学位論文要旨



No 121009
著者(漢字) 薗部,美穂子
著者(英字)
著者(カナ) ソノベ,ミホコ
標題(和) ギブス法を用いた三波川変成岩の圧力・温度・XCO2経路の推定
標題(洋) Estimation of pressure, temperature and XCO2 paths of the Sambagawa metamorphic rocks based on Gibbs' method
報告番号 121009
報告番号 甲21009
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4809号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一仁
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 助教授 田近,英一
 東京大学 助教授 岩森,光
内容要旨 要旨を表示する

三波川変成帯をはじめとする、プレートの沈み込みに伴って形成された高圧型変成岩の温度・圧力履歴(P-T path)は、沈み込みとその後の上昇のテクトニクスを理解するために不可欠な情報である。最近の三波川変成岩の研究によって、三波川変成岩は若い海洋地殻の沈み込みによって形成され(Peacock and Wang, 1999; Iwamori 2000)、ざくろ石の組成累帯構造は変成岩の沈み込み過程(Inui and Toriumi, 2002)を、角閃石の組成累帯構造は上昇過程(Okamoto and Toriumi, 2001; 2004)を記録していることが明らかになった。しかし、異なる温度帯であるざくろ石帯、曹長石−黒雲母帯、灰曹長石−黒雲母帯のそれぞれの岩石の沈み込み経路はまだ明らかにされていない。そこで、本研究では四国三波川帯の汗見川・猿田川地域における温度帯(変成分帯)と温度・圧力経路の関係を明らかにし、三波川変成岩の沈み込み過程に制約を与える。また変成流体は物質を輸送し、流体組成の変化は鉱物の平衡関係に大きな影響を与える。三波川変成岩では、高変成度の岩石中にチタナイトに代わってルチルが出現することから、高変成度部の流体はXCO2が高かったことが示されているが(Itaya and Banno, 1980)、XCO2がどのように変化したかについては明らかにされていない。最近の研究では、沈み込み帯深部で形成された岩石の流体包有物としてREEが存在することから、これらは流体中に溶けて沈み込み帯の深部を移動していたことが明らかにされている(Phillipot and Selverstone, 1991)。Y, HREEはざくろ石に濃集しやすいため、Y, HREEを含む流体の移動がおこれば、ざくろ石中にそれが記録されているだろう。そこでざくろ石成長間のY, HREEの組成変化を明らかにし、また温度・圧力経路とともにXCO2経路を明らかにした。

三波川変成岩は西南日本外帯北縁部に東西延長約800kmにわたって分布している高圧変成帯である。原岩は主に付加体堆積物で、白亜紀のプレート収束境界で変成作用を受けてきた。四国中央部は変成度の低い順に、緑泥石帯、ざくろ石帯、曹長石−黒雲母帯、灰曹長石−黒雲母帯に変成分帯されている(Higashino, 1990)。変成分帯図は、最高変成度の灰曹長石−黒雲母帯は構造の中軸に位置し、その上位と下位にむかって変成度が連続的に低下することを示す。汗見川・猿田川地域には、別子地域にしばしば存在するエクロジャイト相の変成作用を受けたテクトニック・ブロックは確認されていない。

ざくろ石は、温度・圧力条件の変化に応じて主要元素(Mg, Mn, Fe, Ca)の化学組成を変化させながら成長し、化学組成の累帯構造を形成する。研究地域のざくろ石はMnに富むコアをもち、リムに向かってFe、Mgに富むようになる。変成度の違いによるざくろ石の主要元素組成の主要な違いは、高変成度の岩石ほどリムはMgに富むことである。これはBanno et al., (1986)が報告したものと同じであったが、Banno et al., (1986)が指摘した、変成度ごとのコアからリムまでのMg/Fe比の系統的な変化は確認されなかった。ざくろ石は、同じ薄片中で同じ組成累帯構造をもち、結晶成長間にほぼ平衡が保たれていたと推定できる。またざくろ石は自形の成長面を保っていること、また粒径の大きいものと小さいものの組成が同じであることから、元素拡散による組成累帯構造の改変は少ないと考えられる。温度・圧力・XCO2の経路は、ギブス法 (Spear et al., 1982; Spear and Selverstone, 1983) という、ざくろ石を含む以下の系のインバージョンによって推定された。系成分:SiO2-Al2O3-Fe2O3-MgO-FeO-MnO-CaO-Na2O-K2O-H2O-CO2鉱物組み合わせ:ざくろ石−緑泥石−白雲母−斜長石−緑れん石−方解石−石英−流体 ギブス法は、以上の鉱物が平衡を保っていたことを仮定し、自由度と同じ数の変数を与えることによって残りの変数(dT, dP, dX)を得る方法である。この系の自由度は5であるとため、斜長石、緑れん石の組成を固定し、ざくろ石のコアからリムへの組成変化を与えることによって、ざくろ石成長間の温度・圧力・流体組成の変化を計算した。初期条件は後退変成作用の影響を除くために、ざくろ石中の包有鉱物の組成(Inui and Toriumi, 2002)を用いた。従来の研究の変成温度の推定では、変成度の異なる岩石の変成温度の推定に、異なる温度計が使用されてきたが、本研究では1つの基準となる温度・圧力・鉱物および流体組成(初期条件)からすべての計算をおこなっているため、温度計の違いによって生じる温度見積もりの誤差を考えなくてもよい。流体はH2O-CO2の混合物として取り扱っている。流体のフュガシティーはHolland and Powell (1990)、アクティビティは、Powell and Holland (1985)のsubregular(asymmetric)溶液モデルを使用している。

ギブス法を用いた計算の結果、汗見川・猿田川両地域のざくろ石は、温度・圧力・XCO2の単調増加に伴って成長し、P-T pathはdP/dTがおよそ0.5GPa/100℃であることがわかった。この結果は、Inui and Toriumi (2002) が示したP-T path と調和的であるが、Enami (1998)の示した減圧・昇温過程をもつP-T path とは一致しない。変成度の違いによるP-T pathの違いは最高温度・圧力条件以外はみられなかった。汗見川地域のP-T pathと猿田川地域のP-T pathを比較したところ両者は同じP-T pathをもつことがわかった。また、Inui and Toriumi (2002) が示した四国中央部別子地域のP-T pathとも同じであった。四国中央部三波川変成岩の汗見川地域、猿田川地域、別子地域のP-T pathが一致することは、沈み込みの間これらの岩石は薄い板状に存在していたことを示唆している。

研究地域のざくろ石中には主要元素の累帯構造のほかに、Y, HREEに関する累帯構造が存在する。ざくろ石のコアはY, HREEに富み、リムに向かって急速に減少する。その間に、マントル部でしばしば自形の帯状にY, HREEが濃集しているのが多くのざくろ石に確認された。一つのざくろ石中に複数のY, HREE濃集帯をもつものも存在する。その中で、主要元素のMnの増加、Caの減少を伴うY, HREE濃集帯に注目した。このY, HREE濃集帯は20〜30μm程度の幅をもち、曹長石黒雲母帯、灰曹長石黒雲母帯のざくろ石に一般的に見られるが、ざくろ石帯のざくろ石には一例を除き確認されなかった。

ざくろ石の微量元素累帯構造から、ざくろ石中のY, HREE濃集帯の成因を議論した。ざくろ石中の微量元素濃度を支配する要因は、ざくろ石とマトリックス鉱物間の全岩分配係数と、有効全岩組成がある。全岩分配係数は、温度・圧力の変化によって変化するが、Y, HREE濃集帯形成の前後のP-T pathをみると、微量元素濃度変化に匹敵するような、急激な温度・圧力の変化を示さず、単調に温度・圧力が増加しているために、これらの微量元素の濃集は、全岩分配係数の変化によるものではないと考えられる。有効全岩組成に関しては、(1)ざくろ石の融食-再成長。(2)Y, HREEに富む鉱物の分解。(3)Y, HREEを含む流体の流入。によって岩石中にY, HREEが供給され、ざくろ石のY, HREE濃集帯が形成したことが考えられる。Y, HREE濃集帯は自形を示すこと、Y, HREE濃集帯形成の前後で鉱物組み合わせの変化がないことから、ざくろ石中のY, HREE濃集は、Y, HREEを含む流体の流入を記録していると考えられる。ギブス法によってY, HREE濃集帯の形成温度・圧力・流体組成を推定した結果、約500-530℃, 0.8-1.0GPaの温度・圧力条件で形成し、そのときの流体のXCO2は約0.04-0.06であったことがわかった。このような高温度・高圧力・高XCO2条件に達していないざくろ石帯のざくろ石にはY, HREE濃集帯は見られない。このことから、薄い板状に存在していた岩石のうち、より深い場所に位置していた曹長石−黒雲母帯、灰曹長石−黒雲母帯の岩石は、大規模にY, HREEを含む流体の流入を受けたが、浅部に存在していたざくろ石帯の岩石は流体流入を受けなかったと考えられる。また、ざくろ石がY, HREE濃集帯をもつ岩石の流体組成は高XCO2であることから、Y, HREEを含む流体は高XCO2の流体と関係があるのかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は沈み込み帯の固体・流体輸送を明らかにするために、三波川変成帯の圧力-温度-流体中のCO2分率の変化(P-T-XCO2経路)をギブス法によって明らかにし、堆積物の沈み込み過程とそれに伴う流体流入のタイミングとその組成を明らかにしたものである。最高到達変成度の異なる岩石が同じP-T経路をたどって沈み込むことが三波川変成帯においては一般的であることを明らかにし、従来不明であった変成流体の組成とその流入のタイミングを推定した点で非常に重要な成果をあげたと言える。

本論文は、10章より構成され、第1章では、沈み込み帯に関する先行研究を概観した上で、三波川変成岩のP-T-XCO2経路を明らかにする研究の意義を述べ、第2章では、三波川変成帯の地質概略、第3章では、EPMAによる主要・微量元素の分析方法を説明している。

第4章では、研究対象とした汗見川・猿田川地域の泥質片岩の鉱物組み合わせ、鉱物組成、特に、ざくろ石の主要・微量元素累帯構造を記載している。第5章では、最初にギブス法、特にこの論文で新たに変数として導入したXCO2の推定方法について説明した上で、解析のために選定した成分、ギブス法の計算を開始する参照条件(reference condition)、用いた鉱物固溶体とH2O-CO2流体の熱力学モデルを記述している。

第6章では、ギブス法を適用し、対象地域に分布する変成度の異なる岩石について、ピーク変成温度・圧力、P-T-XCO2 経路を推定し、P-T-XCO2 経路と石榴石中に特徴的に認められる重希土類元素(HREE)の濃集帯の関係を明らかにしている。ここで、重要な点は、XCO2が急に増加する時に希土類元素の濃集が起きた点である。さらに、XCO2の変動が有意であることを示すために、参照条件に含まれる誤差が推定される温度・圧力・XCO2へどのように伝搬されるのかをモンテカルロ法を用いて評価している。また、ざくろ石中に包有されている鉱物の組み合わせと鉱物組成を計算結果と比較し、温度・圧力・XCO2推定値の妥当性を確認している。

第7章から第9章は、考察である。まず、本論文で求めたP-T -XCO2 経路を過去の三波川変成帯の温度・圧力・CO2分圧の推定値と比較した上で、ざくろ石のHREE濃集帯の成因を考察し、高変成度に出現するざくろ石のHREE濃集帯は、HREEを含む流体が高変成度部に大規模に流入することで形成されたと結論している。さらに、本研究で得られたP-T経路とこれまでの研究結果を合わせて、三波川変成岩は、薄い岩石が連結された列車のように同じP-T経路を辿って沈み込みこんだことを明らかにしている。これに基づいて、世界の高圧変成帯(沈み込み帯、衝突帯)のP-T 経路のタイプと高圧変成帯の厚さの関係をまとめ、沈み込み帯で形成された減圧・昇温過程がない高圧変成岩のP-T 経路の特徴は、薄い岩石が付加したことによって説明可能であるとしている。最後に第10章で、本研究結果のまとめを行っている。

以上のように、論文提出者は、三波川変成帯の沈み込み様式と変成流体の組成とその流入のタイミングを特定するという、変成岩岩石学の発展に寄与する重要な成果をあげており、博士(理学)取得に充分値するものであり、審査委員全員一致で、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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