学位論文要旨



No 121000
著者(漢字) 斎藤,智樹
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,トモキ
標題(和) 赤方偏移 Z〜3-5における、広がったLyman α輝線天体の系統的探査
標題(洋) Systematic Survey of Extended Lyman α Sources over Z〜3-5
報告番号 121000
報告番号 甲21000
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4800号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小林,尚人
 東京大学 教授 吉井,讓
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 梶野,敏貴
 東京大学 教授 川邊,良平
内容要旨 要旨を表示する

遠方のLyα輝線天体(LAEs)は、若い銀河の候補天体である。それらLAEsに対してはこれまでに多くの探査がなされており、既に数千個の天体が知られている。それらのうちには、輝線等価幅の非常に大きい天体も存在し、有意な星形成を行う前の、形成初期の銀河である可能性もある。しかし、それが本当に形成初期の原始銀河であることを確信するに至る観測的証拠は得られていない。一方、ほとんどのLAEsが比較的コンパクトであることが知られているが、z=3.1の高密度領域において、空間的に広がった(〜100 kpc)輝線成分を持ち、UV連続光が非常に暗くコンパクトな天体"Lyα Blobs"(LABs)が2個、偶然発見された(Steidel et al. 2000)。こうしたLyα輝線成分が広がっていてUV連続光成分が暗くコンパクトな天体は、銀河形成のごく初期段階にある非常に若い天体の可能性がある。こういった広がった輝線天体の存在は、この2つのLABsをはじめとするごく少数が知られていたに過ぎない。これまでに広範囲の系統的な探査がなされていないため、この種の天体がz〜3を越える遠方でどれだけ普遍的に存在するかは、今もって解明されていない。また系統的なサンプルが存在しないことから、この種の天体の性質も限られた例を除いて調べられてはおらず、広がったLyα輝線の物理的起源が何であるかは知られていない。

そこで、こうした広がったLyα輝線天体の系統的なサンプルを得るため、すばる望遠鏡+Suprime-Camを用いて、blank-fieldであるSubaru/XMM-NewtonDeep Fieldの深い探査を行った(S02B-163: Kodaira et al.)。Suprime-Camは、約900平方分という広大な視野を持ち、すばる望遠鏡の高い撮像性能とあわせて、多くの遠方銀河を一度に同定することができる。さらに我々は、広範囲の赤方偏移をカバーするため、一般的に用いられる狭帯域フィルター(帯域幅〜70-80Å)の数倍の帯域幅(〜300Å)を持つ、中間帯域フィルターを用いた。この中間帯域フィルターを7枚用いることで〜5100-7300Åという波長範囲をほぼ隙間なくカバーした。これはLyα輝線の赤方偏移にして3.24〓z〓4.95という範囲に相当し、これにより1×106h-3Mpc3(comoving)という広大な体積を探査することができた。このフィルターは狭帯域フィルターに比べて輝線成分に対する感度が低く、結果としてLABsのような等価幅の非常に大きな天体を優先的に(本研究では静止系等価幅EWrest〓55Å)、広範囲にわたって探査することができる。

この探査の結果、我々は、空間的に広がったLyα輝線天体を41個同定した。うち7天体についてすばる+FOCASによる低分散分光観測を行ったところ、7天体すべてが遠方のLyα輝線天体であることが確認された。すなわち、我々のサンプルは誤認天体がほとんど含まれておらず、純度の高いサンプルであることが分かる。これらの天体は、我々が探査した天域・赤方偏移においてほぼ一様に分布しており、その数密度は〜4×10-5h3Mpc-3(一般的なLAEsの10-2-10-3倍)であった。大きさは典型的に10-15 kpc程度(最大〜30kpc)、Lyα輝線光度は1042-1043ergs s-1程度であった。これは2つのz=3.1 LABsや、その周辺に同定された広がったLyα輝線天体(Matsuda et al. 2004:M04)よりやや小さな値である。ここで、両者をより公平に比較するため、計算によって検出限界をそろえた画像を得た。この画像に対し、我々の観測データと同じ条件で天体の検出を試みたところ、検出された天体のサイズ分布は、我々のサンプルのものと非常に似通っていることが分かった。すなわち、我々の天体は、より遠方における、M04天体と同種のものであることが推定される。広がったLyα輝線天体はz〜3以遠でも確かに存在したのである。さらに、我々のサンプルの光度関数(LF)をM04サンプルのLFと比較することによって、我々の天体の数密度がM04天体の10.2倍程度であることが分かった。このことから、こうした広がったLyα輝線天体は、高密度領域に強く遍在していることが明らかとなった。さらに、2つのLABsのような巨大な天体は我々の探査では同定できなかったことから、こうした巨大で明るいものは高密度領域以外にはほとんど存在しないことが推測された。

これらの天体の物理的性質をより詳細に調べるため、我々は、ESO VLT+VIMOSを用いて更なる深い高分散分光観測を行った。VIMOSの広視野(〜220arcmin2)および高分解能(R〜2160)の多天体分光機能を持ち、VLT(口径8m)の集光力とあわせて、一度に多くの天体の深い分光観測を行うことができる。これによって、41天体のうち18天体について、積分時間6.5-9.5時間という非常に深い分光データを得ることに成功した。その結果、18天体すべてが非常に大きな輝線等価幅(80Å〓EWrest〓660Å,median〜140Å)を持つことが分かった。特に6天体に関しては、Salpeterの初期質量関数および金属量1/20Z〓を仮定した通常の星形成では説明のつかない、〓200Åという大きな等価幅を持っていた。また、Lyα輝線の速度幅も高精度で測定することができ、〓500km s-1の4天体を除くすべてが〜300-400km s-1程度に分布することが分かった。さらに、輝線プロファイルの定量的な解析を行うことにより、5天体について、 Lyα輝線の長波長側に高速度なwing成分を検出することができた。この5天体のうち1天体は、2次元スペクトル上で、銀河風に特徴的な速度構造を示しており、空間方向に数十kpc、速度方向に〓3000km s-1もの広がりを持つ高速度成分を持っていた。

これらの結果は、我々のサンプルが、銀河形成のごく初期段階の非常に若い天体を含んでいることを示唆している。すなわち、降着の過程で放射冷却を行っているprimordial gas (cooling clouds)や、初期の星形成による超新星爆発で駆動される銀河風をもつ天体、などが含まれる可能性がある。約1/3にあたる5天体は、非常に大きな等価幅を持ち、wing成分に代表される銀河風的な速度構造を有意には示していない。さらにこれら5天体は、Lyα輝線の光度と速度幅の間に、正の相関を示している。この結果は、これら5天体が銀河形成の最初期段階、coolingcloudsの有力な候補であることを示している。こうした銀河形成最初期の天体候補を系統的に探査したサンプルはこれまでに存在せず、本研究によって初めて、理論と観測の比較が可能となった。今回、cooling cloudsの最有力候補と同定された5天体が実際に重力エネルギーによる放射冷却を行っていると仮定すると、単純なモデルから、系の総質量が1011-1012M〓と見積もられる。一方、CDMモデルの計算によれば、z〜4における同質量のダークハローは、今回の5天体の〜104倍の個数を持つ。この結果は、同質量のダークハローが1/104の確率で我々の観測にかかっていることを意味し、こうしたcooling cloudsとして観測にかかる段階の寿命が非常に短いことを示唆している。

図1:

[左]広帯域および中間帯域フィルター(R23 IA filter system : Hayashino et al.2000)の感度特性。下段は中間帯域の拡大図。

[中]サンプル天体の画像の例。Lyα(赤紫)で広がっており、静止系UV連続波(赤)で暗くコンパクト。

[右]VIMOSで得られた分光サンプルにおける、Lyα輝線光度とLyα輝線の速度幅の関係。cooling clouds最有力候補5天体は星印で示してある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章はイントロダクションであり、本論文の研究対象である「空間的に広がったLymanα輝線天体」の意義および研究の背景が簡潔に記されている。第2章では、今回の研究の根幹となる中間帯域フィルターを用いたサーベイ観測と広がったLymanα輝線天体の同定の手法がまとめられており、第3章で同定された輝線天体の性質がまとめられている。第4章ではこれら同定された天体の分光追観測とその結果がまとめられており、第5章で以上の観測結果の検討と議論がなされている。第6章は論文全体のまとめである。

Lymanα輝線天体は、若い生まれたばかりの銀河の候補として注目されている。なかでもとくに“空間的に広がった”Lymanα輝線天体は、銀河形成の初期段階であるスーパーウィンド期や、最初期の段階であるガス冷却期にあると考えられるため、銀河形成の理解の上で鍵となる重要な天体として位置付けられている。しかしながら、このような天体の系統的なサーベイが行われていなかったため、広がったLymanα輝線天体が宇宙初期に普遍的に存在するかどうかは知られていなかった。

本論文では、すばる望遠鏡の可視広視野撮像器(Suprime-Cam)と5100Åから7300Åをカバーする7枚の中間帯域フィルター及び4枚の広帯域フィルターを用いて、広がったLymanα輝線天体の広視野(825平方分角)かつ高感度なサーベイを行った。その結果、赤方偏移が3.24から4.95の範囲において、41個の空間的に広がったLymanα輝線天体を同定した。すばる望遠鏡の微光天体撮像分光器(FOCAS)による7個のサンプルの分光観測により、同定された天体の中に低赤方偏移における別の元素の輝線天体がまぎれこんでいる確率は非常に低いことが明らかになった。本論文は、すばる望遠鏡とその観測装置の優れた特徴を生かし、多数のLymanα輝線天体を同定した点で画期的であり、この天体が広い赤方偏移の範囲において普遍的に存在することを初めて示した点に意義がある。この観測で同定された天体のLymanα輝線の典型的な広がりは10-15 kpcであり、明るさは1042-43 erg s-1であった。また、見積もられた個数密度の下限値は4×10-5h3 Mpc-3であり、広がったLymanα輝線天体が通常のLymanα輝線天体と比べて非常にまれであることが示唆された。

これら広がったLymanα輝線天体の性質を調べるために、本論文ではさらに、ヨーロッパ南天文台のVLT望遠鏡と可視多天体分光器VIMOSを用いて、18個のサンプルについて高い分散(波長分解能〜2160)の分光追観測を行った。その結果、すべてのサンプルが平均140Åと大きな等価幅を持つことがわかり、中でも特に約1/3のサンプルが通常の星の集団では説明できない200Å以上の等価幅を持つことが明らかになった。このうち、赤方偏移側に伸びた速度プロファイルをもつ天体はスーパーウィンド期にある銀河であると考えられるが、残りの5天体は、Lymanα輝線の光度と速度幅に相関があることからも、ガス冷却期にある形成最初期の銀河、すなわち、“原始銀河”の強い候補であることが示唆された。

以上、本論文は、これまでにない系統的なサーベイにより、高赤方偏移における「広がったLymanα輝線天体」という新しい種族の銀河を多数検出し、それが普遍的に存在することを示すと同時に、その性質について重要な示唆を行った点で優れている。すばる望遠鏡やVLT望遠鏡による観測データの解析や結果の記述も詳しく、論文提出者には十分な研究能力があると判断できる。

なお、本論文の第1章、第2章、第3章の主要部分と第5章の一部は、嶋作一大、岡村定矩、大内正己、秋山正幸、吉田道利の各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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