学位論文要旨



No 121001
著者(漢字) 飯塚,亮
著者(英字)
著者(カナ) イイヅカ,リョウ
標題(和) 銀河団に属する銀河からの延伸したX線放射
標題(洋) Elongated X-ray Emission from Galaxies in Clusters
報告番号 121001
報告番号 甲21001
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4801号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 宇宙航空研究開発機構 教授 海老沢,研
 東京大学 教授 家,正則
 東京大学 教授 藤本,眞克
内容要旨 要旨を表示する

銀河団に属する銀河

X線観測は銀河団に付随する高温ガスを発見し、それが宇宙全体のバリオンの大部分を占めていること、つまり大量の重元素が銀河団にとじ込められていることを示した。この大量の重元素はどこからやってきたのか。重元素は星の核融合でしか生まれないため、星の一生の最後に起こる超新星爆発により重元素は銀河に放出され、銀河から銀河団へ何らかの形で供給され、銀河団全体に広がる。超新星による重元素生成の理論モデルから、銀河団中の重元素の起源を解明する試みが今までなされてきた。しかし、そのモデルでは到底説明できない大量の重元素が、どのように銀河から銀河団へ供給され、銀河団全体へ広がっていくのか遅々として分かっていない。

このように、銀河は我々の宇宙の構造や化学進化を考える上で最も根本的な要素のひとつである。銀河内では星と星間物質の間の物質循環により重元素を生成・蓄積する。銀河団空間に重元素が存在していることは、少なくともその一部は銀河から銀河の外に放出されていることを示している。この現象には、温度数百万度の高温物質が、銀河内の物質循環と銀河団空間への物質の供給の一部を担っていると考えられているが、そのメカニズムには、様々な提案がされている。メンバー銀河同士の相互作用によるもの、超新星が継続的に爆発することによって発生する銀河風によるもの、銀河と銀河団ガスの相互作用によるものなどがある。

どのメカニズムがどのように影響を及ぼすか、現在も理論的、観測的双方から、様々な研究が進められている。銀河や銀河団の高温物質の典型的な温度は、106-108Kであるので、その直接的観測には、X線を使うことが最も適当である。しかし、物質放出の現場を直接観測することは容易ではない。これまでは、観測の感度の不定性、とくに銀河団自身の放射によってメンバー銀河のみの成分を抽出することが困難であったため、このような研究は、近傍にあり銀河自身が明るいものに限られてきた。したがって、銀河一般からのガス供給は未知であり、その特徴を観測的、かつ系統的に明らかにできれば、宇宙の構造および化学進化における銀河の役割についての理解を大きく深めることができる。

これまでにもROSAT衛星やASCA衛星によって様々な研究は行われているが、X線分光能力や空間分解能が十分でなく、観測上はっきりしたことは言えていない。これに対して、チャンドラ衛星は、高い空間分解能とそれを生かした点状のX線源に対する高い検出感度と200 eV程度のX線エネルギー分解能を持つ。これにより、個々のX線源の寄与の影響は無視できる程度に小さくすることができ、かつ、暗く広がったX線も検出できると考えられる。また、放射温度や重元素量も中程度の感度で決定することが可能である。

我々はこの点に注目し、最も近傍の銀河団の1つである、おとめ座銀河団に属する銀河を解析したところ、一方向に延伸したX線放射が多数の銀河から発見された。我々は、近年様々な分野で注目されている、動圧によるはぎとり効果が直接的に観測されたものと考えた。動圧によるはぎとりは、銀河が銀河団ガス中を超音速で運動した際に起こるのもので、理論的には彗星のように尾を引いた特徴的な構造を持つことが示唆されている。我々は、動圧によるはぎとり効果に注目して系統的に解析をし、動圧がどのように銀河、および銀河団へ影響を与えるか検証した。さらに、おとめ座銀河とは環境が違う、他の銀河団に属するメンバー銀河にも注目し、動圧が銀河へ与える環境効果も調べた。

NGC 4388から見つかった超巨大X線ガス

我々は、チャンドラ衛星によるNGC 4388銀河のデータから、北東方向に30 kpcにも広がるX線ガスを発見した。NGC 4388はこれまでも、中心に存在する活動銀河核によって照らされて光っている3kpc程度の広がりは今まで知られているが、このように大きく広がった構造がX線で見つかったのは初めてである。

実際の解析としては、チャンドラ衛星によるNGC 4388の観測の高分解能イメージから点源を取り除き、標準バックグラウンドデータを精度良く差し引いたところ、広がったX線放射が見られた。さらに、広がった放射を際立たせるために、2種類のスムージングをかけた。最後に、広がった天体の優位性を調べるために、おとめ座銀河団のX線放射と標準バックグラウンドの双方を考慮して、広がったX線のみの優位性を調べた。図1(左図)にあるような4つの領域で、3σ以上の優位性で検出した。すばる望遠鏡の画像からも30 kpcにもわたって広がるHαガスが発見されているが、それとチャンドラ衛星の画像を重ねると、ほとんど一致しているが、若干ピークがずれていることが分かった(図1右図参照)。

また、広がった4つの領域についてスペクトル解析を行った。その際、広がったX線放射のみのスペクトルを作るために、おとめ座銀河団の放射も同時にバックグラウンドとして引いた。統計が乏しいため、スペクトルからは中心核によって照らされて光っているものか、自分自身で熱的に光っているものなのかは区別することはできなかった。しかし、銀河核によって照らされて光っているとすると、広がったX線放射の明るさを説明するためには、〜106倍も中心核の明るさが足りないことが分かった。これは中心核の時間変動を考慮しても考えにくいことから、広がったX線放射は熱的起源である可能性が高い。それぞれの領域から物理量を求めると、どれも温度が〜0.5 keVと銀河本体のガスと同程度であることが分かった。密度は5×10-3 cm-3となり、おとめ座銀河団の放射よりも、4倍程度冷たく、10倍程度濃いガスであることが分かった。また、その質量は108太陽質量と、Hαで見つかっているガスよりも100倍も大きいことが分かった。

さらに、南西方向の円盤の一部が、Hα画像と比べると、中心方向に圧縮されているような形が見られる。我々は、これこそ銀河が銀河団ガスと相互作用した最前線である。以上から、北東方向に30 kpc広がったX線放射が衝撃波面とはほぼ180°反対側に発生することは動圧によるはぎとり効果から自然に解釈でき、理論的な描像ともよく一致する。つまり、我々は、NGC 4388から動圧によってはぎとられたX線放射を直接的に検出した可能性が高い。

おとめ座銀河団との相互作用

さらに我々は、動圧によるはぎとりが銀河団に属する銀河では一般的なのかどうかを調べるために、おとめ座銀河団のメンバー銀河について、チャンドラ衛星の公開データのすべて、27天体(渦巻銀河17,楕円銀河10)を解析した。そのうち、NGC 4388を含む10天体から延伸した構造や、圧縮された構造が発見された。我々はこの10天体(渦巻銀河2,楕円銀河8)について、NGC 4388と同様の手法で詳細に画像解析を行った。

まず、延伸したX線放射と衝撃波面が、銀河を中心としたとき、どの位置関係にあるかを調べた。中心角が60°の扇形を方位角方向に回して、それぞれの表面輝度からX線放射の広がりを調べたところ、、統計の良い6つの銀河で、延伸したX線放射は圧縮されたような構造から180°反対側に位置することが分かった。これは銀河団ガスとの相互作用し、動圧によってこのような描像になるものと解釈するのが自然である。

また、延伸したX線放射についてスペクトル解析したところ、温度は0.3-1.0 keVと、NGC 4388と同様に、銀河本体のガスと同程度であることが分かった。また、その圧力はおとめ座銀河団よりも数倍高いことが分かり、107-108年程度で108太陽質量ものガスが銀河団空間へ拡散していくことが分かった。このように動圧によるはぎとり効果がメンバー銀河の半分程度から見られることが分かった。

環境効果

最後に、我々は、おとめ座銀河団よりも、温度や密度が違う環境下に置かれたメンバー銀河にはどのような影響を及ぼすか調べた。チャンドラ衛星のすべての銀河団の公開データ(200天体程度)の画像から、銀河団放射の中にもはっきりと銀河成分が見えるものをサンプルとして選んだ。その結果、かみのけ座銀河団、ペルセウス銀河団、A1060, A1367, HCG42など、1-10 keVにわたる温度のガスを持つ12個の銀河団から、25天体ものメンバー銀河(円盤銀河7,楕円銀河18)を抽出した。しかし、おとめ座銀河団のように近傍にはないので、延伸したような構造は明確には見られなかった。

それぞれのメンバー銀河における環境効果を調べるために、メンバー銀河の周りの外圧ne,ICMkTICM(ne,ICM, kTICM)はそれぞれメンバー銀河の周りの銀河団ガスの密度と温度を表す)を指標に、メンバー銀河のX線放射のサイズ(Rx)、明るさ(Lx)、質量(Mx)について調べた。ただし、メンバー銀河それぞれの個性を考慮するために、Rx/Re, Lx/LB, Mx/LBと規格化することにする。Re, LBはそれぞれ、Bバンドで測定した有効半径と明るさを表す(RC3カタログを参照)。また、渦巻銀河はばらつきが大きいため、今回のサンプルから除き、楕円銀河のみ議論を行う。例として、Re=RXとMx=LBの環境効果による影響を図2に示す。4桁にもわたる外圧の違いをサンプリングすることができている。

図2によると、外圧が上がるにつれて、Rx/Reは2桁程度下がる傾向が見られる。そこで、外圧と圧力平衡になるようにメンバー銀河が圧縮されているとする作業仮説を立てた。この場合、X線ガスの密度が上がるため、明るさは上がり、質量は保存すると予想される。しかし、図2のように、観測結果は外圧が上がるにつれて質量、明るさも下がっているという矛盾するものとなった。外圧により銀河が圧縮されただけでなく、さらに周りの質量が剥ぎ取られたとしか考えられない。kTICMは、そのメンバー銀河の速度分散σ2に比例するので、はぎとりの原因は動圧であると考えられる。

銀河は銀河団内に存在する限り、銀河誕生以降その動圧によるはぎとりを受け続ける。そこで、同じく連続的に鉄元素を生成し続けるType Ia 超新星爆発が、銀河団ガスへと供給される際、動圧のはぎとりがその輸送を担うのではないかと考え、考察を行なった。まず、銀河誕生以来現在までに星(Type Ia超新星爆発や星風)が銀河に供給した量が星の総質量に比例すると仮定して求めたところ、現在までにVirgoで六割ほど、Comaで九割以上のガスが銀河から失われ、銀河団へ供給されたとの示唆を得た。一方数例であるが、ひしゃげた銀河の延伸した部分から直接質量供給率を見積もれた。銀河がいままでに失ったガスの質量を説明するのに、質量供給率が足りるか検証したところ、宇宙年齢程度の間、動圧はぎとりを受け続ければ説明できることがわかった。動圧はぎとりが星で作られた鉄元素は一旦銀河ガスへ供給されるが、その銀河ガスから銀河団へ供給する手段として主要な役割を果たしている可能性は否定できないことになる。

我々は、銀河団に属する銀河の解析を系統的に行い、その結果、動圧によるはぎとり効果が、銀河の形態に大きな影響を与えることが分かった。さらに銀河団ガスへの重元素供給のプロセスとして、無視できない可能性があることがわかった。

図1:チャンドラ衛星によるNGC 4388のX線画像−(左図) X線源を除去し、スムーシングしたX線画像(0.3-2.5 keV)。(右図)すばる望遠鏡のHα画像に左図のX線画像のコントアを重ねたもの。

図2:ne,ICMkTICMを指標とした時の銀河団ガスがメンバー銀河に与える環境効果−(左図)可視光の有効半径(Re)で規格化したときのX線ガスのサイズ(Rx)。(右図)可視光の明るさLBで規格化したしたときのX線ガスの質量(Mx)。左図のデータ点が少ないのは、RC3カタログにRe値が掲載されていないことによる。

審査要旨 要旨を表示する

銀河団の広大な空間に、X線を放射する大量の高温ガス(銀河団プラズマ)が閉じ込められ、星をしのぐ質量を担っているという発見は、X線天文学がもたらいた大きな驚きであった。さらに驚くべきことに、銀河団プラズマは鉄などの重元素を大量に含んでいる。重元素は星で合成され、まずメンバー銀河の星間空間に、ついで銀河間空間に運ばれたと考えられるが、銀河団プラズマの中に含まれる重元素の総質量は、星の内部に存在する重元素の総量に匹敵する。この大量の重元素がいかにして星から、13桁も大きなスケールの銀河間空間に輸送されたかは、謎のままである。

この謎を説明する仮説の1つは、「銀河団プラズマ中をメンバー銀河が運動する際、プラズマの動圧により銀河の星間空間から重元素に富むガスが剥ぎ取られた」とするものである。申請者はこの仮説を検証するため、アメリカのX線天文衛星チャンドラの大量の公開データを用いて観測的な研究を進めた。 第1章と第2章では、こうした研究の背景が論じられ、第3章では、用いたチャンドラ衛星の搭載装置が記述されている。第4章では、公開データの中から対象とすべき銀河団や銀河を選別するさいの基準や、選別の結果、また基礎的なデータ解析の手続きなどが述べられている。

第5章では研究の第1段階として、おとめ座銀河団に属する渦巻き銀河NGC 4388に焦点が当てられた。申請者はX線画像データの解析により、銀河自身に付随するX線放射ガスが、北東方向に30キロパーセクにまで延伸した構造をもつこと、また逆に南西方向ではX線の表面輝度が急峻な勾配をもつことを発見した。延伸部のガス質量は太陽の108倍に達し、その温度は0.5 keVで、おとめ座銀河団のプラズマの温度(約2keV)より低温である。したがってNGC 4388は銀河団プラズマ中を南西方向に運動しており、その運動に伴い銀河団プラズマから動圧を受けるため、運動方向では銀河ガスが圧縮されるとともに、反対方向では重元素に富む銀河ガスが剥ぎとられ、尾を引いた延伸構造を作るものと解釈できる。

研究の第2段階として、申請者は第6章では、おとめ座銀河団に属する27個の銀河のX線公開データを解析した。その結果、NGC 4388以外の9個の銀河からも、同様に延伸と圧縮を伴うX線の構造を発見した。したがってメンバー銀河が銀河団プラズマ中を運動するさい、その動圧により銀河からガスが剥ぎ取られる現象は、かなり普遍的に起きている可能性が示された。同様な現象は、同じくチャンドラの公開データを用いて諸外国の研究者により、散発的に報告され始めてはいるものの、申請者のように多数の銀河を系統的に研究した結果は、初めてである。

以上の結果をより一般化するため、申請者は第7章では研究の第3段階として、近傍にある12個の銀河団を選び、それらに属する約200個のメンバー銀河のX線画像をサーベイし、銀河自身に付随するディフューズX線が明瞭に検出されている25個の銀河を選んだ。それら25天体に対し、銀河に付随するX線放射の光度、その空間的な広がり、およびX線放射を担う銀河ガスの質量を見積もった結果、銀河団プラズマに起因する環境の外圧が高いほど、銀河自身のX線放射ガスは、広がりも質量も小さいことを見出した。これは第5章と第6章の結果を考えると、銀河団プラズマから受ける動圧が高いほど、銀河ガスがより圧縮されるとともに、より強く剥ぎ取りを受ける結果として説明できる。こうした環境効果を、銀河ガスの質量について導いた研究は、やはり初めてである。

第8章では以上の観測結果を踏まえ、重元素、とくに鉄の輸送問題が議論される。第7章の環境効果から、外圧が高くなるほど銀河自身のガスが減少し、従ってそこに含まれる鉄の質量も減るので、この目減り分が動圧による剥ぎ取り効果の結果であると考えられる。申請者は、おとめ座銀河団に属する約2000個のメンバー銀河に対し、この目減り分を推定したところ、それらの総計は、おとめ座銀河団のプラズマ中に含まれる鉄の数十パーセントに達することを見出した。 これは動圧による剥ぎ取りが、重元素輸送の重要な機構の1つであることを検証した結果として評価できる。残りの鉄は動圧によらない過程、たとえば銀河風などで輸送されたと考えられる。 以上のように申請者は、星で作られた重元素が、銀河間空間へ輸送される過程について新しい知見を導き、銀河間に存在する大量の重元素の謎に、解決の糸口を示した。よって本研究は博士(理学)の学位を授与するに値することを、審査員の全員一致により確認した。本研究の一部は、國枝秀世氏および前田良知氏との共同研究であるが、その中で申請者は、データ解析や結果の解釈などにおいて主導的役割を果たしており、共同研究者からの同意承諾書も完備している。

UTokyo Repositoryリンク