学位論文要旨



No 120990
著者(漢字) 広橋,究一
著者(英字)
著者(カナ) ヒロハシ,キュウイチ
標題(和) 軌道縮退したf電子系における磁気秩序
標題(洋) Magnetic orders in f-electron systems with orbital degeneracy
報告番号 120990
報告番号 甲20990
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4790号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 教授 山,一
 東京大学 教授 金道,浩一
 東京大学 教授 榊原,俊郎
 東京大学 助教授 小形,正男
内容要旨 要旨を表示する

UGe2は常圧下において、キュリー温度TC=52K,飽和磁気モーメント14μB/Uで特徴付けられるa軸方向に非常に大きな異方性を持つ遍歴強磁性体である。数年前に高圧下において強磁性と共存する超伝導が発見され、この物質は一層注目されるようになった。強磁性転移温度は加圧により減少し、Pc〓1.60GPaあたりで強磁性相は消滅する.この強磁性相内部において異常な振る舞いの存在が報告されている。この異常は常圧下では30Kあたりに存在し、加圧によりこの特徴的な温度は減少し、P*〓1.25GPaあたりで消滅する。この強磁性相内部の異常な振る舞いが特に顕著なのは強磁性モーメントとフェルミ面の変化である。強磁性モーメントに関しては低温低圧側の相が高温高圧側の相よりも20%程度大きな強磁性モーメントを持っている。またフェルミ面に関しては低温低圧相において存在しているb軸に沿ったシリンダー状のフェルミ面が高温高圧相で大きく変化することがドハース。ファンアルフェン効果の実験で報告されている。常磁性相から強磁性相への相転移の次数に関しては、高圧側で一次相転移、低圧側で二次相転移になっている。一方、強磁性相内部の異常については一次相転移なのか二次相転移もしくはクロスオーバーなのかは研究者により意見が異なっており、さらなる考察が必要な部分である。本論文ではA.Huxleyらの説に従い、高圧側は一次相転移とし低圧側ではクロスオーバーとして記述した。

強磁性と共存する超伝導はこの一次相転移が消滅するP*〓25GPaあたりを中心としておよそ1.00GPaから1.60GPaの領域で現れ、超伝導転移温度はP*あたりで最高になる.超伝導の臨界磁場の実験を行ったA.Huxley達はこの強磁性相内部の一次相転移が超伝導の発現に重要な役割を果たしているのではないかと結論付けている。UGe2の超伝導の興味深い点は単に強磁性と共存しているということだけではない。超伝導相は強磁性相内部にのみ存在していることも大きな特徴である。また、高圧下では一次相転移によって常磁性から強磁性に転移すると言われており強磁性量子ゆらぎが大きくなっているとは考え難い。これらのことは強磁性内部に存在する一次相転移が超伝導発現に重要なのではないかいうA.Huxley達の推測を支持している.このようにUGe2の強磁性内部に存在する一次相転移は超伝導の新しい起源と成り得る可能性を示唆している。

本研究ではUGe2の結晶構造、スピン軌道相互作用および5f軌道縮退が考慮してあるハバード型モデルの構築から始めた.まず、5f電子には強いスピン軌道相互作用が働いていると考えられ、j=5/2の部分空間における有効ハミルトニアンで十分であると仮定した。そして、ある格子点に存在する5f電子が近接した格子点に直接飛び移ることを仮定した直接f-fホッピング項を想定し、その中でも特に大きな値を持つと思われるσ-bondのみを取り出し、定式化した.結晶場に関しては、UGe2の強磁性の大きな特徴であるa軸方向の強い磁気異方性のみを現象論的に取り入れた最もシンプルな結晶場を導入した。その対称性としてはa軸を中心とする連続的な回転対称性を持つものを考えた。言い換えると、 b軸とc軸の差異を完全に無視し、それらとa軸との差異のみを取り出したものになっている。クーロン相互作用に関しては、特に大きな値を持っていると思われるオン。サイトに関する軌道内クーロン相互作用と軌道間クーロン相互作用、交換相互作用の3項を考慮した。UGe2が示す強磁性-強磁性間の一次相転移という特異な磁性は理論的に取り扱われたことがなく興味深いものであるだけでなく、上で述べたようにこの一次相転移の機構を明らかにすることは超伝導の新しい起源の発見につながる可能性があり、調べる価値のある現象である.また、このモデルはスピン軌道相互作用や5f軌道縮退を含む遍歴f電子系の基本的なものでもある.スピン軌道相互作用は5f軌道縮退を介して磁気モーメントと結晶格子を強く結びつける性質があるので、シングルバンドモデルでは説明できない磁気相転移が出現する可能性もある。それらの意味でこのモデルが基底状態で示す磁気秩序を調べることは理論的にも興味深いと考えられる。具体的には平均場近似の範囲内で構築した有効ハミルトニアンが示す基底状態を調べた。

前半の研究では、常磁性状態が持つ格子並進対称性を仮定し、さらに系全体としてa軸モーメントを持つような、実験結果と矛盾しない範囲である程度一般的な磁気秩序を仮定することによって自己無撞着に解くべき平均場の数を減らし、反復法によって解を収束させた.結果的に、a軸SDW/CDWなどを含む多様な磁気秩序が出現することが明らかになった。これらの磁気秩序相を特徴付けるために、この研究では各相の対称性や磁気構造を調べた。D.R.Pennによって研究されたs波シングルバンド。ハバードモデルによる研究と同様に、ハーフ。フィリング近傍では常磁性相と強磁性相の間には反強磁性的な磁気秩序が現れるが、ホール。ドーピングによってそれは消滅し、常磁性相と隣り合う強磁性相が現れた。シングルバンド。ハバードモデルと異なる点は一次相転移によって隣り合う2種類の一様強磁性が現れることであり、それが5f軌道縮退を考慮した遍歴強磁性特有の性質であることを説明した。

この研究で出現した2つの強磁性は同じ対称性によって特徴付けられ、必ず一次相転移もしくはクロスオーバーによって隣り合うことを明らかにした。また、この研究で見い出した強磁性一強磁性間の一次相転移の特徴は実験とよく一致している。つまり、低圧相に対応する強磁性相では高圧相に対応する強磁性相よりも大きな磁気モーメントを持ち、低圧相に対応する強磁性相において存在する2次元的なフェルミ面がこの一次相転移点において3次元的なフェルミ面に大きく変化する。そして、このフェルミ面の大きな変化は5f軌道縮退を含むモデルを取り扱い、空間的な異方性が大きく異なるjz=±1/2およびjz=±3/2の状態を考慮しているために起きる現象であり、特に低圧低温相において出現する2次元的なシリンダー状のフェルミ面はjz=±1/2の状態にいるf電子により構成されるものとして説明できることを明らかにした。こうした事実から、本研究で構築した有効ハミルトニアンはUGe2の強磁性相内部の一次相転移の特徴のある断面を捉えたものになっていると考えられ、実験における強磁性-強磁性間の相転移の出現に対して、軌道縮退をあらわに取り入れたモデルを考えることの必要性と有効性を示している。ただし、この研究には問題がある。乱雑位相近似によって求めた応答関数を使い、インコメンシュレイトなSDWなども含めたすべての磁気秩序に関係する不安定性を調べると、ここで求めた2種類のa軸強磁性は真の基底状態ではなく、準安定状態であることが分かった。

後半の研究では、フリーエネルギーの計算や超伝導に関する定量的研究に発展させるために、実験で観測されているような一様a軸強磁性が一般的な波数ベクトルで特徴付けられるすべての秩序状態の中で基底状態となるような有効ハミルトニアンの改良を検討した。特に前半部分では、常磁性帯磁率の振る舞いや原子極限での磁気モーメントの形成を調べることにより、a軸方向が容易軸となるような結晶場パラメーターを考察した。その結果、低密度領域においてインコメンシュレイトなSDWも含むすべての秩序状態の中で基底状態となっているa軸強磁性を出現させることができるパラメーター領域を見出した。さらに、このa軸強磁性相内には強磁性モーメントの増加を伴う振る舞いが存在することを示し、それが単一バンドが作る強磁性から複数バンドが作る強磁性へのクロスオーバーの一部であることが明らかになった。言い換えれば、結晶場分裂とクーロン相互作用の競合で起こる軌道縮退を含む遍歴強磁性相特有の現象であると言うことができる。

ただし、超伝導の定量的研究へ発展させることに対してはまだ問題が残されている。つまり、実験で観測されているa軸強磁性はこのような低密度領域において出現する強磁性とは性格が異なるのである。つまり、第一原理計算においてウランサイトあたりのf電子数はnf=2.63やnf=2.81と報告されており、低密度とは言えず、常磁性状態において大きなフェルミ面の存在が指摘されている。筆者はフェルミ面に対して、より直接的な影響を及ぼすホッピング項に含まれる5つのパラメーターの設定の改良を試みたが、今のところ、低密度領域を除いて強磁性がSDWに対して安定に存在する領域は見つかっていない。実際のUGe2では、ゲルマニウムの4p軌道とウランの5f軌道の共有結合による混成のため、ウランの5f電子は一度ゲルマニウムを介して他のウランに飛び移ることを想定した間接f-fホッピング項による効果も存在するであろう。実際の物質中では直接f-fホッピング項よりも間接f-fホッピング項が重要な役割を果たしているように思える。このようにゲルマニウムの4p軌道を介したホッピング項の存在が強磁性の出現に対して必須な可能性もあり、今後に残された課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなり、第1章は、遍歴強磁性体UGe2についての先行研究に対する概説、第2章は扱う模型と理論的手法についての解説、第3章はある結晶場模型を仮定した場合の研究結果、第4章は改良した結晶場模型のもとでの基底状態に関する結果が述べられており、第5章で結論が述べられ、それに関する論考がなされている。

UGe2はウランサイトの5f電子が遍歴的に振舞う強磁性体である。その強磁性相は相転移あるいはクロスオーバーを境界とする二つの相からなり、かつ高圧下では強磁性と共存する超伝導状態が存在する。その超伝導状態の発現と強磁性相内の相転移が密接に関連していることが超伝導臨界磁場の圧力依存性の測定から示唆されている。

UGe2における強磁性一強磁性転移の機構解明は5f電子系における重要なテーマのひとつである。

UGe2における強磁性強磁性転移については一次転移か二次転移かクロスオーバーかは未解決の問題である。またその性質も、フェルミ面のネスティングベクトルを介したCDW/SDW転移との主張があるものの、それを支持する中性子散乱の証拠はない。先行理論研究としてはバンド計算が常圧下の場合になされているのみであり、高圧下の強磁性強磁性転移に関する理論はない。本研究の目的はUGe2の結晶構造、スピン軌道相互作用および5f軌道縮退を取り込んだハバード型模型を構築し、平均場近似と乱雑位相近似で高圧下の磁気秩序、とくに強磁性強磁性転移の有無とその性質について理論的に解明することにある。

3章では、ある結晶場模型を仮定し、常磁性状態が有する並進対称性を持つ磁気秩序に限定した範囲内で平均場近似の解を求めた。結果的に、c(y)軸SDWやa(z)軸SDW/CDWなどを含む多様な磁気秩序のなかで、一次相転移によって隣り合った2種類のa軸一様強磁性が出現することを見出した。その二つの強磁性相間の相転移が起こる理由は、フェルミ面付近の状態を担う5f電子からなる複数のバンドがあり、同じ強磁性モーメントを出す準安定な平均場解が複数あり、それらの解の相対的な安定性が圧力変化とともに変化するためである。この機構は強磁性強磁性転移が軌道縮退が考慮された遍歴強磁性特有のものであることを示している。

さて上記の平均場解は結晶構造と同じ並進対称性を仮定したため、平均場近似における基底状態である保証はない。そこで、任意の周期構造を持つ磁気秩序への不安定性を常磁性状態における応答関数を乱雑位相近似を用いて調べた。その結果、上記の強磁性相は局所的に安定な状態であり、基底状態は長周期構造をもつSDW状態であることがわかった。そこで乱雑位相近似で、常磁性状態におけるSDW不安定性を与える結合定数と強磁性不安定性を与える結合定数を求め、強磁性相とSDW基底状態の相対的な安定性を半定量的に調べた。その結果は、平均場近似を越えた効果すなわち電子相関の効果によって、本研究における強磁性相が、SDW基底状態よりもエネルギー的に安定になるための条件の目安を与えている(3章)。

4章では、結晶場項を改良することにより、磁気異方性に関してはa(z)軸が容易軸となる条件を明らかにした。実際、そうした条件下では実験で観測されているようなa軸強磁性が基底状態として低密度領域で現れることが理論的に得られた。

本研究の主な意義は、平均場近似の範囲内で、UGe2における強磁性一強磁性転移に関する以下の2つの知見を得たことにある。第一に、実験的に未解決であった転移の次数について一次転移またはクロスオーバーであり、対称性の変化を伴わないことを示した。第二に、この強磁性強磁性転移が空間的異方性の異なる複数の軌道が縮退しているために生じることを示した。問題点としては3章で得られた強磁性相は局所安定相であり、平均場近似の範囲内でも真の基底状態ではないことであるが、本論文3章で基底状態に対する相対的な安定性を半定量的に評価し、また単一バンドハバード模型に関する先行研究との比較を行うことで、今後の課題は明らかにされている。

本論文中の第3、4章の一部は、上田和夫氏との共同研究であるが、論文の提出者が主体となって分析を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。よって本論文は博士(理学)の学位請求論文として合格と認められる。

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