学位論文要旨



No 120982
著者(漢字) 川原田,円
著者(英字)
著者(カナ) カワハラダ,マドカ
標題(和) 銀河団プラズマ中の重元素の空間分布に関するX線を用いた研究
標題(洋) X-ray Study on the Spatial Distribution of Heavy Elements in Hot Plasmas Associated with Clusters of Galaxies
報告番号 120982
報告番号 甲20982
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4782号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,典子
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 助教授 土居,守
 東京大学 教授 久保野,茂
内容要旨 要旨を表示する

銀河団は宇宙最大の自己重力系であり、暗黒物質、銀河、熱的な(107-8K)高温プラズマ(Intra-Cluster Medium:ICM)から成る。銀河団の全質量のうち、ほとんど(〜85%)は暗黒物質が占めており、ICMの質量と銀河の質量をくらべると、ICMのほうが銀河よりも数倍ほど多い。ICM中には、高階に電離した鉄、ケイ素、硫黄、酸素といった重元素が含まれており、宇宙全体の重元素量のおよそ半分を占めている。しかし、いつ、どのようにして、重元素が星から広大な銀河間空間に輸送されたのか、まだ完全には理解されていない。

ICMの重元素アバンダンスに関する研究は、銀河団のX線観測の主要課題のうちのひとつであり、重元素からの原子スペクトル線を使って測定される。日本の「ぎんが」衛星(1987-1991)は、ICMの鉄のアバンダンスが、典型的に0.3太陽組成であることを明らかにした。世界初の広帯域(0.7-10keV)での空間スペクトル能力を備えた、後続の「あすか」衛星(1993-2001)は、鉄に加えてさらにケイ素研究も可能にし、これらの元素がどのように空間分布しているかを解明した。「あすか」によって得られた証拠をまとめると、、(1)いくつかの銀河団の周辺部において、鉄の質量密度分布は、銀河の光度分布に近い(Ezawa et al.1997)(2)いくつかの銀河団では、中心部にむかって、鉄の質量密度分布は銀河の光度に対して相対的に減少していく(Makishina et al.2001)。(3)ところが、中心部にむかって、鉄のアバンダンスは、〜1.0太陽組成にに増加する(Fukazawa et a1.1994)。となる。この複雑な結果を理解するには「あすか」の能力を越える衛星を用いた、さらなる研究が必要とされていた。

上記の動機に基づいて、本研究では、欧州のミッションであるニュートン衛星で観測された、12のリラックスした、近傍の銀河団の公開データを解析した。ニュートン衛星は、「あすか」に比べて、優れた空間分解能と、巨大な有効面積を有している。また、銀河の分布に関しては、Two Micron AllSky Survey(2MASS)によって公開されている、近赤外のデータを用いた。我々の研究手段は、第一に、重元素(鉄、ケイ素、硫黄、酸素)の空間分布を正確に測定する。次に 重元素の空間分布を、全質量、ICM、そして銀河の空間分布と比較する。そして最後に、得られた結果から、重元素がどのようにICMに輸送されたのかを矛盾なく説明できるシナリオを導き、銀河団に進化についての洞察を得る。これまでの研究で、重元素アバンダンスと銀河の分布を比較したものはあったが、すべての銀河団のコンポーネントと詳細に比較を行なった研究は、今回がはじめてである。

よく知られているように、ICMの空間分布は、全質量の空間分布よりも外側まで広がっている。本研究の12サンプルで、ICMの密度分布と全質量の密度分布を散布にして直接に比較すると、〓となった。これは、βモデルにおけるβ〜0.7に相当する。ICMと鉄の分布を同様の手法で調べてみると、〓となり、ICMは鉄と比べても外側まで広がった分布をしていることがわかった。これら2つの関係式から、おおよそρFe∝ρtotになるのではないかということが疑われる。実際に全質量と鉄の密度分布の散布図を作ると、 〓となり、鉄の空間分布は、実は全質量の空間分布に近いということが明らかになった。ケイ素と硫黄の、全質量に対する空間分布を調べると、〓のように、鉄の分布と同様に、全質量に近い空間分布をしていることがわかった。ところが酸素の空間分布は、ほかの重元素とは異なり、〓のように、全質量よりはむしろICMの分布に近い傾向が見られた。

重元素と、その供給元である銀河の分布を比べるために、図1に示すように、鉄の質量分布を、銀河のKバンドの光度分布で割ったプロファイル(Iron Mass to Light Ratio:IMLR)を作製したところ、どの銀河団でも、〜100kpcよりも外側では一定になるが、それよりも内側では、中心にむかって1桁以上も減少していく。つまり、銀河団周辺においては銀河の分布に沿って鉄も分布しているが、中心では明るい銀河が存在するにも拘わらず、相対的に鉄の量が1桁も少くなっている。このことから、鉄が中心部から周辺部へと輸送されたか、銀河の光が、中心に集中してきたかいずれかの可能性が考えられる。鉄を重力ポテンシャルの底から外側に輸送する過程としては拡散や、 ICMのアウトフローが考えられるが、 ICM中の鉄の拡散はハッブル時間でもたかだか〜10kpc程度である。また、鉄をICMと供に中心からアウトフローさせようとすると、〓以上の、クーリングフローのちょうど逆向きの大きなレートが必要で、現実的ではない。そうすると、消去法によって銀河が中心集中してきたという説が生き残ることになるが、観測的にも、遠方と近傍の銀河団における銀河の分布を比べると、近傍のほうが中心に集中している兆候が得られつつある。

IMLRの系ごとの絶対値には、1桁はどばらつきがある。このばらつきは、鉄をICMに供給するプロセスに、銀河以外の要因がからんでいる可能性を示唆する。そこで、IMLRの、ICM質量、全質量、銀河の光度、ICM温度に対する依存性を調べてみると、ICM質量にもっともよく相関しており、しかも、IMLRとICM質量の関係はほぼリニアであることがわかった。言い換えると、図2に示すように、鉄の質量は(銀河光度)×(銀河団プラズマの質量)に比例する。このことは、鉄を銀河団プラズマに供給するときに、銀河だけではなく、銀河団プラズマも関与しているということを示唆している。最近、チャンドラ衛星などによって、プラズマの動圧で、銀河に付随するガスがはぎ取られている様子が観測されており、プラズマの動圧が効いて、重元素が銀河からはぎ取られてた結果を見ている可能性が高い。プラズマの銀河に対する動圧が効いているならば、銀河は徐々に減速されるので、銀河が中心に集中してきたというシナリオも矛盾なく説明できる。

以上を総合すると、重元素供給のプロセスを説明する、銀河団の進化は以下のようになる。銀河団が形成された当事は、大質量星をおおく含む渦巻銀河の割合が高かったため、II型超新星爆発が頻発し、酸素がICMに供給された。このとき銀河の分布が、プラズマの分布と近かったために、酸素の分布が、プラズマの分布と近くなったのであろう。銀河団が進化し、楕円銀河が多くなってくると、Ia型超新星爆発が主役になる。この時期は、銀河は暗黒物質の分布に従い、銀河から供給される鉄、ケイ素、硫黄も、同じ分布になる。また、プラズマの動圧によって銀河が減速され、銀河の光が中心に集中していった。銀河団中心にしばしば存在する巨大銀河は.こうした中心集中の末に、銀河合体を通じて作られたものと考えられる。

図1:鉄の積分プロファイルを、Kバンドの銀河光度プロファイルで割ったもの。すなわち、鉄質量光度比ラプロファイル。色の違いは、天体の違いに対応している。

図2:鉄の質量(もっとも外側の観測領域まで積分した量)を、その領域内の(銀河光度)×(ICMの質量)に対して、天体ごとにプロットした図。色の違いは、図1と同じ。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり、1章ではこの論文の目的と構成、2章で銀河団および銀河団中の高温プラズマに関する広範なレビュー、3章では本論文で解析に用いたXMM衛星の検出器の特徴とバックグランドについてのべられている。4章で対象とする近傍の銀河団の選択条件、および解析手法について詳しく説明があり、特に本論文の特色となる、銀河団高温プラズマと、そこに含まれる重元素の3次元分布を推定する手法が紹介されている。5章では結果のまとめとして、高温プラズマ、重元素、星、ダークマターを主体とする全質量の銀河団中での分布が比較されている。6章では高温プラズマ中での鉄の質量と星の光度比(Iron Mass to Light Ratio:IMLR)に基づき、超新星爆発などで形成された重元素がいかにして銀河団に拡散していったかに関する議論が行われ、7章で結論が述べられている。

銀河団は半径1022m(~Mpc)以上にわたる宇宙最大の自己重力系であり、80%以上の質量をしめるダークマター、銀河を形成する星、銀河間物質からなっている。銀河間物質は、密度10-7m-3以下と非常に希薄であるが、質量比において星の数倍を占め、重力ポテンシャルによって1000万度以上に加熱され、X線領域で強い放射をだす高温プラズマとなっている。X線による撮像分光観測によって高温プラズマの温度、密度、さらに高階電離した重元素からの輝線によって鉄、珪素、硫黄、酸素といった重元素の量を得ることができる。これまでの研究から星の中での核融合反応、超新星爆発等によって生成された重元素のおよそ半分程度は銀河間空間に流出していることが明らかとなっていたが、その輸送過程に関しては明確な結論は得られていない。本論文では欧州のXMM-Newton衛星によって観測された12個の近傍銀河団のX線観測によって銀河団中での重元素の量、空間分布を精度良く決定し、高温プラズマ分布から推定される重力ポテンシャルを形成するダークマターの分布、近赤外線領域でのサーベイデータによる星の分布と比較して、銀河団中での重元素の拡散と銀河団形成の歴史をたどることを目的としている。

本論文では、これまでのX線天文衛星の中で最も有効面積の広いXMM-Newton衛星を用いることで重元素についての感度をあげ、力学的に緩和していると見られる対称性のよい近傍銀河団を選択している。観測されるX線放射は天球面状に2次元的に投影されたものであるが、球対称性の仮定により高温プラズマと重元素の3次元的な空間分布を決定している。結果として高温プラズマはダークマターや星よりも空間的に外側により広がっていること、高温プラズマ中の重元素量は銀河団中心部ほど多いことが確認された。これらの結果は従来の物と一致しているが、本論文ではより多くの銀河団で系統的かつ3次元的な分布を求めている。また、本論文独自の視点として、12個の銀河団中での、ダークマター等の全質量、高温プラズマ、重元素、星、それぞれの密度を散布図によって直接比較している。これにより高温プラズマの空間的広がりが、個々の銀河団によらず、高温プラズマ密度は全質量密度の0.70(+0.08 -0.13)乗に比例すると表せることを明らかにした。同様の手法により重元素の中心集中は、鉄の密度は高温プラズマ密度の1.35(+0.13,-0.12)乗と表せる。すなわち鉄は全質量密度の0.99(+0.12,-0.16)乗である。この傾向は珪素、硫黄でも同様であるが、酸素では誤差の範囲で鉄と一致ともいえるが、中心値では高温プラズマ密度に比例するといえる。

一方で現在観測されている星の化学進化の指標となるIMLRを見ると、銀河団中心部と周辺部で1桁以上の違いがあり、中心では明るい銀河が存在するにも拘わらず、相対的に高温プラズマ中の鉄の量が少なくなっている。このことから、中心部に存在する銀河は重元素を大量に生成した爆発的星形成期以降、銀河団中心部に落ち込み光度をあげたのではないかという議論を展開している。また観測を行った最大半径までの積分値で比較すると、より高温プラズマの質量が大きいほどIMLRが大きくなる。超新星爆発頻度等が銀河団環境によらないとすると、銀河から銀河間空間への重元素の輸送過程において、高温プラズマの寄与があることが示唆され、高温プラズマの動圧が銀河中からの物質のはぎ取った可能性について議論を行っている。これらの議論の定量的展開は今後の課題であるが、結果については密度散布図など独自の手法による新たな観測的知見であると考えられる。

なお、本論文は牧島一夫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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