学位論文要旨



No 121010
著者(漢字) 高橋,優志
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ユウジ
標題(和) 人工電流電磁探査法による活動的火山の監視
標題(洋) Controlled source electromagnetic monitoring of an active volcano
報告番号 121010
報告番号 甲21010
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4810号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 上嶋,誠
 東京大学 教授 歌田,久司
 東京大学 教授 渡辺,秀文
 東京大学 助教授 森田,裕一
 東京工業大学 教授 小川,康雄
内容要旨 要旨を表示する

比抵抗変化モニタリング手法の提案

比抵抗ρ,あるいはその逆数の電気伝導度σは温度や流体の存在によって極めて大きな変化を示す物理量である。そのため火山において比抵抗構造の変化をモニタリングすることができれば,そこから火山活動を監視することができる。本研究では新たに人工的に制御された変動磁場の多点観測による比抵抗モニタリングおよびイメージングシステムを提案し,その実現のために必要な要素技術を開発した。

開発した要素技術の概要

本研究の観測手法が解析対象とするのは、観測点における磁場と送信電流との間の伝達関数である。本研究で開発した伝達関数計算ルーチンでは,ノイズ除去,重み付きスタッキングおよび平滑化制約付フーリエ変換を組み合わせて使用した。これらの併用により高ノイズ環境下においても高速かつ高精度に伝達関数の計算が可能になった。最終的に得られる伝達関数のノイズとシグナルの比は最高で0.1%,平均でも1%程度となっており非常に良好な値を得ることができた。

一方,本手法の解析では3次元比抵抗構造における電磁場を計算する必要がある。本研究では積分方程式法を用いた3次元電磁場シミュレータを開発した。任意の比抵抗構造における電場分布Eは1次元構造における電場E1Dからの散乱を用いて表現することができる。得られた電場分布から全空間における磁場分布を得ることができる。実際の計算手順は図2のように7つの手順に分割しておこなう。

伊豆大島におけるアプリケーション

カルデラ下の比抵抗構造推定

2002年3月にカルデラ下の比抵抗構造を把握することを目的として電磁探査法による調査をおこなった。比抵抗構造は火山活動監視のための基礎データとして必要とされるため,特に火口周辺の構造について詳しく調べた。ここでは水平多層構造を仮定したインバージョンから1次元リファレンス構造を規定し,その伝達関数と観測値との差からさらに詳しく比抵抗構造を推定する方法をとった。最終的に得られた比抵抗構造は,図3に示されたように,表層1000m,下部は中心部が30mでカルデラ縁部が10mの2層構造を基本とし,山頂火口の下200mの地下には低比抵抗部分が存在することが分かった。

比抵抗モニタリングと比抵抗変化イメージング

2002年7月より伊豆大島火口近傍の5観測点において連続観測をおこなった。各受信点における,1Hzから120Hzまでの伝達関数の3年間にわたる推移を調べた。連続観測の結果は欠測期間を除いて3つの期間に分けることができ、それぞれをA(2002/7-2003/2),B(2004/5-6),C(2004/12-2005/7)期間とよぶことにする。C期間ではA期間に比べてすべての受信点でAmplitudeが大幅に低下しており、低下量は最大で7%にも達する。(図4)。

このような極めて大きな変化の原因を推定するため、ボルン近似を利用した高速イメージング手法を適用した。推定された比抵抗変化を図5に示す。図では比抵抗がσ1からσ2に変化する場合の(σ2/σ1-1)の推定値を色で示している。送信点近傍の電気伝導度上昇によってほとんどの変化が説明されることが分かる。火口直下にも比抵抗の減少域が見られるが、この変化は現在のデータ精度では誤差の範囲内であった。

モデルシミュレーション

1986年伊豆大島噴火時の観測事実を説明するモデルの一つとして,Utada(2003)によるマグマ上昇モデルがある。マグマは比抵抗が非常に低い(0.5〜1Ωm)ため,本手法によって比抵抗変化として検出されることが期待できる。本研究では,Utada(2003)のモデルから期待される伝達関数変化を計算したところ,最大で6%に達することがわかった。さらに計算された伝達関数変化から逆に比抵抗変化を推定する数値実験をおこなった。その結果,比抵抗変化の空間的分布を高い精度で推定することが可能であることがわかった。モデルシミュレーションの例を図6に示す。

図1 本研究で提案する観測手法の概念図。Transmitterから大地に電流を送出し,励起された磁場を多点で同時に受信する。すべての機器はGPSを用いて正確に同期がとられている。

図2 3次元フォワード計算の流れ。1次元構造に対する電場(2)および磁場(3),グリーン関数(4)(5)はあらかじめ計算しておく。3次元構造に対する電場分布(6)を求めたあと,磁場分布(7)を計算する。

図3 推定された伊豆大島カルデラ下の比抵抗構造。上層は1000Ωm,下層は30Ωmの2層構造を基本とし,中心部には低比抵抗部が存在する。またカルデラ縁の下部比抵抗はやや低く(10Ωm程度)なっていることが示唆される。

図4 (左)本研究でおこなったモニタリング観測およびモデルシミュレーションで使用された送受信点の配置。TRMは送信点の位置,ClからC5は受信点の位置を示す。(右)モニタリングで得られた伝達関数の変化。C1,C4,C5におけるAmplitudeと位相の変化を示す。3本のプロットは左の地図のように色分けされている。

図5 C期間におけるレスポンス変化を説明する比抵抗変化モデル。Layer1,9はそれぞれ最上面および最下面に相当する。送信点(座標は0,0)付近の表層比抵抗が低下することでデータが説明される。

図6 数値実験例における比抵抗変化の断面図。与えた変化(上)およびImagingによって推定された変化(下)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、活動的火山において3次元比抵抗構造時間変化をモニターするために人工電流電磁探査法の開発を行い、伊豆大島における野外実験でその有用性を実証したものである。第1章はイントロダクションであり、活動的火山において比抵抗連続モニターを行うことの意義や、従来の研究を概観し、様々な火山活動のメカニズム解明や活動の監視のために、十分な空間精度で3次元比抵抗構造の時間変化を追うことが出来る観測手法の開発が必須であることを論じている。

第2章では、データ解析、すなわちソース人工電流と各点での鉛直磁場との間の周波数応答関数を求めるための手法の開発について述べている。ノイズ除去、スタッキング、応答関数推定のそれぞれの段階で、従来用いられて来た標準的な解析法では良好な応答関数が推定できなかったため、それぞれについて、独自の解析手法を開発し、それらを実データに適用することで、構造の時間変化を議論するに足る精度1%以内の応答関数を推定することが可能となった。第3章では、上述の応答関数から比抵抗構造およびその時間変化を検出するための順・逆解析手法の開発について記述し、開発した方法の有効性を数値実験によって検証した。まず、1次元層構造問題におけるダイポール電流源に起因する周波数領域での電磁場を記述する定式を用いて、上述の各点での応答関数から各点直下の1次元構造を推定するABIC逆解析手法の開発を行った。次に、任意の電磁ソースに起因する電磁場のグリーンテンソルを用いて、積分方程式法に基づいて任意の3次元構造においてダイポール電流源に起因する電磁場を精度良く計算する順解析コードを開発した。このコードを用いて、従来の直流電流法から推定された1986年伊豆大島噴火時の比抵抗構造変化モデルをテストモデルとし、実際の伊豆大島での観測配置に基づいて、第2章で開発した応答関数推定法を用いることで、応答関数の時間変化が観測によって十分検知可能であることを検証した。さらに、1次ボルン近似に基づいて、応答関数時間変化より直接構造変化を逆解析によって推定する手法を開発し、上述のテストモデルに依拠してその有用性を明らかにした。

第4章では、2002年に行った、多点観測による伊豆大島における比抵抗構造探査について述べている。はじめに、この観測を実現するための電流電極設置、GPSによる時刻同期した電流送出器、同じくGPSによる時刻同期した1kHzサンプリングの鉛直磁場測定器について述べているが、これらのすべての器材開発、機器設置法は、本論文提出者によって独自に開発されたものである。山頂カルデラ内南部に電流源を置き、山頂カルデラ内の24点で得たデータの解析を行った。各点での1次元構造を推定し、そのモデルを総合することによって、試行錯誤的に3次元モデルを構築した。その結果、(1)三原山山頂火口直下海抜100mから500mにかけて直径1kmの10Ωmの良導コラムが存在し、その周囲は1kΩmの高比抵抗となっている、(2)海抜100m以深には30Ωmの良導層が存在し、山頂カルデラ縁直下の円管状領域で10Ωmとさらに良導的になっている構造を得た。これらの特徴は、従来の直流法、MT法探査や比抵抗検層データと調和的であった。第5章では、2002年7月より開始した比抵抗構造時間変化モニタリングについて述べている。電流源、鉛直磁場測定器共に、構造探査の時と同じ器材を用いて中央火口を取り巻いた5点での鉛直磁場応答のモニターを行った。まず、前章で決定した3次元比抵抗構造に基づいて、各観測点応答関数の周波数ごとの感度分布を計算し、電流極周辺と火口直下の良導コラムに感度の集中が見られることを示した。次に応答関数の時間変化を示し、2004年12月から2005年7月の期間に応答関数に最大で7%に達する変化を捉えていたことが明らかとなった。第4章で開発した比抵抗構造変化イメージング法をこの応答関数変化に適用した結果、同期間について、山頂火口直下の良導コラム上面で数%の比抵抗減少が検出されたほか、電流極近傍で約20%に及ぶ比抵抗減少が起こっていたことが明らかとなった。最後の第6章では、本論文の全成果をまとめている。

以上のように、本論文では、機器開発を含めた新しい観測手法の開発から観測の実施、データ解析に至るまですべて本論文提出者が独自に研究を進め、地下3次元比抵抗構造を決定すると共にその時間変化を高い精度で検出する新しい観測システムを世界にさきがけて構築した。その観測システムの有効性は、伊豆大島における野外観測によって実証され、今後火山噴火メカニズム解明、火山活動監視の場において広く用いられることになると期待できる。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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