学位論文要旨



No 121006
著者(漢字) 村島,未生
著者(英字)
著者(カナ) ムラシマ,ミオ
標題(和) X線を用いた惑星状星雲の観測的研究
標題(洋) X-ray Study of Planetary Nebulae
報告番号 121006
報告番号 甲21006
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4806号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 教授 常田,佐久
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 梶野,敏貴
 東京大学 助教授 関本,裕太郎
内容要旨 要旨を表示する

惑星状星雲は太陽質量の約8倍よりも小さい初期質量をもつ中質量星の終末期の姿である。超新星残骸と違い、星の物質がしずかに放出されたものなので恒星内部での元素合成物質がそのまま記録されていると考えられ、中質量星の元素合成を調べる上で重要な天体である。そのため、電波から赤外線、可視光、紫外線まで、多波長での観測がおこなわれてきたが、星雲を構成する物質は、中質量星の進化過程で対流によって物質が混ざったあとを見ており、元素合成のある決まったフェーズを取り出すことは難しい。そこで我々は、新しい手段として惑星状星雲からのX線放射に注目した。

惑星状星雲からX線が放射されることは、1970年代後半に形成モデル(Interactive Stellar Winds model; ISW)より予言されていた。これは図1に示すように、中心星が高温に進化すると高速の星風(〜1000 km s-1)が生じ、漸近巨星分枝で星が放出した星周物質を掃き集めてリング状の星雲を形成すると説明している。この高速の星風によって衝撃波が形成され、それによって温められたガス(図中の領域b)はX線を放射するほど高温(〜1 keV〜1×107K)になると予測される。実際に1980年代後半より惑星状星雲からのX線が観測され、最近の5年間で、米欧のチャンドラ衛星、ニュートン衛星によって、それらのうちのいくつかは、可視光シェルに一致して確かに広がっていることが明らかになりつつある。

X線を放射する高温プラズマは、ISWモデルに沿って考えれば中心星が最後に放出する物質を見ていることになり、すなわち、中心星が最後に合成した重元素の組成を反映していると期待される。本論文の目的は、惑星状星雲からのX線の分光により元素組成比(Abundance ratio)を得て、中質量星の元素合成の最終段階であるヘリウム燃焼の生成物、すなわち炭素、窒素、酸素、およびネオンの組成比を観測的に得ることである。しかし、惑星状星雲からのX線は光度が低く、かつ検出器の感度(有効面積)もエネルギー分解能も不足する低エネルギー側に集中しており、統計の良い高エネルギー分解能のスペクトルを得ることは、従来の観測機器では難しかった。そこで我々は、多数の天体を系統的に調べることと同時に、軌道に上がったばかりの新しい衛星を用いて観測を行うことを計画した。

まず我々は惑星状星雲からのX線放射を系統的に調べるため、低エネルギー側での感度が高いチャンドラ、ニュートン両衛星で観測されたすべての惑星状星雲の公開データを解析した。しかし、この2つの衛星は、エネルギー分解能は十分ではなく、炭素、窒素、酸素からのラインを分解できないため、0.37 keVに特性X線を示す炭素の元素組成を仮定する必要がある。そこで我々は、2005年7月に打上げられた日本の5番目のX線観測衛星「すざく」を用いて、X線で最も明るい惑星状星雲、BD +30°3639の観測を行った。この惑星状星雲のスペクトルには「あすか」によって強いネオンの輝線(0.91 keV)が発見され、チャンドラ衛星によって炭素、窒素、酸素からの輝線とみられる幅の広い構造がみえている。「すざく」に搭載されているX線CCDカメラ、XIS-1は0.3 keVまでの低エネルギー側で、高い感度と同時に優れたエネルギー分解能を実現している。これを用いれば、0.37 keVの炭素の輝線と、0.56 keV、0.65 keVの酸素の輝線を初めて分解することができるはずである。また、XISは全部で4台搭載されており、他の3台(XIS-023)も0.4 keVまで観測できるため、酸素とネオンの輝線を統計良く測定することができる。

X線分光に先立って、その放射起源を系統的に理解するため、チャンドラ、ニュートン衛星で観測された21の惑星状星雲の公開データから、X線を放射している14天体を選んんだ。そのうち8天体が広がったX線放射を持っていることを確認し、残りの天体では、チャンドラ衛星の高空間分解能(00".5〜100-800 AU)でも分解できない点状のX線放射が中心星の位置に検出された。また、2つの天体からは、広がった放射と点源の両方が検出された。これら14天体のうち統計の良いスペクトルの得られた8天体について詳細に解析を行った結果、広がったX線放射のスペクトルは制動放射と輝線から成る高温プラズマの放射でよく説明でき、典型的な温度とX線光度は〜0.2 keV、1×1031 erg s-1であった。X線スペクトルからはプラズマの物理量を得たり、エネルギー収支を調べることができ、その結果はISWモデルとほぼ一致する。このことは、惑星状星雲のX線放射物質が中質量星の最終段階を見せてくれるという我々の考えを支持するものである。一方で、中心星に付随した点状のX線放射も高温プラズマで説明できるが、温度やプラズマの質量などが広がったX線放射とは異なるため、同一の放射メカニズムであるという確証は今の時点では無い。

惑星状星雲からの広がったX線放射がISWモデルにもとづいた高温プラズマで理解できると分かったので、次に、本論文の目的である元素組成比を決定するべく「すざく」で観測したBD+30°3639のスペクトルを解析した。図2に赤で示したように、XIS-1のスペクトルには、0.37 keV付近に炭素の強い輝線がはっきりと検出されている。また、XIS-023のスペクトルにも分解された0.65 keVの酸素の輝線が見えている。これらの輝線は、同図に青で示したチャンドラ衛星によるスペクトルでは、0.3-0.7 keVに幅の広い構造がみえるだけで分解できていなかった。こうして輝線を分解できたことにより、C/O、N/O、およびNe/Oの元素組成比を仮定を置くことなく求めることができた。その結果、太陽組成比を1として、C/O〜95、Ne/O〜5.5、N/O〜3.3となり、炭素が非常に多い組成比が明らかになった。BD+30°3639の「すざく」の結果と、チャンドラ、ニュートン衛星から求めた他の惑星状星雲の結果をあわせて図3に示す。すべての天体において、酸素やネオンにくらべて炭素が多い。またBD +30°3639といくつかの天体は太陽組成比にくらべて有意に大きいNe/Oを示している。こうした特徴的な元素組成比パターンにはヘリウム燃焼の生成物の組成比が表れている可能性が高く、元素合成の理論と定量的に比較するための新しい材料となる。

以上のように、本論文では、惑星状星雲からのX線放射の系統的な解析をおこなった。また、「すざく」によるBD+30°3639の観測により、初めて輝線を分解し、炭素が非常に多い元素組成比を明らかにした。これにより、惑星状星雲からのX線によるプラズマ診断が開始され、中質量星の元素合成を探る新たなツールを得た。その第1例であるBD +30°3639の結果は、恒星内部の元素合成を知るための新しい観測事実を提供するものである。

図1:ISWモデルの概要図(Kwok 2000; Volk and Kwok 1985)。領域はそれぞれ、(a)高速の星風、(b)衝撃波によって加熱されたガス、(c)星雲、(d) AGB残骸を示している。

図2:BD+30°3639のチャンドラ衛星(青)、「すざく」XIS-1(赤)、XIS-023(黒)で観測した0.3-1.5keVのスペクトル。それぞれの検出器の応答関数が含まれている。同時フィットのモデルを実線で重ね、下のパネルに残差を示す。

図3:それぞれの惑星状星雲の元素合成比、C/OとNe/Oをプロットした図。黒丸は広がったX線放射、白丸は中心星に付随した点状のX線源を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、惑星状星雲の中心星の周囲に存在する高温プラズマガスのX線衛星による観測的研究を系統的に行い、その組成を解明したものである。この高温プラズマガスは、惑星状星雲に進む進化段階で、中心星が高温に進化するとともに高速の星風が生じ、形成されると考えられている。従って、このガスの組成比は、中質量星の進化の最終段階における元素合成の結果を示すものと考えられる。本論文は、元素合成の理論との定量的な比較を初めて可能にする重要な観測結果を得た研究である。

論文は8つの章と2つのAppendixから成る。

第一章では、本論文の目的が簡潔にまとめられている。

第二章では、天体における元素合成の過程がレビューされ、引き続き、惑星状星雲における高温プラズマガスのモデルと元素合成過程が詳細に記述され、X線観測を含む、現在までの研究が要領よくまとめられている。

第三章は、本研究で用いた3つのX線衛星とその観測装置が説明されている。特に「すざく」に搭載されているXIS (X線撮像分光装置)は、Chandra衛星およびXMM-Newton衛星のCCD観測装置と比較し、0.37keVの炭素の遷移線付近では高い検出感度と優れたエネルギー分解能を有し、0.37keVの炭素、0.50keVの窒素、及び0.5-0.8keVの酸素の遷移線を分離できること、バックグランドが低く、安定している点が示されている。

第四章では、本研究に用いられた観測が詳細に記述されている。まずChandra及びXMM-Newton衛星で観測された21個の惑星状星雲の公開データの解析を行い、14個の惑星状星雲からのX線の検出を確認した。この14個のうち、充分なフラックスを放射しているものとして8個の天体を抽出し、これらの天体の特徴がまとめられている。さらに、本研究の目的である中心星の周りに広がるプラズマガスからのX線が検出されているかを確認するために、その空間分布を詳細に調べ、5つから広がったX線が放射されていることを明らかにした。次にこの中で一番強いX線を放射しているBD+30°3639について、「すざく」による装置評価期間(PV)で行った観測の詳細が記述されている。

第五章は、本論文の中核をなす章で、Chandra及び「すざく」のXISによるBD+30°3639の観測データの解析結果がまとめられている。「すざく」により得られたスペクトルは、0.3-1keVの領域で、炭素、酸素およびネオンの遷移線を明瞭に分解して検出することに成功した。また窒素の遷移線は弱く、分解されていないが、組成を見積もるには十分なスペクトルが得られている。性能評価期間の観測であることから、まず、装置のエネルギー尺度の較正、低エネルギー側の感度の時間変化の評価を綿密に行っている。次にプラズマ輝線の一温度モデルとの比較から、観測されたスペクトルが太陽組成のガスからの放射では説明できないこと、特にC/O、Ne/Oは太陽組成より大きく、鉄が欠乏していることを示した。この結果について、2温度モデル、水素柱密度あるいはHe/Hの影響、また感度の補正あるいはバックグラウンドの補正の不定性を慎重に考慮した解析を行い、いずれの効果も上記の結論に影響を与えないことを明瞭に示した。この結果、太陽組成と比較し、C/O=95+15-20, N/O=3.3+1.7-2.3, Ne/O=5.5+1.8-0.7の結果を得、C/Oが非常に大きいことを明らかにした。

第六章では、他の7 個の惑星状星雲についてのChandra 衛星及びXMM-Newton衛星による公開データの解析が記述されている。この結果、炭素・窒素・酸素の遷移線が分離できていないものの、拡がった成分については、BD+30°3639と同様、大きなC/Oが得られた。

第七章では、以上の結果について、惑星状星雲のモデルとの比較が議論されている。X線で観測された高温プラズマガスは、紫外・可視・赤外で観測されるガスより中心星近傍に存在する。高温プラズマガスの組成は他波長で得られるガスとは異なることが示され、中質量星進化の最終段階での元素合成を反映していることが示唆される。元素合成のモデルとの比較が行われ、本研究の結果から、ヘリウム層の上層部が放出され、高温プラズマガスを形成している可能性を示唆した。

第八章では、上記の結果が簡潔にまとめられている。

以上のように本論文は、惑星状星雲の中心星近傍に存在する高温プラズマガスの組成を、X線衛星観測を用いて系統的に解析したものである。特に「すざく」衛星の装置性能評価期間の観測を用いて、BD+30°3639についてそのスペクトルを詳細に解析し、炭素・窒素・酸素の組成を初めて分離し、明確に導出した。この結果は、他波長の観測では得られないデータであり、星における元素合成理論との比較を可能にする重要な成果である。なお本論文は、牧島一夫、国分紀秀との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測・データ整約・解析・議論を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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