学位論文要旨



No 121024
著者(漢字) 今田,晋亮
著者(英字)
著者(カナ) イマダ,シンスケ
標題(和) 磁気圏尾部リコネクションにおける高エネルギー電子領域及びその加速メカニズム
標題(洋) Energetic Electron Region and its Acceleration Mechanism in the Magnetotail Reconnection
報告番号 121024
報告番号 甲21024
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4824号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 助教授 横山,央明
 東京大学 助教授 篠原,誦
 東京大学 助教授 齋藤,義文
 東京大学 教授 早川,基
内容要旨 要旨を表示する

地球磁気圏におけるサブストームをはじめとして、太陽フレア、パルサー磁気圏、超新星爆発など爆発的なエネルギー開放にともない、高エネルギー粒子が生成されることは理論的にも予測され観測からも確かめられてきた。特に、直接観測が可能な地球磁気圏の高エネルギー粒子の起源及びその加速過程を微視的過程にまで踏み込んで理解することは、物理法則の普遍性から、様々な宇宙プラズマ環境下での高エネルギー粒子加速の問題を解決するのに有用であると考えられる。これまで、さまざまな加速理論が提唱され検討されてきた。例えば、衝撃波加速、磁気リコネクションによる加速などがあげられるが、中でも地球磁気圏においては高エネルギー電子の加速過程として、磁場のエネルギーを散逸して粒子のエネルギーに変えるメカニズムの一つである、磁気リコネクションが有力な物理プロセスとして注目されている(Hoshino et al., JGR 2001)。本研究では、これらの高エネルギー粒子が磁気リコネクション領域のどこでどのように加速され、輸送されるかを直接観測が可能な地球磁気圏で考察する。

近年の研究から、高エネルギー電子は、磁場の散逸が起こる磁気拡散領域(X型磁気中性線、以後X-pointと呼ぶ)近傍で粒子が電場方向に蛇行運動(メアンダリング運動)することで加速すると考えられており、その考えを支持する観測結果も提示されてきた(M.Oieroset et al., Phys. Rev. Lett. 2002)。しかし、X-pointの加速領域は非常に狭く、これらの高エネルギー電子がこの領域だけで全て生成されているとは考えにくい。もう一つの未解決点として、最高到達エネルギーの問題がある。X-pointでの加速は先にあげたように、磁気リコネクションによって生じる誘導電場の方向に粒子移動することで加速すると考えられている。また、地球磁気圏での高エネルギー電子の最高到達エネルギーがMeVにまで達している事が観測から知られている。一方、地球磁気圏の朝方側から夕方側にかかる電場ポテンシャルは大きくても1(mV/m)×30(RE)〜200kVであり、短時間でMeVの電子を生成することは困難であると考えられる。

GEOTAILを用いた磁気リコネクション領域の統計解析

1993〜1997年にかけて地球磁気圏近尾部のX-point近傍を通過したGEOTAIL衛星のデータを用い、これまで困難とされてきた加速領域の統計的な特定に成功した。その手法は、磁場のモデルに観測から見積もった境界の磁場を境界条件として与えることで、衛星がX-point周辺のどの場所を通過したかを特定するというものである。その結果を次ページの図a-bに示した。図aは磁気リコネクション領域の高エネルギー電子の平均した描像で1bは電子温度の描像である。白い線はベクトルポテンシャルの等高線を表しており、X-pointは(X,Z)=(0,0)に位置している。磁気リコネクションジェット下流側の磁場が密になっている場所(X > 0.4)の方が、X-point近傍より高エネルギー電子のフラックス強度が強いことが分かる。また、X-pointより地球側(図a, X > 0)と尾部側(図a, X < 0)を比較すると、地球側でフラックス強度が卓越するという結果が得られた。電子温度については、電流層の境界の領域(図b, 左上部)がX-pointに比べて高い事がわかった。磁気リコネクション領域の構造の影響を考える上で、近尾部と地球の双極子磁場の影響がほとんどない遠尾部を比較することは有効である。近尾部の場合と同様、遠尾部のX-point通過時の衛星データを用いて高エネルギー電子のフラックス解析を行ったところ、X-pointより地球側と尾部側で違いは見られなかった(図e-f)。これは、地球の双極子磁場が、先に述べた近尾部でのフラックスの非対称性に関与していることを裏付けている。さらに、磁気リコネクションに伴って生成される磁気アイランド(プラズモイド)についても同様の解析を行っており(図c-d, (X,Z)=(0,0)がO-point)、磁場が密になっている領域(X=1付近)でのフラックスがO-pointより高いことが分かった。これらの観測は、高エネルギー電子の生成過程に、X-pointの誘導電場の加速だけでなく、磁場が密な場所、プラズマシートの境界、さらには地球の双極子磁場の影響を受ける領域に至るまでの大規模な加速を考えることの重要性を示唆している。

CLUSTERII衛星を用いた磁気リコネクションイベントSTUDY

GEOTAIL衛星では、時間変動と空間変動を分離することが困難であるため、数年に渡るデータを統計的に処理することで図1の結果を得たが、CLUSTERII衛星では4機による同時観測が可能なため、個々のイベントにおける空間分布の時間変化を追うことが可能となり、高エネルギー電子の加速のメカニズムの更なる理解に有効である。2001年10月1日の磁気リコネクションのイベントを解析した結果、高エネルギー電子とつなぎ変わった磁場の量(図においてZ方向の磁場)に非常によい時間の相関があることを示した。さらに、X-pointから地球方向にこの磁場が密な領域が伝播しており、それ以外の領域では、ほとんど高エネルギー電子は観測されず、高エネルギーの電子が磁場の強い領域に補足されながら、非断熱的に〜100keVまで加速されていることが分かった。磁気リコネクションの構造を4点観測から決めることを行い、磁気リコネクションの時間発展にともなって生じると考えられる、磁気中性線が尾部側に100km/sec程度で流される事や電流層の時間発展などの再現に成功した。さらに、大規模な磁気リコネクション描像の中に磁場が積み重なって密になっている領域がX-pointの端に生成され、この磁場の強い領域で粒子が加速されていることがわかった。これらの結果は、磁気リコネクションのジェット下流における加速を決定付ける成果となった。これらのCLUSTERII衛星によって得られた磁気リコネクションの構造で、観測されたエネルギーの高エネルギー電子を説明できるか検証するためテスト粒子計算(モンテカルロ)を行った。ジャイロ運動ごとに1回散乱するかなり強い散乱(Bohm limit)を仮定した計算である。この結果、数十keVの粒子が数百keVまで到達しうることがわかった。これは、散乱過程により、電子の断熱性を破り、磁場勾配及び磁場の曲率半径が小さい領域に電子をトラップすることで生成されることがわかった。これらの到達エネルギーは磁気圏で生成されるような高エネルギー粒子までに及ぶ。しかし、電場方向のスケールを考えると、地球磁気圏のスケールで実際に観測されるような高エネルギー粒子を作り出すことは難しい。この電場方向のスケールの問題はピッチ角散乱を取り入れるだけでは解決しないと考えられる。

プラズマシート中の高エネルギー粒子輸送の統計解析

高エネルギー電子の輸送についての研究も行った。これは、先のCLUSTER衛星の結果から、高エネルギー電子加速において、粒子の散乱過程が重要な役割を担っている可能性が示唆され、粒子加速の研究という観点からも、磁気圏プラズマシート内での高エネルギー粒子輸送を散乱過程を取り入れて考察することは有効であると考えられるからである。地球磁気圏内には朝方側から夕方側にかけて、対流電場が存在し、電子が輸送される過程で、この電場のポテンシャルを獲得することにより加速、加熱される。磁気圏Plasma Sheet内(-20>X>-30Re)での高エネルギー粒子及び低エネルギー粒子の空間的分布を統計的に解析した。その結果、高エネルギーの電子ではdawn-sideがdusk-sideよりfluxが顕著に高いというDawn-Dusk非対称性が存在することを確認することができた。一方、低エネルギーではそれほど顕著な非対称性は見られず、非対称性にはエネルギー依存性があるという結果が得られた。この非対称性を説明するために、磁気圏のプラズマシートをモデル化し、移流拡散方程式を解くことによりこの非対称性を説明することを試みた。その結果、この非対称性は磁場を横切っての拡散を取り入れずには説明できず、磁気圏内の高エネルギー粒子輸送において移流過程だけではなく、この拡散過程が重要であることを示した。

本研究成果は大きく分けて3つある。まず、地球磁気圏の磁気リコネクションにおいて高エネルギー電子を従来考えられてきたX-pointですべて加速するわけではなく、ジェット下流の磁場が密になった領域でさらに加速していることを観測的に示した。次に磁気圏での高エネルギー粒子輸送の問題に散乱過程が大きく寄与していることを観測と理論モデルを比較することで示した。最後に散乱過程を磁気リコネクションジェット下流の加速領域に取り入れることにより地球磁気圏などで観測されるエネルギーの電子を空間的スケールの問題を除けば、生成しうることを示した。これらの結果は、天体磁気圏に限らず、様々な宇宙プラズマ環境においてどこでどのように高エネルギー粒子を生成し、どのように輸送されるかという問題に対して重要な結果である。

審査要旨 要旨を表示する

地球磁気圏におけるサブストームをはじめとして、太陽フレア、パルサー磁気圏、超新星爆発など爆発的なエネルギー開放にともない、高エネルギー粒子が生成されることは理論的にも予測され観測からも確かめられてきた。特に、直接観測が可能な地球磁気圏の高エネルギー粒子の起源及びその加速過程を微視的過程にまで踏み込んで理解することは、物理法則の普遍性から、様々な宇宙プラズマ環境下での高エネルギー粒子加速の問題を解決するのに有用であると考えられる。これまで、さまざまな加速理論が提唱され検討されてきた。例えば、衝撃波加速、磁気リコネクションによる加速などがあげられる。本論文には、磁気リコネクション領域の直接観測が可能な地球磁気圏尾部を舞台として、高エネルギー粒子加速過程についての詳しい研究結果が提示されている。

本論文は7章からなる。第1章はイントロダクションであり、第2章には衛星観測における装置の概要と代表的な観測の紹介が述べられている。第3章はGeotail衛星観測による磁気圏尾における粒子加速の統計的研究の結果が述べられ、第4章ではCluster衛星群によるイベント解析の結果がまとめられている。第5章では観測結果を解釈するためのモンテカルロシミュレーションの結果が述べられ、第6章では粒子分布の朝夕非対称性の観測結果とならび、それを解釈するための拡散移流方程式の数値解との詳しい比較が行われている。第7章は全体のまとめであり、本論文により得られた磁気圏尾での粒子加速・輸送過程についての知見のもつ意味が論じられている。

(第3章)1993〜1997年にかけて地球磁気圏近尾部のX-point近傍を通過したGEOTAIL衛星のデータを用い、これまで困難とされてきた加速領域の統計的な特定に成功している。その結果、X-pointの中心部より、磁場の強い下流のほうが高エネルギー粒子フラックスは高い事が示された。さらに、近尾部と遠尾部の結果を比較し、双極子磁場が粒子加速に関与していることを裏付けた。これらの結果は、高エネルギー電子の生成過程に、X-pointの誘導電場の加速だけでなく、磁場が密な場所、プラズマシートの境界、さらには地球の双極子磁場の影響を受ける領域に至るまでの大規模な加速を考えることの重要性を示している。

(第4章)GEOTAIL衛星のような単一の衛星による観測では、時間変動と空間変動を分離することが困難であり、数年に渡るデータの統計的処理が不可欠であった。一方、最近打ち上げられたCluster衛星群(4機)による同時観測によれば、個々のイベントにおいて空間分布と時間変化を分離することが可能である。2001年10月1日の磁気リコネクションのイベントを解析した結果、磁気リコネクションの時間発展にともなう、磁気中性線が尾部側に流される事や電流層の時間発展などの再現に成功している。その上で、磁気リコネクション描像の中に磁場が積み重なっている領域がX-pointの端に生成され、この磁場の強い領域で粒子が非断熱的に〜100keVまで加速されていることを示している。

(第5章) CLUSTERII衛星によって得られた磁気リコネクションの構造で、観測されたエネルギーの高エネルギー電子を説明できるか検証するため強い散乱を含めたテスト粒子計算を行っている。散乱過程により、電子の断熱性を破り、磁場勾配及び磁場の曲率半径が小さい領域に電子をトラップすることで加速されることが示されている。これらの到達エネルギーは磁気圏で生成されるような高エネルギー粒子までに及ぶが、地球磁気圏の空間的なスケールを考慮すると散乱を取り入れるだけでは観測される高エネルギー粒子は説明できないとして、将来への問題提起としている。

(第6章)高エネルギー粒子輸送という観点から、磁気圏尾部での拡散過程が議論されている。この拡散過程は電位差以上のエネルギーの粒子を生成するために必要だと考えられる過程で、粒子加速の観点からも重要な役割を担っている。近尾部のプラズマシート内での高エネルギー電子の空間的分布を統計的に解析し、朝側が夕側よりフラックスが顕著に高いという非対称性な空間分布を示している。磁気圏のプラズマシートをモデル化し、移流拡散方程式を解くことで、この空間分布を説明することを試みており、磁気圏内の高エネルギー粒子輸送において移流過程だけではなく、拡散過程の寄与が大きいことを示している。

なお、本論文第3章および第6章前半部は、星野真弘、向井利典との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものである。論文提出者の鋭い洞察力がなくては研究が完成しなかったのは言うまでもなく、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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