学位論文要旨



No 121014
著者(漢字) 浅利,晴紀
著者(英字)
著者(カナ) アサリ,セイキ
標題(和) 地球磁場観測とコアダイナミクス
標題(洋) Geomagnetic observations and decadal core dynamics
報告番号 121014
報告番号 甲21014
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4814号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜野,洋三
 名古屋大学 助教授 吉田,茂生
 東京大学 助教授 上嶋,誠
 東京大学 教授 本多,了
 東京大学 教授 歌田,久司
内容要旨 要旨を表示する

地球の流体コアに起因する主磁場は様々な時間スケールで変動している。およそ1万年以上の時間スケールの変動は、地磁気そのものを維持する地球ダイナモ作用の準定常成分に関連していると考えられ、近年の数値シミュレーションの発展によってそのダイナミクスの理解が進みつつある。一方、数十年スケールの変動に関しては、数値実験による再現はかなり困難であるものの、観測データを直接用いてコアの流れのダイナミクスを調べることが可能である。本研究では、後者の問題をテーマとする。

これまで数十年スケールのコアの研究を行う方法の一つとして、地磁気観測データを用いたインバース問題によるコア表面流(CMB直下におけるコア流体のマントルに相対的な速度場)の推定が行われてきた。その成果として、近年になってコア表面流の時系列モデルから回転軸方向の角運動量がコアとマントルの間で交換されていることが示唆されている。しかし、地磁気データから推定されるコア表面流モデルには、観測誤差に伴う不確定性に加えて原理的な任意性の問題が伴うことも知られている。そこで、以下のような疑問が挙げられる。

コア表面流の不確定性を軽減できるか。

力学的コアーマントル結合メカニズムは何か。

観測とコアーマントル結合を説明する流体コアダイナミクスは何か。

本研究では、観測量(地磁気・LODデータ)に基づいて1を系統的に調べ、それと同時に2と3についての洞察を得ることを目指す。基本的な方針として、1の解決のために2(と3)についての理論的な仮説をコア表面流推定に導入し、結果として得られるモデルの合理性によりそれらの仮説の可否を判断する、という手順をとる。本要旨で用いられる重要なパラメータの表記を表1に示す。

数十年スケールのコアの角運動量変動は、テイラー・プラウドマンの定理により、回転軸を共有する剛体シリンダー殻の回転からなる流体の流れ(図1;この流れはuGと表記され、コア表面流モデルから求められる)によって担われることが期待される。従って、マントル-流体コア系の回転変動を支配する方程式は図2にように与えられる。ここではコアーマントル間の力学的結合メカニズムとして電磁結合と地形結合を考える。前者はローレンツ力を、後者はCMB地形に働く圧力を起源とするもので、いずれも観測LOD変動を説明するトルク(電磁トルク・地形トルク)をマントルに及ぼす有力な候補として考えられている。過去の研究では、コア流体に与えられるトルクγCMBはuGのみに依存する軸対称の簡略な形式で扱われていた。本研究では、球面調和関数により展開されたコア表面流uHの全てのモードに依存する電磁トルクγEと地形トルクγTの一般的表現を定式化した。これに基づいて開発されたフォワードコードを用いて、図3、4のようなインバース・フォワード解析を行い、推定されたコア表面流uHに伴うγEとγTの振幅・時間変動性および(∂uG/∂tから計算される)慣性トルクγIとのバランスを調べる。γEの計算に必要なマントル電気伝導度構造にはCMB直上の均質1層モデル(厚さ200km;電気伝導度500S/m)を、またγTの計算に必要なCMB地形hには地震波解析から得られたモデル(Boschi & Dziewonski,2000;|h|〜数km)を採用する。地磁気データには1842.5-1987.5年(2.5年おき)のモデルufmlを、LODデータには同じ期間の年平均値を用いる。

電磁結合(図3)

マントルに働く電磁トルクΓEと慣性トルクΓIによってLOD変動データを説明するようなコア表面流モデルは得られた。しかし、コアシリンダーに働く電磁トルクγEには、慣性トルクγIに見られる経年スケールの時間変動がないことがわかった(図5)。実際、γEとγIが常に一致するような制約を与えてコア表面流を推定しようとしても、地磁気LOD変動を含めた全ての制約を説明するようなコア表面流モデルは得られない。従って経年スケールのコア流体シリンダー回転変動を電磁結合のみによって完全に説明することはできないと言える。

地形結合(図4)

コア流体シリンダーのトルクバランス変動∂γI/∂t=∂γT/∂tを追加的な制約としてコア表面流モデルを推定したところ、全てのシリンダーについてこれを満たし、かつ地形トルクΓTと慣性トルクΓIによりLOD変動データを説明するコア表面流モデルが得られた。このような結果が得られたのは、電磁トルクγEと比べて地形トルクγTがコア表面流uHの変化に対して敏感であるため、新しい制約を追加するのに必要なコア表面流の変化が小さいことによると考えられる。γTを考慮に入れることで、ある与えられたCMB地形に対して、不確定性の少ないコア表面流モデルが得られることがわかった。

コアのダイナミクスについて

以上の結果については、地形トルクγTが慣性トルクγIの時間変動性を説明するのに必要な大きさのヌルスペースがコア表面流に存在したということだけではなく、コア流体のダイナミクスの観点からも解釈が与えられる。回転流体であるコアでは、境界(CMB)で与えられたトルクに応じてスピンアップというメカニズムが働くことで、角運動量が流体全体へと効率的に輸送され、その結果シリンダーとしての回転が加速される。本研究では、地形結合に関しても、CMB地形の中を流れる緯度成分のコア表面流によって通常の粘性スピンアップと同等の解釈が与えられることを提案する。この場合、地形結合によるスピンアップ時間はτT〜c/(hΩ)〜1年と見積もられる。また電磁結合によるスピンアップ時間を見積もるとτE〜30年となる。従って、γIの経年スケール変動がγEではなくγTによって説明されるという本解析の結果とスピンアップのダイナミクスは一貫する。また理論的には、スピンアップが完了する時間τTより十分に長い時間スケールではγTはγIに対する重要性を失うことが期待される。

以上の内容をまとめると以下のようになる。

コア流体に働くトルクとコア内部のトルクバランスを制約条件とすることでコア表面流を決定できる。

電磁・地形結合は共にLOD変動を説明できるが、コアシリンダー殻の回転の経年スケール変動を説明できるのは地形結合のみである。

結合メカニズムの特徴的な時間スケールはコア流体のスピンアップによって解釈できる。

表1.表記の一覧(s,ψ,z) 円筒座標系 時間t 時間c コア半径Ω マントルの角速度uH コア表面流uG コアシリンダー回転速度h CMB地形Γ マントルに働くトルクγ コアシリンダーに働くトルク

図1.コアの剛体シリンダー殻の回転

図2.コアーマントル系の回転に関する方程式系

図3.電磁結合を仮定した場合の解析の流れ

図4.地形結合を仮定した場合の解析の流れ

図5.余緯度39.5°のコアシリンダーに働くγI(破線)とγE(赤線)の変動

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、地表で観測される数10年の時間スケールの磁場変動からコア表層の流れ場を推定する手法に関して、詳細かつ厳密な吟味を行なうことによって、コア表面流推定の限界を明らかにし、従来の解析によって得られているコア表面流の多様性の原因を解明している。さらに、コア表面流の推定に、地球自転速度変動の観測から求められる、地球内部のコアとマントル間の角運動量交換の様子を制限条件として加えることによって、コア表面流推定の精度を原理的に可能な範囲内で向上させると共に、コアとマントルのカップリングの実態を明らかにすることを目指している。コア全体の角運動量を計算するために、コア内部の流体運動の速度場として、自転軸を中心とする同心円筒群の剛体的な回転を想定していることは、コア内において地球の自転に伴うコリオリ力が卓越し、粘性力が極めて小さいと考えられることと調和的であり、妥当な仮定と考えられる。

本論文は6章から構成される。第1章はイントロダクションであり、これまでのコア表面流の研究と地球自転速度変動と磁場変動との係わりについての研究を整理し、本研究の動機つけを行なっている。第2章では、コアとマントルのカップリングについて地形トルクを仮定し、磁場変動からコア表面流の推定を行なう際に、地表での磁場変動測定に伴う誤差が、推定されるコア表面流にどの程度の不確定性を生じるかを厳密に評価している。コア表面流の推定には、このような観測誤差に加えて、この手法に伴って原理的に不確定となる部分が存在する。第3章では、この不確定な部分を実際の磁場変動の解析に基づいて具体的に提示している。第2章及び第3章の解析によって、従来推定されているコア表面流の多様性の原因が解明された。第4章では、コアとマントルのカップリングの原因として、電磁気的な相互作用を考え、磁場変動と自転速度変動を同時に説明できるコア表面流とその不確定性を定量的に見積もっている。この解析によって、電磁気的なトルクによって、磁場変動と自転速度変動を満足する表面流とその時間変動が存在することが示されたが、コア内に仮定した同心円筒間の相対的な短周期の変動は、電磁結合のみによっては説明出来ないことが明らかとなった。この結果からは、地球のコアとマントルの結合のメカニズムとして、電磁トルクのみが働いているのではなく、別の結合メカニズムが必要であるという重要な結論が導かれる。続いて第5章ではコアとマントルのカップリングとして、第2章と同様にコアーマントル境界の凸凹による地形結合を考えて解析を行い、磁場変動と自転速度変動の両者を満足するコア表面流に伴うコアとマントルの相互作用の変動を求めている。地形結合を考えた場合には、その結合が強く短い周期の変動も引き起こすことが可能であるために、コア表面流は自転速度変動を説明することに加えて、コア内に想定した円筒間のカップリングも説明することが出来る。このことは、実際の地球においてコアとマントルの相互作用のメカニズムとして、コア表面の凸凹に伴う地形結合が重要な役割を果たしていることを示唆するものである。最後の第6章では以上述べてきた第2章から第5章までの解析で得られた成果を簡潔にまとめている。

コアのダイナミクス、特にコア内の流体の運動については、直接観測は不可能であり、本論文で扱っている磁場変動からコアの表面流を推定することが、殆ど唯一に近い観測的な方法である。本論文は、地球表面で観測される磁場変動からコア表面流を推定する研究において、従来さまざまなモデルが提案されていた状況を整理し、本質的な不確定性とコア表面流推定の限界を明らかにすることによって、この手法について総括的な評価を与えるとともに、コアとマントルのカップリングによる角運動量交換によって自転速度変動が生じている、という制限条件を導入することによって、コア表面流の推定に加えて、コアとマントルのカップリングのメカニズムについても知見を得たものである。これらの方法を適用するにあたって、新たに厳密な定式化を行い、定量的に意味のある結果を得ていることも評価できる。本論文は、今後のコア表面流の推定からコアのダイナミクスを検討する上で、重要な基礎を与えるものであり、この分野の研究において重要な寄与をなす論文である。

なお、本論文第2章については、清水久芳・歌田久司との共同研究であるが、論文提出者が主体となって定式化・解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の理由より、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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