学位論文要旨



No 121005
著者(漢字) 美濃和,陽典
著者(英字)
著者(カナ) ミノワ,ヨウスケ
標題(和) 補償光学を用いた高分解能撮像による遠方銀河の研究
標題(洋) High-resolution Imaging Study of Distant Galaxies using Adaptive Optics System
報告番号 121005
報告番号 甲21005
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4805号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 土居,守
 東京大学 助教授 川良,公明
 国立天文台 助教授 山田,亨
 東京大学 教授 小林,行泰
 東京大学 助教授 河野,孝太郎
内容要旨 要旨を表示する

銀河の形成、及びその進化の過程は、現代宇宙論における最大の問題の一つである.この問題を解決するためには、高赤方偏移の銀河を直接観測し、その物理量を得ることが不可欠である.高赤方偏移銀河を探る手法としては、銀河系内の円盤に対して垂直な銀極方向での深撮像観測が非常に有効な方法である.銀河の基本的な構造を成す古い星からの光は、4,000Å以上の可視域で出されているため、銀河の数や大きさといった基本的な物理量を測定するには、静止系可視波長での観測が必要である.銀河の成長期である1〓z〓3の高赤方偏移では、静止系で可視の光は、近赤外線として観測されるため、近赤外線での深撮像観測が重要となる.

我々は、すばる望遠鏡の補償光学(AO)システムと近赤外線撮像分光装置(IRCS)を用いて、北銀極方向のブランクフィールドであるSubaru Super Deep Field (SSDF)の近赤外線(K′バンド;2.12μm)波長域での深撮像観測を行った.観測した視野は約1平方分角で、総積分時間は26.8時間を達成した.AOシステムによる撮像観測は、地球大気の揺らぎによる波面誤差の影響を取り除くことができるため、望遠鏡の回折限界に近い高い空間分解能を達成することができる.また、星像の中心集中度が大幅に増加するため、遠方銀河などの暗い天体を検出しやすくなる.この観測により得られたK′バンドの撮像データは、点源の限界等級でK′〜24.7(5σ,〓2 aperture)、拡がった天体(銀河)の限界等級でK′〜23.5 (5σ,〓6 aperture)であり、これまで得られた同様の撮像データの中で最も深い限界等級まで到達した.また、得られた空間分解能は点源の半値幅で0.18秒角であり、近赤外線でのハッブル宇宙望遠鏡を越える高い空間分解能を達成した.この撮像データから、236個の天体を検出した(点源の限界等級より明るい天体の数は145個).これらの検出天体について、すばる望遠鏡のアーカイブデータから得た可視から近赤外(BV Ri′z′J)までの撮像データ、及びIRCS+AOで得たHK′バンドの撮像データを用いて、測光的赤方偏移の見積もりを行った.

K′バンドの撮像データから検出された銀河の測光データをもとに、これまでよりも約0.5等深いK′< 25までの銀河計数を高い信頼性(点源検出の完全性が50%以上)で見積った.その結果、K′>22での銀河計数の傾きはα=d(logN)/dm〜0.15であり、K′<22での傾き(α〜0.28;e.g.Maihara et al. 2001)と比べて低くなる事を示した.いくつかの理論モデルでは、高赤方偏移で形成された青い矮小銀河の存在(Babul & Ferguson 1996)や、高赤方偏移での銀河の個数密度の増加(Tomita 1995)が予測されており、K′>23で銀河計数の傾きがきつくなることが期待されていたが、本論文の結果により、このようなシナリオは棄却された.この銀河計数から、銀河からの赤外線宇宙背景放射への寄与を見積ったが、これまでで最も深い我々の撮像データをもってしても、その寄与は背景放射全体の50%以下であることが分かった.

本論文では、さらに高赤方偏移銀河のサイズ-光度関係を検証した.近傍銀河では、銀河のサイズと光度の間には強い相関があることが知られている.階層的構造形成モデルでは、銀河は衝突・合体により作られ、そのサイズは赤方偏移が大きくなるほど小さいと予測されている(e.g., Baugh et al.1998, Mao et al.1998, Somerville et al.2001).そのため、銀河のサイズ-光度関係の赤方偏移に伴う進化を追うことで、銀河の進化過程に制約をつけることができる.本論文では、まず始めに、K′バンドの撮像データから銀河の見かけのサイズ(面積)と見かけの明るさの関係を表した.AOによって得られた高い空間分解能により、これまで得られた同様の関係よりも約一桁小さい0.1平方秒角までのスケールでの議論をすることができるようになった.この見かけのサイズと明るさの関係を、銀河の光度進化モデルと近傍銀河の光度関数から理論的に予測される同様な関係を、赤方偏移に伴う銀河のサイズ進化がある場合(r(z)∝r(0)(1+z)ζ)と、ない場合(r(z)=r(0))について比較した.その結果、観測結果は銀河のサイズ進化がないモデルとよく一致することが分かった.次に、K′バンドの撮像データから検出した銀河の光度プロファイルをモデルフィットすることで求めた銀河のサイズ(全フラックスの半分を含む半径;(re)と測光的赤方偏移を用いて、サイズ-光度関係の進化を検証した.この場合、見かけのサイズと見かけの明るさの関係による議論と比べて、サイズ(re)と光度(測光的赤方偏移とフィットしたSEDモデルから求めた絶対光度)の両方のパラメータをフィッティングにより求めているため、不定性が大きくなるが、理論モデルを介することなく、より直接的にサイズ-光度関係の進化を検証することができる.光度プロファイルのモデルフィットは、Sersicモデル(I(r)=I(0)exp[-kn(r/re)1/n])を用いて行い、銀河のサイズ(re)、及び形態を表すパラメータ(n)を求めた.AOによる観測で得られた高い空間分解能と、これまでで最も深い限界等級により、K′< 23の43個の銀河について、サイズ、形態をこれまでよりも高い精度で得ることができた.これらの銀河を、測光的赤方偏移により0<z<1、1<z<2、2<z<3.5の3つのグループに分け、各赤方偏移ごとの銀河のサイズ-光度関係を、早期型(n>2)、晩期型(n<2)の形態別に求め、近傍での形態別のサイズ-光度関係と比較した.検出された銀河のサンプルは、各赤方偏移ごとにそれぞれ検出できる表面輝度、光度の限界による選択効果がかかっているため、近傍のサイズ-光度関係との比較の際に、この効果を考慮にいれた.その結果、晩期型銀河のサイズ-光度関係は、z〓3では近傍銀河のものとほとんど変わらず(表面輝度がほとんど一定)ない事が分かった.また、赤方偏移に伴う光度進化を考慮した場合でも、晩期型銀河のサイズ-光度関係はz〓3で近傍とほとんど変わらないことが分かった.早期型銀河については、2<z<3.5の銀河でサイズが近傍の同光度の銀河のサイズと比べて小さくなる(高赤方偏移ほど表面輝度が明るい)という傾向が見られた.この早期型銀河でのサイズ-光度関係の進化は、銀河の固有のサイズを変えることなく、光度進化モデルで説明することができた.これらの結果は、見かけのサイズと明るさの議論で得られた結果を支持している.以上のことから、銀河の固有のサイズはz〓3においてほとんど進化がないことが示唆された.ただし、サイズ-光度関係を変えず(表面輝度を保ったまま)サイズが進化するというシナリオは観測結果と矛盾しない.このことは、階層的構造形成モデルから予測される衝突・合体の過程に制約を与えることになる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章はイントロダクションであり、本論文の意義および研究の背景が簡潔に記されている。第2章は今回の研究のために行った観測および用いたデータがまとめられており、第3章でデータ整約と解析の基本が記されている。第4章では近赤外線で銀河の個数を見かけの明るさ別に数えた結果(銀河計数)が示され、第5章では銀河の赤方偏移を推定した手法および銀河の形態を定量的に分類した手法が記されている。第6章ではすばる望遠鏡の補償光学(AO)システムの性能および画像情報へ与える影響の評価が行われている。第7章では銀河計数の結果の解釈と近赤外線背景放射との関係、銀河の大きさと明るさの進化についての結果の検討と議論がなされている。第8章は論文全体のまとめである。

銀河の形成及びその進化の過程は、現代宇宙論における最大の問題の一つである。この問題を解決するためには、高赤方偏移の銀河を直接観測し、その物理量を得ることが不可欠である。銀河の基本構造を成す古い星からの光は波長4,000Å以上の可視域で出るため静止系可視波長での観測が必要であるが、銀河の成長期である高赤方偏移(赤方偏移z=1〜3)では、静止系で可視の光は近赤外線として観測されるため、近赤外線での深撮像観測が重要となる。

本論文では、すばる望遠鏡のAOシステムと近赤外線撮像分光装置(IRCS)を用いて近赤外線(K'バンド; 2.1μm)波長域での深撮像観測(総積分時間26.8時間)を約1分角視野のブランクフィールドで行った。 AOシステムは、地球大気の揺らぎによる波面誤差の影響を取り除き、望遠鏡の回折限界に近い高い空間分解能を達成することができる。この観測により得られたK'バンドの撮像データは、これまで得られた同様の撮像データの中で最も深い限界等級まで到達し、また得られた空間分解能は点源の半値幅で0.18秒角であり、近赤外線でのハッブル宇宙望遠鏡を越える高い空間分解能を達成した。この撮像データを詳細に解析し、またすばる望遠鏡のアーカイブデータから得た可視から近赤外までの撮像データ、及びIRCS+AOで得たHバンドのデータを加えて以下の結果を得た。

銀河計数の結果、暗い(K'>22)銀河の数の増え方は明るい(K'<22)銀河に比べて緩やかになる事をこれまでで最も暗い範囲まで示した。これにより銀河形成のモデルに制限を与え、いくつかのシナリオを棄却した。また銀河計数の結果から、銀河からの赤外線宇宙背景放射への寄与は背景放射全体の50%以下であり、銀河起源でない背景放射成分が存在するという結果をこれまでで最も明確に示した。

さらに高赤方偏移銀河の大きさと光度の関係を詳しく調べた。まず銀河の見かけの大きさと見かけの明るさの関係を銀河進化モデルと比較し、観測結果は銀河のサイズ進化がないモデルと矛盾しないことを示した。次に、銀河の光度プロファイルをモデルフィットすることで銀河の大きさ(有効半径)を精度良く求め、測光から求めた赤方偏移と組み合わせて銀河の固有の大きさを推定した。また光度プロファイルから個々の銀河の形態を早期型と晩期型に分類した。その上で銀河を赤方偏移0<z<1、1<z<2、2<z<3.5の3つのグループに分け、銀河の固有の大きさと光度の関係を、早期型、晩期型の形態別に求め、近傍と比較した。その結果、晩期型銀河の大きさと光度の関係は、z〜3まで近傍銀河のものとほとんど変わらない事が分かった。一方早期型銀河では、サンプルが少ないものの2<z<3.5で大きさが近傍の同光度の銀河の大きさと比べて小さくなる(高赤方偏移ほど表面輝度が明るい)傾向が見られたが、この進化は、銀河の光度進化モデルで説明することができた。以上のことから、銀河の固有の大きさはz〜3まではほとんど進化がないことが示唆された。このことは、階層的構造形成モデルから予測される衝突・合体の過程に制約を与えることになる。ただし、大きさと光度の関係を変えず(表面輝度を保ったまま)サイズが進化するというシナリオと観測結果とは矛盾せず、より詳細なモデルとの比較検討が必要である。

以上、本論文はこれまでにない高い質の近赤外線の銀河の画像データを詳しく調べることにより、銀河進化を理解する上で重要な観測的制限を与えた画期的なものである。またすばる望遠鏡AOシステムの性能評価も含め、解析や検討は丁寧かつ多岐にわたってしっかりと行われている。論文の記述も明快で、論文提出者に高い研究能力があると認められる。

なお、本論文の第2章、第3章、第4章、第5章、第6章、第7章の主要部分は、小林尚人、吉井譲、戸谷友則、舞原俊憲、岩室史英、高見英樹、高遠徳尚、早野裕、寺田宏、大屋真、家正則、Alan T.Tokunagaの各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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