学位論文要旨



No 121047
著者(漢字) 中井,郁代
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,イクヨ
標題(和) 内殻分光法を用いた表面反応の研究 : 白金族表面上のCO+O反応およびNO+N反応
標題(洋) Surface reactions studied with core-excitation spectroscopies : CO+O and NO+N reactions on platinum-group metal surfaces
報告番号 121047
報告番号 甲21047
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4847号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 岩沢,康裕
 東京大学 教授 浜口,宏夫
 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 助教授 吉信,淳
内容要旨 要旨を表示する

【序】

表面反応や吸着の機構を理解するためには、それらの進行を直接追跡することが重要である。しかし、一般に、表面の吸着種に対する分光法においては、時間分解測定は容易ではない。放射光軟X線を用いる分光法であるX線光電子分光法(XPS)およびX線吸収端近傍微細構造(NEXAFS)法は、元素選択性、化学種識別能力、定量性に優れ、表面吸着種の状態を解析するのに有用な手法である。しかし、従来の測定法では、単分子吸着膜に対して数分から10分以上という測定時間を要し、表面反応や吸着の進行を捉えることは難しかった。しかし、昨今の放射光および電子エネルギー分析器の発達により、XPSについては、秒オーダーでの連続測定が可能になっている。NEXAFSに関しても、我々の研究室で、エネルギー掃引することなく、一定のエネルギー範囲のスペクトルを一時に取得する方法(エネルギー分散型NEXAFS)が開発された。これは、エネルギー分散したX線を試料に照射し、それぞれの位置から放出されたオージェ電子を位置敏感型電子エネルギー分析器で一度に検出するというものである。これにより、測定時間が、1秒−数10秒と、従来法の100分の1近くまで短縮された。私は、これらの手法を実際に表面反応系に適用し、速度論的解析を用いて、反応機構を検討することを試みた。

対象として、実触媒反応とも関連の深い、白金族表面上のCO+OおよびNO+Nという反応を選んだ。表面の吸着種は、吸着状態によらず均一に反応するのではなく、それらの吸着サイトや配置が反応性に影響する。こうした現象については、主に気相脱離生成物の解析や走査トンネル顕微鏡(STM)、振動分光法を用いた研究で多くのことが明らかになってきたが、すべての吸着種を定量的に検出できるという点で優れたX線分光法を用いて、表面吸着種の変化を定量的に追跡し、詳細に検討した。

【CO+O/Pt(111)】

Pt(111)表面上に吸着した原子状酸素は、引力相互作用により、アイランド構造を形成する。この表面にCOを導入すると、CO2が生成し、気相に脱離するが、この反応がアイランドのどの部分から起こるのかということについて、古くから論争があった。近年のSTMを用いた研究により、COがほぼ表面を埋め尽くすまで反応が開始しない「誘導期」が見られ、その後原子状酸素のアイランド構造の縁で反応が選択的に進行することが示された。同時に、アイランドの間を拡散する孤立原子の姿がSTMによって捉えられているが、運動している吸着種の挙動をSTMで完全に捉えることは困難であり、これらの反応への関与は明らかにされなかった。そこで、エネルギー分散型NEXAFSを用いてこの反応を追跡し、反応の描像を検討した。

実験はKEK-PFBL-7A軟X線分光ステーションにて行った。最初に清浄化したPt(111)表面に低温で分子状酸素を吸着させ、これを加熱することで、原子状酸素吸着表面を得た。この表面を一定温度に保ち、COガスを一定圧で供給しながら、O K-NEXAFSを37sごとに測定した。測定は、配向変化の影響を受けない55°の入射角で行った。図1に得られるスペクトルの例を示す。COの吸着が進行するに伴い、原子状酸素が減少している。

図2に典型的な被覆率の時間変化のプロットを示す。反応は2段階で起こっており、間に長い誘導期が見られる。反応過程(II)は、STMで見られたアイランドの縁から進行する反応に対応する。一方、初期の反応過程(I)は、様々な条件での実験結果を比較検討した結果、STMでは明確には捉えられない、アイランドの間で孤立している酸素原子の反応であることが分かった。図3に、モンテカルロシミュレーションの結果を示すが、この反応機構が再現されている。図2で、反応過程(I)は、酸素原子が大量に残っているにもかかわらず、停止してしまう。このことは、COの吸着が進行すると、アイランドの縁からの新たな孤立原子の供給が抑制され、酸素原子がアイランドに凝集される効果があることを示唆している。シミュレーションに取り込んでいたこの効果を除くと、すべての酸素原子が過程(I)によって素早く消費される[図3(a)挿入図]。一方、過程(II)は、表面の全ての空いたサイトがCOで覆われ尽くすまで開始しない。以上のように、COの吸着に伴い、吸着種間相互作用によって反応種の相対配置が動的に変化し、それがさらに反応パスを切り換えることを明らかにした。

【CO+O/Pd(111)】

Pd(111)表面上では、原子状酸素のp(2x2)構造にCOを供給していくと、原子状酸素のドメインが、(√3x√3)R30°構造、さらにはp(2x1)構造へと圧縮される。いずれもドメインの内部にはCOは存在しない。これら3種のドメイン構造が異なる反応性を示すことはこれまで示唆されてきたが、詳細な反応機構は分かっていない。酸素ドメインの圧縮が進行する表面での反応キネティクスの変化を調べ、Pt(111)の場合と比較した。Pt(111)の場合と同様、NEXAFSでの反応追跡を試みたが、O-K吸収端とPd-MIII吸収端のエネルギーが重なるため、O2sXPSの高速測定を用いた。実験はスウェーデン国立放射光施設MAXIIアンジュレータービームラインI311において行った。300Kで原子状酸素飽和吸着表面を作成し、これを反応温度に保ってCOガスを導入しながら、20sに1つのO 2sXPSの測定を行った。原子状酸素と吸着COのO 2sピークは化学シフトによって分離して観測される。これらの強度から被覆率を見積もり,その時間変化を求めた。図5に、典型的な反応条件での被覆率の時間変化を示す。原子状酸素のドメインの圧縮に伴い、原子状酸素の反応性が変化している。p(2x2)構造はCOと反応することがない。その後の反応について、反応次数と解析を行ったところ、原子状酸素に対して、(√3x√3)R30°構造の反応は1/2次、p(2x1)構造の反応は1次となった。活性化エネルギーは、それぞれ0.04eV、および0.29eVであった。(√3x√3)R30°構造については、その次数から、酸素アイランドの縁で選択的に反応が起こっていることが示されるが、極端に小さな活性化エネルギーと、大きなCO圧に対する速度の依存性から、安定に化学吸着したCOではなく、基板に弱く吸着したCOが反応することが示唆される。一方、p(2x1)構造については、1次という反応次数から、アイランド全体で反応が進行すると考えられるが、このアイランド内部にはCOが安定には存在し得ないことがXPSと密度汎関数理論(DFT)から分かっており、気相から来たCO分子が一時的にアイランド内部に捕捉されて反応するものと考えられる。p(2x2)→(√3x√3)R30°→p(2x1)と圧縮が進行して原子状酸素の密度が増すに従い、反応始状態でのO-CO間の反発相互作用が大きくなり、原子状酸素の反応性が高まっていると解釈される。

以上のように、Pd(111)表面でも、Pt(111)の場合と同様に、吸着種間の相互作用による相対的配置の変化が反応サイト、反応経路を変化させる様子が明らかになった。しかし、O-O間の引力相互作用、O-COの反発相互作用ともにPd(111)の場合の方が大きいため、Pt(111)では孤立酸素原子が存在し、Oのアイランドの内部にCOが安定に存在するのに対し、Pd(111)では孤立種がなく、OとCOが完全に相分離する。このように、Pd(111)の方でPt(111)よりもCO吸着によるOの凝集性への影響が大きく現れ、その結果として引き起こされる反応サイトの切り換わりが異なった様相を呈すると考えられる。

【NO+N/Rh(111)】

NOからN2への還元反応においては、NOが解離して生成したNとNO分子の反応が、NOの還元過程で最も重要であることが示唆されているが、この過程のみを抽出した機構研究はこれまでほとんど行われて来なかった。

実験はエネルギー分散型NEXAFSを用いて行った。Rh(111)表面にNOの解離と水素ガスによる原子状酸素の除去によって原子状窒素吸着表面を作成した。ここにNOガスを供給しながら、N-KNEXAFSの測定を行った。

370K以下では、N+NO→N2O↑という反応が起こっていることが分かったが、100Kから370Kの範囲では、低温ほど反応が速いという結果になった。これは、通常の反応素過程とは逆の傾向を示しており、-0.04eVという負の活性化エネルギーが得られた。また、反応はNOの吸着がほぼ飽和するまで開始せず、誘導期が見られた。これらのことより、化学吸着したNOがNと反応しているのではなく、表面に緩く束縛されたNOがプリカーサーとなって反応していることが示唆される。100K以下では、低温になるほど反応が遅くなったが、反応中の表面にNOダイマーが見られるようになった。これより、100Kから360Kで示唆されたプリカーサーのNOは、NO化学吸着層の上に生じたNOダイマーであると考えられる。このように、一見特異な温度依存性を与える反応は、反応中間体としてNOダイマーが関与する反応機構で説明されることが分かった。

【まとめ】

以上のように、XPS、NEXAFSの高速測定を表面反応の追跡に適用し、反応速度論的な解析を行うことで、動的な吸着種の配置の変化が、反応経路や反応サイトを規定するほど重要な役割を果たして

図1:CO+O/Pt(111)の反応中に得られるO-KNEXAFS

図2:反応中のO、COの被覆率変化T=260K、Pco=5x10-10Torr(灰色の線はCOの飽和吸着量を示す)

図3:図2に対応するモンテカルロシミュレーション(a)被覆率の時間変化(挿入図:Oの圧縮を排除した場合)(b)反応中の表面(黒:Oの存在する点、白反応の起こった点)

図4:O、COの被覆率の時間変化(a)T=320K,PCO=5x10-9Torr(b)T=190K,PCO=2x10-8Torr.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,4章から構成されており,両親媒性フラーレンの合成と超分子集合体の開発研究について述べられている.

第1章では,両親媒性フラーレンの形成する超分子集合体について,これまでの具体的研究例を挙げ,その重要性について述べられている.

第2章では,両親媒性フラーレンの自立型分子薄膜の調製方法の開発について述べられている.この研究では,両親媒性フラーレンであるフラーレンシクロペンタジエンの二重膜ベシクルを前駆体とすることで界面を必要としない自立型分子薄膜を調製した.自立型分子薄膜の透過型電子顕微鏡による構造解析により,最密充填膜がAB周期により重なった結晶膜であることを明らかにした.また,レーザー光散乱法により薄膜生成の過程の分析を行い,二重膜ベシクルが溶液中で融合,破裂することで自立型分子薄膜が得られることを見いだした.さらにフロー式粒子像分析装置による分析により,溶液中で自立型分子薄膜が生成することを確認した.これまでフラーレン薄膜の調製法としてはラングミュア・ブロジェット法や自己組織化膜法などが利用され,基板となる界面を必要としていた.この研究で見いだされた自立型分子薄膜の調製法は,基板を必要としないことから,今後,フラーレン分子薄膜を利用した機能性物質の合成法として展開されることが期待される.またこの研究では,種々の構造分析手法を有機的に組み合わせることで,本来構造解析が困難なナノメートルサイズの物質の構造を明らかにしたことも特筆に値する.

第3章では,ヒドロホスフォリル化フラーレンの合成反応の開発について述べられている.リンを含む官能基は,両親媒性分子の親水性官能基として広く天然に見いだされる官能基である.しかし,フラーレンに含リン官能基を導入する手法は,これまで数少なく,さらに親水性の高い含リン官能基を導入することは困難であった.この研究では,ジメチルスルホキシドを補溶媒とすることで,中性条件下,リン化合物のC60への付加反応が良好に進行することを見いだした.本反応ではリン化合物としては第2級ホスフィン,ホスフィンオキシド,ホスフィン酸誘導体やホスフォン酸誘導体などさまざまな化合物が反応活性であることが見いだされ,種々の置換基をもつヒドロホスフォリル化フラーレンを合成した.この研究では,いくつかの補溶媒について検討が行われ,電荷移動を経た反応機構が提唱されている.またこの合成手法は多種多様な置換基を許容し,ヌクレオシドをもつヒドロホスフォリル化フラーレンの合成に成功している.この研究では,さらにヒドロホスフォリル化フラーレンを利用し,水中分子集合体の構築についても検討が行われている.

第4章では,本論文の総括と今後の展望が述べられている.

なお,本論文第2章は,磯部寛之氏,中村栄一氏,安永卓夫氏,若林健之氏との共同実験,第3章は,磯部寛之氏,ニクラスソリン氏,中村栄一氏との共同実験であるが,論文提出者が主体となって検討を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

本研究は両親媒性フラーレンの自立型薄膜集合体の合成および新規両親媒性骨格をもつヒドロホスフォリル化フラーレンの簡便な合成手法の開発に成功し,炭素クラスターを利用する超分子化学や材料化学分野に多くの知見を与えた.したがって,本論文は博士(理学)を授与できる学位論文として価値のあるものと認める.

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