No | 121015 | |
著者(漢字) | 木戸,芳樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キド,ヨシキ | |
標題(和) | XRF microscannerによる含水試料元素定量法の開発と第四紀日本海古海洋変動高解像度解析への応用 | |
標題(洋) | A quantitative element analysis method of wet sediment samples using an XRF microscanner and its application to the high resolution analysis of the late Quaternary paleoceanography of the Japan Sea | |
報告番号 | 121015 | |
報告番号 | 甲21015 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4815号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 堆積コアを用いて高時間解像度で気候変動を復元するには、速い堆積速度で連続堆積した堆積物の高解像度分析が有効である。そこで、様々な種類のXRFコアスキャナーが開発され、含水堆積物コア試料を用いた主要元素組成の非破壊・迅速・高空間解像度分析法の確立を目指した研究が進められている。しかし、これまでの研究では、試料表面ににじみ出た水や間隙水による蛍光X線吸収の影響を評価し、補正する作業は行なわれていなかった。そのため、FeやTi、Caなど一部の元素について半定量分析が可能になったにすぎず、水による蛍光X線吸収の影響が特に大きいAl、Si、Kなどの軽元素については、定量法は確立していない。一方、日本海堆積物において、石灰質や珪質な生物源物質の含有量は汎世界的な海水準変動に同調した変動を示すように見えることから、堆積物の元素組成の高解像度復元は日本海堆積物のorbital scaleの年代層序確立に非常に有効であると考えられる。 そこで本研究では、試料表面をスキャンし、その領域の積算XRFスペクトルを得る際に、同時に積算透過X線強度を測定できるというX線分析顕微鏡Horiba XGT-2700(以下XGT)固有の機能を利用して、透過X線強度から含水率を推定する方法を確立し、その結果を用いて間隙水による蛍光X線吸収効果を補正することにより、含水堆積物試料主要元素組成を非破壊で迅速に定量する方法の開発を目指した。次に、その手法を用いて抽出できるパラメーターの変動と標準的δ18O曲線との関係を、過去16万年間について詳細に調べてその関係を明らかにし、その関係をそれ以前の層準に適用することで、日本海堆積物のorbital・scaleの年代層序の確立を試みた。 実験には、日本海隠岐堆から採取された2本の珪質堆積物コアMD01-2407とD-GC-6、および西インド洋アデン湾から採取された石灰質堆積物コアGOA-6を用いた。 先ず、マイラー膜と呼ばれるX線透過フイルムを試料表面にかぶせて実験中の試料表面の乾燥とそれに伴う変質を防いだ。その際、試料表面を30分程度半乾燥させてからマイラー膜をかぶせることで、試料表面とマイラー膜の間に形成される水薄膜を、薄く、安定な状態に保ち、かつその厚さは試料の含水率が低い試料ほど薄い傾向を示すことを見出した。そこで、水膜の厚さと含水率の関係を用いて含水率から水膜の厚さを推定し、水膜による各元素のXRF強度減衰率を求めた。 次に、間隙水による各元素のXRF吸収の影響を評価するために、間隙水によるXRF強度減衰の指標として、含水試料のj元素のXRF強度を同試料を乾燥粉砕して測定したXRF強度で規格化した値を相対XRF強度比(Rjw)と定義した。Rjwは、全ての元素で含水率の増加に伴って減少する傾向を示した。Rjwと含水率の関係は、元素組成から推定した試料の質量吸収係数と含水率から計算することができ、推定した両者の関係は実験結果とほぼ一致した。 以上の結果は、含水率が求まれば水膜や間隙水による各元素のXRF吸収の影響を評価できることを示す。そこで、XGT分析した測定領域の透過一次X線強度積算値(積算透過X線強度指数:TXI)を利用して、含水率との関係を調べた。その結果、TXIと含水率は非常に高い正相関を示した。そこで、TXIから推定した含水率を用いてRjwを計算し、含水試料のXRF強度をマイラー膜と水薄膜によるX線吸収の影響について補正した後、Riwで割ることによって間隙水による蛍光X線吸収の影響を補正することにより、乾燥時のj元素のXRF強度を推定した(Ijd')。 Ija'と従来のXRF法で求めた元素含有量は、Al、Si、Caでは高い相関を示した。一方、K,Ti,Feでは、一次X線により試料内部で発生したXRF強度がCaによって影響を受けた可能性が示された。そこで、Ijd'と元素含有量の回帰曲線からのIjd'のずれの程度とCa含有量との関係を調べたところ、両者はやや高い正の相関を示した。そこで、Ca含有量からXRF強度のずれの程度を計算してK,Ti,Feの蛍光X線強度に加えることにより、Caの蛍光X線への影響を補正した後のj元素のXRF強度を推定した(Ijd'')。 Ijd'およびIjd''と元素含有量の相関係数を、補正前の含水試料のXRF強度と比較すると、特にAl,Si,Kで0.5-0.42上昇し、全ての元素で0.86以上になった。以上の結果は、含水試料をXGT分析して得られた各元素のXRF強度とTXIを用いてIjd'およびIjd''を推定して、 Ijd'およびIjd''と主要元素含有量の関係を求め、それを検量線として利用することで、Al,Si,K,Ca,Ti,Feの元素を定量できることを示している。 第2部では、浮遊性有孔虫の産出が不連続的であり、かつ浮遊性有孔虫のδ18O (δ18Opf)の変動様式が外洋と異なる日本海堆積物について、氷期-間氷期サイクルに応答して特徴的な変動を示す古海洋環境指標を見出し、XGTや色分析など非破壊迅速分析法を用いてそれらを測定し、δ18Opfと相補的に利用することにより、orbitalscaleでの年代層序を過去約64万年に渡って確立することを目指した。本研究では、隠岐堆で採取されたMD01-2407コアを用いて、色(L*)、浮遊性・底生有孔虫殻のδ18O分析、X線分析顕微鏡を用いた主要元素組成の高解像度分析、浮遊性有孔虫殻の溶解度の分析を行ない、主要元素組成から生物源シリカ(Bsi)、生物源炭酸塩(Bca)、陸源砕屑物(Ter)の含有量を復元するとともに、氷期極相期に見られる無酸素含硫化水素環境(euxinic)で堆積した暗色層を判別するための指標としてexcess Sを定義し、その変動を復元した。 まず、過去5万年間におけるMD01-2407コアのδ18Opf変動曲線とSPECMAPの標準的δ18O変動曲線との比較を試みた結果、両者の間に以下のような関係が見出された。 主要浮遊性有孔虫種に基づく表層古環境が寒冷な環境に相当する層準において、δ18Opfが1.5 0/00以下の軽い値を示し、かつそれが平行葉理を持った厚い暗色層に対応している場合、この暗色層においてδ18Opfがその前後に比べて軽い値を取る層準が、氷期極相期における標準的δ18O変動曲線の負ピークと対比される。 主要浮遊性有孔虫種に基づく表層古環境が温暖な環境に相当する層準において、δ18Opfが1.5 0/00以下の軽い値を示す場合、δ18Opf変動は標準的δ18O変動曲線における間氷期極相期と対比される。 氷期極相期に相当する寒冷な環境下におけるδ18Opf'と、間氷期極相期に相当する温暖な環境下におけるδ18Opf'の間の明色層において、δ18Opfが3.6 0/00前後の大きい値を取る層準は、氷期一間氷期境界に対比される。 次に、5万年前以前について、MD01-2407コアにおけるテフラを年代基準面として利用することで過去16万年間の仮年代モデルを構築し、上に示した関係を用いてδ18Opf変動曲線とSPECMAPの標準的δ18Opf変動曲線との比較を試みた。その結果、主要浮遊性有孔虫種組み合わせに基づく表層古環境が寒冷な環境に相当する層準において、δ18Opfが1.5 0/00以下の軽い値を示さない場合、δ18Opf変動は標準的δ18O変動曲線と対比される関係が見出された。 以上の特徴に基づき、MD01-2407コアのδ18Opf変動曲線とSPECMAPの標準的δ18O変動曲線との対比を行ない、過去16万年間の日本海堆積物の層序を確立した。次に、その年代モデルに基づきBsi,BcaとL*の相関係数excess Sが、氷期-間氷期サイクルに伴って過去16万年間にどのように変動したかを調べた。その結果、おおむね以下のような特徴が明らかになった。 Bsiが15%以上の正ピークを示す層準は、間氷期極相期に対応する。 BcaとL*の相関係数が負の時期は氷期に、正の時期は間氷期におおむね対応する。 excess Sが0.5%以上と高い平行葉理の発達した暗色層は、海水準が-90m以下にまで低下した氷期極相期に、excess Sが0.5%未満でかつ暗色層で低く明色層で高い層準はそれ以外の時期に対応する。 Bsi,BcaとL*の相関excess Sが氷期・間氷期サイクルに対応して特徴的な変動を示すことを利用して、まずBcaとL*の相関から氷期から間氷期へ移行する境界を判別し、MIS7.3/7.4,7/8,9/10,11/12,13/14境界を認定した。次に、Bsiから間氷期極相期を、excess Sから氷期極相期をそれぞれ判別し、MIS7.3, 7.5, 9.1, 9.3, 10.2, 11.1, 13.1, 13.3, 15.3, 15.5, 16.2 を認定した。このことは、しばしば浮遊性有孔虫殻が産出せずかつδ18Opfが標準的δ18O曲線と異なる挙動を示す日本海堆積物において、迅速かつ高解像度のXGTや色分析を用いてBsi、BcaとL*の相関係数excess Sを高解像度復元し、これらのパラメーターの変動パターンを組み合わせて相補的に利用することで、過去64万年間のorbital-scale層序を確立できることを意味する。 | |
審査要旨 | 本論文は、4章、二部構成からなっている。 第1章は、全体を通じた序論である。そこでは、近年の古気候学・古海洋学の進展に伴って、古環境指標の高精度化や高時間解像度分析の要請が高まっていること、そうした要請に答えるべく、堆積物コアの主要元素組成をぬれたままその場で迅速に分析する手法としてXRFスキャナーが開発されたが、未だ定量化の目処が立たずにいること、などの研究背景が記述されている。 第2章は、第一部に当たり、XRFマイクロスキャナーを用いた含水堆積物試料の大気圧条件化での迅速定量法の開発に関する記述が行なわれている。ここで言うXRFマイクロスキャナーとは、X線分析顕微鏡の機能を利用して本研究で開発した、微小領域の迅速、定量分析装置のことで、ここではXGTと呼んでいる。第1節では、第一部の序論として、XRFスキャナー装置の現状と問題点が述べられ、XGTの利点が記述されている。第2節では、XGTの原理、定量分析に用いる為の工夫、新たに開発した透過X線強度測定法の説明がなされている。第3節では、XGTを用いて含水堆積物試料を定量分析する際の試料準備法、特に、含水堆積物試料表面の乾燥、変質を防ぐため、試料表面にX線透過フィルムをかぶせる必要がある事、が述べられている。第4節では、実験に用いた分析手法について、記述されている。第5節では、XGTを用いた含水堆積物試料中の主要元素の迅速定量法について、詳しく記述されている。即ち、従来のXRF スキャナーを用いた含水堆積物試料中の主要元素定量法における最大の問題点は、水によるXRF吸収を評価していないことにある事、その影響を正しく評価するには測定領域下の試料の含水率を定量する必要がある事、XGTは、XRFと同時に測定される透過X線強度を用いる事により、含水率を精度よく推定でき、試料中の間隙水によるXRFの吸収を正確に評価する事が可能である事、などが記述されている。また、X線透過フィルムと試料表面の間に薄い水薄膜が形成され、それによる吸収が、Al, Si, Kなどの軽元素においては無視できない事を示し、しかし、泥質な含水堆積物試料では、形成される水薄膜の厚さが試料の含水率に比例するので、その関係を利用して水薄膜によるXRF吸収の影響を補正できると記述している。第6節では、第5節で導いた補正方法を用いて、実際に各元素の乾燥試料換算のXRF強度を推定する方法について記述している。第7節では、実際の含水堆積物試料にこの方法を応用した場合の、測定誤差や処理スピードについて記述されており、一領域当たり6分でAl, Si, K, Ca, Ti, Feの主要6元素と含水率の定量を行なう事が出来ると報告している。そして、第8節では、本手法の独自性と有効性が説明されている。 第3章は第二部にあたり、そこでは、第一部で開発した手法を実際の含水堆積物(日本海堆積物)に応用し、僅か1ヶ月で、長さ50 mのコア試料を1.25 cm間隔で分析し、古海洋学的に有効なデータを得た事を具体的に記述している。第1節では、第四紀日本海古海洋学研究の現状がレビューされ、第2節では、使用したコア試料の採取地点やコアの岩相などが記述されている。第3節では、試料の準備法が、第4節では、第二部で用いた分析手法が説明されている。ここでは、コアに記録された海洋環境変化やその時代などを知る為に、XGTに加えて、色、有機物含有量、有孔虫の酸素同位体比、有孔虫群集組成などの分析がなされている。第5節では、これらの分析結果が記述されており、第6節では、有孔虫の酸素同位体比および群集組成を用いる事により、日本海第四紀堆積物の年代を過去64万年に渡って推定し、6回の氷期−間氷期サイクルを認定している。第7節では、XGTにより測定された主要元素組成を用いて、生物源シリカ、生物源炭酸塩、陸源砕屑物の含有量や過剰硫黄量(底層水間限度の指標)を推定する方法について説明し、第8節では、それらの時代変動パターンを復元し、日本海では、i) 間氷期極相期に生物源シリカ含有量が高い事、ii) 生物源炭酸塩含有量は氷期に高く、間氷期に低い傾向があり、間氷期には深層水が炭酸塩鉱物を溶かし易くなることが原因と思われる事、iii) 氷期極相期には、過剰硫黄量が高くなり、海水準低下に伴って底層水が強還元的になったことを示す事、などを明らかにしている。 最後に第4章では、全体のまとめがなされ、本研究で開発したXGTによる含水試料の主要元素組成および含水率の定量法が、堆積物コアの非破壊、迅速分析に極めて有効であり、その有効性は、第四紀日本海堆積物を用いた高解像度解析により実証されたと結んでいる。 本委員会は、論文提出者に対し、平成18年1月19日に学位論文の内容および関連事項について、口頭試験を行なった。委員会は、本論文で開発した含水堆積物試料の主要元組成および含水率の大気条件化における非破壊、迅速、定量分析法は、極めて斬新、先端的で、急速に高解像度化が進む古海洋学において革新的な手法であり、それを応用した日本海堆積物の研究例も独創的であると評価し、審査委員全員一致で合格と判定した。 なお、本論文の第一部は、越川敏忠、多田隆治との、第二部は、南 育絵、多田隆治、藤根和穂、入野智久、池原 研、J. H. Chunとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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