学位論文要旨



No 120997
著者(漢字) 吉口,寛之
著者(英字)
著者(カナ) ヨシグチ,ヒロユキ
標題(和) ワープしたフラックス・コンパクト化におけるブレーン重力と動的安定性
標題(洋) Brane gravity and dynamical stability in warped flux compactification
報告番号 120997
報告番号 甲20997
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4797号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,順一
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 教授 川,雅裕
 東京工業大学 助教授 白水,徹也
 東京大学 教授 柳田,勉
内容要旨 要旨を表示する

本論文の主要テーマは、我々が見出した6次元のブレーンワールドモデルにおける「ブレーン重力の高次元的な理解」である。このモデルでのブレーン重力をある単純化した場合で解析し、解の動的安定性も調べた。

近年、統一理論の候補として超弦理論が注目を集めている。この理論は、全ての粒子をたった二種類の弦(開弦と閉弦)の振動モードとしてあらわせる可能性を持ち、また、重力子と解釈可能なスピン2の質量ゼロの粒子を必ず含むといった魅力的な点をもつ一方で、我々の住んでいる世界は10次元時空であるという驚くべき予言をする。しかし、当然我々が日常感じている時空は4次元であるため、この次元の違いを埋め合わせる必要がある。昔からよく知られた解決方法はカルーツァ・クラインコンパクト化というもので、6つの余剰次元が小さくまるまっていて我々には見えないとする。しかし、最近の超弦理論の進展により、我々の4次元世界は10次元時空中の膜(ブレーン)である、とする新たな埋め合わせの機構が考えられ始めた。

ランドールとサンドラムは二つの興味深いブレーンワールドの現象論的モデルを提案した。一つ目のモデル(RS1)では、5次元の反ドジッター時空中に正と負の張力を持つ二つのブレーンを置き、物質場はブレーンに束縛されているが重力子だけが時空全体(バルク)を伝播するという状況を考え、我々が負の張力をもつブレーンに束縛されているとすれば、階層性問題が説明できることを示した。しかし、このモデルではブレーン間の距離をあらわす場(ラデイオン)が4次元重力子と結合してしまうため、アインシュタイン重力を再現するにはラデイオンの安定化機構を導入する必要がある。二つ目のモデル(RS2)では、5次元反ドジッター時空中に正の張力をもつブレーンを一枚置き、その上でアインシュタイン重力が低エネルギーで再現されることを示した。このモデルでは余剰次元は無限に広がっており、余剰次元をコンパクト化しなくてもアインシュタイン重力を再現できることを示した点で興味深い。

以上のモデルを基に、ブレーンワールドにおける弱重力、宇宙論、ブラックホールなど様々な現象が議論されているが、これまでの研究は5次元時空のモデルにおけるものが大半である。これは余剰次元が2以上の物体を相対論的に扱うことが難しいためであるが、上で述べたように超弦理論が予言するのは1 0次元である。したがって、余剰次元が1より大きい場合のブレーンワールドの研究も重要である。

本研究では、向山信治、仙洞田雄一、木下俊一郎との共同研究により、6次元ブレーンワールドモデルの厳密解を見つけた。このモデルでは、ワープしたコンパクトな余剰次元がフラックスにより安定化されており、1つもしくは2つのブレーンを置くことができる。したがって、ラデイオンの安定化機構を導入したRSlモデルを拡張したモデルであると言える。また、超弦理論におけるドジッター真空の構築において重要なワープしたフラックスコンパクト化(warped flux compactification)とも、ワープした余剰次元をフラックスで安定化している点で類似している。本研究のテーマは、この6次元ブレーンワールドモデルにおけるブレーン重力の高次元的理解である。

ここで過去の高次元モデルにおける4次元アインシュタイン重力の再現について見てみる。まずカルーツァ・クラインコンパクト化の場合は、余剰次元方向の運動量保存則のためゼロモードとカルーツァ・クライン(KK)モードが線形では結合していないため、コンパクト化に対するモジュライが安定化されていれば4次元重力が再現する。次にRS2モデルの場合は、物質がブレーンという特異な物体に束縛されているため、運動量保存では物質とKKモードの相互作用は禁止されない。しかし、余剰次元がワープしているためにゼロモードがブレーン近傍に局在しているので、KKモードよりゼロモードとも結合が強く、ブレーン上で4次元重力が再現される。

では、ワープしたフラックスコンパクト化の場合はどうであろうか。この場合RS2と同様にブレーン上の物質はKKモードとも相互作用する。しかし、RS2とは違い、我々が住むブレーンはワープファクターが周りより小さいところでもありうるため、ゼロモードは必ずしもブレーンに局在していない。したがって、ブレーン上の物質の進化によりブレーン近傍だけでなく、バルク全体の幾何が変更を受ける。にもかかわらず、余剰次元のモジュライが安定化されていれば、ブレーン上の物質の進化、保存量などの境界条件からユニークに決まるある形状にバルクは落ち着く。こういった過程を通してブレーン上に誘発される幾何はブレーン上の物質の進化に反応するのである。ワープしたフラックスコンパクト化における重力を高次元的に理解するには、この間接的で複雑な関係からアインシュタイン重力が本当に再現されるかを見るのは非常に重要である。

そこで、私は、研究の第一歩として我々が見つけたブレーンワールドモデルでそれぞれのブレーンの張力が変化したときにハッブル膨張率がどの程度変化するかを解析した。結果としては、この解析から得られる有効ニュートン定数が6次元の作用で余剰次元を積分することにより予想されるものと一致することがわかった。

次に、この解の動的安定性を調べ、余剰次元のモジュライが安定化されているかを見た。簡単のため、余剰次元の軸対称性を課しこの解のまわりでの線形摂動を考えた。摂動は4次元ミンコフスキー空間のスカラー、ベクトル、テンソル型調和関数で展開でき、それぞれの型について解析を行った。全ての型で不安定なモードは存在しないことを示し、また、テンソルの場合のみ4次元の重力子に対応するゼロモードがあることがわかった。さらに、ゼロモードとKKモードの間にはマス・ギャップがあることも見つけた。上で述べたように、ワープしたフラックスコンパクト化の場合物質とKKモードは結合しており、かつ、ブレーン近傍にゼロモードは局在していないのでアインシュタイン重力の再現は一見明らかでない。しかし、マス・ギャップのため低エネルギーではKKモードの励起が抑圧されるために4次元重力が再現するのだと考えられる。

ワープしたフラックスコンパクト化は、超弦理論に基づいた現実的な宇宙論の構築に向けて、今後、重要な役割を果たすと考えられる。しかし、ワープした領域、コンパクト化、モジュライ安定化を含む、具体的な10次元解は現時点では与えられておらず、仮に将来的に与えられても、非常に複雑なものであると考えられる。この様な状況では、調べようとする側面のみに着目したトイモデルが必要不可欠であると考えられる。本論文で与えられた厳密解は、6次元の簡単化されたモデルではあるが、ワープした領域、コンパクト化、フラックス、モジュライ安定化の全てを含んでいる。線形重力の再現、インフレーション宇宙論、ブラックホールの性質の定性的解析等の応用に役立つと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

近年、素粒子の統一理論の候補として超弦理論が活発に研究されている。この理論は時空が10次元であることを予言する。その中でわれわれの住む4次元世界がどのように実現したかは、重要な問題であるが、最近われわれの4次元宇宙は10次元時空の中に埋め込まれたブレーン(膜)である、というブレーンワールドシナリオが提唱され、活発に研究されている。

高次元時空に埋め込まれたわれわれの宇宙において4次元重力をはじめとする既知の物理法則が成り立つためには、余剰次元の自由度(モジュライ)が固定されている必要がある。超弦理論の枠内でこれを実現する方法として、フラックスコンパクト化という機構が提唱されている。また、歪曲(ワープ)した高次元時空の中にわれわれのブレーン世界を埋め込むことによって、素粒子の階層性問題が解決される可能性があることが指摘されている。

本論文は6次元という簡単化した状況設定ではあるものの、このような最新理論の本質的な特徴を含んだモデルにおいて厳密解を見出し、既知の4次元宇宙の実現可能性を論じたものである。

本論文は本文6章と付録8項からなり、各章の構成は以下の通りである。

第1章はイントロダクションであり、上述のような本研究の背景が論じられている。第2章は高次元理論のレビューに当てられ、特に本論文が依拠するブレーンワールドシナリオの原論文である、ランドールとサンドラムの研究、ならびにフラックスコンパクト化を用いたカチュルらの研究が紹介されている。

第3章は著者らが考察した6次元理論の定義と定式化に当てられている。このモデルは宇宙項を含んだ6次元アインシュタイン重力においてU(1)ゲージ場を含んだだけの単純なモデルであるが、このゲージ場の持つ「磁場」のフラックスによって余剰次元は安定化されており、さらに余剰次元が歪曲(ワープ)した構造を持ち得るという特徴を備えている。著者はまず、このモデルにどのようなモジュライがあるかを調べ、それがフラックスによって安定化されていることを確認した。そして、ウィックローテーションを巧みに用いることにより、既知の解と関係づけることに成功し、厳密解を得た。さらにこの高次元解にわれわれの宇宙に対応するブレーンともう一つのブレーンを埋め込むことができることを示した。そして、ブレーンの張力と余剰次元の座標との関係を明らかにした。本章の内容は、向山信治、仙洞田雄一、木下俊一郎との共著論文に基づくものである。厳密解を導く過程は向山信治の発案によるものの、このモデルのモジュライの性質を明らかにすること、並びに4次元宇宙たるブレーンと余剰次元の関係を明らかにすること等は著者の研究成果である。

第4章は4次元ブレーンに一様・等方性を要請した際に得られるフリードマン方程式が、通常の4次元理論において現れ、なおかつわれわれの宇宙の進化をよく記述する既知のフリードマン方程式と、ニュートン重力定数の値まで含めて一致することを示したものである。これは、この理論において4次元重力が正しく再現されることを示す第一歩として重要なものである。本章の内容も、第3章と同じ共著論文に発表されているものであるが、ここで行われた数値計算は著者の手によるものであり、十分な寄与があったと判断される。

以上によって一様・等方時空においてはニュートン重力が再現されることがわかったので、著者は第5章においてこのモデルの動的安定性、すなわち摂動に対する振る舞いを解析した。著者はこの摂動を、4次元時空を表すブレーン上の変換性によって分類し、スカラー、ベクトル、テンソル型調和関数で展開することによって、個別に解析した。それぞれのしたがう運動方程式を導出し、各モードの固有値を計算した。その結果、すべてのタイプの摂動において不安定モードは存在しないこと、またテンソル型の場合のみゼロモードが存在することを示した。これは4次元グラビトンに他ならない。これ以外の固有値はすべて、6次元の宇宙項によって決まるこの理論のエネルギースケール程度以上の値を持ち、これ以下の低エネルギーではこれらの高次元モードは励起されないこと、すなわち4次元重力が正しく再現されることを示した。本章の内容も、向山信治、仙洞田雄一、木下俊一郎との共著論文に基づくものであるが、著者は定式化、数値解の導出等、主要な役割を果たしたと認められる。

歪曲(ワープ)したフラックスコンパクト化は、超弦理論に基づいた宇宙論の構築に向け、今後重要な役割を果たすことが期待される。本論文は簡単化したモデルであるとはいえ、その本質をすべて含んだモデルにおいて4次元重力の再現を検証した研究であり、今後の発展の期待される研究成果であるといえる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク