No | 121017 | |
著者(漢字) | 三瓶,岳昭 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サンペ,タケアキ | |
標題(和) | 中高緯度大気大循環に対する中緯度海洋フロントの重要性 | |
標題(洋) | Importance of Midlatitude Oceanic Frontal Zones for the General Circulation of the Extratropical Troposphere | |
報告番号 | 121017 | |
報告番号 | 甲21017 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4817号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 地球の中高緯度大気において、熱・角運動量の輸送は(特に南半球では)主に総観規模の移動性擾乱が担っている。従来移動性擾乱の発達は、ハドレー循環による角運動量輸送に伴い対流圏上層に形成される亜熱帯ジェットや、放射による差分加熱で生じる南北温度勾配を反映した中緯度の偏西風ジェットの傾圧不安定の現れ、という見方がなされてきた。一方、最近の観測的研究から、移動性擾乱は中緯度海洋上で活発で"ストームトラック"を形成しており、この擾乱活動が、鉛直に深い構造をもつ中緯度の寒帯前線ジェットを駆動すると考えられるようになった。このように、中高緯度の対流圏大循環は純粋な大気力学の問題として扱われてきた。 近年行われた理想化された数値実験においては、ストームトラックと寒帯前線ジェットの形成が主に亜熱帯ジェット強度に左右されており、ジェットが強い場合にはストームトラックが亜熱帯に形成されるとの結論が得られている。しかし、最近の観測的研究や、大気大循環モデル(AGCM)による現実的数値実験からは、ストームトラックは(特に下層で)亜熱帯ジェットよりも中緯度の海面水温(SST)勾配との対応が良いという結果が得られている。現実海洋には中緯度前線帯に顕著なSST勾配が存在し、擾乱発達に不可欠な渦位勾配を伴う地表傾圧帯を形成する。前述の理想化数値実験では海洋前線帯の存在が考慮されていなかったことが、こうした結論の相違を生じさせたと考えられる。とはいえ、現実的なAGCM実験や観測データの解析では、山岳や海陸分布により強制されたプラネタリー波に伴う東西非対称成分が重なるため、海洋前線帯がストームトラックの形成を通じて大気大循環に与え得る影響を純粋な形で抽出することは困難である。 そこで本研究では、中緯度海洋前線帯に伴う顕著なSST勾配の存在が、ストームトラックや偏西風の形成を通じて、中高緯度対流圏の大循環にとっていかなる重要性を持つかという根源的な問いに答えるため、下方境界条件として東西一様なSST分布を与えた「水惑星」実験を行った。SST分布が現実的な海洋前線帯の構造を持つ場合と持たない場合の実験結果を比較することで、中緯度海洋前線帯の存在が平均的大気循環の形成に与える影響を評価した。さらに、海洋前線帯の有無が平均循環に与える影響を通じ、中高緯度大気循環に最も卓越する変動である「環状モード」の構造や振幅にどのような影響を及ぼすかについても評価を行った。なお、「水惑星」実験によって偏西風ジェットの南北変動を表す「環状モード」が最も純粋な形で抽出される。 用いた大気大循環モデルはAFES(AGCM for the Earth Simulator)で、雲・降水・放射・境界層過程などを表現するスキームを含んでいる。空間解像度は現実的な海洋前線帯のSST勾配を表現するため水平波数T79(格子間隔150km相当)鉛直48層とした。標準実験では、SSTは中緯度に強い前線帯を持つ南西インド洋の夏・冬の気候値データ(衛星観測による緯度1°間隔)を各半球に与えた。比較実験においては、前線帯を含む中緯度のSST分布を緩やかな直線勾配で置き換えて与えた。これらの分布において、熱帯SSTを人為的に上下させることで、ハドレー循環強度を変化させ、亜熱帯ジェット気流の影響を評価する別の比較実験も行った。日射は春分・秋分状態に固定したので、熱帯SSTのピークがある側が夏半球となる。 標準実験においては、冬半球に非常に強い亜熱帯ジェットが形成し、その直下は自由大気中で傾圧性が特に大きいにもかかわらず、下層にはストームトラックが形成されない。むしろ、極向き熱輸送の分布は、夏冬を問わず擾乱の発達が中緯度の海洋前線帯に沿って著しいことを示している。これに対応して、上層のストームトラック軸は海洋前線帯のやや極側に形成された。また擾乱活動に伴う西風運動量輸送に対応して、下層の西風軸は亜熱帯ではなく中緯度に形成された。特に亜熱帯ジェットの弱い夏半球においては、偏西風は対流圏全層にわたってストームトラック付近に軸を持ち、顕著な寒帯前線ジェットを形成していた。これらは現実に南半球で観測される循環の特徴を捉えている。 一方、中緯度SST勾配を緩めた実験では、下層の極向き熱輸送は夏冬半球ともピーク値が約半分に減少しており、擾乱発達が大幅に弱化したことが分かった。これに伴い、上層では擾乱振幅が両半球ともストームトラック上で約20%(エネルギー比40%前後)低下し、かつ夏半球ではストームトラック軸が約10°低緯度に移っていた。擾乱活動の弱化に対応して中緯度の偏西風は夏冬半球とも上層で10 m/s、下層でも5 m/sほど弱まり、下層では偏西風ジェットや亜熱帯高圧帯軸の低緯度側への移行がみられた。この結果から、中緯度海洋前線帯の存在はストームトラックとそれに伴う熱・運動量輸送を中緯度で活発化させ、偏西風を観測と同様に中緯度に維持しようとする、本質的影響を与え得ることが明確に示された。 これに対し、熱帯SSTを上下させた実験では、亜熱帯ジェットの風速は約15 m/sずつ増減した。これは南インド洋上で観測される経年変動の標準偏差の2~3倍にあたるが、これに伴う擾乱振幅・西風風速の変化は亜熱帯にほぼ限定され、中緯度のストームトラック・西風ジェットへの影響はわずかだった。ただし、亜熱帯ジェットを弱めた実験においては、中緯度海洋前線帯の有無の影響が拡大する傾向が見られた。 このように海洋前線帯に伴うSST勾配がストームトラック活動を強化するのは、海洋と大気の熱交換が、前線帯に沿う地表付近の大気傾圧帯を、擾乱による極向き熱輸送に抗して維持するためであることも実験データの解析から示された。最近海洋上の地表傾圧帯の強化に非断熱加熱中で顕熱が最重要であることを指摘した研究があるが、本研究では熱輸送が地表気温勾配をSST勾配よりわずかに緩く保つため、SSTと地上気温との差が海洋前線帯で極向きに急減し、海面から大気への顕熱フラックスも前線帯で極向きに急激に減少し,これが地表傾圧帯を維持していることを示した。さらに、前線帯上空での極向き熱輸送と前線帯両側の気温差等の時系列解析から、海洋からの「差分加熱」は熱輸送の活発化に抗して2-3日程度で地表傾圧性を回復させ得ることが判明し、これが中緯度のストームトラック活動の維持に大きく貢献することが示された。実際、下層の極向き熱輸送の極大で定義したストームトラック軸は海洋前線帯付近にほぼ固定されるが、前線帯を除いた実験ではストームトラック軸の南北移動が極端に激しくなることも示された。 上述の平均状態の周りの変動について解析したところ、西風場の東西一様成分の時間変動の分散は、夏半球では平均の中緯度ジェット軸の南北で大きかった。海洋フロントの除去により変動の緯度は平均ジェット軸とともに低緯度側に移動したものの、分散の大きさにはあまり差が見られなかった。一方、亜熱帯ジェットが強い冬半球では緯度55度付近に分散のピークがあったが、フロントの除去により分散は大幅に低下しそのピークは消失した。擾乱活動とそれに伴う運動量輸送の時間変動についても同様に、夏半球では緯度分布の赤道側への移動が、冬半球では中緯度での変動幅の減少が見られた。 次に、中高緯度大気で観測される卓越した変動である、「環状モード」に対する海洋フロントの影響について、水惑星実験の東西平均西風場の変動に経験直交関数(EOF)解析を施して解析した。夏半球においては、環状モードに伴う変動は東西平均西風風速の分散のピークによく対応し、現実と同様、平均的な西風軸の周りの南北シーソーを表していた。擾乱による運動量フラックスの偏差は西風偏差を強化する向きであった。夏半球では海洋前線帯の除去の結果、変動パターンが平均西風軸とともに低緯度へ移動したが、変動の振幅にはほとんど影響が見られなかった。一方冬半球においては、環状モードに伴う低緯度側の西風変動は、主に亜熱帯ジェットの強弱を表していた。極側の変動は緯度55度付近の西風の強弱を表し、変動の節は下層では観測同様に平均西風軸と一致した。これに対し、海洋前線帯を除去した実験では、中緯度側の西風変動の振幅が半減してピークが不明瞭になり、また移動性擾乱活動とそれに伴う運動量フラックスの偏差は亜熱帯で西風偏差をほとんど強化しない分布となり、現実の環状モードの構造とは大きく異なっていた。環状モードの持続性やスペクトルの長周期への集中が弱まったことと併せ、海洋フロント除去により擾乱活動・西風場の偏差の間のフィードバックが弱まって、観測に似た環状モード構造を再現できなくなったものと推測される。 上記のように、本研究は、従来着目されてきた亜熱帯ジェットなどに伴う対流圏中下層の傾圧性に比べ、海洋前線帯南北の顕熱供給差によって維持される地表傾圧帯が、中緯度における移動性擾乱の発達とストームトラック・寒帯前線ジェットの形成を通じて、中高緯度対流圏大循環の平均像に本質的な影響を与え得ることを初めて明確に示した。また、平均状態の周りの変動のうち最も卓越する「環状モード」の構造を、季節性の小さい現実的なものに保つ因子として本質的であることも初めて示された。中緯度の海洋前線帯が強い海流系に伴うもので、その駆動源として海上偏西風が重要であること、及び海上偏西風の維持に前線帯上空で発達する移動性擾乱による極向き熱輸送が本質的であるという知見を本研究の結果と総合すると、中高緯度対流圏の大循環を、相互作用する海洋前線帯・ストームトラック・中緯度偏西風の三者の共存系という新たな枠組から解釈し直す必要性が強く示唆される。 | |
審査要旨 | 本論文は全5章から成る。第1章は導入部で、中高緯度大気の対流圏大循環、特にストームトラック形成の研究に関する現状と問題点について述べられている。従来、移動性擾乱の発達は、中緯度偏西風ジェットの傾圧不安定が現れたものとしてとらえられ、近年行われた理想化された数値実験においても、亜熱帯ジェットが強い場合にストームトラックが亜熱帯に形成されるという結論が得られている。しかし一方で、最近の観測的研究や大気大循環モデルによる現実的数値実験からは、下層のストームトラックは、亜熱帯ジェットより中緯度の海面水温(SST)勾配との対応が良いという結果が得られている。 続く第2章では、この問題に対するアプローチの方法と問題設定が述べられている。大気大循環モデルで下方境界条件として東西一様なSST分布を与えたいわゆる「水惑星」の設定の数値実験を行っているのであるが、SST分布に海洋前線帯の構造がある標準実験の他に、比較実験として中緯度のSST分布を緩やかな直線勾配で置き換えた実験と、熱帯SSTを人為的に上下させることでハドレー循環強度を変化させて亜熱帯ジェット気流の影響を評価する実験を行っている。 第3章はこれらの数値実験の結果が述べられている。標準実験では、冬半球に強い亜熱帯ジェットが形成されてその直下に大きな傾圧性が形成されたにも拘らず、ストームトラックはその下層には形成されずに、中緯度の海洋前線帯に沿って擾乱が発達し、これに対応して上層のストームトラック軸は海洋前線帯のやや極側に形成された。さらに、擾乱活動に伴う西風運動量輸送に対応して下層の西風軸は中緯度に形成され、現実に南半球で観測される循環の特徴が概ね再現された。これに対して中緯度のSST勾配を緩めた実験では、下層の極向き熱輸送のピーク値が半減して擾乱発達が大幅に弱化するとともに、上層のストームトラック上の擾乱の振幅や中緯度の偏西風の速度も小さくなり、下層では偏西風ジェットや亜熱帯高圧帯軸が低緯度側へ移行した。この結果は、中緯度に海洋前線帯が存在することによってストームトラックとそれに伴う熱・運動量輸送が中緯度で活発になり、偏西風が中緯度に維持されていることを示している。一方、熱帯のSSTを上下させた実験では、亜熱帯ジェットの風速は十分に増減しているにも拘らず、中緯度のストームトラック・西風ジェットへの影響はわずかであることがわかった。さらに、海洋前線帯によるストームトラック活動の強化は、擾乱による極向きに熱輸送で弱まった地表付近の大気傾圧帯が、海洋からの顕熱フラックスによって回復されるという形で行われていることが示された。 第4章では、第3章で調べてきた平均状態の周りの変動の解析を行っている。特に平均西風場の変動に対して経験直交関数解析を行い、海洋フロントの「環状モード」への影響を調べている。夏半球では、環状モードに伴う変動は東西平均西風風速の分散のピークによく対応して現実と同様に平均西風軸の周りの南北シーソーを表していること、擾乱による運動量フラックスの偏差は西風偏差を強化する向きであること、海洋前線帯の除去の影響は変動パターンの低緯度へ移動の形で見られることなどを示した。一方冬半球においては、環状モードに伴う低緯度側の西風変動が主に亜熱帯ジェットの強弱を表していて、変動の節が下層では観測同様に平均西風軸と一致しているが、海洋前線帯を除去した実験では中緯度側の西風変動の振幅が半減し、移動性擾乱活動とそれに伴う運動量フラックスの偏差が亜熱帯で西風偏差を強化するような分布になっていないなど、現実の環状モードの構造とは異なることがわかった。この点については、環状モードの持続性やスペクトルの長周期への集中が弱まったことに加えて、海洋フロント除去により擾乱活動・西風場の偏差の間のフィードバックが弱まることによって、観測に似た環状モード構造を再現できなくなったものと推測している。第5章ではこれらの成果の意義がまとめられてある。 以上のように、本研究は、中緯度における移動性擾乱の発達とストームトラックの形成には、従来着目されてきた亜熱帯ジェットに伴う対流圏中下層の傾圧性よりも、海洋前線帯の南北の海洋からの顕熱供給差によって維持される地表傾圧帯が本質的な役割を果たしていることを初めて明確に示したが、このことは、寒帯前線ジェットの形成やさらには中高緯度対流圏大循環の平均像に大きく影響を与えるものである。また、平均状態の周りの変動のうち最も卓越する「環状モード」の構造を、季節性の小さい現実的なものに保つ因子として本質的であることも初めて示すなど、これらの結果は、地球の中高緯度大気の循環の認識に対して大きなインパクトを与える画期的な成果であると言える。 なお、本論文の第2〜4章は、中村尚氏(指導教員)との共同研究に基づくが、論文提出者が主体となって数値実験および結果の解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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