No | 121023 | |
著者(漢字) | 宮坂,貴文 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤサカ,タカフミ | |
標題(和) | 亜熱帯高気圧の構造と形成力学 | |
標題(洋) | The Structure and Formation Mechanisms of the Subtropical Highs | |
報告番号 | 121023 | |
報告番号 | 甲21023 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4823号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 亜熱帯海洋上に存在する地表の亜熱帯高気圧は、冬季は帯状に伸びて高圧帯としての性格を強く有するのに対し、夏季はセル状の形状をなして特に発達し、沿岸付近に強い赤道向きの海上風を伴うのが特徴である。この風に伴う蒸発や沿岸湧昇を通じて、沿岸付近の海面水温は低く保たれていると考えられている。また、低い海面水温は下層大気を安定化させるため、海洋性層雲の発達に有利である。この層雲は日射を減少させて海面水温の上昇を妨げることが考えられる。このため、夏季の亜熱帯高気圧域では大気・海洋相互作用に伴うフィードバックが存在すると考えられ、気候システムの重要な構成要素と考えられる。冬季の高圧帯の形成と異なり、夏季の亜熱帯高気圧の強化は東西平均ハドレー循環の効果として説明することはできない。それは、東西平均ハドレー循環に伴う下降流は冬半球側より夏半球側で弱いことが理論的にも観測事実としても示されているからである。そのため、セル状の夏季亜熱帯高気圧の形成については、亜熱帯大気大循環の東西非一様成分に着目しなければならない。こうした東西非一様性の強い夏季亜熱帯高気圧の形成力学について、近年、モデル実験に基づいて研究がなされるようになってきた。それらは、モンスーンに伴う対流加熱に着目した研究と、大気下層に存在する海陸加熱コントラストに着目した研究とに大別することができるが、どちらの効果が亜熱帯高気圧の形成により本質的かは未だ結論が下されていない。そこで本研究ではデータ解析に基づいて三次元構造及び形成力学について調べ、そこで得られた知見に基づく設定で数値実験を行うことにより、夏季亜熱帯高気圧及び対流圏プラネタリー波の形成力学について検証を行った。 北太平洋、北大西洋、南太平洋、南大西洋、南インド洋の各海域東部で夏季に観測されるセル状の地上亜熱帯高気圧はその上空に南北の渦度ダイポールを伴っており、高緯度側では等価順圧的、赤道側では第1傾圧モード構造をしていることが分かった。こうした渦度ダイポールの存在は上空の西風分布としてジェットの分流を伴うことを意味しており、ダイポールの振幅が強い北半球では実際にダブルジェットとして明瞭に捉えることができる。こうしたダブルジェット構造は亜熱帯高気圧の上空の北側にジェットの出口、南側にジェットの入り口を伴っており、運動量収支の観点から見て亜熱帯高気圧の上空で収束する傾向の非地衡循環を伴っている。南半球では明瞭なダブルジェットとして見られないものの、同様の運動量収支をしており、やはり収束する非地衡循環を伴っている。こうした上層での収束に対応するように、中層では下降流が存在している。この下降流は地表で発散を伴っており、摩擦に対して地上高気圧を維持するよう働いている。上空の渦度ダイポールが形成される力学を考えるために、波活動度フラックスを用いて定常ロスビー波としての上層のプラネタリー波の群速度伝播を診断した。その結果、北大西洋の上空以外では顕著な上流からのロスビー波活動度の入射が見られないことが分かった。また、北大西洋も含めた地上の亜熱帯高気圧の上空で上向きの波活動度フラックスが診断されたことから、地表の亜熱帯高気圧が対流圏上層のプラネタリー波の局所的波源として振る舞う可能性が明瞭に示された。亜熱帯高気圧に伴うプラネタリー波は北半球夏季においては西半球側で顕著であり、南半球では亜熱帯域のほぼ全体に及ぶ。 亜熱帯高気圧近傍の下層大気は大陸西岸とその西側に存在する海洋との間での強い東西温度コントラストによって特徴づけられる。これは、亜熱帯高気圧の存在する夏季の海盆東側の領域では他の経度帯に較べて海面水温が低く、そしてその東側には日射で加熱された乾燥大陸が存在しているためである。こうした温度コントラストを作り出している熱源・冷源は、過去の研究でも指摘されているように、主に海洋性層雲に伴う長波放射冷却と日射で温められた大陸表面における顕熱によるものである。そして両者とも大気下層に限定されている点で、大気中層から上層にかけて極大を持つモンスーンに伴う対流性加熱と鉛直分布が異なっている。これを利用して、鉛直方向に非断熱加熱を限定することで、対流性加熱と海陸加熱コントラストとを分離することができる。観測された東西平均場を基本場として与えるプラネタリー波モデルを用いて、局所的に非断熱加熱を強制として与えた場合の大気の応答を評価した。その結果、各海域に見られる夏季の亜熱帯高気圧は主に大気下層の海陸加熱コントラストに対する局所的な応答として形成されることが初めて明瞭に示された。過去の研究で提示されたような「モンスーン・砂漠メカニズム」を通じた対流圏中・上層の対流性加熱の寄与は極めて弱いことが、モンスーン域に対流性の加熱を全鉛直層に与えた場合の数値実験の結果から確認された。過去の研究において「モンスーン・砂漠メカニズム」による影響と解釈された応答を再検証したところ、海陸加熱コントラストを成す大陸上の顕熱加熱に対する応答も含まれており、実験設定に問題があったと解釈できる。なお、大気下層の海陸加熱コントラストの応答は、地上高気圧を形成する主要因として働くだけでなく、その振幅がやや過小評価気味ではあるものの、対流圏プラネタリー波の波源として働き得ることが数値実験において確かめられた。数値実験により得られた循環場に対する波活動度フラックスは上向きの波活動度伝播を示し、そして上層では下流側への伝播を示した。 海陸加熱コントラストを形成している海洋上、沿岸付近での大気下層の冷却は海洋性層雲に伴うものである。海洋性層雲は安定な惑星境界層の上端で形成されるため、夏季における低い海面水温の存在は重要である。一方、海陸加熱コントラストによって形成された亜熱帯高気圧に伴う沿岸部での赤道向きの風は、蒸発・沿岸湧昇・混合によって沿岸での海面水温を低く保つように働く。このことから、亜熱帯高気圧の季節的な増幅には局所的なフィードバックが関わることが強く示唆されるが、この励起と終焉について季節進行の観点から全球5つの亜熱帯高気圧について初めて解析を行った。その結果、どの高気圧についてもフィードバックは大陸上の顕熱フラックスの季節的増大によって励起され得るという作業仮説が得られた。それは、春から夏にかけての日射の増大に対し、海陸の熱容量比に対応して大陸上で地表面温度が速やかに上昇して海陸コントラストが形成されることの反映である。この大陸上の顕熱加熱が盛夏以前に極大を迎えるにつれて亜熱帯高気圧が増幅し、それに伴って沿岸を吹く赤道向きの風も強化される。それによって強化される海面での蒸発、沿岸湧昇や表層の混合、そして下層雲の発達の影響により、元来熱容量の大きさにより加熱の遅れる海洋混合層の加熱は一層遅れることになる。こうして夏至を過ぎて大陸上の顕熱加熱が徐々に弱まっても、引き続き冷たさを保つ海上で発達する層雲に伴う冷却は晩夏まで強化され、海陸加熱コントラストも夏季を通じて保たれ、これが初秋に至るまで海上の亜熱帯高気圧の強度を保つことに本質的に重要であることが示された。そしてこのフィードバックも秋が深まり、大陸上の加熱が急速に弱まることにより終焉するというものである。 夏季の亜熱帯高気圧の形成に重要な役割を果たす海陸加熱コントラストは、上記のフィードバックが働きにくい冬季には弱くなり、海域によっては逆転してしまう。そのため、冬季の亜熱帯高気圧は夏季とは異なる力学で形成されていると考えられる。冬季の亜熱帯高気圧の三次元構造は夏季と同様であり、上空に南北渦度ダイポールを伴っている。上層の循環場に対して波活動度フラックスを診断すると、北太平洋、北大西洋、南太平洋では中緯度側から、南インド洋では低緯度側から亜熱帯高気圧上空の南北渦度ダイポールに対して波活動度の入射が見られた。これにより、冬季の亜熱帯高気圧はプラネタリー波の下流側の構造物であることが示唆される。移動性擾乱がその熱輸送・渦度輸送を通じて励起しようとする循環場を評価することにより、北大西洋、南インド洋、南大西洋では移動性擾乱が地表の高気圧、そして上空の南北渦度ダイポールを強めるように働くことが分かった。特に北太平洋と南インド洋ではこのフィードバックが効果的に働き、亜熱帯高気圧域にてプラネタリー波が再強制されることも判った。一方、北太平洋と南太平洋では移動性擾乱が亜熱帯高気圧の上流に存在するプラネタリー波を強めるように働くため、間接的に亜熱帯高気圧の形成に寄与している可能性があると考えられる。 以上のように、本研究によって、亜熱帯高気圧は一年を通じて同様の三次元構造をしているにも関わらず、その形成力学は夏季と冬季で本質的に異なることが明らかとなった。乾燥大陸上の暖候期の顕熱加熱と海洋性層雲に伴う長波放射冷却とによって主に特徴づけられる下層大気の非断熱加熱に対する局所的な熱応答として、夏季亜熱帯高気圧が形成されることが初めて明確となり、こうした海陸加熱コントラストが上空のプラネタリー波の波源としても振る舞い得ることも示された。暖候期に働く陸面・大気・海洋相互作用を伴う局所的フィードバックが夏季亜熱帯高気圧を形成・維持していることが判明した。一方、冬季は夏季と異なり、亜熱帯高気圧は中高緯度あるいは低緯度で励起されたプラネタリー波の下流側の構造物であることが、力学的診断から示唆された。そして移動性擾乱が直接あるいは間接的に亜熱帯高気圧の形成に寄与していることも示された。大陸西岸沖を吹く赤道向きの風が冬季に弱まる様子は、暖候期に働いたフィードバックが冬季には殆ど効かないことを示している。 | |
審査要旨 | 本論文は7章から構成される。南北両半球における夏季および冬季の亜熱帯高気圧の3次元構造と形成力学を、データ解析および観測される非断熱加熱強制を与えたプリミティブ方程式系モデルによる数値実験により論じたものである。 導入部の第1章では亜熱帯高気圧の特徴と先行研究が論じられている。海面気圧に観測される亜熱帯高気圧は、冬季は帯状に伸びた高圧帯としての性格を強く持つのに対し、夏季はセル状の形状をなして発達し、海洋東部沿岸付近に強い赤道向きの海上風を伴う特徴を持つ。夏季のセル状亜熱帯高気圧の形成に関するモデル実験に基づいた先行研究においては、モンスーンに伴う対流加熱の役割を強調する「モンスーン・砂漠メカニズム」説と、大気下層の海陸加熱コントラストが重要であるとする説との間で、まだ決着がついていないことを指摘した。一方、冬季の亜熱帯高気圧については多くの先行研究が地域による構造の違いについて論じているものの、その平均的な構造の形成メカニズムについては未解明であることを指摘した。第2章は、利用したデータと解析手法、モデルの説明に当てられている。 第3章および第4章では、各々北半球および南半球の夏季の亜熱帯高気圧の3次元構造の解析結果とその知見に基づく数値実験の結果が論じられている。北太平洋、北大西洋、南太平洋、南大西洋、南インド洋の各海域東部で夏季に観測されるセル状の地上亜熱帯高気圧は、上空に南北の渦度ダイポールを伴い、高緯度側では等価順圧的、赤道側では第1傾圧モード構造をしていることが分かった。波活動度フラックスの診断からは、北大西洋以外では、亜熱帯高気圧の上空には顕著なロスビー波の入射が見られず、北半球夏季の亜熱帯高気圧はむしろ上層プラネタリー波の局所的波源としてふるまうことがわかった。次に観測された東西平均場を基本場として与えるプリミティブ方程式系モデルを用い、局所的に非断熱加熱を強制として与えた場合の大気の応答を評価した。その結果、各海域に見られる夏季の亜熱帯高気圧は主に大気下層の海陸加熱コントラストに対する局所的な応答として形成されることが初めて明瞭に示された。そして先行研究の主張した「モンスーン・砂漠メカニズム」は主要な形成要因ではなく、モデル設定と結果の解釈の間に問題があったことが指摘された。最後に亜熱帯高気圧の季節的な進行の解析により、夏季亜熱帯高気圧を含む局所的なフィードバックの形成は大陸上の顕熱フラックスの増大によって開始することが示唆された。 第5章および第6章では、各々北半球および南半球の冬季の亜熱帯高気圧の3次元構造および形成過程が診断的に論じられた。その結果、冬季の亜熱帯高気圧の三次元構造は夏季と同様であることがわかった。一方上層において、北太平洋、北大西洋、南太平洋では中緯度側から、南インド洋では低緯度側から亜熱帯高気圧上空の南北渦度ダイポールに対して波活動度の入射が見られた。これにより、冬季の亜熱帯高気圧はプラネタリー波の下流側の構造物であることを示唆した。さらに北大西洋、南インド洋、南大西洋では移動性擾乱が地表の高気圧、そして上空の南北渦度ダイポールを強めるように働くことを示した 第7章は全体のまとめと展望を述べている。 以上のように本論文は、全球5つの亜熱帯高気圧について夏季・冬季のそれぞれについて構造と形成メカニズムを総合的に論じることに成功した。そして亜熱帯高気圧が一年を通じて同様の三次元構造をしているにも関わらず、その形成力学は夏季と冬季で本質的に異なることを明らかにした。特に夏季亜熱帯高気圧は、大陸上の顕熱加熱と海洋性層雲に伴う長波放射冷却とによる下層大気の非断熱加熱に対する局所的な熱応答として形成されることを初めて明確にし、こうした海陸加熱コントラストが上空のプラネタリー波の波源としても振る舞い得ることも示した。これは、過去の研究で示唆され近年の多くの研究に影響を与えてきた「モンスーン・砂漠メカニズム(モンスーン域対流加熱の遠隔影響)」が夏季亜熱帯高気圧の形成に二次的な役割しか果たさないことを明確にし、局所的な海陸フィードバックの仕組みと季節進行を明らかにした点で重要な成果である。また冬季の亜熱帯高気圧は夏季とは異なり、中高緯度あるいは低緯度で励起されたプラネタリー波の下流側の構造物であるという示唆を与えると共に、そこでの移動性擾乱の役割を示したことも、将来の研究への展望を与えた点で評価される。 なお、第3章の結果は、指導教員である中村尚氏との共著論文としてJournal of Climateへ掲載されており、第4章の結果は同じく投稿予定であるが、いずれも論文提出者が主体となってデータ解析・数値実験及びその結果の解析等を行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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