学位論文要旨



No 120989
著者(漢字) 中村,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒデキ
標題(和) 細胞内局所カルシウムダイナミクスの観測と解析
標題(洋) Detection and Analysis of Subcellular Calcium Dynamics
報告番号 120989
報告番号 甲20989
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4789号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 陶山,明
 東京大学 助教授 能瀬,聡直
 東京大学 教授 初田,哲田
 京都大学 教授 太田,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

Ca2+ signals are involved in many essential processes including cell differentiation, apoptosis, development, and neural plasticity in various living organisms, During Ca2+ signals, Ca2+ is imported into the cytosol via two major pathways; Ca2+ influx from extracellular space and and Ca2+ release from intracellular Ca2+ stores.Inositol-l,4,5-trisphosphate receptor (IP3R) is one of the two major receptor channels involved in Ca2+ release from endoplasmin reticulum (ER). IP3R channel activity is known to be regulated by inositol-1,4,5-trisphosphate (IP3) and Ca2+ itself. The smallest unit. Or elementary Ca2+ event through IP3R is thought to be local and transient Ca2+ increase in the cytosol, which is referred to as "Ca2+ puff". Ca2+ puu is believed to be correspondent to the co-operative opening of a cluster of IP3R channels. Several groups have identified and extensively studied Ca2+ puffs in several celltypes such as Xenopus oocyte and HeLa cells. However, the criteria for Ca2+ puff detection or the definition of the event is not often clearly described. This arbitrariness in the definition of Ca2+ puffs can have an artifactual effects on the result. The consequent misunderstanding of Ca2+ puffs as elementary Ca2+ signals can easily lead to the misunderstandubg of Ca2+ signal in general.

Therefore, I tried to establish and automatic detection algorithm for Ca2+ puffs by analyzing the data acquired in histamine-applied HeLa cells. To visualize Ca2+ puffs, I used total internal reflection microscope (TIRFM). or evanescent wave microscope. In many studies on Ca2+ puffs, line-scan confocal microscope was used to obtain the dadtaacquisition rate fast enough to visulalize Ca2+ puffs, shich is typically 〜100msec in duration. These studies necessarily ignored 2-dimensional spatial information. TIRFM can obtain the acquisition rate of =50Hz without losing spatial information. Under TIRFM, HeLa cells exhibited spontaneous loca and transient Ca2+ increase without any extracellular ligands when radiated with strong laser.. I termed this phenomenon as "light-induced Ca2+ puff", and succeeded in inhibiting this background event by lowering the laser intensity by mutral density filters.

I started with developing a simple automatic detection method for the data without any significant global Ca2+ signals, and succeeded in qualitatively reproduce the properties of Ca2+ puffs reported so far. However, the use of ratio value and smoothing processeswas required for this detection method, and this method could not be applied to the data with global Ca2+ signals. I went further to improve the algorithm to conquer these problems.

The improved version of the automatic detection method were used to investigate the ligand(histamine) concentration dependency of both temporal and spatial size of Ca puffs. The dependency of Ca2+ puffs on ligand concentration has not been systematically studied so far.

Considering that higher ligand concentration cause higher cytosolic IP3 and Ca2+ concentration, I had expected that there must be a shift in the duration and area (spatial size) of Ca2+ puffs corresponding to the change in IP3R activity. However, statistical analysis of duration and area of Ca2+ puffs showed no significant change in either the shape of the histogram or the average value of these properties.

It seemed that this implied that IP3R activities underlying Ca2+ puffs are not affected by Ca2+ or IP3, but closer look at the correlation between both duration and area of Ca puffs and global Ca2+ concentration revealed that the opening of IP3Rs are positively regulated by the intermideate concentration of Ca2+, which goes well with thewell-known "bell-shaped" Ca2+ regulation of IP3R activity.

In this study, I have succeeded in establishing the automatic detection algorithm for local and transient Ca2+ puffs. I used the method to show Ca2+ regulation of IP3R channels in vivo.

審査要旨 要旨を表示する

細胞内Ca2+シグナルは、細胞の分化や発達、遺伝子発現、神経可塑性などの生理的に重要な過程に深く関与していることが知られており、生命現象を理解する上でCa2+シグナルの理解は必要不可欠なものであるといえる。Ca2+シグナルは、細胞内Ca2+濃度が上昇することによって働くが、細胞質内にCa2+イオンが流入する経路には大きく分けて2種類がある。細胞外からの流入と、細胞内Ca2+プールからの放出である。Ca2+放出は、ふたつの異なるレセプター分子が担っている。リアノジン受容体(RyR)とイノシトール1,4,5-三リン酸受容体(IP3R)である。これらの内RyRは主として筋肉細胞などの興奮性細胞において主たる役割を演じており、細胞膜電位シグナルによるCa2+流入を増幅して迅速なCa2+応答を可能にしている。

本研究で用いたヒト子宮勁ガン由来の株化細胞HeLa細胞においては、IP3RがCa2+シグナルにおいて中心的な役割を担っている。特にヒスタミン刺激をくわえたHeLa細胞で観測されるCa2+振動は、IP3Rを通したCa2+放出のメカニズムのみで十分に説明されうることが膨大な先行研究から分かっている。IP3Rはイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)を1次メッセンジャーとするIP3-Ca2+経路の担い手であり、IP3及びCa2+イオンをリガンドとして開閉する、主として小胞体膜上の四量体チャネル分子である。小胞体(ER)は細胞内においてCa2+プールとして機能しており、IP3Rの開口はERから細胞質へのCa2+放出を引き起こす。

生体細胞内において、IP3Rは25個程度のチャネルからなるクラスターを形成していると考えられており、これらのクラスターがIP3-Ca2+シグナル系の最小単位として機能しているとされる。このIP3Rクラスターの活性化による局所的かつ一過性のCa2+濃度上昇は"Ca2+パフ"と呼ばれ、HeLa細胞やアフリカツメガエルの未成熟卵などにおいて観察されている。IP3Rチャネルの分子的特性からCa2+パフの性質を説明する研究も行われたが、Ca2+上昇の持続時間がモデルの予測時間に比べて1/10程度(~100 msec)しかないことなど、解明されていない点も多い。Ca2+パフの定量的な解析により、精製したタンパク質によるin vitro実験ではなく、生体細胞内におけるIP3Rのゲーティングについて重要な知見が得られると考えられる。

従来の実験において、Ca2+パフを検出する際の基準を明確に示した研究はほとんど存在せず、Ca2+イメージング画像において恣意的なROIを設定して解析するのが通例である。このような恣意的な現象の検出は、解析の結果に重大な欠陥をもたらす可能性がある。そこで本研究では、Ca2+イメージングで得られたデータからCa2+パフを自動的に検出しその特性を解析する手法の確立と。その手法を用いてCa2+パフの刺激強度依存性を検討することを目的とした。

Ca2+パフの観察には細胞内の局所的Ca2+濃度をモニターすることが必要であり、この目的には通常蛍光Ca2+指示薬と共焦点顕微鏡が用いられる。多くの研究では、100msec程度の持続時間をもつCa2+パフを可視化するための高速イメージングのために、1次元ラインスキャンモードで共焦点顕微鏡を使用している。しかし、この手法は時間分解能こそ極めて高いものの、観測できる領域が狭く、空間的な情報量に乏しいという欠点がある。この欠点を克服するために、本研究では全反射型蛍光顕微鏡(TIRFM、エバネッセント顕微鏡)を用いて細胞の最下層のみをイメージングするという方法を用いた。蛍光指示薬にはfluo-4を使用した。TIRFMの使用により、細胞1個もしくは2個の全領域を50Hzという高速で観察することが可能となった。

488nmArレーザーを用いたTIRFMでHeLa細胞を観察すると、細胞外からの刺激が全く存在しない場合でも局所的なシグナルの上昇が見られた。この現象("light-induced Ca2+ puff")はレーザーの商社強度をNDフィルターで2.5%までしぼることによって抑制された。この条件で細胞外溶液中にヒスタミンを添加すると、局所的なCa2+上昇が観察された。この現象はIP3Rの阻害剤である2-APBで完全にプロックされた。

Ca2+イメージング画像からCa2+パフを検出する方法としては、各ピクセルにおける蛍光強度の時間的ゆらぎ(標準偏差)の3倍を超えるシグナルを持つデータ点のクラスターを3次元空間内で検出するという手法を用いた。変動するベースラインをもつ蛍光強度変化からの一過性の変化を検出するために、一秒の時間ウィンドウを設定するという改良を行った。この手法により検出されたCa2+上昇は、データを実際に見て確認することができた。

この局所的Ca2+シグナルが細胞内Ca2+プールからの放出であることを確認するため、Ca2+を2mM含む細胞外溶液とCa2+を含まない(1mMEGTA)溶液中でCa2+パフを検出し、両者の特性を比較する実験を行った。2つの条件で検出されたCa2+パフの特性に有意な差は認められなかったことから、この現象が確かに細胞内Ca2+放出であると考えられた。

Ca2+イメージングでは灌流系により0.5, 1, 2, 5, 10, 20 μMのヒスタミンを含む細胞外溶液を供給した。ヒスタミンを含まない溶液を用いたコントロール実験も同時に行い、light-induced Ca2+puffが十分に抑制されていることを確認した。各ヒスタミン濃度において検出されたCa2+パフの持続時間と面積をCa2+パフを特徴づける量として採用し、このふたつの量についてヒストグラムを作成してヒスタミン濃度依存性を検討した。各ヒスタミン濃度における持続時間と面積を用いた単純な解析から、観測されたCa2+パフが十分に小さなチャネル分子のクラスターからのCa2+放出であることをサポートする結果を得た。

ところがヒスタミン濃度依存性を検証したところ、持続時間、面積ともに有意な変化は認められず、Ca2+パフにおいてIP3Rは[IP3]や[Ca2+]に影響されないことが示唆されているように思われた。しかし、細胞全体のCa2+濃度が上昇するデータについてより詳細にCa2+パフの性質の変化を検討すると、細胞全体のCa2+濃上昇に先立ってCa2+パフの頻度、空間分布の広がりが大きくなるという現象が見られた。これはCa2+パフにおけるIP3Rのゲーティングが細胞質内Ca2+濃度、もしくはわずかに早く上昇するIP3濃度によって制御を受けているということを直接的に示唆する結果である。

本研究において、われわれは細胞内の局所的Ca2+シグナルを2次元データから自動的に検出する手法をはじめて確立した。この手法をHeLa細胞のCa2+パフに適用することにより、Ca2+パフの刺激強度依存性を検証した。自動的に検出したCa2+パフの持続時間や面積から、Ca2+パフが実際にIP3RチャネルのクラスターからのCa2+放出に対応しているという結果を得た。細胞外リガンド(ヒスタミン)濃度の異なる条件で検出されたCa2+パフの統計的な分析において、Ca2+パフの時空間的な大きさに予測された刺激強度依存性は認められなかった。しかし、個々のデータを検討することにより、Ca2+パフにおいてIP3Rが実際にCa2+濃度、もしくはIP3濃度によって制御されている可能性を示唆するデータを得た。Ca2+濃度較正と組み合わせたイメージング技術の開発により、細胞内におけるIP3Rのゲーティングを直接モニターする手法として期待される。これ等の結果は、細胞生物物理学に有意義な貢献をしたものと認められる。

よって、審査員一同、論文提出者中村秀樹は東京大学博士(理学)の学位を受けるに十分な資格があるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク