学位論文要旨



No 121022
著者(漢字) 町田,亮介
著者(英字)
著者(カナ) マチダ,リョウスケ
標題(和) 地球型惑星領域における氷微惑星の進化 : 惑星形成と水の供給
標題(洋) Evolution of Icy Planetesimals in the Inner Solar System : Formation of Terrestrial Planets and Water Supply
報告番号 121022
報告番号 甲21022
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4822号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永原,裕子
 東京大学 教授 松井,孝典
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京工業大学 教授 井田,茂
 国立天文台 教授 佐々木,晶
内容要旨 要旨を表示する

標準的な惑星形成シナリオでは、原始惑星系円盤光学的に薄く、太陽から2.7 AU以上離れた領域でしか氷が凝縮しないと仮定されてきた。このような円盤では、地球型惑星形成領域では固体物質は岩石からなることになる(Hayashi 1981; Hayashi et al. 1985)。林の円盤モデルは最小質量太陽系星雲モデルと呼ばれ、標準的な原始惑星系円盤のモデルとして広く用いられてきた。

しかし、初期の原始惑星系円盤は細かいダスト粒子によって光学的に厚くなっていることが天文学的に確かめられている。光学的に厚い円盤の温度分布は、Chiang &Goldreich (1997), Chiang et al. (2002)によって研究され、観測されるSEDの特徴を説明することに成功している。光学的に厚い原始惑星系円盤では、中心星からの直達光は円盤の内部までは到達しないため、円盤の内部では地球型惑星形成領域においても氷が存在可能な低温に保たれることが示されている。このことから、地球型惑星形成領域においても固体物質は氷と岩石の混合物からなり、ダスト粒子の量は光学的に薄い円盤モデルの4.2倍にも達すると予測される。光学的に厚い円盤内で微惑星が形成した場合、地球型惑星形成領域においても氷を主成分とした微惑星が形成されるはずである。

本研究では、このような微惑星を「氷微惑星」と呼ぶ。本研究では、光学的に厚い原始惑星系円盤中では地球型惑星形成領域で氷微惑星が形成すると仮定し、氷微惑星の一般的な進化シナリオについて調べた。氷微惑星は、光学的に厚い円盤内で形成するとすぐに合体成長を始める。やがて細かいダスト粒子が沈降して原始惑星系円盤が光学的に薄くなると、氷微惑星は中心星からの直射光に晒されて昇華を開始すると考えられる。したがって、氷微惑星の進化について検討するためには、氷微惑星の合体成長と昇華を同時に考慮する必要がある。

氷微惑星が昇華して水蒸気が放出すると、氷と一緒に存在するダストの一部も同時に放出されて、原始惑星系円盤の中心面付近にダスト雲を形成すると考えられる。もしも十分な光学的厚さを持ったダスト雲が形成すれば、中心星からの直達光が遮られるため氷微惑星の昇華が遅くなる。ダスト雲の光学的な厚さは氷微惑星が昇華したときに放出されるダストの割合によって決まる。本研究では、この割合をεdと定義し、パラメーターとして取り扱った。εd=0の場合はダスト雲が形成されず、氷微惑星の昇華速度は最大となる。ダスト雲が存在する場合(εd>0)については、ダスト雲中での放射平衡場から氷微惑星の昇華速度を推定した。また、氷微惑星の合体成長については、Inaba et al. (2001), Ohtsuki et al. (2002)による微惑星の統計的なサイズ分布の進化モデルを氷と岩石の2成分の系に拡張したモデルを用いて数値計算を行った。数値計算にあたって、ダスト放出率εdの他に、ダスト面密度が最小質量太陽系星雲モデルの何倍であるかを表すf、氷微惑星が形成してから昇華が開始するまでの時間tsをパラメーターとして用いた。

氷微惑星の合体成長と昇華をカップリングさせた数値計算を行い、氷微惑星から原始惑星までの進化について調べた。主な結果を以下に示す。

乾いた原始惑星から水浸しの原始惑星まで、多様な含水率を持った原始惑星が形成される可能性がある。最終的な原始惑星の含水率は、円盤質量fや氷微惑星の昇華開始時間ts,ダスト放出率εdに強く依存する(図1)。

重い円盤(f=10)では、εd,tsに依らず常に10%以上の水が原始惑星に残る。

原始地球で推定される水の量(〜2%; Abe et al.2000)を説明するためには、標準的な質量の円盤(f=1)で昇華開始時刻tsが数百年以下であることが要請される。氷微惑星から地球の水が供給された可能性は、現在のところ同位体的な根拠からは否定されない。

推定される原始地球の水の量を説明可能な氷微惑星形成から円盤が光学的に薄くなるまでの時間間隔(数百年以下)は、原始惑星系円盤の進化のタイムスケール(105〜106年)よりもかなり短い。このことから、氷微惑星の形成が細かいダスト粒子の急激な消失を引き起こしている可能性が示唆される。

円盤が光学的に薄くなった後でダスト雲が形成される場合、ダスト雲は106年のタイムスケールに渡って存続する。ただし、円盤の正面から観測したときのダスト雲の光学的厚さが10-2を超えることはない。

原始惑星系円盤中の同じ領域で形成された天体のあいだでも化学的な不均質が生じる可能性がある。氷微惑星の含水率は中間的なサイズで最大となった。このことから、隕石に見られる化学的な不均質性は、形成領域の違いだけではなく、隕石母天体のサイズの違いを反映している可能性があるといえる。

付随的な問題として、光学的に厚い円盤中で微惑星の形成が促進される可能性についても検討した。光学的に厚い円盤中では光学的に薄い円盤中よりも固体物質が豊富に存在しているため、たとえその大半の質量が氷の昇華によって最終的には失われてしまうとしても、原始惑星系円盤中に大量の固体物質が存在することによって氷微惑星が形成されやすくなると考えられる

図1 円盤質量,氷微惑星の昇華開始時間,ダスト放出率による原始惑星の含水率の変化。(a)軽い円盤(f =0.1),(b)標準的な質量の円盤(f =1),(c)重い円盤(f=10)。それぞれの線は、εd=1(赤)、εd=0.1(緑)、εd=10-2(青)、εd=10-3(マゼンタ)、εd=10-4(シアン)、εd=0黄)を表している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる.第1章はイントロダクションであり,最近の天文観測により,形成段階の若い星の周囲は塵で覆われており,円盤内部は従来考えられていたよりはるかに低温であり,地球型惑星の形成時に氷が存在している可能性が高いことが指摘されている.そのため,本研究において氷の存在が惑星形成に果たす役割を評価することが示されている.この指摘はきわめて重要なものであり,地球型惑星の起源と進化を考える上で,本研究はきわめて意義のあるものといえる.

第2章はモデルの説明である.太陽系元素存在度に従い,固体(岩石質)1に対し氷が3の割合で存在する円盤の温度,密度構造,衝突におけるダスト雲とその中での昇華,固体の合体成長に関する定式化がなされている.氷微惑星は光学的に厚い円盤内で形成すると直ちに合体成長をおこなう。細かいダスト粒子が沈殿し、原始惑星系円盤が光学的にうすくなると、微惑星は中心星の輻射を直接にうけることになる。すると昇華が開始する。一方合体成長にともなう衝突による昇華ではダストも同時に放出されるため、微惑星周囲に光学的に厚いダスト雲が形成される。したがって、微惑星の合体成長速度と昇華速度のかねあいで形成される微惑星の水含有量が変化する。ダストの放出率をパラメタとしてモデルは書かれている。氷を含まない微惑星形成に関する基本的考え方はあるものの,氷の昇華およびダスト雲の挙動に関する定式化は論文提出者のオリジナルであり,その価値は高い.

第3章は数値シュミレーションについての記述である.初期条件,境界条件,近似の方法が述べられ,モデルとシュミレーション方法の正しさの検証がなされている.この結果,本モデルの妥当性が示されたといえる.

第4章は結果である.まず,氷を含む天体の衝突による合体成長の時間スケールと,氷の昇華の結果による変化が議論されている.昇華の開始時間,円盤の質量,ダストの放出率により,結果として形成される微惑星の水の含有量の総量が決まることが示された.すなわち,光学的に厚い円盤内で微惑星が形成すると直ちに合体成長がおこるが,低温であるため昇華はおこらない.やがてダストが沈殿し,微惑星が星の光に直接さらされると昇華が始まる.したがって,微惑星から原始惑星への水の供給を考えるには,円盤全体の進化と昇華の関係を明らかにすることが重要であることが示された.さらに,氷の昇華にともない,ダストの一部も同時に放出され,円盤赤道面付近にはダスト雲が形成され,それは星の光を遮る.ダストの放出率はパラメータとして扱われている.計算の結果,重い円盤ではほかの条件にかかわらず,最終的には10%以上の水が残ることが示された.円盤が光学的に薄くなった後でダスト雲が形成され得場合、ダスト雲は100万年のタイムスケールで存在しうる。円盤中の同領域で形成された天体の間でも、化学的不均質が生じる可能性も示された。光学的に厚い円盤中で微惑星が形成される場合、固体物質が多いため、昇華の程度にかかわらず、氷微惑星の形成がおこりやすくなることも指摘された。

これらの結果は、従来考えられていた惑星形成過程に対し、氷微惑星の形成がはるかに大きいことを示したという点において重要な新しい知見を与えている。すなわち、地球型惑星の形成領域において氷(水)をさまざまな量でもつ惑星の形成を示唆し、内惑星領域に水を多く含む惑星、すなわち生命の存在しうる領域が従来考えられていたよりはるかに広くなりうることが示されたという点において、本研究が高い科学的価値をもつといえる。

上記の結果、本研究は、惑星科学、とりわけ惑星形成論に関し、重大な新しい知見をもたらしたものとして、学位論文に十分な価値をもつと判断し、審査員全員一致で、合格とした。

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