学位論文要旨



No 121007
著者(漢字) 大石,龍太
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,リョウタ
標題(和) 地球温暖化における気候動態植生相互作用の役割
標題(洋) A study on the role of the terrestrial biosphere dynamics in future global warming
報告番号 121007
報告番号 甲21007
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4807号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 助教授 阿部,彩子
 筑波大学 教授 及川,武久
 東京大学 助教授 沖,大幹
 東京大学 助教授 松本,淳
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

本研究では将来の地球温暖化による植生分布の変化と、その植生分布の変化が地球温暖化に対して及ぼすフィードバックについて考察した。陸上における植生の分布は気温・降水量等の気候条件によって強く支配されている。その一方で、植生は太陽放射の吸収等による熱収支・気孔発散等による水収支・光合成等による二酸化炭素収支を通じて大気に影響を与えている。このように大気と相互作用する陸上生態系は、主として人為起源のCO2増加に起因する温暖化によって将来的に変化することが予想されている。

陸上生態系がCO2増加と温暖化によって受ける影響、その生態系変化による気温・降水等の気候への影響、また結果として陸上生態系はCO2を吸収するのか放出するのかという問題は人間社会への影響も大きいため、活発に議論が行われている。しかし、気候モデルと生態系モデルを用いた炭素循環研究間では不確定性の幅が大きいため、陸上生態系の温暖化に伴う変化の予測は未だ統一的な結論は得られていない。

本研究では既存の動態植生モデル(DGVM)を簡易な方法で大気大循環モデル(AGCM)と縮合し、気候の変化に伴う植生分布の変化を大気に反映することを可能とした。その動態植生結合モデルと、従来の植生を固定したAGCMを用いて産業革命前(285ppm)に対して4倍(1141ppm)の大気CO2のを与える数値実験を行い、大気CO2の増加による陸上生態系の変化とそれに伴う大気へのフィードバックについての考察を行った。また、単純な温暖化シナリオを仮定し、動態植生の有無によって温暖化時に起き得る生態系と大気への影響について考察した。

モデル

本研究で用いた動態植生結合大気大循環モデルは東京大学気候システム研究センター・国立環境研究所・地球フロンティア研究センターで共同開発された大循環気候モデルMIROCの大気モジュールとLund-Potsdam-Jena Dynamic Global Vegetation Model(LPJ-DGVM,Sitch et al.2003)で構成されている。AGCMで予報された気温・降水・日射は月別平均されてDGVMに与えられ、DGVMは光合成計算と炭素分配・収支計算を行い植生分布を予報する。この植生分布は一年に一回AGCMに引きわたされ、生態系の変化によるフィードバックを陸面境界条件として大気に与える。DGVM内部では独立な10種の植生型が仮定され、大気条件に対して生存可能な型の競争と共存が表現されている。また、陸上の炭素は植生炭素と土壌炭素(3box)を仮定しており、光合成による成長・発芽、寿命・親争・火災等による死滅により各貯留量が変化する。陸上炭素収支の予報は行っているが、本研究では大気CO2濃度へのフィードバックは行わない。

空間解像度を水平2.8°×2.8゜、鉛直20層として現在再現実験(大気CO2345ppm)を行った結果、予報された植生分科は観測値から診断した植生分布と全般的に一致した(図??)。また、純一次光合成率(NPP)の全球平均値(64.5GtC/yr)は既存研究の不確定性の範囲内(44.4-70GtC/yr)に収束した

産業革命前(大気CO2285ppm)の植生・土壌炭素貯留量(それぞれ1073GtC・1466GtC)は既存研究の不確定性の範囲内(それぞれ500-950GtC・850-1842GtC)に収束した。

4倍CO2感度実験

図1は本モデルで推定された平衡状態における4倍CO2時(左)と産業革命前(右)の植生分布である。CO2増加に伴う温暖化によって植生帯が極方向へ拡張・移動し、砂漠・ツンドラは緑化した。純一次生産量(NPP)は全般的に全陸上で増加しており、4倍CO2下では産業革命前と比較して植生は活性化した。

4倍CO2による温暖化(図2左)は既存研究と同様のパターンを示した。比較のため植生固定で4倍CO2及び産業革命前の実験を行い温暖化に占める動態植生の寄与を見積もった(図2右)。その分布は4倍CO2と温暖化による植生分布の変化を地域的には反映しているものの、基本的に全温暖化と同一の分布パターンである。従って、動態植生は植生変化による地域的なアルベド低下を通じて第一に陸域の温暖化を(10〜30%)程度増幅することが示された。降水分布についても気温と同様に、全球的に変化が増幅された。地域的には、ツンドラ域・アジアアフリカモンスーン域・北米中南部での気候変化は動態植生によって増幅されることが示された。

表1は平衡状態での植生炭素と土壌炭素の全球合計値である。4倍CO2時の合計炭素量は、動態植生を導入すると固定植生と比較して328Gt減少した。これはCO2154ppmの炭素放出に相当し、この差に対しては産業革命前と比較した土壌炭素の減少幅増加(-354GtC→-608GtC)が大きく寄与している。この土壌炭素減少は北半球の中高緯度で突出しており、寒帯の温暖化による土壌炭素分解の加速が動態植生による温暖化増幅によってさらに促進されたことが原因である。

時系列実験

産業革命前実験と4倍CO2実験の平衡状態の大気変数を時間方向に内挿して140年で産業革命前から4僧CO2に到達する仮想的な温暖化シナリオを動態植生・固定植生実験の両方について作成した。大気CO2濃度も同様に内挿し、大気シナリオと合わせて動態植生モデルをオフラインで駆動した。その結果得られた炭素貯留量の時系列は、陸域生態系は温暖化初期はCO2吸収に働くが、温暖化が進行するとCO2放出に転ずることを示している(図3)。これは温畷化に伴い北半球中高緯度に蓄積されていた土壌炭素の分解が促進されることが原因である。動態植生導入により、吸収から放出への転換は早められるが、これは前節で示した温暖化の増幅が原因であると考えられる。そのメカニズムが普遍的に陸域生態系モデルに導入されていることを考慮すると、この転換の早期化は多くの陸城生態系モデルで動態植生の導入により起きる得ること考えられる。

おわりに

本研究では動態植生モデルを結合することで植生分布の変動を大気大循環モデルに導入した。縮合モデルは全般的に現実の気候・植生をよく再現しているが、一部地域で大きなモデルバイアスが現れており大気側・生態系側ともに今後のモデル改良が必要である。本研究では動態植生導入による温暖化時の気候・生態系変動に対する影響を見積もったが、詳細な将来予測を行うためには本研究で用いた簡易な結合方法ではなく、生態系の変化を直接大気にフィードバック可能な縮合方法が求められる。また将来予測を行う際には海洋炭素循環モデルとの結合も必要である。一方で、現状のモデルでも解像可能な大規模な植生変化が期待される数値実験、例えばLGM(最終氷期極大期)再現実験など、に用いることで一定の知見を得ることは期待できる。

図1:結合モデルを用いて予報した産業革命前(285ppm)時の植生分布(右)と4倍CO2(1141ppm)時の植生分布:両者とも平衡状態

図2: 4倍CO2による温暖化(年平均気温[K])(左)と動態植生の寄与分[K](右)

表1:平衡状態での炭素貯留量(GtC)

図3:仮定された温暖化に対する炭素貯留量の変化時系列

審査要旨 要旨を表示する

人間活動によって大気中に放出される二酸化炭素等の温室効果気体が地球の気候や環境をどのように変化させうるかは、気候学のみならず社会的にも大きな関心事である。温室効果気体増加による地球温暖化の評価は、大気や海洋の三次元的大循環を数値的にシミュレートする気候モデルを用いて行われてきた。しかしながら、これまでの予測実験においては、大気中の二酸化炭素量の将来推移は、社会経済の発展シナリオと単純な炭素収支モデルにもとづいてあらかじめ設定されていた。気候変化により、陸面生態系の活動度が変わり、固定された二酸化炭素シナリオにもとづく予測は変更を受けないだろうか?このような問題に答えるべく、近年ようやく大気、陸面植生、海洋間の炭素の循環を陽にシミュレートする炭素循環モデルの使用が始まったばかりである。しかしながら、現状ではほとんどの炭素循環モデルにおいて、気候が変化することによって陸上生態系の分布も変化する効果は未だ取り入れられていない。

本研究は、動態植生モデルと大気大循環モデルを結合することによって、温暖化に伴う気候変化と植生の分布変化の間の相互作用を陽に扱い、地球温暖化予測における定量的な役割を明らかにしようとしたものである。

第1章においては、大気−植生相互作用の一般的な解説に引き続き、地球温暖化問題におけるその重要性が指摘される。また、多くの炭素循環モデルにおいては動態植生モデルの導入が行われておらず、また、導入されたモデルにおいても、大気−植生相互作用が温暖化を促進、あるいは抑制するのかについて理解されていない現状が指摘され、本研究において大気−植生相互作用を取り出して定量的に議論することの意義が述べられる。

引き続き、第2章においては、本研究で用いる大気−動態植生結合モデルが説明される。混合層海洋が結合された大気大循環モデルと大気−陸面間の水、熱、炭素交換をシミュレートする陸面モデル、そして、陸面モデルに用いる植生分布を気温や降水量といった気候変数の関数として計算する動態植生モデルである。各コンポーネントモデルは、既存研究によって開発されたものであるが、申請者によってこれらを結合した大気−動態植生結合モデルとして構築された。

第3章においては、前章の大気−動態植生結合モデルの現在気候条件のもとでのシミュレーション結果が観測値と対比して議論され、温暖化時の変化を議論するに足る精度を備えていることが示される。

第4章では、大気中の二酸化炭素量が産業革命前とその4倍である場合の平衡気候実験結果が比較され、とくに従来の静的植生モデルと今回の動態植生モデルの差異が論ぜられる。動的植生変化を扱うことにより、温暖化によりツンドラが後退してタイガに取って代わられるなど、植生の拡張がみられ、それに伴ってアルベド(=太陽光反射能)が低下するため、温暖化が増幅される。ツンドラ域以外でもアジアアフリカモンスーン域、北米中南部などでもこのような効果が見られ、全球平均でも10〜20%の温暖化増幅がもたらされる。本研究のモデルは、大気−動態植生相互作用に焦点を当てているため、陸面と大気の炭素交換が大気中の炭素量を変えるようにはなっていない。しかしながら、陸面生態系の炭素収支を調べることにより、寒帯での温暖化により土壌有機炭素の分解、さらには、大気中への炭素放出が加速されて、温暖化が増幅することが明らかとなった。

第5章では、結合モデルによる二酸化炭素1倍時と4倍時の気候要素を内挿して動態植生モデルに与え、炭素循環への影響の時間変化が議論される。気温、降水量、二酸化炭素の変化等各々の要素の変化の与える影響も評価された。温暖化により当初100年程度は、陸上生態系が活発化し、炭素を吸収する効果が勝るため、温暖化に対して負のフィードバック(抑制効果)となるが、その後土壌有機炭素の分解が勝るようになり、正のフィードバック(増進効果)へと転じる。植生を動的に扱うことにより、この符号転換が数十年早くなり温暖化を加速することになる。このように、最終的に植生の肥沃化より土壌炭素分解が勝ることは、モデル定式化の不確定を考慮してもなお確実なことと考えられる。

このように本研究は、植生と気候の相互作用に焦点を当てた明快な数値実験によって、同相互作用が地球温暖化を促進する効果を持つことをはじめて明らかにした。本研究の気候学への寄与は大きいと判断できる。

なお、本論文第2,3,4,5章ならびに付録Bは、阿部彩子氏との共著論文の結果を含んでいるが、論文提出者が主体となって計算及び解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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