学位論文要旨



No 121020
著者(漢字) 濱田,盛久
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,モリヒサ
標題(和) 島弧玄武岩の分化に関する実験的研究
標題(洋) Experimental study on the differentiation of island arc basalt
報告番号 121020
報告番号 甲21020
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4820号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 安田,敦
 東京大学 教授 中田,節也
 東京大学 教授 小屋口,剛博
 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
内容要旨 要旨を表示する

研究の目的

島弧マグマには数wt.%の水が含まれることが特徴として挙げられ,含水量の違いによって相関係や分化トレンドの多様性が生じる.また,島弧は厚い地殻を有しているため,島弧ソレアイトでさえ,地殻内での結晶分化作用・マグマ混合などにより,初生マグマからは大きく分化している.結晶分化作用が地殻内のどの深度で卓越するかは,個々の火山における地殻構造によって異なるが,地殻内でのわずかな分化圧力の違いによっても相関係や分化トレンドの多様性が生じる可能性がある.そこで本研究では,未分化な島弧玄武岩の結晶分化作用に及ぼす水と圧力の効果について実験的研究を行う.また得られた実験結果を基に,伊豆弧北部の火山(富士火山と伊豆大島火山)を例として,マグマの結晶分化作用に及ぼす水と圧力の効果について定量的に議論する.

未分化な島弧玄武岩マグマ(Mg#=60)の分化に及ぼす水,圧力,酸素雰囲気の効果

本研究では,含水量0.7-2.7wt.%の未分化な島弧玄武岩(Mg#=60)を試薬で合成し,島弧の火山フロントにおける地殻内圧力(2-7kb)下で融解実験を行った.実験中の酸素雰囲気は〜NNO+1バッファーである.実験の結果,2kb では,カンラン石+斜長石に支配される結晶分化作用が得られた.2kbから4kbへ圧力が上昇すると斜方輝石・単斜輝石の晶出温度が急激に(〓20℃/kbar)上昇し,結晶分化作用に及ぼす影響が大きくなる.その結果,(カンラン石+)斜方輝石+斜長石+単斜輝石に支配される結晶分化作用が得られた.7kb では,いずれの含水量の下でもカンラン石は晶出せず,斜方輝石がリキダス相となり,斜方輝石+単斜輝石〓斜長石による結晶分化作用が得られた.いずれの圧力条件においても,含水量の増加に伴いリキダスの低下,磁鉄鉱の早期晶出などが観察され,2.7wt.% H2Oの条件ではリキダスに近い温度で晶出を開始した.その結果,液はH2O〓〜1.6 wt.%の条件では,圧力が高くなるほど,輝石の晶出の効果によりSiO2量の増加が抑えられたソレアイト系列の分化トレンドを描くが,H2O〜2.7 wt.%の条件では,磁鉄鉱の晶出に強く影響されて,FeO*/MgO比が増加せずにSiO2量の増加が促進されるカルクアルカリ系列の分化トレンドを描くことが分かった.

本実験は〜NNO+1バッファーの酸素雰囲気の下で行われたが,これまでの研究から島弧マグマの酸素雰囲気はNNO〜NNO+2バッファーであると報告されている.従って,本実験結果を実際のマグマ溜まりでの結晶分化作用に応用して議論するためには,酸素雰囲気が±1 log unit 変化する場合の相関係の変化,とりわけ磁鉄鉱の晶出温度の変化(1 log unit上昇すると磁鉄鉱の晶出温度が約30℃上昇する,と仮定)を考慮する必要がある.磁鉄鉱の晶出に強く影響されてカルクアルカリ系列の分化トレンドが実現する時のバルク含水量は,分化圧力に関わらず酸素雰囲気の変化に応じて2〜4 wt.%である.この含水量を3(±1)wt.%と置き換えて一般化する事が可能である.同様に含水量0.7 wt.%,1.6 wt.%の実験結果は,それぞれ含水量〜1 (±1)wt.%,〜2(±1)wt.%と置き換えて一般化することができる.

伊豆弧の火山(富士火山と伊豆大島火山)のマグマ含水量・分化圧力についての考察

富士火山は,伊豆大島火山をはじめとする他の島弧火山と同様,ソレアイト系列の分化トレンドを形成するが,その噴出物のほとんど全てが玄武岩であるという際立った特徴を持っている.すなわち富士火山では,玄武岩マグマは,SiO2量がほとんど増加せずにFeO*/MgO wt.%比が減少し,液相濃集元素が増加する.地震学的研究や岩石学的研究から,富士火山における主要な結晶分化作用は地下15-20km(3-4kb)の深度にあるマグマ溜りで進行しており,伊豆大島火山をはじめとする他の島弧火山の地下10km以下(〜2.5kb以下)での結晶分化作用よりも1-2kb高圧で起こっていると考えられている.2.の実験結果に基づくと,バルク含水量〓〜2wt.%の島弧玄武岩マグマは3-4kb の圧力下では輝石を主体とする結晶分化作用を導き,SiO2量がほとんど増加しない富士火山の分化トレンドを再現することが可能である.一方,伊豆大島火山をはじめとする伊豆弧の火山の多くは,SiO2量の増加にともなってK2O量やFeO*/MgO比が緩やかに増加する典型的なソレアイトの分化トレンドを描く.この分化トレンドは2.の実験結果に基づくとカンラン石や斜長石を主体とする低圧(P〓〜2kb)・低含水量(H2O〓〜2 wt.%)の条件下で再現することが可能である.

島弧火山フロントにおけるCaに富む斜長石とソレアイト系列分化トレンドの成因についての考察

島弧の火山フロントの玄武岩中に普遍的に観察されるCaに富む斜長石(An〓90)の成因として,〜5-6wt.%の水が必要という主張が実験岩石学の観点からなされている.一方,2.の実験結果からは,ソレアイト系列の分化トレンドの成因という観点から比較的低い含水量(Mg#〜60のマグマに換算してH20〓〜2 wt.%)が導かれている.本研究では,伊豆大島火山のCaに富む斜長石中のメルト包有物の分析を行い,斜長石がどんな組成・含水量のマグマから晶出したのかを検討した.また,分化トレンドの成因との整合性について検討した.

EPMA(電子線プローブマイクロアナライザー)による主成分元素の分析により,幅広い分化の程度(30〓Mg#〓45)の液組成が得られた.メルト包有物のCa/Na値は約3であり,伊豆大島火山の液組成を代表すると考えられる無斑品質溶岩のCa/Na値とほぼ同一である.したがって,Caに富む斜長石は外来結晶ではなく,Caに富むマグマも晶出には関与していないと推定される.一方FTIR(フーリエ変換赤外分光計)を用いて分析により得られたメルト包有物の含水量は0.2-2.6wt.%であった.

Caに富む斜長石の成因を定量的に理解するため,本研究では,斜長石-メルト間のCa/Na分配係数を温度,圧力,メルト組成(Al/Si比),含水量の関数として定式化を行った.この元素分配関係を利用してメルト包有物のオーバーグロースを補正し,斜長石晶出時のメルト組成・含水量を推定した.その結果,Caに富む斜長石は〜3-6wt.%の水を含む玄武岩メルトから晶出したと推定された.メルト包有物の分析により得られた0.2-2.6wt.%という含水量は,〜3-6wt%という理論値よりも少なく,しかもバリエーションが生じている.その理由として,マグマ上昇に伴う減圧時にメルト包有物の内圧が外圧に比べて高まりホスト鉱物に微小なクラックが生じることによって,溶存していた揮発性成分がリークした可能性が考えられる.

メルト包有物の描く組成バリエーションは,SiO2量の増加に伴ってTiO2量が減少,FeO*/MgO比が増加しないなどの点で,液組成を代表すると考えられる無斑品質溶岩の全岩化学組成が描くソレアイト系列の典型的な分化トレンドとは異なっている.この組成バリエーションは,Caに富む斜長石を晶出したマグマ(30〓Mg#〓45)が磁鉄鉱も同時に晶出していた可能性を支持する.それは,バルク含水量〓〜3wt.%であるMg#〜60の島弧玄武岩マグマは,磁鉄鉱を結晶分化作用の早期に晶出するという2.の実験結果とも整合的である.島弧の火山フロントにおいて,全岩化学組成分析から普遍的に得られるソレアイト系列の分化トレンドは,地殻深部での結晶生成時には〜6wt.%以上の水を含んでいた玄武岩マグマが,地下浅部まで上昇し脱ガスしながら低含水量・低圧下で結晶分化作用を被った結果であると解釈できる.メルト包有物の含水量の分析値(0.2-2.6wt.%;)や,Caに富む斜長石の成因から推定される含水量(〜3-6wt.%)にバリエーションがあるのは,減圧・脱ガスの結果,マグマ中の含水量にバリエーションが生じていたためであろう.

一方,富士火山においては,地下15-20km(3-4kb)の深度にあるマグマ溜りから直接噴出したと推定される1707年噴火の噴出物(Mg#〜46)のメルト包有物の分析,実験岩石学的研究から,噴火直前のメルトの含水量は3-4wt.%であったと推定されている.これは,Mg#〜60のマグマがバルク含水量〓〜2 wt.%,圧力条件が3-4kbの下でSiO2量がほとんど増加しない富士火山の分化トレンドを再現することが可能という2.の実験結果とは,結晶分化作用の進行に伴うメルト中の含水量の増加を考慮すれば整合的であると考えられる.

以上述べたように本研究は,圧力-温度-メルト含水量空間内での島弧玄武岩の相関係・分化トレンドを実験的に明らかにすると同時に,その知見を島弧のメルト包有物の組成トレンドや揮発性成分量,ホスト鉱物-メルト包有物間の元素分配を利用したメルト包有時の含水量の推定などと組み合わせることにより,伊豆弧北部の火山(富士火山と伊豆大島火山)を例として,島弧玄武岩マグマの結晶分化作用に及ぼす水と圧力の効果について定量的に考察した.また,分化トレンドの再現,Caに富む斜長石の成因という観点から,伊豆大島火山のマグマ含水量は,初生的に富士火山よりも多い可能性について言及した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,実験岩石学的手法を用いて島弧玄武岩マグマの分化を論じたもので,特に圧力と水の効果がマグマの分化に及ぼす影響について天然系と実験系を合わせた総合的な検討と定量化をおこなっており,沈み込み帯でのマグマ活動を理解する上で重要な知見をもたらしたという点で,理学博士の学位にふさわしい内容である.

本論文は(1)未分化な島弧玄武岩マグマの含水融解実験(第2章),(2)Caに富む斜長石の成因に対する実験的および熱力学的研究(第4章),の2つを柱として,さらにそれらの結果を伊豆弧の火山(伊豆大島および富士)から得られた天然試料の分析結果に適用して検討を行なうことによって,これらの火山のマグマ分化の場についての考察を行っている(第3章,第5章,第6章).

まず,未分化な島弧玄武岩マグマの含水融解実験では,溶融時の相関係に及ぼす水および圧力の影響を定量的に明らかにするために,含水量が0.7から2.7wt%まで変化させた平衡実験を,2kbから7kbまでの圧力範囲で未分化な島弧玄武岩組成に対して行っている.その結果,2kbの圧力下では,かんらん石と斜長石に支配される結晶分化作用が起こるのに対し,より高圧下では,斜方輝石と単斜輝石がしだいにかんらん石に代わって結晶分化作用を支配することが明らかにされた.また,水の影響としては,含水量の増加に伴いリキダス温度が低下するとともに磁鉄鉱の早期晶出が確認された.これらの結果から,島弧玄武岩にみられる2つの分化トレンドがマグマの含水量の違いに起因し,およそ2wt%以下の含水量の場合はソレアイト系列,およそ3wt%以上の場合にはカルクアルカリ系列の結晶分化経路をとることを示した.こうした圧力や水が結晶分化に及ぼす影響については,すでに過去の研究においても示唆されており,本研究が新たにもたらした知見ではない.しかしながら,定量的議論の出発点となる多数のデータを提出した点で,本研究は十分に評価できる.玄武岩質マグマの含水融解実験は,試料と試料容器との反応が起こるなど実験的に難しい点が多く,これまで十分な研究が行われてこなかった領域である.そのため,近年大きく発展をとげた熱力学計算を用いてマグマの分化を数値計算する場合,熱力学モデルが十分ではない量・質のデータに基づいて構築されているがゆえに,この含水玄武岩系での計算においては,天然試料に見られる鉱物組成や液組成を十分に再現することが困難であるという現状にあった.実際,斜長石のリキダス温度の含水量および圧力依存性については熱力学モデルの予想と実験結果が大きく異なっており,今後,本研究の成果を取り入れて熱力学モデルの再構築をはかることが,申請者のみならずこの分野にかかわる者に課された宿題であろう.

Caに富む斜長石の成因に対する実験的および熱力学的研究では,島弧の火山フロントの玄武岩中に普遍的に観察されるCaに富む斜長石に着目し,この成因を探求している.Caに富む斜長石の成因については,島弧マグマに見られる1つの大きな特徴としてこれまで多くの研究が行われており,マグマ中の水の影響やマグマの組成の影響が示唆されてきたが,決定的な解は得られていなかった.本研究では,含水量が0.7wt%から6.2wt%の玄武岩系で高温高圧実験を行ない,マグマと平衡共存する斜長石の組成を調べた.さらに,これまで報告されている多くの実験データと合わせて,熱力学的検討を行ない,斜長石のCa含有量と平衡共存するマグマの組成,温度,圧力,含水量との間の関係式を導くことに成功している.この結果は,Caに富む斜長石を含有するマグマの分化を考える上で重要な制約を与えるものであり,成果が公表論文として発表されれば,この研究分野への大きな貢献となるであろう.

上記2つの実験的研究の結果と天然試料の分析とを比較することによって,第3章・第5章・第6章では,伊豆大島火山および富士火山でのマグマ分化の場についての考察を行なっている.伊豆大島火山については,高含水量の初生マグマの存在と地殻浅部の2つのマグマ溜まりでの結晶分化とそれらのマグマの混合を考えることによって,噴出物の全岩組成や鉱物組成およびメルト包有物組成を説明可能であり,一方,富士火山の場合には,伊豆大島火山のマグマよりも低含水量の初生マグマが,伊豆大島よりも深い深度で分化したと論じている.提出されたモデルについては,未だ検討するべき点も多く,完成したものとはなっていないが,従来の解釈とは異なるアイデアが盛り込まれており,今後の研究の展開につながる内容として評価できる.

以上のことから,本論文は理学博士の学位に値する内容であるいうことで審査委員全員の意見が一致した.

UTokyo Repositoryリンク