No | 121040 | |
著者(漢字) | 遠藤,恆平 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エンドウ,コウヘイ | |
標題(和) | 活性メチレン化合物の単純アルケン・アルキン類への触媒的付加反応に関する研究 | |
標題(洋) | Catalytic Addition Reactions of Active Methylene Compounds to Simple Alkenes and Alkynes | |
報告番号 | 121040 | |
報告番号 | 甲21040 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4840号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | カルボニル化合物α位の新規アルキル化法の開発は、有機合成化学の中核を成す重要な炭素−炭素結合形成反応として知られる、ハロゲン化アルキル試薬のSN2型置換反応に代わる基盤的手法になりうる。アルキル化の出発原料として、炭化水素類である単純アルキンやアルケンを用いる触媒反応は、副生成物として金属塩などが生じることなく、原子効率良く炭素−炭素結合を形成する手法である。これに対し、カルボニル化合物の触媒的なα位アルキル化反応に、単純アルケンやアルキンを用いる反応開発は遅れている。その理由として、電子的に不活性な炭素−炭素多重結合は分極しておらず、LUMOのエネルギーも高いため、金属エノラートの付加を受けにくいという点が挙げられる。また、出発物質の金属エノラートと比較して、不安定な炭素−金属結合を有する生成物を与えるという、熱力学的に不利な反応でもある。 本論文は、金属エノラートに着目した反応設計を行うことで、これまでに実現困難とされてきた、単純アルキン・アルケンによる、カルボニル化合物α位の触媒的なアルケニル化・アルキル化反応に関する研究について述べている。金属エノラートの精密な設計が、単純アルキン類に対する触媒的付加反応に重要であることを見出している。適切な金属中心の探索を行った結果、インジウム触媒が著しい触媒活性を示すことを明らかにした。インジウム触媒を用いる活性メチレン化合物の、1-アルキン、アセチレン、1,3-ジインに対する位置選択的な付加反応を確立した。本手法を多成分連結反応に展開することで、カルボニルα位の3成分連結型アリール化も確立された。活性メチレン化合物のアルキンに対する付加反応から、立体選択的に4置換アルケンを合成する手法を開発した。さらに、遷移金属エノラートに着目し、カルボニル化合物α位の位置選択的立体選択的アリル化反応による、4級不斉炭素中心構築、光学活性α位フッ素化ケトン合成を行った。これらは、本論文2−5章に、手法別に述べられている。以下、本論文の確証の内容を要約する。 第1章では、単純アルキン・アルケンを用いる触媒的アルケニル化・アルキル化反応について、基本概念を述べている。これまでに報告された反応例を大別し、それぞれの反応原理と合成的特徴を概説している。また、単純アルキン・アルケンに対する金属エノラート等価体の付加反応の近年の研究例に触れ、本研究の意義を明確にしている。 第2章では、金属エノラートを活性中間体とする、単純アルキンに対する触媒的な付加反応の実現に向けた、反応設計及び金属触媒の探索を行った。ここで見出した、インジウム触媒を用いる活性メチレン化合物の単純アルキンに対する付加反応の確立を行った。活性メチレン化合物の一つであるβ-ジカルボニル化合物は、酸性度の高いα位プロトンを有するため、強塩基を用いることなく、温和な条件で脱プロトン反応を行うことができる。金属触媒の探索により、空気中安定で取り扱い容易なインジウムトリフラート[以下、In(OTf)3]を用いると、様々な1-アルキン類に対し、位置選択的に付加反応が進行することを見出した。中間体として考えられるインジウムエノラート4は、近年、中村栄一らによって見出されている亜鉛エナミド同様の構造をとり、反応の速度論的な駆動力になっていると考えられる(式1)。本反応は、初の、触媒的カルボニルα位アルケニル化反応の例である。 アルキン部位を有するβ-ジカルボニル化合物に対し、インジウム触媒を用いると、分子内での付加反応が進行し、環状化合物を得ることに成功した。特に、インジウムビストリフリルアミド[以下、In(NTf2)3]触媒は、これまでに知られている熱反応や他の触媒では合成困難な、7員環化合物6を高収率で与えた(式2)。また、β-ジカルボニル化合物7と、二つのアルキン部位を有するω、ω'-ジイン8を用いて反応を行うと、分子間反応と分子内反応が一挙に進行することで、環状化合物9を与えることが明らかになった(式3)。 不斉補助基を有するβ-アミノクロトン酸エステル10を用いると、単純アルキン類に対する立体選択的な付加反応が進行し、アルケニル化生成物11を与えることを見出した(式4)。本手法を用いると、合成困難として知られる不斉4級炭素中心を効率よく構築することが可能である。本反応の有機合成への応用を考える上で、重要な結果といえる。 適切な添加剤を加えて、二置換アルケン12に対する付加反応を行うと、カルボニル化合物α位の触媒的tert-アルキル化反応が高収率で進行し、13を与えることを見出した(式5)。カルボニル化合物α位のtert-アルキル化反応は、既存の手法では達成困難であることが知られている。インジウム触媒を用いることで、単純アルケンへの付加反応の有用性を示すことができた。 本反応の反応機構研究を行い、インジウム触媒によるβ-ジカルボニル化合物の単純アルキン類に対する付加反応が、金属エノラートを中間体として進行していることを示した。すなわち、本反応が、アルキンカルボメタル化反応を経由し、位置・立体選択的に反応が進行する機構が提示された。 第3章では、第2章で提示された反応機構を活かした、多成分連結反応への応用を試みた結果について述べられている。四つの反応点を有する1、3-ジイン14に対し、In(NTf2)3を触媒として、β-ジカルボニル化合物1の付加反応を行うと、反応は完全に位置選択的・定量的に進行し、カルボニルα位に共役エンイン置換基を有する生成物15が得られることを見出した。この生成物15を合成した後、反応溶液に対して、もう一分子の1,3-ジイン16を加え、山本嘉則らによって報告されているパラジウム触媒存在下、反応を行うと、α位に多置換ベンゼンを有するカルボニル化合物17を、位置選択的・定量的に得ることに成功した(式5)。本手法は、触媒的に3成分連結反応を行うことで、原子を損失することなくカルボニルα位のアリール化反応を行うという、これまでにない例である。 第4章では、β-アミノクロトンアミドと単純アルキンから、立体選択的に4置換アルケンを合成する手法について述べられている。β-クロトンアミド18に対し、ジエチル亜鉛を等量用いて反応を行うと、フェニルアセチレン2への付加が進行し、異性化を経て、加水分解後に、高い位置・立体選択性で4置換アルケン19が得られる(式6)。さらに、10mol%の触媒量のジエチル亜鉛を用いても、反応は進行し、生成物19を高収率・高位置・高立体選択的に与えることも見出されている。活性メチレン化合物とカルボニル化合物の脱水縮合反応を行う、既存の手法では、ケトンとの脱水縮合反応による4置換アルケン合成は困難であり、その立体選択性も低いという課題があった。アルケンやアルキンの酸化反応によって得られるケトンを用いずに、立体選択的に4置換アルケンを合成する手法として、単純アルキンに対するβ-アミノクロトンアミドの直接的付加反応は、原子効率の観点からも優れている。 第5章では、遷移金属エノラート25を経由する、効率的なα位アルキル化反応の開発について述べられている。遷移金属エノラートの調製法として、アリルエステルの脱炭酸反応に着目し、パラジウム触媒存在下、反応の検討を行った。その結果、不斉配位子として、光学活性オキサゾリン基を有するホスフィン配位子を用いると、高立体選択的に20の脱炭酸α位アリル化反応が進行することが明らかになった。本手法により、α位に不斉4級炭素中心ケトン21を簡便に構築できる(式7)。また、α位にフッ素置換基を導入したβ-ケトエステル22を用いて、同様の反応条件下で脱炭酸反応を行うと、光学活性α位フッ素化ケトン23を高収率・高立体選択的に合成可能であることを示した。これまでに、数多くの立体選択的なケトンα位フッ素化反応の開発が行われているが、本手法は、光学活性α位フッ素化ケトン合成の、新しい方法論を打ち立てたものである。 | |
審査要旨 | 本論文は,6章から構成されており,不飽和炭化水素類に着目した,触媒的なケトンα位での,高効率立体・位置選択的アルキル,アルケニル,アリール化反応の研究開発について述べられている.第1章では,単純アルキン・アルケンを用いる触媒的アルキル・アルケニル化反応について,基本概念を述べている.本研究は,鍵中間体である金属エノラートの精密設計を行なうことで,現行の有機合成化学では達成困難な,不飽和炭化水素類に対する触媒的付加反応を行なうことを目的としている. 第2章では,金属エノラートを鍵中間体とする,単純アルキンに対する触媒的な付加反応の実現に向けた,反応設計及び金属触媒の探索を行っている.適切な金属触媒であるインジウム(III)トリフラートを用い,ジカルボニル化合物をエノラート前駆体とすることで,単純アルキン類に付加反応を起こすことを明らかにしている.本反応は,初の,触媒的カルボニルα位アルケニル化反応の例である.本手法を活かし,複雑分子骨格の構築法,立体制御,アルケン類に対する付加反応などを検討し,いずれも,これまでにない,新しい炭素-炭素結合構築法を開発している.このように,精密に設計した金属エノラートを鍵中間体とし,触媒的に単純な不飽和炭化水素類に対する付加反応を行なうという画期的な新反応開発に成功している. 第3章では,第2章で提示された反応機構を活かした,多成分連結反応について述べられている.四つの反応点を有する1,3-ジインに対し,β-ジカルボニル化合物の付加反応を行うと,反応は完全に位置選択的・定量的に進行し,カルボニルα位に共役エンイン置換基を有する生成物が得られることを見出している.この反応に,もう一分子の1,3-ジインを加え,パラジウム触媒存在下,さらに炭素-炭素結合形成反応を行い,α位に多置換ベンゼンを有するカルボニル化合物を,位置選択的・定量的に得ることに成功した.本手法は,触媒的に3成分連結反応を行うことで,原子を損失することなくカルボニルα位のアリール化反応を行うという,これまでにない例である. 第4章では,β-アミノクロトンアミドと単純アルキンから,立体選択的に4置換アルケンを合成する手法について述べられている.β-クロトンアミドに対し,ジエチル亜鉛を等量用いて反応を行うと,フェニルアセチレンへの付加が進行し,高い位置・立体選択性で4置換アルケンが得られる.さらに,10mol%の触媒量のジエチル亜鉛を用いても,反応は進行し,生成物を高収率・高位置・高立体選択的に与えることも見出されている.アルケンやアルキンの酸化反応によって得られるカルボニル基を用いずに,立体選択的に4置換アルケンを合成する手法として,本手法は,原子効率の観点からも優れている. 第5章では,遷移金属エノラートを経由する,効率的なα位アルキル化反応の開発について述べられている.光学活性P, N配位子を有するパラジウム触媒存在下,高い立体選択性でアリルケトエステルの脱炭酸α位アリル化反応が進行することを明らかにしている.本手法により,α位に不斉4級炭素中心を有するケトンを簡便に構築できる.また,α位にフッ素置換基を導入したβ-ケトエステルを用いると,光学活性α位フッ素化ケトンを高収率・高立体選択的に合成可能であることを示した.本手法は,光学活性α位フッ素化ケトン合成の,新しい方法論を打ち立てたものである. 最後の第6章では、触媒的カルボニル化合物α位での位置・立体選択的な炭素―炭素結合形成反応という観点から,本研究で初めて見出したインジウム触媒を用いるジカルボニル化合物の単純アルケン・アルキンへの付加反応,およびパラジウム触媒を用いる位置・立体選択的アリル化反応についてのまとめと,今後の展望について述べている. なお,本論文第2章の一部は,山形憲一との共同研究であり,また,第4章は,藤本泰典,第五章はAlakanada Hajraとの共同研究であるが,論文提出者が主体となって検討を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. 本研究は,反応の精密設計により,現行の有機合成化学では達成困難とされた,金属エノラートの不飽和炭化水素類に対する触媒的付加反応を世界で初めて達成し,遷移金属エノラートを鍵とする4級不斉炭素中心,および光学活性αフッ素化ケトン合成の新しいアプローチを確立することで,有機金属化学,有機合成化学に重要な知見をもたらした.したがって,本論文は,博士(理学)の学位を授与する価値のあるものと認める. | |
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