学位論文要旨



No 121019
著者(漢字) 西井,和晃
著者(英字)
著者(カナ) ニシイ,カズアキ
標題(和) 季節内変動に伴う波活動度の成層圏対流圏間の上方下方伝播に関する研究
標題(洋) Upward and Downward Wave-Activity Propagation across the Tropopause Associated with Submonthly Fluctuations
報告番号 121019
報告番号 甲21019
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4819号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 佐藤,薫
 東京大学 助教授 中村,尚
 東京大学 助教授 佐藤,正樹
内容要旨 要旨を表示する

従来の冬季成層圏の大規模波動伝播の研究においては、循環の東西非対称成分全体を波動と捉え、その各東西波数成分の子午面伝播に対する東西平均場の影響や、東西平均場と各波数成分間との相互作用が議論されてきた。この枠組は数学的により厳密な取り扱いを可能とするが、東西方向への伝播の表現や局所的な波源の特定ができず、また伝播特性の経度依存性が議論できない。一方、対流圏循環の研究においては、着目する変動よりも長い時間スケールの平均場を基本場と定義し、それからの偏差を波動と捉えることが多い。この枠組ではWKB的な近似が用いられるため数学的な厳密性がやや低下するものの、この方法を成層圏波動擾乱に適用すれば、東西方向にも限定された擾乱の波束的な振舞が解析でき、その3次元伝播特性の東西非一様な基本場への依存性の議論や、東西方向にも局所的な対流圏における波源の特定も可能になる。更に上方伝播するプラネタリー波の変調部分を取り扱うため、局所的に成層圏から対流圏へ下方伝播する波束を取り扱うことができる。

極夜ジェットの卓越する冬季の成層圏上部では、東西波数1程度の波が卓越する一方、風速が比較的弱い成層圏下部では東西波数3程度までの成分も存在し得る。これらの東西波数成分を持つ擾乱はそのスケールの大きさのため、厳密には東西方向に限定された波束として振舞うとは限らない。しかし、成層圏で観測された大規模波動の波束的な振舞いを統計的に示した先行研究は僅かながら存在する(Randell 1988)。また、成層圏を模した簡単な数値実験によって循環変動の波束的な振舞を示すことができる。特に、高度と共に線型に増加する西風基本場を含むモデル下端に局所的な地形を与えた場合の循環偏差場の時間発展は、波動が一度上向きに伝播した後、転向高度にて屈折されて下方へ伝播する波束的な振舞を見せる。この循環場偏差はほぼ東西波数1から3の成分で構成されている。

本研究では、1979-2003年の大気再解析データに基づき、冬季下部成層圏循環に見られる季節内変動の波束的な振舞に着目し、西風ジェットの立体構造や、波束の鉛直伝播を通じた局所的な対流圏循環変動との関連性などを広く調査した。波束伝播に対する基本場は、緩やかな季節進行を反映する31日移動平均循環場とし、それに重畳する準停滞性の季節内変動は切離周期8日の低周波フィルタを施した場から基本場を差し引くことにより定義した。南半球晩冬において、成層圏極夜ジェットの存在する緯度帯における上部対流圏の一地点を基準点にした、季節内変動に伴う高度偏差の相互相関係数の東西高度分布を求めると、基準点付近の対流圏から東方の成層圏へと、上向きの群速度伝播を伴う波束構造が認められる経度帯がある。一方季節内変動の周期帯以外の変動ではそのようなシグナルは認められないため、対流圏成層圏間の波束伝播の解析において、上記で定義した時間フィルタを用いることは妥当と判断される。解析においては、波束伝播に伴って保存される波活動度(Takaya and Nakamura 2001)の群速度伝播を力学的に診断し、それを基本場に基づいて評価される停滞性ロスビー波の屈折率が表す導波管構造との関係に特に着目した。

まず、成層圏の波動擾乱が対流圏の局所的な循環偏差の形成に影響した典型例として、1997年8月上旬にオーストラリアのはるか南方海上で発達した準停滞性の地上低気圧について詳細に解析を行った。この低気圧は対流圏上層に及ぶ順圧的な構造を有していた。この低気圧性偏差の上流側では成層圏からの下向き波活動度の流入が顕著であり、これがこの準停滞性の低気圧性偏差の発達に寄与していた。実際、波活動度フラックスの鉛直収束は水平収束と同等の大きさであり、かつ、低気圧性偏差の増幅と空間的に良く一致していた。この下向き伝播が存在した経度帯の上流側では、下部成層圏の極夜ジェットに沿って、大西洋からインド洋上空にかけて東向きに群速度伝播する波束構造が見られた。そのさらに上流側のドレーク海峡上空では対流圏のブロッキング高気圧から上向き波活動度の流入が顕著であった。これらの波活動度の上向き伝播が顕著であった領域では高度偏差の位相が高さと共に西に、下向き活動度の流入が顕著な領域では逆に東にそれぞれ傾き、鉛直伝播する定常ロスビー波について理論的に予想される構造と整合的であった。また、波活動度の鉛直伝播は波が重畳する東西非一様な西風構造に伴って局所的に形成される鉛直方向に伸びた導波管構造によく対応していた。このことは波活動度フラックス導出の際に用いた、基本場が波動擾乱より十分ゆっくり変化すると仮定するWKB近似が定性的には有効であったことを示唆している。

同様なロスビー波束に伴う波活動度の成層圏からの流入は9月中旬に南大西洋で発達したブロッキング高気圧でも顕著であった。実際、1997年晩冬(8-9月)においては、これら2つの事例の他にも、成層圏下部の高度偏差場において南緯50度から60度付近を東向きに伝播する波束的な構造がしばしば確認された。これらの波束構造の上流側では対流圏からの波活動度の上方流入、また波束の先端付近では対流圏への下方射出を伴う事例が多く観測された。そして、対流圏ではこの波活動度の流入を受け、さらに下流側へと波束伝播がみられた。このように、成層圏からの下向き波活動度の流入が、対流圏の準停滞性季節内変動の形成の一要因であることが初めて明確に示された。

次に、近年の25年間の大気再解析データを用いて南半球晩冬の中高緯度下部成層圏にて観測される季節内変動とその波束的な3次元伝播についての気候学的分布を明らかにした。周期8日以上の準停滞性変動は、一般に極夜ジェットの軸に沿って活発で、特に著しいのは南東太平洋から南米上空にかけてである。これらの地域は、ブロッキング高気圧など対流圏の季節内変動が活発な領域のやや下流側に位置し、圏界面を越えての波活動度の上向き流入が顕著なことから、対流圏の局所的循環偏差が波源となっていたことが示唆される。一方、これらの領域のさらに下流側では、逆に成層圏から対流圏への波活動度の流入が顕著である。いずれの領域においても、成層圏の極夜ジェットと対流圏の亜寒帯ジェットの軸がほぼ上下に重なり、波動が鉛直伝播しやすい導波管構造が存在していることが示唆された。

更に、晩冬において成層圏から対流圏への下向き波活動度の流入にみられる経年変動が特に大きなオーストラリアの南方域において、流入が特に顕著だった月と不明瞭であった月の合成図を作成し、成層圏対流圏の季節内変動の活動や導波管構造の違いを調査した。下向き波活動度の流入が顕著であった月においては、その地域で対流圏で亜寒帯ジェットが強化され、そのやや上流で成層圏極夜ジェットの軸が極側にやや変位する傾向がみられた。また、当該領域のやや下流側で対流圏季節内変動が活発化する傾向も見られた。また、気候平均場で下向き波活動度流入の顕著な中緯度南太平洋域でも同様な傾向が認められた。こられの下向き伝播の顕著な月では、そうでない月に比べて対流圏界面付近の西風の南北・鉛直方向の負の曲率が増大し、これが極夜ジェットと亜寒帯ジェットを結ぶ鉛直の導波管構造の形成に寄与したものと理解できる。

一方、南半球中高緯度の対流圏では、極域と中緯度の気圧シーソーを表す環状モード(SAM)に伴う経年変動と、エルニーニョ南方振動(ENSO)の遠隔影響としての経年変動とが卓越する。しかしながら、これらの変動が季節内変動に伴う波活動度の鉛直伝播に与える影響はあまり顕著ではないことが判明した。これは半球的な規模で西風を変化させるこれらの変動よりも、局所的な西風導波管構造の変化の方が、季節内変動に伴う鉛直伝播には大きな影響を与え得ることを示唆している。例外として、ラニーニャ現象に伴って、オーストラリアの南方で成層圏からの波活動度の流入が増大し、その下流側で対流圏季節内変動が顕著になる傾向が確認された。

本研究においては対流圏界面を上向き・下向きに越えて伝播する経度方向に限定された準停滞性のロスビー波束という新しい概念を導入し、そうした波束を介した対流圏・成層圏の結合変動を提唱した。つまり、成層圏へ波束が伝播しやすい西風構造(導波管構造)をもつ経度帯で、対流圏で季節内変動に伴う循環偏差が増幅すると、そこから上方に波活動度が射出されて下部成層圏に達し極夜ジェットに沿って東方に伝播する波束を形成する。冬季成層圏中では西風は高さと共に風速が増大するために、波束を形成する東西波数成分のうち、東西波数1の成分はさらに上方へ伝播するが、東西波数2〜3の成分は上向きから下向きへ向きを変えようとする。この波束が下流側で鉛直に伸びた導波管構造をもつ経度帯に達すると、波活動度を下向きに射出し、対流圏で別の循環偏差を形成するように働く。成層圏循環から対流圏循環への力学的な影響については、「環状モードシグナルの下方伝播」 (Baldwind and Dunkerton 1999)や「上方伝播する惑星波を構成する東西波数1成分の成層圏中での反射」 (Perlwitz and Harnik 2003)など近年活発に議論され始めた。しかし、成層圏の季節内波動擾乱が下向きの波活動度伝播を通じて局所的な対流圏循環に及ぼす影響は、本研究で初めて明らかにされたものである。これは、従来の成層圏循環の研究とは異なり、成層圏波動擾乱の波束的な振舞に着目することで初めて可能になったもので、対流圏の季節内変動の形成に新たな要因を付加するものである。

審査要旨 要旨を表示する

冬季成層圏の大規模波動伝播の研究は東西平均場と東西非対称成分を波動と捉え、その波動を各東西波数成分に分離して東西平均場と各波数成分の相互作用の立場で議論される。一方、対流圏循環の研究において、時間平均した場を基本場として、それからの偏差を波動と捉えてその波動伝播を議論する方法がある。論文提出者はその手法を用いて、冬季成層圏の大規模波動伝播の研究をおこない、方法の有効性を確認するとともに、局所的大規模波動伝播に関して興味ある成果を示した。

論文は4つの章からなっている。第1章は、これまでの研究、問題の背景と方法が述べられている。極夜ジェットの卓越する冬季成層圏上部では、東西波数1程度の波が卓越する一方、風速が比較的弱い成層圏下部では東西波数3程度までの成分も存在でき、循環変動が波束的振舞を示す可能性を示している。波束伝播に対する基本場は、緩やかな季節進行を反映する31日移動平均循環場とし、準停滞性の季節内変動は切離周期8日の低周波フィルタを施した場から基本場を差し引くことにより定義されている。その波束伝播に伴って保存される波活動度等を導入している。

第2章では、成層圏の波動擾乱が対流圏の局所的な循環偏差の形成に影響した典型例として、1997年8月上旬にオーストラリアの南方海上で発達した準停滞性の地上低気圧について詳細に解析を行った。この低気圧性偏差の上流側では成層圏からの下向き波活動度の流入が顕著であり、これが準停滞性の低気圧性偏差の発達に寄与していた。この下向き伝播が存在した経度帯の上流側では、下部成層圏の極夜ジェットに沿って、インド洋・大西洋上空にかけて東向きに群速度伝播する波束構造が見られた。さらに上流側のドレーク海峡上空では対流圏のブロッキング高気圧から上向き波活動度の流入が顕著であった。その波活動度の鉛直伝播は東西非一様な西風構造に伴って局所的に形成される鉛直方向に伸びた導波管構造によく対応していた。成層圏からの下向き波活動度の流入が、対流圏の準停滞性季節内変動の形成の一要因であることも初めて明確に示している。

第3章は、近年25年間の大気再解析データを用いて南半球晩冬に観測される中高緯度下部成層圏における季節内変動とその波束的3次元伝播についての気候学的分布を明らかにしている。準停滞性変動は、極夜ジェットの軸に沿って活発で、著しいのは南東太平洋から南米上空にかけてである。これらの地域は、ブロッキング高気圧など対流圏季節内変動が活発な領域のやや下流側に位置し、圏界面を越えての波活動度の上向き流入が顕著で、対流圏の局所的循環偏差が波源となっていたことが示唆される。これらの領域のさらに下流側では、逆に成層圏から対流圏への波活動度の流入が顕著である。いずれの領域においても、波動が鉛直伝播しやすい導波管構造が存在していることが示唆された。更に、晩冬において成層圏から対流圏への下向き波活動度の流入にみられる経年変動が特に大きなオーストラリアの南方域において、活動度の流入が顕著であった月において、その地域で対流圏の亜寒帯ジェットが強化され、そのやや上流で成層圏極夜ジェットの軸が極側にやや変位する傾向がみられた。こられの下向き伝播の顕著な月では、対流圏界面付近の西風の南北・鉛直方向の負の曲率が増大し、これが極夜ジェットと亜寒帯ジェットを結ぶ鉛直の導波管構造の形成に寄与したものと理解できる。

南半球中高緯度の対流圏では、極域と中緯度の気圧シーソーを表す環状モード(SAM)に伴う経年変動と、エルニーニョ南方振動(ENSO)の遠隔影響としての経年変動が卓越する。これらの変動が季節内変動に伴う波活動度の鉛直伝播に与える影響はあまり顕著でないことが判明した。例外として、ラニーニャに伴ってオーストラリアの南方で成層圏からの波活動度の流入が増大し、その下流側で対流圏季節内変動が顕著になる傾向を確認している。第4章で全体のまとめが述べられる。

論文提出者は、上下向きに伝播する経度方向に限定された準停滞性ロスビー波束という新しい概念を導入し、その波束を介した対流圏成層圏の結合変動を提唱した。具体的には成層圏へ波束が伝播しやすい導波管構造をもつ経度帯で波動が射出され、その波束の波数2-3の成分は上向きから下向きに導波管にそって下方伝播する。さらに対流圏で別の循環形成に働く。このような新しい事実は本研究で初めて明らかにされたものである。これらの研究は、成層圏力学研究の新しい側面を開拓したものであり、極めて独創性が高く、優れた研究と評価できる。

なお、本研究の成果の一部は中村尚との共著論文として印刷済みであるが、論文提出者が主体となって問題の設定や解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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