No | 121028 | |
著者(漢字) | 坂本,圭 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカモト,ケイ | |
標題(和) | 夏季北太平洋における上層寒冷低気圧と熱帯対流活動の相互作用に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the Interaction between Upper Cold Low and Tropical Convection in the summer North Pacific | |
報告番号 | 121028 | |
報告番号 | 甲21028 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4828号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 中緯度の圏界面付近では、偏西風が蛇行してトラフが深まり、その先端が切離されて孤立した低気圧がしばしば形成される。このような低気圧を上層寒冷低気圧(Upper Cold Low,以下、UCL)と呼ぶ。夏季北太平洋の気候場に注目すると、西太平洋の上空ではチベット高気圧が東に張り出し、東太平洋の上空では中部太平洋トラフが存在している。そして、中部太平洋トラフの存在に対応してUCLが頻繁に形成している。一方、熱帯の対流活動が西太平洋では東太平洋に比べて活発となっている。そのような気候場の中で日々の現象に注目するとUCLと対流雲が関連した現象がしばしば見られる。しかし、UCLと対流雲が関係したシステムの構造について、力学的、熱力学的に十分な理解が得られているとは言い難いのが現状である。また、現実大気のUCLの解析で、切離過程や衰弱過程に対流雲が果たす役割を議論した研究はこれまでに例がない。本研究では、UCLと対流雲との関係性に注目し、ECMWF・ERA40を用いたデータ解析やメソモデルMM5を用いた数値シミュレーションを行なって詳細に解析し、対流雲がUCLの切離や衰弱に与える影響や、UCLと対流雲が関連したシステムの構造を明らかにした。また、西部北太平洋の領域で熱帯の対流活動活発域が急激に北にシフトする現象が7月下旬に見られ、対流ジャンプと呼ばれている。本研究では、UCLと対流雲が関連したシステムの例として、対流ジャンプの構造についても解析を行なった。 UCLの切離過程に対流雲が果たす役割 西太平洋では東太平洋に比べて対流活動が活発であることに対応して、UCLの切離時に対流雲を伴う場合が6割弱存在していた。 事例解析の結果からUCLの切離過程に関して以下の結論を得た。対流雲が存在しない場合でもUCLは切離され、順圧不安定や内部ジェットの不安定の必要条件を満たしていた。渦度収支解析の結果、切離される領域で非線形項も大きく渦度減少に効いており、切離における非線形の効果も考えられた。本研究では特に、現実大気のUCLの中で、切離時に対流雲を伴う場合において、切離過程における対流雲の役割について強調した。すなわち、対流雲が存在する場合には、対流雲の効果として渦度場では対流に伴う上層の発散が切離に大きな役割を果たしていた。また、対流雲の発生により対流圏上層に暖気核が形成され、温度場の構造を変えることで、渦位も減少していた。図1は切離時に対流雲を伴ったUCLについて、標準実験(雲あり実験)と水蒸気を取り去った雲なし実験のシミュレーションを行なった結果で、色が300hPa面気温、線が350K等温位面渦位である。雲あり実験の場合には上層の渦位に伴う300hPa面の寒気が弱まり、上層の渦位が切離されているのに対し、雲なし実験では切離されていない様子がわかる。 3.UCLと対流雲が関連したシステムの構造 UCLの南東側に活発な対流雲を伴う場合があることが、これまでの研究でよく知られている。本研究ではUCLと対流雲が関連したシステムの構造について、コンポジット解析によって一般的な特徴を示し、事例解析によって詳細な解析を行なった。 対流活動が活発な西太平洋では、切離後孤立したUCLの8割弱が対流雲を伴う構造になっていた。対流雲を伴うUCLのコンポジット解析を行なった結果、平均的には太平洋高気圧の南西縁に位置しており、UCLが北側から西太平洋の対流活動活発域に侵入すると同時に、対流活動活発域がUCLの南東側で北側に伸びる構造が見られた。その相当温位の構造は、南北の相当温位勾配のある中で、中層ではUCLに伴って低相当温位空気が存在し、下層ではUCLの東側で高相当温位が北側に移流し西側で低相当温位空気が南側に移流する構造となっていた。このことに対応して、UCLの東側で対流不安定、西側で安定な構造になっていた。 次に、事例解析によってUCLと対流雲が関連したシステムの構造を詳細に解析し、そのメカニズムを示した。その結果、以下のような構造となっていることが示された。図2はUCLと対流雲が関連したシステムの構造の模式図である。図2の左図に示すように、UCLの東側では南風となっており、その循環は下層にまで達していた。また、太平洋高気圧南西縁の南風も存在していた。UCLの東側では、南から下層の高相当温位空気と伴に対流雲が移流されていた。対流雲の存在する領域では強い上昇流に伴う下層の収束によって渦度が強化され、UCLの内部では下降流に伴う上層の収束によって渦度が強化されていた。UCLと対流雲の境界では、それぞれの循環の相互作用の結果として、変形による前線強化が見られた。温度場の構造を見ると、図2の右図で示したように、UCLに伴って上部対流圏で寒気核、下部成層圏で暖気核が存在し、対流雲に伴って暖気核が形成されていた。その境界で非断熱による前線強化が見られ、対流雲内部とUCL内部では温度場と鉛直流の構造から、有効位置エネルギーから運動エネルギーへの変換が見られた。シミュレーションを行ない、対流雲なし実験とUCLなし実験の結果を比較解析した結果、対流を取り去った実験では鉛直流が弱くUCLの構造も浅くなり、UCLを取り除いた実験では東側の対流活動も弱くなっていた。このことから、UCLと対流雲が相互作用することによって両者が強め合っていることが示された。 このような構造は、先に述べたコンポジット解析の結果から、対流雲がUCLの南東側に存在する構造、対流雲に伴う上昇流とその西側のUCL内部での下降流、水蒸気場の構造などから共通点が見られ、夏季北西太平洋に見られる対流雲を伴うUCLの一般的な構造であると考えられる。 対流雲を伴わないUCLについても解析を行なった。コンポジット解析の結果から、対流雲を伴わないUCLは、平均的には太平洋高気圧の内部に位置し、安定な構造となっていた。そして、対流圏上層で、UCLの西側に下降流、UCLの東側に上昇流が存在する構造が示された。この鉛直流の構造は、ω方程式を用いた解析の結果、南北温位勾配がある基本場の中にUCLが存在し、UCLの循環によって形成される温度移流の強制項が大きくなっていた。対流雲を伴うUCLの事例では、渦度移流の強制項も大きかったが、温度移流の強制が同じセンスになっており、それらの和としてUCLの東側で上昇流が強制されていた。UCLのみの力学で東側に上昇流が存在することは、対流雲を伴うUCLについて、平均的にUCLの東側で対流不安定な状況となっていることから、UCLの東側での対流雲発生に好条件を与えていることが考えられる。 UCLの衰弱過程に対流雲が果たす役割 UCLの衰弱には、さまざまなパターンがあり、一般的には、対流雲を伴うUCLは西太平洋に多く存在し、UCLの内部に対流雲が存在して衰弱するものと中緯度偏西風帯のトラフに合流するものが同程度の頻度で存在していた。対流雲を伴わないUCLは東太平洋に多く存在しており、中部太平洋トラフの中に合流するものが多かった。対流雲がUCLの内部に存在してUCLが衰弱する事例を取り上げ、UCLの衰弱過程における対流雲の役割について考察した。その結果、対流雲の生成に伴う潜熱加熱によってUCLに伴う対流圏上層の寒気核が衰弱され、UCLの衰弱を早め、UCLの衰弱に対流雲が重要な役割を果たしていることが示された。 対流ジャンプ UCLと対流雲が関連したシステムの例として、対流ジャンプの構造について解析を行なった。対流ジャンプの典型年には必ず対流活発域の北西側に上層の高渦位が見られた。対流活動の活発な領域は、太平洋高気圧の南西縁の南風域に存在し、対流雲を伴うUCLのコンポジット解析の結果と環境場の状況が類似していた。対流ジャンプ典型年のコンポジット解析の結果から、上層の渦位と対流活動活発域において、循環場や鉛直流の構造、温度場や湿度場の構造、前線強化やエネルギー収支で示される構造の特徴が、UCLと対流雲が関連したシステムの構造と共通していた。 おわりに 本研究では、夏季北太平洋で発生するUCLの切離から衰弱までの過程において、特に対流雲との関係性に注目してUCLの出現頻度の分布を示し、UCLの切離と衰弱における対流雲の役割を示した。また、よく知られているUCLの南東側で対流活動が活発となる現象を詳細に解析し、UCLや対流雲が果たす役割や、両者が関連したシステムの構造を明らかにした。さらに、上層の渦位と対流雲が関連した構造の例として、対流ジャンプの構造を解析し、対流ジャンプにおける上層の渦位の役割を強調した。対流ジャンプの形成のメカニズムを解明するためには、季節内振動や偏東風波動、熱帯の熱源やヨーロッパからのロスビー波の伝播など、より大きなスケールの現象との関係性が重要であると思われ、その詳しい解析が今後の課題として残される。また、UCLと対流雲が関連した構造の対流活動活発域の中から台風が生成される場合があることがこれまでの研究で知られている。しかし、台風生成における上層の渦位の役割については未だ明らかになっていない。台風生成における上層の渦位の役割を示すことも今後の興味深い課題の1つである。 図1 UCLの切離過程におけるシミュレーション結果300hPa面気温(色)[K]・350K等温位面渦位(線)[PVU] 図2 UCLと対流雲が関連したシステムの構造の模式図 | |
審査要旨 | 中緯度偏西風帯の圏界面付近では、トラフが深まりその切離先端がされて孤立した低気圧(上層寒冷低気圧:Upper Cold Low 以下UCL)がしばしば形成される。このUCLはしばしば台風生成を促すように働くことが指摘されている。本論文では、夏季北太平洋で形成するUCLの切離から衰弱までを通して熱帯対流活動との関係に注目し、データ解析や数値シミュレーションの手法を用いて対流雲がUCLに与える影響やUCLと対流雲とが関連したシステムの構造を明らかにした。 本論文は7章から構成される。導入部の第1章では、先行研究を紹介して研究の目的を述べている。UCLの南東側で熱帯の対流活動が活発となる現象がしばしば見られることがよく知られており、台風発生においてもUCLの重要性が示唆されていることを示した。そして、それにもかかわらず現実大気のUCLと対流活動が関連した構造についての力学的、熱力学的な解釈が十分になされていない点が指摘された。第2章は、使用したデータとモデルの設定についての解説に当てられている。 第3章では、UCLの切離過程に対流雲が果たす役割が論じられている。まず22年間の統計解析から、対流活動が活発な西太平洋では4割以上のUCLが切離時に対流を伴うことを示した。次に、事例解析および数値シミュレーション解析の結果、対流雲を伴う切離過程では、対流に伴う上層の発散が渦度の減少を通じて切離を促していることを示した。 第4章では、切離後のUCLと対流雲とが形成するシステムについて論じられている。統計解析からは、西太平洋では切離後の構造に対流雲を伴うUCLは8割弱存在することを示した。さらに事例解析、数値シミュレーション、渦位インバージョン解析、エネルギー収支解析により、UCLと対流雲との相互作用のメカニズムを解明した。即ちUCLに伴う南風がUCLの東側で下層まで達することにより、この南風と太平洋高気圧南西縁の南風によって、下層の高相当温位空気と対流雲が南から移流され、対流雲の内部で暖気核と上昇流、UCLの内部で寒気核と下降流となっていた。この構造に対応して対流雲域では上昇流に伴う下層の収束によって渦度が強化され、UCL内部では下降流に伴う上層の収束によって渦度が強化されていた。このようにUCLと対流雲が相互作用することによって両者が強めあい、この構造が作られていることが示された。 第5章では、UCLの衰弱過程に対流雲が果たす役割について論じられている。衰弱過程では、対流を伴うUCLは西太平洋に多く存在し、UCLの内部に対流雲が存在して衰弱するものと中緯度偏西風帯のトラフに合流するものとが同程度の頻度であった。その機構については、対流雲の生成に伴う潜熱加熱によってUCLに伴う対流圏上層の寒気核が衰弱してUCLの衰弱を早めるという重要な役割を果たしていることがわかった。一方、対流を伴わないUCLは東太平洋に多く存在しており、中部太平洋トラフの中に合流するものが多かった。 第6章では、UCLと対流雲が関連した現象の例として、太平洋熱帯域夏季において対流活動帯が急激に北上する「対流ジャンプ」の構造について解析した。その結果、対流ジャンプの典型年には必ず対流活発域の北西側に上層の高渦位が見られ、4章で論じた「UCLと対流雲が関連したシステム」と類似した機構が働いていることが示唆された。 最後の第7章では全体のまとめと今後の展望を述べている。 以上のように、本論文は、夏季北太平洋で発生するUCLの切離から衰弱までの過程において、特に対流雲との関係性に注目してUCLの出現頻度の分布を示し、UCLの切離と衰弱における対流雲の役割を示した。特に、UCLの南東側で対流活動が活発となる現象について、事例およびコンポジット解析、渦位インバージョン解析、数値シミュレーション実験を駆使して詳細に解析し、UCLや対流雲が果たす役割および両者が相互作用して形成するシステムの構造とメカニズムを初めて明らかにした点は重要である。従来UCLは台風生成を促す効果を持つことが指摘されているが、これまでの研究では台風生成における上層の渦位の役割について定量的に明らかにされていない。本論文はUCLと対流雲との相互作用関係について多角的な方向から定量的にメカニズムを調べることに成功しており、今後台風生成等の実際の顕著な現象におけるUCLとの相互作用を明らかにするための大変重要なステップを築いたといえる。 なお、第3章と第5章の結果の一部は、指導教員である高橋正明氏との共著論文としてJournal of the Meteorological Society of Japanに発表されており、第4章の結果、および第6章の結果は同じくそれぞれ投稿予定であるが、いずれも論文提出者が主体となってデータ解析・数値実験及びその結果の解析等を行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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