学位論文要旨



No 121002
著者(漢字) 岡田,陽子
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ヨウコ
標題(和) 赤外線分光から探る星間ガス中の元素欠乏と星間ダストの化学組成
標題(洋) Interstellar Depletion and Chemical Composition of Interstellar Dust Probed by Infrared Spectroscopy
報告番号 121002
報告番号 甲21002
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4802号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 教授 山本,有
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 助教授 小林,尚人
 国立天文台 助教授 出口,修至
内容要旨 要旨を表示する

星間物質はガスとダストから構成されており、分子雲からの星形成、進化した星からの質量放出、超新星爆発による重元素の放出などを通して星と相互作用し、物質を交換している。ダストは質量としては小さいが、物質の化学的な状態などを支配し、星間物質全体の進化に重要な役割を果たしている。本論文では、星間物質の進化を解明するため、ダストの化学組成と環境の物理量との関係に焦点をあてた。いずれも中間・遠赤外線分光を用いた2つの手法により、環境に応じて様々な化学組成を持つ星間ダストが存在することを示し、ダストを変成、進化させる鍵となる環境のパラメータを解明した。

ダストの組成を探る一つ目のアプローチは、ダストの化学組成をガスの輝線から探る方法である。これは、ある元素のガス相における組成比を輝線から求め、あるべき全体の組成比に比べて足りない分がダストに取り込まれているとする考え方である。本論文では、ダストの主要な成分のひとつと考えられているシリケイトを構成するSiとFeについて、この手法に基づいて組成比の解析を行なった。紫外線分光観測による同様の手法が行なえないような密度の高い星形成領域において、赤外線宇宙天文台(ISO)およびスピッツァー望遠鏡(Spitzer)を用いて中間・遠赤外線分光観測を行なった。ISOによる観測では、3つの星形成領域について[SiII]35μmからSiの組成比を求めると同時に、広い波長範囲の遠赤外分光を使って、電離領域および分子雲との境界領域である光解離領域における密度や幅射場強度などの環境の物理量の詳細な研究も行なった。Spitzerによる観測では、8つの星形成領域について、[SiII]35μmの観測に加え、高感度を生かして[FeII]26μmの上限値からFeの組成比に厳しい制限を加えた。SiとFeのそれぞれのガス相における太陽組成に対する組成比を求めるための参照輝線としては、電離ガスについては[NII]122μmもしくは205μm、光解離ガスについては[OI]146μmもしくは63μmを用い、本論文で研究を行なったデータや過去の観測などからこれらの輝線強度が得られたSharpless 171、σSco、G333.6-0.2 north、ρOphの4つの領域で、ガス相におけるSiの組成比が太陽組成の20-50%であることを示した。Siはダストに多くとりこまれており、冷たい星間空間では太陽組成の5%程度しかガス相に存在しないことがわかっているので、この結果は星形成領域においてSiを含むダストが破壊されていることの観測的証拠である。一方、[FeII]26μmは観測されたどの領域でも検出されず、冷たい星間空間での値(太陽組成の0.5%)と矛盾しなかった。[SiII]35μmと[FeII]26μmの上限値の比から、Si/Feの組成比の下限を求めると、観測を行なった多くの領域で、冷たい星間空間での値(太陽組成の10倍)を上回り、最大で太陽組成の90倍にもなることがわかった。これらの結果は、少なくとも一部のSiとFeが異なる種類のダストに含まれていることを示唆している。星形成領域では、Siの数十%がガス相に存在しているのに対し、Feのほとんどはダストに残っていると考えられる。さらに過去の研究やISOアーカイブデータを用い、Siのガス相における組成比は、密度と逆相関を持ち(図1)、励起源の有効温度と相関を持つ一方、幅射場強度とは相関しないことが示された。この結果は、励起源からの紫外光がSiを含むダストを数十%破壊し、その破壊過程には紫外線の硬さが重要であることを示唆している。Siの組成比の密度に対する逆相関は、紫外線観測が行なわれるような密度の低い拡がった星間cloudにおいても報告されているが、本論文で示した赤外線観測で得られた相関とは重ならない(図1)。これは、紫外線観測と赤外線観測がトレースする領域で、ダストを破壊する主なメカニズムが異なっているためであると考えた。紫外線観測でトレースされる拡がった星間cloudでは、超新星爆発による衝撃波がダスト破壊を担っており、紫外線は硬くないので、ダストの破壊にはあまり効いていない。一方、星形成領域では密度が高いため、衝撃波がすぐに減衰し、励起源からの硬い紫外線によってダストが破壊される。本論文では、数十%のSiが含まれているダストの組成として、結合エネルギーが古典的なシリケイトより小さい、2 eV程度のダストを示唆した。この成分は、星間ダストのモデルで考慮されるべきだと考える。

ダストの組成を探る二つ目の方法は、スペクトルに現れる特徴的な幅の広いダストフィーチャーを調べることである。本論文では、正体のわかっていない2つのフィーチャーに注目した。まず65μmフィーチャーはISOにより発見され、惑星状星雲においてCaを含む結晶質シリケイトの一種であるdiopsideがその担い手として提案されている。本論文では、ISOアーカイブデータを用いて多数の遠赤外線スペクトルを解析し、多くの星形成領域でこのフィーチャーを検出した。フィーチャーの担い手の候補として、65μm付近にフィーチャーを持つ、結晶質の氷と、diopsideを検証した。その結果、スペクトルのフィッティングからは氷ではなくdiopsideが支持された。結晶質シリケイトは進化した星や若い星の星周では観測されているが、星間空間では短いタイムスケールで非晶質化すると考えられており、もし65μmフィーチャーの担い手がdiopsideだとすると、初めて星間空間で広く結晶質シリケイトを検出したことになる。しかし、ダスト温度とフィーチャー強度の逆相関は揮発性の物質を示唆しており、diopsideを支持しなかった。従って、氷以外の揮発性物質の存在が示唆された。もうひとつのダストフィーチャーは、ISOによってCarina領域で発見された22μmフィーチャーである。本論文ではSpitzerを用いてCarina領域における22μmフィーチャーの空間分布を高空間分解能で調べた。その結果、22μmフィーチャーは電離フロントで検出され、そこでこのフィーチャーの担い手であるダストが生成されている可能性が示唆された。担い手については同定できなかったが、似たようなフィーチャーが8つのスターバースト銀河でも観測されていることから、このフィーチャーは大質量星形成に関連しているかもしれないと考えられる。

本論文では、ダストの組成はその環境の物理量に応じて、様々に変化していることを示した。ダストは星間空間の様々な場所で変成をうけ進化している。本論文では、様々な環境下で、ダストの性質の空間分布および環境との相関を調べ、観測的にダスト進化への洞察を深めた。さらに本研究を発展させ、星間物質の進化を解明するためには、 ASTRO-F、SOFIA、SPICA、Hershel、JWSTなどの、高感度、高空間分解能の将来ミッションによる観測が強く望まれる。同時に、様々な種類のダストの性質を調べる実験室のデータもさらに必要である。

図1:密度に対するSiの組成比。

黒のプロットはTarafdar et al.(1983)とBohlin et al.(1978)による紫外線観測の結果、色つきのプロットは、本論文で解析したデータおよび過去の論文からの赤外線観測の結果。赤は電離ガスのみから[SiII]35μmが放射されているもの、ピンクは光解離ガスのみから放射されているもの、緑と青は[SiII]35μmの起源が分離できない場合で、緑が[SiII]35μmがすべて電離ガスから放射されていると仮定した場合、青がすべて光解離ガスから放射されていると仮定した場合。

審査要旨 要旨を表示する

星間空間に漂うガスとダストは星間物質と呼ばれ、密度の高い領域では重力収縮を起し星となり、星は質量放出や超新星爆発によってガスとダストを星間空間に戻す。星間物質の重元素量は、大質量星内部で合成された重元素が星間空間に放出されると、蓄積されていく。星間物質の量は、寿命の長い小質量星が生まれるたびに、減少していく。銀河における物質循環(進化)の歴史は、化学的状態として星間物質に刻み込まれてゆく。星間物質の質量の大部分はガス状態で存在し、固体であるダストの量は、ガスの質量に比べ少なく、1/100ほどでしかない。しかし、ダストは星間空間における化学変化の触媒的な役割を果たし、重元素のなかにはダストに固定化され星間ガス中では欠乏しているものもある。ガスとダストの相互作用という視点から、星間物質の元素組成比や化学進化を理解することは極めて重要である。本論文は、この視点に立ち、スペース観測で取得した遠赤外線データを解析することで、ダストを変成、進化させる環境パラメータを解明しようとしたものである。

本論文は6章から構成される。第1章では、星間物質と放射場との相互作用を記述するPDR(光解離領域)理論の簡単な紹介、紫外線観測でえられた星間ガスの化学組成とダストに固定された重元素量の評価、および本論文の目標が述べられている。第2章では、遠赤外線観測に用いた赤外線宇宙天文台(ISO)とスピッツァー宇宙望遠鏡の観測装置を説明してある。

第3章「Interstellar Depletion(星間ガス中の欠乏元素)」は、本論文の核心である。ここでは、ダストの化学組成をガス輝線を観測する手法が用いられている。赤外線宇宙天文台とスピッツァー宇宙望遠鏡を用い。中間遠赤外線禁制線、[FeII]26μm、[SiII]35μm、[OI]63,146μm, [NII]122,205μmを、約10個の星形成領域について行い、ガス相における化学組成を調べた。その結果、星形成領域において、Siの組成比が紫外線観測で求めたものより数倍大きいことが明らかになった。これは、ダストに固定されていたSiが何らかの原因でガスとして放出されたことを意味している。一方、Feはどの領域でも検出されず、紫外線観測の値と矛盾しなかった。「ダストに固定されたSiは、ダストに固定されたFeよりも、ガスとして放出されやすい」ことが、一般的な星形成領域において普遍的に成り立っていることを示すことができた。更に、紫外線のデータと本論文のデータを組み合わせることで、8桁の密度範囲においてガス相のSi化学組成比を示すことができた。

第4章と第5章では、幅の広いダストフィーチャー(第4章-65μm フィーチャー、第5章- 22μmフィーチャー)のスペクトルデータを解析した。これらのフィーチャーが観測される環境を調べ、フィーチャーの担い手であるダストの同定を試みた。第3章で調べたSi輝線との明確な相関は見られなかった。

第6章はまとめである。

以上、本博士論文提出者は、赤外線宇宙天文台とスピッツァー宇宙望遠鏡による観測データを解析した。ガス相におけるSiとFeの化学組成比を求め、一般的な星形成領域において、FeよりもSiの方がダストよりガス相へ流れ出しやすくなっていることを示した。これは、星間空間における化学反応を理解する上で重要な発見であり、審査委員会はその科学的意義を高く評価する。スピッツァー宇宙望遠鏡のデータは、本博士論文提出者が主研究者として作成した観測提案が採択されたことによって、取得できたものである。

なお、本論文は田尻愉香、Kin-Wing Chan、Thomas L. Roellig、左近樹、岡本美子、宮田隆志、高橋英則、油井-山下由香利、友野大悟、中川貴雄、土井靖生、芝井広、尾中敬との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析、解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)を授与できるものと認める。

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