No | 120999 | |
著者(漢字) | 小谷,隆行 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コタニ,タカユキ | |
標題(和) | 光干渉計における高ダイナミックレンジ観測について | |
標題(洋) | High dynamic range observation in optical interferometry | |
報告番号 | 120999 | |
報告番号 | 甲20999 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4799号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 天文学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究は、大きく分けて二つの部分から構成されている。一つは、シングルモード光ファイバーを用いた光干渉計による、高コントラスト天体の観測である。この研究では、光干渉計CHARAとファイバービームコンバイナーFLUORを用いて、近接連星系θDraconisを観測し、主星とのコントラスト比61の伴星を初めて検出した。ここでは、シングルモード光ファイバーを、大気による波面の乱れを取り除くSpatial filterとして用いて、高コントラスト天体の観測に成功した。もう一つは、長さ100mを超えるシングルモード光ファイバーによって、マウナケア山頂の大望遠鏡を結合し、巨大な赤外線干渉計を構築する。HANA(Optical Hawaiian Array for Nanoradian Astronomy)干渉計の開発である。この研究では、長さ300mのファイバーの温度特性評価を行い、このファイバーを使って二つのKeck望遠鏡を結合し、恒星の光で干渉縞を得ることに成功した。これによって高感度・高精度な光赤外線干渉計を容易に実現できる可能性を示した。 光干渉計による近接連星系θDraconisの観測とコントラスト比61の伴星検出 恒星51Pegasiの視線速度測定によって太陽系外惑星の存在が明らかになって以来、系外惑星探査が盛んに行われるようになってきた。しかしこれまでに行われた探査の多くは、視線速度やTransit観測といった間接的な手法に限られている。高い角分解能を持つ光干渉計は、惑星を直接検出するための有効な手段であるが、大気の乱れによって測定精度が低下するため、系外惑星のような高コントラスト天体の観測は難しい。系外惑星探査は、伴星と主星のコントラスト比が高い連星系の観測と考えることができるが、これまでに光干渉計で観測された連星系のコントラストは、大気の乱れのため、最高でも28にすぎない。一方、直接検出が最も容易であると思われる51Pegasibのような巨大ガス惑星、いわゆる「Hot Jupiter」の近赤外でのコントラスト比は104程度だと考えられており、これまでの光干渉計では検出不可能である。 近年、光干渉計では、大気の乱れの影響を取り除くSpatial Filterとして、シングルモード光ファイバーが使われるようになり、これを使えばHotJupiterのような巨大ガス惑星が直接検出可能であると予測されている。本研究では、系外惑星の直接検出に向けた第一歩として、光干渉計による連星系の観測を行い、コントラスト100程度の伴星を検出することを目指した。ターゲットとして、暗い伴星を持つと思われる近接連星θDraconisを選び、これをアメリカ・Mt.WilsonにあるCHARA干渉計と、シングルモードファイバーを用いたFLUORビームコンパイナーを用いて観測した。 θDraconis(=HD 144284)はVmag= 4.0,K mag=2.7、主星はF8の準巨星、軌道周期3.07日の分光連星である。100年以上前から主星の視線速度の変動が観測されており、近年、近赤外での分光観測により伴星の視線速度測定にも成功している。 本研究では、CHARA干渉計のW1E2基線(251m)、W2E2基線(152m)を使用し、8晩にわたってK-band(1.95・2.3μm)で合計34点のvisibilitypointを取得した。 得られたvisibilityから天体の軌道・物理要素を導出するためには、理論モデルを作成し、得られたvisibilityにモデルフィットする必要がある。伴星が存在しないと仮定した単一星モデルと、連星モデルの両方でモデルフィットした結果、連星モデルの方がより得られたデータに一致することがわかった。このモデルフィットにより、θDraconisは主星とのコントラスト比61の伴星を持つことを初めて明らかにした。これは光干渉計で観測された中で、最もコントラスト比の高い連星である。図1は、導き出された軌道パラメーターから再構築したθDraconisの軌道である。 また、干渉計のデータと、これまでに行われた視線速度のデータを同時に解析することによって、連星系の全ての軌道・物理パラメーターを決定し、連星の力学的質量を初めて決定することに成功した。その結果、主星は1.23±0.23太陽質量のF8準巨星、伴星は0.47±0.04太陽質量のK7主系列星と同定することができた。また、求められた主星の視直径・有効温度は、過去に行われた間接的な観測方法による結果と一致していた。さらに、主星の明るさ・有効温度・力学的質量を、恒星の進化モデルと比較することにより、主星の年齢は約3Gyrということがわかった。この結果により、近赤外でのコントラスト10000を持つと思われる、51Peg bのようなHot Jupiterの直接検出に一歩近づたと言える。 OHANA干渉計の開発 OHANA(Optical Hawaiian Array for Nanoradian Astronomy)計画は、すばる望遠鏡を含むマウナケア山頂の大望遠鏡をシングルモード光ファイバーで結合し、最長基線800mの巨大な赤外線干渉計を構築する計画であり、2000年から開発を行っている。図2はOHANAで使用する予定の、マウナケア山頂の大望遠鏡群の写真である。山頂には口径3m以上の大望遠鏡が7台あり、これらをファイバー結合する。 OHANAは、(1)光の可干渉性を保持したまま長距離光伝送が可能、(2)既存の補償光学を備えた大望遠鏡を使うことができる、(3)Spatial filterにより大気の乱れの影響を取り除くことができる、といったシングルモードファイバーの特徴により、容易に高感度・高角分解能な大規模赤外線干渉計を構築することができるOHANAによって、これまで観測できなかったAGN(Active Galactiv Nulear)やYSCK(Young stellar Object)といった暗い天体の中心領域を超高角分解能で観測することができ、これらの天体の理解が大きく進むと考えられている。 本研究では、OHANAで使われる長さ300mのJ、Kバンドシングルモード光ファイバーの温度特性について調べ、干渉計に対する影響を調べたOHANAでは、ファイバーの大部分は屋外に設置され、一部は屋内に設置される。このような状況では、ファイバーはマウナケア山頂の温度変化(一晩で約5 ℃の変化)や、局所的な温度差の影響を受ける。ファイバーの素材はガラスであり、温度変化に敏感であると考えられるが、干渉計に対する影響はよくわかっていなかった。本研究では、マウナケア山頂の温度環境を実験室で再現し、(1)干渉縞の中心位置、(2)分散の差、(3)偏光状態、がどのように変化するかを調べた。 実験では、片方のファイバーに温度差を与え、干渉縞の位置の変化を測定した。その結果、ファイバーの長さが変化することによって干渉縞の位置は大きく変化するが、マウナケア山頂の温度変化ならば、位置の変化は簡単に追尾可能であることを示した。また、温度変化により、光路長の差が波数に対して非線型な依存性を持つ、分散の差が発生する。その結果、干渉縞の位相が全波数で一致せず、見かけのコントラストが大きく低下することがわかった。これは干渉計の感度・測定精度の悪化を招く。そこで本研究では分散の影響を補償するための新しい手法を提案し、実験によってその有効性を確認した。一つは、ファイバーと似た分散特性を持ったガラス板を光路中に挿入する方法、もう一つはファイバーの長さを物理的に引っ張って伸ばす方法である。どちらの方法も、ほぼ分散の影響を打ち消すことに成功した。 また、ファイバーの温度が変化しても、ファイバーを透過した光の偏光状態はあまり変化しないことを示した。これらの実験によって、マウナケア山頂にファイバーを敷設しても、問題がないことを示した。 2005年6月には、長さ300mのKバンドファイバーを使い、二つのKeck望遠鏡を結合して干渉計観測のデモンストレーションを行って、恒星107Herの干渉縞を観測することに成功した。図3に、得られた干渉縞を示す。 107 Herの予想されるvisibilityは0.99であるが、観測されたのはわずか0.26であった。これはKeck望遠鏡の補償光学内にある、波面センサーへ可視光を分離するダイクロイックミラーの材質が、KeckIとKeckIIとで異なっており、そのために生じた分散の差が原因である。このダイクロイックミラーは簡単に交換可能であり、交換後には高いvisibilityを得ることができると思われる。また、光の利用効率については、悪天候のため精密な測定ができなかったが、最低でも0.5%の効率があることが測定された。晴天時に予想される効率は2%であり(検出器の量子効率・ビームコンバイナーの効率を含める)、ファイバーを使わないKeck干渉計の効率は1%であるため、ファイバーを使った干渉計のほうが潜在的には有利である可能性が示された。 ファイバーの温度特性を調べ、実際にそのファイバーを使って2台のKeck望遠鏡を結合した実験の成功によって、将来の最長基線800m・77台同時干渉を目標とした、マウナケア大干渉計の構築に大きく貢献したと言える。 本研究によって、シングルモード光ファイバーを使えば、従来よりもはるかに高精度・高感度な干渉計を実現することができることを示した。 図1:再現したθDraconisの軌道 図2:マウナケア山頂の大望遠鏡群(撮影:国立天文台) 図3:恒星107Herの干渉縞(フィルター処理後) | |
審査要旨 | 複数台の望遠鏡を結合して観測を行う干渉計は、光赤外波長域で高空間分解能観測を実現するための極めて有効な観測手法と言える。本論文は光赤外線干渉計にシングルモードファイバーを用いることにより、高感度・高精度・高ダイナミックレンジの光赤外線干渉計観測が実現できることを、二種類のアプローチの仕方により示したものである。論文は三章から構成され、第一章では光赤外線干渉計に関連する基礎的な事柄が簡潔にまとめられている。ここにはシングルモードファイバーを干渉計に用いることについての原理や利点、歴史的事実、また干渉計を用いた恒星観測についての手法などが記述されている。第二章では、CHARA(Center for High Angular Resolution Astronomy) array を用いて行われた干渉計観測についてまとめられている。観測は、きわめて暗い伴星をもつ連星を対象にし、高ダイナミックレンジの測定を目指したものである。第三章では、300mのシングルモードファイバーを用いて大望遠鏡を結合して行なわれた干渉計実験についてまとめられている。これは、マウナケア山頂において、シングルモードファイバーを用いて行われた初めての干渉計実験である。 高い空間分解能を有する光赤外線干渉計は、系外惑星の直接検出の有効な手段と考えられる。惑星系の検出のためには大きなダイナミックレンジが必要であり、そのためには高精度の観測が必須である。実際には大気の乱れの影響で観測精度が劣化するために、従来の光赤外線干渉計観測によって達成された、最も高いコントラストは28にすぎない。ところが系外惑星系としてもっとも観測容易と思われるhot jupiter型の系外惑星を検出するためにさえ、およそ10000のコントラストが必要とされる。シングルモードファイバーは大気の乱れを取り除く空間フィルターとして機能することが知られているので、これを用いることにより観測精度を向上させることが可能である。そこでファイバーによるビームコンバイナーを備えた干渉計CHARA arrayを用いて、連星系θDraの観測を試みた。θDraは分光観測によりもともと暗い伴星を持つことが示されていたものである。観測は2ミクロン帯において、251 mと152mの2つの基線を用いて行われた。8晩にわたって行われた観測によって得られたvisibilityから理論モデルを作成し、連星系の軌道、物理要素を導出することに成功した。およそ2ミリ秒角離れた連星系θDraの観測から導かれた主星と伴星のコントラストは61であり、これは光赤外干渉計で実現された最も高いコントラストの観測である。 高感度高空間分解能を達成することを目的に、マウナケア山頂の7台の大望遠鏡群を干渉計として結合する計画がOHANA(Optical Hawaiian Array for Nanoradian Astronomy)プロジェクトである。最長基線800mのこの干渉計はパリ天文台を中心に日本も含めた多数の国を含む国際協力のもと2000年から進められており、完成の暁には活動銀河核や星生成領域などの高空間分解能の観測が可能になると期待されている。既設の光路が確保されていないこれらの望遠鏡群を結合するためには、長距離を繋ぐファイバーの利用が必須である。本論文では、OHANAで用いることを想定し、使用するファイバーの光路長、分散特性、偏光状態などの温度特性を調査評価した。実際の観測においてはファイバーの温度変化により著しく観測性能が劣化することが示され、これに対する新たな対応方法を提案した。2005年6月にはこのファイバーを用いてOHANAとしては最初の干渉計実験を成功させた。 Keckの2つの望遠鏡を結合し、恒星107 Herの干渉縞を観測することに成功したものである。 このように本研究は、シングルモードファイバーを用いることにより、高精度・高感度の光赤外線干渉計が実現できることを、実際の観測によって実証したものであり、将来の光赤外線干渉計の発展に大きく貢献するものと認められる。なお、CHARA arrayによる観測は申請者が主導して行った観測実験である。またOHANAについては共同研究として行われた実験であるが、本論文に含まれる内容については申請者の貢献度が充分であることが認められた。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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