学位論文要旨



No 120991
著者(漢字) 藤代,尚文
著者(英字)
著者(カナ) フジシロ,ナオフミ
標題(和) 可視光線から中間赤外線にわたる広域サーベイによる遠方(Z>1)銀河の星質量と星形成率の研究
標題(洋) Mass-assembly and star-formation history of galaxies at z>1 through wide-area surveys from optical to mid-infrared wavelengths
報告番号 120991
報告番号 甲20991
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4791号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 安田,直樹
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 横山,順一
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 教授 満田,和久
内容要旨 要旨を表示する

銀河の形成と進化は、宇宙物理学に残された大きな課題の一つである。WMAP衛星の観測は、宇宙論的パラメータとともに冷たい暗黒物質(Cold Dark Matter; CDM)のゆらぎのパワースペクトルを精度良く決定した。このCDMゆらぎからは、まず小さなCDMハローが形成され、それらが合体してより大きなハローに成長してきたと考えられ、これらの個々のハローに個々の銀河を対応させて捉える単純な階層的銀河進化シナリオに従うと、大きな銀河は小さな銀河よりも後に形成されたと期待できる。

ところが、このシナリオの予想に反し、ビッグバンから30億年たらずしか経ていない赤方偏移2付近の宇宙においても、太陽質量の1011倍以上の星質量をもつ大質量銀河が見つかり、むしろ、大きな銀河から先に星形成が終了してきたという「ダウンサイジング」シナリオが観測的に支持されるようになっている。しかしながら、肝心の大質量銀河の星形成が終わった時期については、赤方偏移1付近、もしくはそれより高赤方偏移であると示唆する研究結果(例:Kodama et al. 2004)がある一方で、赤方偏移1未満でも完了していないとする研究結果(例: Drory et al. 2004)もあり、統一的な見解を得るには至っていない。このように、「大質量銀河の形成はいつ完了したか?」は、理論的にも観測的にも重要な問題である。

そこで、本研究では、大質量銀河の個数密度のみならず、星形成活動もあわせて調べることにより、大質量銀河の形成が完了した時期の確定を試みた。

近傍宇宙においても1Mpc3あたり〜10-3個と数が希少である大質量銀河を統計的に調べるためには、銀河分布の非一様性の影響を避けるため、できる限り広い領域の観測が必要である。さらに、各々の銀河の測光学的赤方偏移、星質量、および、星形成率を推定するたためには、多波長にわたる撮像データも必要である。そこで本研究では、視野が100平方分以上と広く、かつ、可視光線から近赤外線までの波長をカバーした、すばるXMMニュートンディープフィールド(SXDFと呼ぶ)のカタログ、および、我々のグループの観測による北黄極(NEP)付近の二領域(NEP NEおよびNEP SEと呼ぶ)のカタログを用いることにした。使用したカタログの概要を、表1に示す。いずれのカタログも、 Ksバンドで検出された天体をもとに作成された。

測光学的赤方偏移、星質量、および、星形成率の推定は、銀河スペクトル進化モデルとの比較により行った。この比較と誤差評価を高速で行うためのアルゴリズムの開発を行い、かつ、モデル銀河を用いたモンテカルロシミュレーションにより、この方法の信頼性を評価した。本研究で興味のある赤方偏移0.5から2.0にある銀河については、測光学的赤方偏移と星質量に関しては、SXDFとNEPのどちらのカタログのフィルターセットでも、堅牢な結果が得られることを示した。一方、星形成率の推定については、NEPのカタログのフィルターセットではその信頼性が低いが、Spitzer宇宙望遠鏡による波長3ミクロン以上の長波長のデータが追加されたSXDFのフィルターセットでは、堅牢な結果が得られることを示した。この結果を受けて、星形成率についての調査は、堅牢な結果が得られるSXDFの天体のみに行うことにした。

上述した、観測データと銀河スペクトル進化モデルとの比較の結果、赤方偏移0.5以上にあり、かつ、その星質量が1011M〓以上と推定される大質量銀河を、164個(SXDF)、197個(NEP NE)、272個(NEP SE)を検出した。尚、Ksバンドの限界等級から、赤方偏移2 (SXDF), 1.3 (NEP NE),1.5 (NEP SE)までならば、80%以上のコンプリートネスをもって大質量銀河が検出されていることもあわせて示した。赤方偏移2までの大質量銀河を調査した先行研究では、Fontana et al. (2004)では60個、Grazebrook et al. (2004)では33個にすぎなかった。

図1に、赤方偏移の関数とした、単位共動体積あたりの大質量銀河の個数を示す。SXDFとNEPの二領域ともに、赤方偏移1以上においては現在に向かって個数密度の増加が見られるが、赤方偏移1未満においてはほぼ一定で推移しているものと考えられる。この結果は、Kodama et al.(2004)等で示唆されたものと一致する。一方、約1000平方分の観測データから、赤方偏移1.1までの大質量銀河の進化を調べたDrory et al.(2004)では、赤方偏移0.5まで個数密度に増加が見られており、この結果とは一致しないものとなった。

次に、星形成率についても堅牢な推定が可能であるSXDFの大質量銀河について、銀河のサイズによらない星形成の活発さを示す時間尺度(=星質量÷星形成率)を、赤方偏移の関数として調査した。この時間尺度が短いほど、星形成が活発であることを示す。この結果を図2(左)に示す。赤方偏移1以上で数多く見られた、星形成の時間尺度が宇宙年齢を下回るような大質量銀河が、赤方偏移1を境に急速に見られなくなった。さらに赤方偏移を幅0.2または0.4のビンごとに区切り、そのビンの中での大質量銀河の星形成の時間尺度のヒストグラムを調べた(図2(右))。星形成の時間尺度のメディアンは、赤方偏移1.2以上の瓶では10-25Gyrでほぼ一定で推移するが、赤方偏移1.1の瓶では100Gyr、赤方偏移0.9の瓶では約500Gyrに達した。以上の結果は、SXDF領域における大質量銀河の形成が、赤方偏移1.0付近において終了したことを、明確に示すものである。以上のような手法により、世界で初めて大質量銀河の形成が終了した年代を特定した。

ところで、赤方偏移1以上での銀河進化の様子をより詳細に調べるために、赤方偏移の関数として、銀河の星質量関数を計算した。この計算結果を図3 (左)に示す。SXDFの結果に注目すると、赤方偏移1から2において、星質量関数の傾きが変化するあたりの星質量は約40%しか変化していない。一方、星質量関数をシェヒター関数でフィットしたときの規格化定数の値は約6倍変化している。この事実は、赤方偏移1から2の銀河進化は、主に密度進化が行われていたを示している。この結果は、SXDFの半分程度の観測領域によるFontana et al.(2004)の結果と一致する。

一方、SXDFとNEPの二領域の質量関数を、同じ赤方偏移において比較すると、赤方偏移1.1付近では2倍程度の違いが見られた。この結果は、赤方偏移1.1付近において最大約3倍のばらつきが銀河分布にあることを示したDrory et al. (2004)の観測結果と、一致するものである。銀河進化に関して統一した見解を得るためには、より広い領域の観測が必要であることが、改めて示された。

最後に、図3(右)に、銀河の星質量関数にベストフィットしたシェヒター関数を積分することにより計算した、宇宙の星質量密度を示す。ただし、この計算に用いた赤方偏移0.8以上のシェヒター関数については、低質量側の傾きを、赤方偏移0.4-0.8と同じものを仮定した。これにより、SXDFでは赤方偏移2.0において、現在の宇宙の20%の星質量が形成されていたことが示唆された。

表1: 本研究で使用した銀河カタログの概要

図1:北黄極近傍の二つの領域(NEPNE, NEP SE)、および、SXDFにおける、1011M〓以上の星質量をもつ大質量銀河の、単位共動体積あたりの個数。黒い菱形は、Cole et al. (2001)による近傍宇宙の結果。赤い菱形は、Coleet al.(2001)の結果を、本研究の星質量の推定法で行った場合に補正した結果。白い菱形、Drory et al. (2005)による、Great Observatories Origins Deep Survey-South (GOODS)およびFORS Deep Field (FDF)における結果。白い十字は、Drory et al.(2004)による、Munich Near-Infrared Cluster Survey (MUNICS)における結果。

図2: (左)SXDFにおける、赤方偏移の関数とした、個々の銀河の星形成の時間尺度(=星質量÷星形成率)。赤い大きな丸は、 1011M〓以上の星質量をもつ大質量銀河を示す。小さい丸は、1011M〓未満の星質量をもつ銀河を示す。密集を防ぐため、誤差棒は大質量銀河のみ示した。実線は、ある赤方偏移に対する宇宙年齢。(右)赤方偏移の瓶別の、大質量銀河の星形成の時間尺度のヒストグラム。点線は、赤方偏移のビンの中心における宇宙年齢。

図3: (左)赤方偏移の関数とした、星質量関数(赤: SXDF,緑:NEP NE,青:NEP SE)。実線は、コンプリートネス補正を行った星質量関数にべストフィットしたシェヒター関数。シェヒター関数の低質量側の傾きは、赤方偏移0.4-0.8のものに固定した。比較として、K20サーベイ、GOODS、FDF、および、Cole et al. (2001)の近傍宇宙の観測結果も示した。(右)赤方偏移の関数とした、単位共動体積あたりの銀河の星質量。左図で求めたシェヒター関数を積分することによって導出した。

審査要旨 要旨を表示する

WMAP衛星の観測などにより、宇宙論パラメータや冷たい暗黒物質(Cold Dark Matter; CDM)のゆらぎのパワースペクトルなどが精度良く決定されつつある。CDMの支配する宇宙では小さなものから大きなものへと階層的に質量の集積が起こると考えられている。星で構成される銀河もダークマターと同じように形成されるとすると、小さい銀河から大きな銀河に進化していくように考えられる。しかし、実際にはビッグバンから30億年程度しかたっていない宇宙においても太陽質量の1011倍の質量を持つ銀河が見つかっており、銀河がどのように形成され、進化してきたのかは十分に解明されていない。本論文では、大質量銀河の個数分布と星形成率を合わせて調べることにより、銀河形成に対する制限を与えようとしている。

本論文は5章からなる。第1章は、イントロダクションであり、研究の背景として階層的銀河進化モデルと単一的重力崩壊モデルを比較し、最近の観測結果についてレビューを行っている。第2章は本論文で利用しているデータについてその性質などが述べられている。本論文ではSXDFとNEPという2つの領域について2mクラスの望遠鏡で撮られた近赤外線のデータ(JHK)、すばる望遠鏡で撮られた可視光線のデータ(BVRiz)を利用している。SXDF領域についてはさらにSpitzer望遠鏡による3.6μm、4.5μmのデータも利用している。これらの領域の視野は100から300平方分角と個数密度が10-3/Mpc3と小さい大質量銀河を多数サンプルために広く設定されており、これまでの研究と比べても非常に広いものとなっている。これらの領域から銀河の星の質量と良い相関があると考えられているKバンドを使ってサンプルの銀河を選び出している。第3章では、銀河の観測データから赤方偏移、星質量、星形成率などを推定するための解析方法について述べられている。測光観測データしか利用できないため、銀河の赤方偏移は銀河のモデルスペクトルをテンプレートしてフィッティングすることにより求める必要がある。モデルスペクトルとしてBruzal&Charlot(2003)の銀河進化モデルとガスのリサイクリングを取り入れたKodama&Arimoto(1997)の両モデルを使って誤差などの評価を行っている。誤差の評価は分光観測データの利用可能なハッブルディープフィールドのデータとシミュレーションを用いることで行っている。その結果、赤方偏移の決定精度は約5%、星質量と星形成率は30%で決定できることが示されている。ただし、星形成率はSpitzer望遠鏡のデータがない場合には星形成率と銀河内での吸収量との間の縮退が解けないために十分な精度では決定できないとされている。

第4章で結果が記述されている。第1の重要な結果は大質量銀河の個数密度の赤方偏移に対する変化である。赤方偏移1以上においては現在に向かって個数密度の増加が見られ、これは、これまでの観測結果とも一致する。しかし、赤方偏移1以下では増加の割合が小さくなりこれまでの研究とは異なる結果を得ている。また、個数密度の絶対値では本論文で扱っている2つの領域で50%以上の違いがあり、数100平方分角という視野ではまだ十分に広い領域をカバーしているとは言いがたいという結論になっている。第2の重要な結論は星形成の時間スケールの赤方偏移に対する変化である。星形成の時間スケールは銀河の質量を星生成率で割った値として定義している。その結果によると赤方偏移1の付近を境に現在に向かうと活発な星形成をする銀河の数が大きく減っていることが示されている。これは大質量銀河の星生成の終了時期を示唆するものである。その他、星質量関数の赤方偏移変化などが調べられており、赤方偏移1付近を境に大質量銀河の星生成の性質が変わっていることを示している。第5章ではこれらの結果がまとめられている。

以上述べたように、本論文は現在利用可能な多波長のデータを最大限用いて大質量銀河における星生成の歴史に新たな知見を加えるものである。個数密度に見られたように視野による違いも考えられ、普遍的な大質量銀河の星形成を明らかにしたとは言いがたいが、星形成の歴史を考える上での貴重な結果であると判断する。本論文の主要部分の内容はSXDFの観測グループおよびASTRO-Fグループとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および考察を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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