学位論文要旨



No 121032
著者(漢字) 竹内,絵美利
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,エミリ
標題(和) 冬季混合層の浅化の実態とそのメカニズムについて
標題(洋) Studies on the wintertime shoaling of oceanic surface mixed layer
報告番号 121032
報告番号 甲21032
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4832号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 助教授 中村,尚
 東京大学 助教授 升本,順夫
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

海洋表層には海表面の冷却や蒸発から生じる密度対流や風による乱流混合によって、海面から密度・温度・塩分が鉛直方向に一様化された海洋表層混合層(または単に混合層)が存在する。混合層は、海面水温を通じて大気運動に影響を与えると同時に、サブダクション(混合層から亜表層への等密度面にそった海水の沈み込み)プロセスを通して大気の熱や運動量を海洋内部に伝え、大気海洋相互作用の直接の場として重要な役割を果たしている。

このように、混合層は大気・海洋内部双方に直接関わる重要な存在であるが、その形成や時間変動の実態、メカニズムの理解は未だ不十分である。混合層は加熱・弱風期の夏季に浅く、冷却の始まる秋季から強冷却・強風の冬季にかけて深くなると一般的には考えられてきた。しかしながら、月毎の気候値データ(WOA98)を用いた本論文の著者らによる研究(Takeuchi and Yasuda,2003)によって、月平均では海面が冷却されているにもかかわらず、混合層が浅くなる海域が全大洋の亜熱帯海域18°N(S)から

30°N(S)に広範囲にわたって存在することが見出された。海面密度は1月から2月に上昇、2月から3月では上昇と低下の両方の場合がみられた。混合層の浅化が海面密度の上昇を伴ったり、冷却を受けているにも関わらず海面密度が低下するといったことは、今まで知られていなかった新しい現象である。

これまでの研究の問題点は、時空間方向にスムージングされた気候値データを用いていることであった。平均化後の水温・塩分のプロファイルから混合層を見積もっているので、現実の混合層変化を時系列的に知ることができない。こういった状況では混合層浅化のメカニズムを考えることも困難である。

そこで本論文では、平均化操作がされていない観測データ(現場観測、時系列、繰り返し観測、混合層フロート)を用い、冬季混合層浅化現象の再検討を行った。再検討の結果をもとに1次元混合層モデルを作成し、冬季混合層浅化のメカニズムを検討した。また、高解像度大循環モデルの結果を解析し、水平的な効果を検討した。

冬季混合層浅化の再検討

本論文では、等水温層を混合層と呼ぶ。これは冬季に混合層が浅くなる亜熱帯海域での密度は、ほぼ水温で決まっており、また塩分データがそれぞれのデータセットで十分にないためである。まずはじめに、1955年から2003年の月平均水温時系列データ(White1995)を用いて各年各月の混合層変化を時間を追って調べた。その結果、混合層の浅化は18°Nから30°Nの緯度帯においてかなりの頻度(49年間の混合層変化のうち、1月から2月では44%、2月から3月では72%)で見られることがわかった。混合層が浅くなる時には、海面水温は冬季前半には主に低温化、後半は高温化と低温化の両方を伴っており、気候値を用いた解析結果とよく一致した。

次に、150°E付近での同じ観測線に沿って行われた繰り返し観測(2003年12月下旬と2004年3月上旬)のデータを用いて混合層の変化を調べた。その結果水温は低温化しているにも拘らず、20°-27°Nで50mほど混合層が浅くなっていた。このように空間的に平均化されないデータでも、混合層の浅化が冬季にみられることが確認できた。混合層が浅くなった海域では、元混合層であった深度に躍層が生じていて、これが混合層浅化の直接的な原因であった。日平均の海面熱フラックスデータを調べたところ、後半の観測が行われる前の2週間海面が加熱されていた事が分かった。この加熱のために本観測での混合層浅化が引き起こされた可能性が示唆された。

以上の解析では定点での混合層変化を調べていたため、水平移流が存在する海域では、同じ混合層を追跡する事にならないという問題点がある。そこで、混合層とともに移動するフロートの観測データを用いて、ラグランジュ的な混合層の変化を調べた。その結果混合層は、夏季から12月29日までほぼ単調に深くなり、それ以降は2週間程度の時間スケールで短期的に変動しながら1ヶ月の時間スケールでは次第に浅くなっていた。これまでの解析でみられた冬季混合層浅化の実態は、このように短期的な変動を伴うものであることが明らかになった。また、冬季前半では海面水温の低温化、後半では高温化を伴っていた。

フロートの軌跡に沿った日平均海面熱フラックスの時系列を調べた。月平均では冷却であっても、2月以降には短期的に加熱となる時があり、海面付近の水温が上昇する事で混合層は浅くなっていた(図1)。混合層浅化が生じたときの水温鉛直プロファイルは図1の2月27日のプロファイルに見られるような階段状の構造を持っていた。また1月には、比較的弱い海面冷却時に混合層浅化が生じていた。混合層底付近の水温低下が、海面付近と比較して大きいために、混合層上部と下部が分離する形で浅化が生じていた。

次に、気候値(WOA98)の元となった個々の現場観測水温データ(WOD01)を用い、平均化前の水温鉛直プロファイルから混合層深度を見積もった。こうして得られた混合層深度の月変化を図2に示す。18°-30°Nの広範囲にわたって混合層の浅化が見られた(1月から2月では-2.0±2.8m、2月から3月では-13.8±2.9m)。この結果は気候値で得られた結果とよく一致していた。浅化時の海面水温の変化は、1月から2月ではほぼ(80%)低温化、2月から3月では高温化と低温化が同程度存在し、これも気候値を用いた結果とよく一致していた。

また18°-30°Nの緯度帯のデータには、フロートデータの解析で見られたような、海面付近に水温躍層をもつ水温の階段状構造が多く(全体の3割程度の頻度)見られる事が分かった。

ざらに、浅化海域では月平均では冷却であっても短期的な加熱が特に冬季後半に頻繁に生じていることが熱フラックスの解析から示された。そこで、これらの観測データ解析からの示唆をもとに、短期的な加熱により水温の階段状構造が形成され混合層が浅くなる可能性を鉛直1次元混合層バルクモデルを作成して検討した。

1次元混合層モデルによる検討

短期的な加熱があっても、風が強い場合は乱流混合のために階段状構造が形成されず、混合層は深くなると考えられる。そこで、短期的な加熱と風による乱流混合を考慮した1次元バルク混合層モデルを作成し、階段状構造の形成や、それによって観測で見られる冬季混合層の浅化の分布や頻度がどの程度説明できるか検討した。このモデルのエッセンスは、加熱と冷却時で蓄熱層深度に違いがあることである(図3)。

1979年から2003年までの25年間について、各年の1月から3月の日平均海面フラックスと風速(NCEP/DOE AMIP-II)を与えた鉛直一次元バルク混合層モデルによって水温プロファイルの時間変化を検討した。モデルで得られた月毎の気候値(日毎の水温プロファイルを月毎に25年平均したもの)における混合層深度の分布を図4に示す。この結果は観測結果の大まかな特徴をよく再現しており、深度変化の値も観測誤差の範囲内であった。

次に各年での月変化を検討したところ、海面水温の高温化を伴う混合層浅化については、空間分布も頻度もよく再現されていた。浅化海域では比較的風が弱く、月平均では冷却でもより短期的な加熱が存在するため、水温の階段状構造が海面付近に形成されることによって混合層の浅化が引き起こされていると考えられる。モデルでの混合層浅化に最低限必要な条件は100W/m2程度の加熱日が7日ある事であった。

水平過程の検討―渦の伝播による混合層浅化

1次元混合層モデルでは海面水温の低温化を伴う混合層の浅化は分布も頻度も観測と比較して過小評価であった。このことは、1次元過程には含まれない水平的な過程(水平移流、渦の伝播、地衡流調節など)が低温化を伴う浅化には重要であることを示唆している。水平的な過程の効果を調べるために、日平均のフラックスで駆動した高解像度大循環モデルOFES(Masumoto et al. 2004)のデータの解析をおこなった。その結果、混合層浅化の分布や頻度は1次元モデルよりも現実的に再現されていることが示された。特に、冬季前半では主に海面水温の低温化を伴う浅化が起きること、後半では高温化と低温化の両方の場合があること、を過小評価ではあるが再現していた。

モデルで低温化を伴う混合層浅化のみられた海域の構造を調べたところ、Hawaiian Lee CounterCurrent(HLCC)(18°N-21°N,150°E-160°W)とSubtropical Counter Current(STCC)(23°N-27°N,130°E-160°W)に伴う渦列に対応して混合層深度が東西に変化していることがわかった(図5)。この渦列は西方伝播するため、それに伴って混合層深度も西方伝播する。つまり、同じ場所でみていると波の伝播に伴って混合層が浅くなったり深くなったりする。この東向き流(HLCCとSTCC)に伴う渦の伝播による混合層浅化はその分布範囲が混合層浅化海域の半分以上を占める。これは短期的な加熱を必要としない混合層の変動過程であり、海面水温の低温化を伴った浅化をある程度説明できる。

まとめ

平均化されていない現場観測データなど、より詳細な観測データを用いた解析によって、冬季混合層の浅化現象が実在することを示した。混合層追随型フロートのデータなどから、混合層浅化は、短期的な混合層深度の変動を伴うこと、短期的な加熱時に水温プロファイルの階段状構造が形成されることがわかった。短期的な加熱と風による乱流混合を考慮した1次元バルク混合層モデルを作成し、混合層の形成メカニズムを検討した結果、階段状構造の形成によって海面水温の高温化を伴う混合層浅化の空間分布と頻度をよく再現できた。ただし、低温化を伴う浅化はほとんど再現されず、水平過程の重要性も無視できない。高解像度海洋大循環モデルの結果から、低温化を伴う混合層の浅化の一部は、渦列の西方伝播によって引き起こされていることが示唆された。

図1:混合層追随フロートによる水温プロファイルの変化(加熱を受けて混合層が浅くなったときの例)

図2:各プロファイルから見積もった混合層深度の月変化

図3:短期加熱による混合層浅化(模式図)。点線が元のプロファイル、実線がモデルで予測される次の月のプロファイル

図4:気候値での混合層深度分布と月変化(左がモデル結果、右が対応する観測値)

図5:低温化を伴う浅化海域の水温経度鉛直断面と混合層深度(白線)18°N)

審査要旨 要旨を表示する

海洋表層には海表面の冷却や蒸発から生じる密度対流や風による乱流混合によって、海面から密度・温度・塩分が鉛直方向に一様化された海洋表層混合層が存在する。混合層は大気・海洋内部の双方に直接関わる重要な存在であるが、その形成や時間変動の実態、メカニズムの理解は未だ不十分である。

従来、混合層は加熱・弱風期の夏季に浅く、冷却の始まる秋季から強冷却・強風の冬季にかけて深くなると考えられてきた。しかしながら、月毎の気候値データを用いた申請者らの研究によって、混合層が浅くなる海域が全大洋の亜熱帯海域20-30度の緯度帯に存在することが見出された。冷却を受けているにもかかわらず混合層が浅くなる現象は、月平均データに基づいた混合層理論では理解できない現象で、その実態と、背後に存在するメカニズムについては全く明らかにされていなかった。

本論文は5章から構成されている。第1章では導入部として、混合層の重要性、および、先行研究において示されてきた冬季混合層の実態、申請者自身の修士論文で得られた冬季混合層の浅化現象が紹介されるとともに、本研究の目的が述べられている。第2章では、様々な海洋観測データを用いて冬季混合層の浅化の実態を検討した研究成果が示され、冬季混合層浅化現象が実在することが明らかにされている。これらの解析から得られた描像をもとに、第3章では冬季混合層の浅化のメカニズムが鉛直1次元モデルを用いて検討されている。第4章では高解像度大循環モデルのデータに基づき、冬季混合層浅化に対する水平的な効果が検討されている。第5章では全体のまとめと議論、さらに、今後の課題が述べられている。

申請者は、まず、これまで使用されて来た気候値データよりも高精度な海洋観測データを用いて様々な角度から冬季混合層の浅化現象を考察した。特に、同じ海洋混合層を長期にわたり連続的に追跡できるプロファイリングフロートによる観測データを用いることで、北太平洋北緯20-30度の緯度帯における冬季混合層が、周期2週間程度の短期的な変動を伴いながら、1ヶ月の時間スケールをかけて、次第に浅くなることを明らかにした。

日平均の海面熱フラックス・データの解析からは、冬季にも海面が加熱される日が数日程度あることが明らかになった。海面が加熱されると海面付近の水温が上昇し、風が弱ければ表面付近に躍層が形成され混合層が浅くなる。この理論的なシナリオが成立しているかどうかを確認するため、申請者は、日平均の熱フラックスと風速観測データを鉛直1次元バルク混合層モデルに入力し、冬季混合層の浅化の再現性を定量的に評価した。その結果、観測された現象のうち、主に冬季後半に起きる、海面水温の上昇を伴う混合層の浅化に関しては、その変化値、分布、頻度がよく説明できることを示し、1ヶ月未満の比較的短期的な加熱が冬季混合層浅化に重要な役割を果たしていることを明らかにした。

一方、海面水温の低下を伴う混合層の浅化については、鉛直1次元混合層モデルによる結果は、分布も頻度も観測値と比べ過小評価であり、1次元過程には含まれない水平物理過程が重要であることが示唆された。そこで、申請者は、水平的な過程の効果を調べるため、日平均のフラックスで駆動した高解像度大循環モデルによるデータの解析を行った。モデルでは、ハワイ風下海流と亜熱帯反流に伴う渦列に対応して混合層深度が東西に変化していた。この渦列は西方伝播するため、それに伴って東西に変化する混合層深度も西方伝播する。つまり、同じ場所でみると、渦列の伝播に伴い混合層が浅くなったり深くなったりする。これは短期的な加熱を必要としない混合層の変動過程であり、渦列の伝播によって海面水温の低温化を伴った浅化を説明できる可能性が示唆された。

本研究は、従来、深くなると考えられてきた冬季の混合層が浅くなるという、これまで全く認識されていなかった現象を対象に、その実態とメカニズムを追求した独創的な研究である。観測データの解析から抽出された現象の実態を、単純化したモデルで問題点を絞り込む一方で、複雑なモデルを用いて現実との対応を検討し原因を追求するなど、様々な階層のモデルを巧みに融合させることで現象の本質を引き出した優れた研究と評価できる。冬季の混合層の変動の理解に貢献した本研究は、長期海洋変動や気候変動、さらに、生物資源変動への貢献も期待できる。以上から、学位論文として十分な成果であると判断する。

なお、本論文における成果は、指導教員である安田 一郎 教授との共著論文として投稿予定であるが、申請者が主体となって研究を行ったもので、その寄与が十分であると判断する。したがって、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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