of emergence was influenced by neuronal innervation, they may be related to the development of synapses. Considering the fact that flavoprotein fluorescence is correlated with intracellular Ca2+ concentration, the autofluorescence imaging may serve as a new non-invasive method to investigate the role of postsynaptic Ca2+ in synaptogenesis. Together,this dissertation addresses the active functions of target cells during synapse formation.

審査要旨 要旨を表示する

この論文では、ショウジョウバエ神経―筋シナプスの形成過程に関して、(1)標的細胞内CaMKII活性化による逆行的シナプス調節機構、(2)標的細胞内におけるカルシウム/神経依存的自家蛍光ダイナミクス、について二章に分けて述べられている。

シナプスは、神経細胞が他の神経細胞や筋肉細胞と接合する部位で、神経伝達が行われる場である。ヒトの精神活動も、突き詰めればシナプスを介した情報伝達と解釈される。シナプスの結合強度の調節や新たなシナプスの形成を通して記憶が獲得・保持されるという仮説が唱えられる現在、シナプスがどのように構築されるかという問いに答えることは、脳機能を根本的に理解する上で益々重要性を増しつつある。

適切な機能を持ったシナプス構造が形成される為には、神経細胞(プレ)と標的細胞(ポスト)間の綿密な相互作用が必要である。しかし、生体内においてプレとポストの性質を個別に操作するのが困難なことから、相互作用を厳密に分離し、ポストの積極的な役割を解析した例はあまりない。この様な背景から、本論文では、シナプス形成過程において、標的細胞の能動的機能を分子及び細胞レベルで解析している。

論文の前半では、遺伝学的手法を用いてポストの性質のみを特異的に操作した際、シナプスの機能と形態にどのような影響が見られるかを解析している。具体的には、ポスト内のカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII (CaMKII)分子の活性を増強又は抑制し、その効果を調べた。CaMKIIに着目した理由は、シナプス構造の後細胞側に豊富に含まれ、シナプス可塑性や、学習・記憶において中心的な働きをするものの、発生期における役割は未知の部分が多いからである。まず初めに、電気生理学的手法を用いて、標的である筋肉細胞からシナプス電流を測定することで、シナプスの機能を評価した。その結果、ポストのCaMKII活性化によって、シナプス伝達が増強されることが分かった。続いて、このシナプス伝達増強の原因を明らかにするために、シナプスの形態及びシナプス構成分子の局在を免疫学的手法で調べた。興味深いことに、ポストに活性化型CaMKIIを発現する個体では、神経終末の面積が拡大した上、シナプス小胞及び小胞の膜融合部位の数が増加していた。これによって、ポストのCaMKIIに起因し、プレを逆行的に調節するシグナルの存在が示唆された。さらに、このCaMKII活性化によるプレの逆行的調節には、Discs Large (DLG)とFasciclin II (FasII)分子が必要であることを決定した。本研究は、シナプス形成期に、ポストのCaMKIIによってプレが調節されることを単一シナプスレベルで示した最初の報告である。また、ポストからプレへと情報を伝えるためには、シナプスの基本的な構成因子を調節する必要があるという新しい概念の提唱につながる。

論文の後半では、シナプス形成期における標的細胞の挙動を調べるもう一つのアプローチとして、筋肉細胞内で自発的に発生する自家蛍光シグナルのイメージングを行っている。青色励起光照射の下で筋肉細胞を観察すると、一過的に緑色蛍光が上昇する現象が検出された。自家蛍光シグナルは、観察した全ての個体で確認される、再現性の高いものであった。一部の蛍光信号は、鋭く立ち上がると、数十秒の間安定した水準を保ち続け、その後鋭く減衰するという、細胞に起因するシグナルとしては類のないキネティクスを示した。自家蛍光シグナルは、細胞外カルシウムイオン依存的に発生した。薬理学的実験により、自家蛍光はミトコンドリア内に存在するフラビンタンパク質に起因することが分かった。また、蛍光シグナルは自発的に出現するものの、その発生頻度が神経の投射に大きく依存した。蛍光強度が、筋肉細胞の中でも特にシナプス部で大きく上昇する事実と合わせて、自家蛍光変動がシナプス形成過程に関わる生理的現象を反映している可能性が提起された。本研究は、シナプス形成期に、標的細胞内で自発的に発生する自家蛍光シグナルを報告した最初の例である。自家蛍光イメージングは、シナプス形成の理解に大いに貢献する可能性がある。また、もし、先行研究から予想されるように自家蛍光強度とカルシウムイオン濃度との間に相関があることが判明すれば、自家蛍光イメージングは、ミトコンドリアの活性化状態を調べる手法としてだけでなく、新しい非侵襲的なカルシウムイメージング法として適用できる可能性がある。

本論文では、シナプス形成初期過程における標的細胞の能動的な働きを解析した。その結果、標的細胞に起因する、新たな逆行的調節機構を見出した。また、標的細胞内で発生する新規の自家蛍光シグナルを検出した。これらの知見は、標的細胞の役割を理解する上での基礎となり、神経接続がつくられる仕組みの、分子レベル・細胞レベルでの解明に大きく寄与するものである。

この研究は、森本(谷藤)高子助手、能瀬聡直助教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったもので、提出者の寄与が十分であると認められる。従って審査員一同、博士(理学)の学位を授与するのにふさわしい研究であると判断した。

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